loop40 再び共に
結構な時間遺跡にいたと思う。鍛えると言う名目で長期間拘束されることになり、食料として肉の確保や畑の増設などを手伝わされたりした。もっとも拘束されたぶんの成果は十分あった。魔銀製の武器の制作を頼んだ時点では魔術の強化を行っても勝てるかどうか怪しい相手だったアルベルドに今では魔術の強化無しで引き分けまで持ち込めるようになった。純粋に技術と身体能力が強化されたということだ。
アルベルドの持つ戦闘技術は遺跡で学んだものらしい。遺跡の中には特殊な訓練施設もあり、ちょっとした訓練ならそこでもできる。昔の資料から効率的な鍛え方や今では伝わっていないような武術も学べるのだが、そもそもアルベルドはそこまで強いわけではないらしい。本人曰く才能がないとのことだ。それでも素では自分よりはるかに強いわけだが。
才能がないのにそこまで戦闘技術を磨いたのは鍛冶で相手に合わせた武器を作るためらしい。鍛冶師はただ武器を作るのではなく、その人物の戦法や武器の扱い方、体の動かし方や癖などに合わせて作るべきという信念からだ。そこまでやるのは少々徹底しすぎな気もするが、人それぞれだろう。
自分が訓練を受けている間にパティは遺跡にあった古代人の残した資料を読んでいた。しかし、この遺跡にある資料は当時の文字、古代人が使っていた文字で記されているらしくその内容の解読は残念ながらまだできていないということだ。解読さえできれば中身を詳しく調べて重要なことを話すことができると本人は言っている。いつになるかはわからないが。
そんな経過を辿りつつ、戦争の日まで鍛えて過ごす。そして戦争の日がやってきた。
『スィゼ、大丈夫? またセリアちゃんと戦える?』
パティが心配してくる。前回セリアを殺したことを引きずったことを今でもまだ覚えている。だからそれを心配して聞いてくるのだろう。もちろん戦うことはできる。以前彼女を殺してしまったからこそ、今度こそ同じことをしないために。今度こそ殺さずに終わらせる。
思わず手に力が入る。思った以上に前回のことは自分の中に大きく刻まれていたのだろう。
『本当に大丈夫? 駄目そうなら……戦闘中でも容赦なく叱りつけるからね?』
大丈夫だ。だからパティには前回のように少しだけ手助けを頼みたい。
戦争の開始とともにいつものように飛び出してくるセリアと武器を打ち合わせる。そのまま逸らし、回避し、武器を投げる。跳ね飛ばし空中で取ってまた振るう。
もう何度も戦いつづけ、彼女の戦法もいくつか馴染みのあるものとなってきた。奇抜な戦法は多いが、やることや舞台、武器などそもそも変化しているのはこちらの強さであり、それ以外の変化は少ない。ゆえにできることも、発想力も拡張の限界があるのだろう。
戦闘技術が磨かれたことはかなり大きい。戦闘において大鎌がはっきりと見え、相手の攻撃のタイミングを読むこともできる。武器以外にも、体の動きや目線、足の向き、様々な要素が戦闘には使われており、それを見極めることができるようになっている。もっとも流石にセリアは強く、読んだうえでそれを外して攻撃してくることもある。戦闘勘というやつだろうか。流石に本能的な部分や才能の部分はどうしようもないみたいだ。
セリアは恐らく先祖返りである。先祖返りは戦闘の素質があるらしい。素質、才能、センス、言い方は多様だが要は戦闘に関してセリアは天才的な能力を有すると言うことだ。だからこそ、相手の強さに合わせて自分が強くなるという戦闘中に強くなる、成長すると言うことをやれるわけだ。
「あは、あはははははっ! すごく、すごく、すごく強い!」
今までも見てきたが、その中でも今回はかなりテンションが高い。恐らくはこちらの戦闘能力が上がったからだろう。いつもは宣言してきてから黒い光を大鎌に纏わせるのに、いつの間にかもう薄っすらと光を放っている。すでに本気に入っていると言うことか。
「そっちこそ強いじゃないか」
「そうだね。でも…………そっちの方が、多分強いんじゃないかな」
そう言ってセリアは笑みを浮かべる。相手の方が自分より強いとは本来なら認めがたいことだろう。彼女の場合は少々特殊だ。まあ、そこには相手の強さを見た上での願望を含んでいるのだろう。先祖返りであるセリアは強い。そしてその強さ故に独りで過ごす事になってしまった。
周りに人はいる。しかし、一緒に、共に、側にいて過ごすわけじゃなかった。どこか遠巻きに彼女を見ていて、離れて接しているような感じだった。だからこそセリアはまったく彼女のことを気にしなかった俺にべったりだったのだろう。普通にセリアと真っ直ぐ付き合える相手だったから。
まあ、まともに戦える相手だというのもあったのだろう。あれはあれでセリアなりの相手との接し方だったのだろう。セリアと一緒に過ごして初めて分かったことも多い。
「そうか。なら、お前を倒せるってことだよな。言葉は要らない……剣で応える」
そう告げて剣を構える。今、セリアと話すと彼女と過ごしたことを思い出して迷いが出てしまいそうだ。だから、一番わかり合える……剣で、その言葉に、彼女に応える。
「そうだね……それで語るのが一番はっきりするもんね。私も、あなたに全力で答えるよ。ふふ、もう全力は少しだけ出しちゃってたけどね、楽しくて。私に勝てたら……全部、私のすべてをあなたにあげる。だから…………絶対に私を超えて、私に勝ってね」
大鎌に黒い光が纏われる。そして全力の戦いが始まった。
力では拮抗する。技術ではこちらが上。戦闘での勘でこちらの技術を一時的に凌駕したりもしてくるが、基本的にはこちらに有利だ。しかし問題もある。持久力だけは先祖返りであるあちらの方が高い。なので早めに決着をつけたほうがいいのだが、流石に簡単に倒せるほど甘い相手ではない。
パティはまだつかわないが、戦闘中に少しの余裕がある時に魔術を使いながらセリアを追い詰める。セリアを殺すのならばまだ難しくはないが、セリアを生かすのであれば手段は限られる。かなり難しい戦いになる。
『スィゼ!』
パティが叫ぶ。空から魔術が降ってくる合図だ。パティの合図がなくともセリアの動きでもわかるのだが、戦闘に集中しているとセリアをつい追ってしまうだろう。だからパティにその合図を任せている。もっとも今回はそれなりに余裕がある。技術が高まったからだろう。
そんな魔術の攻撃による妨害を受けつつも、避けてセリアとの戦いを再開する。全力の中、わずかに見えるセリアの攻撃の隙。それを見過ごし、次の隙を、その次の隙を。セリアを殺さず、且つセリアに勝てるタイミングを探す。
「もう!」
こちらの意図がなんとなくわかるのか、隙を見逃されていることを理解しているセリアが苛立ちを籠めた一撃を振るってくる。武器は口ほどに物を言う。まあ、それはセリアならではのかもしれないが。
「別に手加減はしてないからなっ!」
「それは一応分かってるよ!」
剣と大鎌が真っ向から打ち合い、双方弾かれる。そのまま魔術、剣、体術と持っている技を合わせながら次の攻撃をする。
もう戦いは結構な時間となっている。周りが全く介入してこようとしないのはありがたい。まあ簡単に入り込める戦いでもないだろう。巻き込まれれば死ぬ危険の方が高い。セリアあたりは邪魔したら本気で殺しにかかりそうだし。
そして、セリアの大鎌を逸らしたところで絶好のタイミングを見つけた。セリアを殺さずに勝敗をつける方法はいくらかあるが、そのうちの一つである攻撃手段である大鎌を奪う方法。その方法の一つ、大鎌を持てないように腕を使えなくすること。生死だけを考えれば腕を斬り飛ばせばいいのだが、そこまですると今後に影響が出る。ゆえに、腕を折る程度に留めなければならない。
剣で腕を思いっきり打ち据える。セリアの防御能力はそこまで高くない。なのでこれで折ることは出来ている……はずだ。
「っ!」
それでもまだ大鎌を取り落とすことはしない。腕の痛みで片手が駄目になっている。とはいえ、もう片方の手だけでも大鎌は持てる。痛み程度は多少は無視できるのだろう。
その根性、戦闘への意思は大いに関心するが流石に戦闘を続けるのは難しいはずだ。まあ、セリアはそれでも最後まで戦い続けるだろう。いくらか武器を交えもう片方も折って武器を落とさせる。
「…………まだ、まだやれる」
大鎌が持てず、地面に落とした状態でもまだ戦意を見せる。腕は使えないが、痛みさえ無視すれば殴るくらいはできるだろう。足、頭、体での体当たり。戦うだけならば幾らでもできる。だが、そこまでいくと流石に無防備を晒す。そこに剣の柄でセリアを打ち据え意識を刈り取る。
「っと」
防御能力は人並みに近い。ゆえにうまくできれば簡単に意識を刈り取れる。まあ、彼女にまともに対抗できる相手が少ないわけだが。倒れこむセリアを受け止める。
「…………さて、退くか」
戦争はこれで決着がついた。セリアがいなくなり、セリアを倒す存在がいるこちらに相手方が仕掛けてくることはない。だから一度退いても問題はないはず。まあ、後で前で戦っていたことを何か言われるかもしれない。使いとかそういうのが来るかもわからないが……一度適当な所に戻ろう。
「う……あれ? ここは……どこ?」
ベッドに寝かせていたセリアが目覚める。結構長めに寝ていたから大丈夫か心配だった。
「起きたか」
「あ……そっか、負けちゃったんだ」
負けたこと自体は悔しくも悲しくもなさそうだ。ただ、少し寂しそうに聞こえた。
「体は大丈夫か? 治療で怪我は治したから大丈夫とは思うが、少し寝すぎだったからな」
「んー……問題ないと思う。ちゃんと動いてみないと分からないけど」
軽くベッドから跳び起きて床に着地した。今の動きで一気にこちらに近づいて命を刈り取ることができたかもしれない。自分と違いセリアは素で身体能力が高いのだから少しは注意するべきなのだろう。まあ、普通ならそうするべきなのかもしれないが。
「強かった。本当にあなたは強かった。私は負けちゃったんだよね。だから私は、私の全部はあなたのものです」
「ああ……」
なんというか、たった一度勝利するだけで全部ゆだねてくるのは……やりづらい。むしろ、一度普通に彼女と過ごしたことがあるからこそ余計にやりづらい。特に自分が主導する側だと余計にやりづらい。以前はセリアが一方的にこちらを従える形で一緒に過ごしていたから楽だったんだが。
「何でも言って。私は言われた通りにするから」
「ああ、うん、わかった」
「……それで、一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
「名前を教えてほしいの」
ああ……そうか、お互いのことはまだ、セリアの方は何も知らないんだな。
「俺はスィゼ」
「しぜ」
「スィゼ」
「しぃぜ、しぜ、すぃぜ……うう、言いにくい」
前も慣れたのだから今回もすぐになれるだろう。
「お前の名前は?」
「あ、私も言わないとだめだよね。私はセリア、セリア・ケイトル。これからよろしくね、スィゼ!」
「ああ、よろしくセリア」
「あ、もしかしてご主人様とかの方がいい?」
「いや、スィゼでいいから」
どこからそんな知識を得たんだこの子。