loop42 永劫の首輪
また前回のようにセリアを生かし竜と再戦する。その前にセリアを鍛えつつ、新しい手立てを考えそれを試験してみたりもした。しかしセリアの鍛えなおしも含め戦争から竜が現れるまでの時間を考えると最大限使ってもおよそ十二日しかない。そのうえ、一日中ずっと戦い続けるというわけにもいかないため、せいぜい一日六か七時間程度の訓練が限度となる。新戦法などを試すことも考えればもっと短くなるだろう。
つまり、セリアを鍛えるにしても、新しい方策を考えるにしても、どうしても時間が足りな過ぎると言うのが現状である。セリアと戦うまでの期間も一年間と相手を考えると短いと思う所だが、竜との戦いまではさらに短い。
一応自分だけでも検証できることもあるが、竜を相手に直接検証しなければわからないことも多い。そして竜との戦うまでの時間を考えると検証できる時間が僅かな時間しかなく、時間的に厳しいという事態になっている。
「どうしたらいいと思う?」
『うーん……』
今後の方針についてパティと話し合う。事情を知っていて相談できるのは現状パティだけだ。セリアを従えた後ならばセリアに全てを伝え相談できるが、セリアの知識の偏りを考えると厳しい所だし、そもそもそれまでの時間が長い。そもそもセリアとの時間は竜と戦うことに備える訓練などで忙しく、なかなか話し合える機会は少ない。なのでやはりパティが一番の相談相手となる。
『時間が足りないのがどうしようもないところだよね』
「そうだな……目下最大の問題だな」
ループの起点、始まりの日を変えることができればいいのだが、そう都合よくは出来ない。ループに関してはそもそもこちらで設定しているわけではなく、何が原因でどういう仕組みで決められたことなのかすらわかっていない。神様ももう少し融通の利く贈り物をくれればよかったのに。
『じゃあ、無駄を省くのが一番かな。セリアちゃんの訓練量を少なくするのは?』
「今でもこれは必要ないと思うのは省いてる。竜を倒した後で教えないといけないな」
『ま、そうしてるよねー。セリアちゃんを抱えてるあの国ももっとちゃんと育ててほしかったな』
セリアの戦闘能力は高いが、戦闘技術は拙いものである。セリアと対等に戦えるものがいなかったゆえの弊害なのだろう。あの大鎌を振るうだけで相手を斬り飛ばし、盾や鎧の防御があったとしてもその上から、相手の攻撃すらも無視して大鎌を振るい切り裂くことができる。技術は必要なく、相手もいなければ磨かれることもない。そして一人でどれだけ鍛錬しようとも技術が得られるわけでもない。せめて指導者や、訓練や戦闘を見て口出す人間がいればまだ話は違ったかもしれない。
だから自分と戦った時、セリアはあれほどの成長を見せているわけである。また、技術がないからこそ真っ当な戦い方ではなく奇抜な戦い方を思いつきそれを実行できる。彼女の身体能力あってのものでもあるが。流石に物理的、肉体的に不可能なことまではしてこない。
そういった成長をすると言っても、かなり感覚的なもので技術的には問題である。正しい技術を教え間違っている部分を矯正するため戦いで教えているのが今までやっていたことだ。どうしてもそれに時間を取られる。
なお、セリアが戦闘技術を有していた場合、恐らくはまだ彼女に勝てていないだろう。あの成長速度を考えればちょっと技術を学んだだけで大化けしていただろうから。
『でもー』
「でも?」
『んー、条件を変えればいいんだよ』
「どういう意味だよそれ」
条件を変える、と言われてもよくわからない。一体どういうことだろう。
『毎回セリアちゃんに教え込む必要があるのは、セリアちゃんが毎回別人だから。憶えていない、記憶にない、知らない。だったらセリアちゃんを知っているセリアちゃんにすればいいの』
「どうやって?」
『私と同じ。この繰り返しに巻き込むんだよ』
「………………」
パティの言葉の意味が分からない。いや、意味は分かる。どうしてそんな発想になったのか、それがわからない。
『スィゼならやり方はわかるよね? 私を作ったんだから』
「…………パティは、使い魔、だろ?」
パティは使い魔だから、自分の精神に寄生させると言う形で繰り返しの中に連れていくことができている。だが、セリアは人間だ。それをパティと同じようにできるなんてことは……
『使い魔だから繰り返しに連れて行けるわけじゃないでしょ? 私は精神に寄生する使い魔。つまり、スィゼの精神に囚われることでスィゼと同じようにループに引っ張り込まれるということはできるわけ。たとえ、それが人間相手だってね』
「………………」
その内容に言葉が出ない。だが、確かにそれが不可能かと言われれば……出来ないとは言わないだろう。そもそもパティを作るうえで闇属性を選んだのは、精神への干渉能力を有するから。自分の精神に寄生させることで精神の巻き戻りに巻き込ませそれでループに連れていけるかもと思ったからだ。だが、それはパティ、使い魔だからこその発想だ。
流石にそれを生きている人間でやろうとは思わない。それはとても非人道的な行為じゃないだろうか。それに、パティにできるからと言って人間相手にできるものかも疑問だ。
「それが実行できるとは限らない」
『できるよ。私は闇属性、精神への干渉ができる使い魔。闇は精神に負の影響を与えるもの。その魔術を有する、制御できる、自由自在に扱える私なら精神をスィゼに縛り付ける束縛の魔術だってできるよ。存在しないなら、新しく作ればいいだけだしね』
パティの発言は正直空恐ろしいものだ。しかし、確かにパティならばそれができるのだろうと理解してしまう。だが、その発想はあまりにも、あまりにも非道な行いじゃないだろうか。
『私なら、やれるよ。やってもいいんだ』
「…………」
パティはこちらを、俺の目を見てはっきりと言う。
『でも、最後に決めるのはスィゼ。私はスィゼの使い魔だから、スィゼが本当にやりたくなくないならやらなくてもいいよ。でも、私はスィゼの助けになりたい。スィゼのためになる行動をしたい。それだけはわかってほしい』
「ああ……わかった」
パティの言葉、彼女の決断に対し迷いの方がまだ大きい。自分と、セリアをつなげ、その未来を、人生そのものを縛り付ける。そんなことをしていいものかと。だけど、それでこの先の竜との戦いを有利にできるのであると思うと少し魅力的である。今選べる選択肢は少ない。だからこそ、それを選ばざるを得ないと思う心がある。だが決めるのならば。自分ではなく、セリアの意思を聞きたい。
「セリア、少し話がある」
戦争が終わりセリアを従え、竜についての話をした。そして今回はさらにそこから別の内容に続けている。かなり前にパティと話した内容、そのことについて。ただ、それをセリアに言いだすのにはまだ迷いが残っている。
「なーにー?」
「あー…………」
直接セリアを前にして、言おうと思っているが……まだ迷いが、いや、恐怖、恐れから言い出せない。もしセリアにそのことを話して拒絶されてしまったら、そう思ってしまうと言葉を続けることができない。
「スィゼ?」
「…………」
「あーもう! こういう時はほんとっヘタレなんだからっ!」
「わっ!?」
「パティ!?」
言い出せなかったところにパティが現れる。ヘタレ……と言われても仕方ないのかもしれないが、はっきりと悪口を言われると少しショックを受ける。
「スィゼはさー。迷う時、いっつもうじうじ迷ってるよね! もう、私から言うよー? セリアちゃんは、スィゼの言うことはどんなことでも、何でも聞くんだよね」
「うん」
「じゃあ、スィゼとずっと……ううん、永遠永劫に一緒にいられる方法があるとしたらどうする? 一緒にいたい? あ、スィゼがどうとかじゃなくて、セリアちゃんの意思で言ってほしいかな?」
「うーん、私はスィゼの物だから別に…………私として? それなら、うん、スィゼとずっと一緒にいるよ? それが私にとって一番だから」
「だって。本当に、自分で言うべきことははっきりと自分で言いなさいな」
「スィゼ」
パティがお膳立てしてくれたようだ。セリアもこっちをじっと見つめてくる。ここまでされて、言い出さない方が失礼と言うか、悪いと言うか。ただ、やっぱりまだ少し心に棘が残っている。それでも、自分でセリアに言うべきなのだろう。
「セリア。俺と…………俺と、これからも、ずっと、一緒に、いてほしい」
「うん、もちろんだよ!」
……………………
「あれ? なんか言葉の選択を間違ったような」
普通に聞いたら、これはもしかして愛の告白というものではないだろうか。言いたいこと、言うべきことはこれではない。セリアを永遠にずっと俺に縛り付ける事、それをセリアが望むかどうかを聞くべきであると言うのに。
「なにも間違ってないよ。ずっと一緒にいる、それをセリアちゃんは望んでるわけでしょ? なら死んでからも、繰り返しても一緒にいられる契約。とっても強固で頑丈な繋がりだよ?」
「よくわからないけど……私はスィゼの物だよ? スィゼが望むように、私を使ってくれればそれでいいの。だからスィゼが一緒にいてほしいって望むならずっと一緒にいるよ」
「あー! 駄目、ちょっとマジで恥ずいから!」
流石に自分で顔が真っ赤になっているのが自覚できてしまう。今はちょっと、二人の方に顔を向けたくはない。恥ずかしい。
「あはは。ま、スィゼの方もちょっと自覚は薄いみたいだしねー」
パティの言葉の意味はわからないが……とりあえず二人の方を見ないようにして、精神的に落ち着くまで少し待つ。
「はあ………言い方はなんか間違った気はするけど、これからセリアをパティと同じようにループに連れて行けるようにするわけだけど」
「えっと…………確か、スィゼは死んだ時昔に戻る……って話だよね?」
「うん、そうだねー。厳密にはちょっと違うけど、細かい話は置いといてー。スィゼが死に戻りをした時にセリアちゃんを連れていくにはセリアちゃんの精神をスィゼに結び付ける、縛り付ける、囚われの身とする必要があるのです!」
「……どうやってやるんだ?」
何をするのかはわかる。だが、どうやってそれを行うかだ。パティのように使い魔化する、というのも考えの一つだがそもそも人間を使い魔にできるものか。そもそもそうして精神だけ持っていった所で肉体がないのであればどうしようもないのではないか。
「セリアちゃんの精神を持っていくだけなら、スィゼと契約をすればいいだけだね。精神に対して縄を結び付ければ精神の流れに引っ張られて一緒についてくる。死に戻りは川の流れに入るような物、スィゼが水の中に入ると陸にいるセリアちゃんは流れに一緒についていかないわけだけど、紐でセリアちゃんを結んでいればそのまま流れるスィゼに引っ張られて一緒についていくってこと。わかりづらいかな?」
まあ、わからなくもないのだが。そのたとえ話は必要だっただろうか。
「仮に連れていくことができても、肉体の問題はどうする? パティのように使い魔ならば魔力で構成されているからどうにでもなるが、セリアは無理だろう」
パティは使い魔だから構わないが、セリアの場合は先祖返りの特殊な肉チアがなければいけないはずだ。そもそも通常の人間でもまともに肉体を構築するのは難しいだろう。
「それに関しては簡単な話だよ。死に戻りをすれば、そこにはセリアちゃんが生きているでしょ? そのセリアちゃんを倒したら、そのセリアちゃんはスィゼに従う。何でも、言うことを聞くんだよ。そのセリアちゃんに、連れて行ったセリアちゃんをかぶせればいいの。精神が上書きされて、そのセリアちゃんの体を今のセリアちゃんが得ることができる」
「…………………………………………」
その考えに、今度こそ本気で言葉が出なかった。今のセリアと次のセリアは別物であるはずだ。本来は同一の存在と言ってもいいのかもしれないが、ループにおける各周回は別物だ。だから、そこにいる人は別の存在である。そう思っている部分があったからこそ、今までやってこれた部分もある。
「それは、流石に駄目……だろう」
「セリアちゃんに、直接聞いてみれば? 多分、答えは今のセリアちゃんと同じになるはずだよ」
「…………」
セリアならば、そうなってしまうだろう。そんな確信がある。
「セリア。もし、自分の肉体を……今とは別の、俺と一緒にいるセリアに明け渡すことにされたら、どうする?」
「スィゼがそう望むなら、私は別にいいよ」
「…………」
「私はスィゼの物。スィゼに従う者。スィゼのためなら、命だって、意思だって、心も未来も、存在のすべてをなげうってでも、何でもするよ。私のすべてはスィゼにあげたんだから。だから、スィゼが望むなら、私がいなくなっても、私の心も意思も、全て消えたってかまわない」
それはある種の狂気なのだろう。自分の死、存在が消える事すら厭わないなんて。だけど、そんな彼女の想いは否定できない。してはいけない。したくない。
「わかった……セリアがそういうなら、そうしよう」
「ま、精神の上書きって言ったけど、どっちもセリアちゃんだからね。同じ精神を混ぜても殆ど同じ、セリアちゃんであることには変わらないよ。主体がどちらにあるのかなんてどちらでもあるし、どちらでもないというか、新しいセリアちゃんになると言うか。全部のセリアちゃんが一緒にセリアちゃんになるだけ、なんだけど」
「ごめん、よくわからない」
なんとなく、わかる。総体としての自分というやつだろうか。だけど、それはわかりたくない。なんとなく、自分の中でそれを理解したくないと言う恐怖がある。その恐怖の出所は何処にあるのかよくわからない。ただ、自分はそれに目を背けているのだろう。
「……とりあえず、セリアと契約をする、ってことでいいんだよな?」
「そうだよー。じゃ、二人とも対面して並んでねー。私がぜーんぶやっちゃうから。ちょっと痛いかもしれないけど、痛くなったら手を上げて教えてねー。」
「歯医者かお前は」
そうしてパティによって自分とセリアの契約が執り行われた。その契約はセリアを俺に繋ぐ、永遠の鎖だ。ループどころか……この精神、存在が消滅しない限りは残り続ける、そんな繋がりだ。