loop36 終わらせる者
静寂。今まで自分の中から湧き出すように溢れていた戦闘への感情、セリアと戦うことに対する様々な心情が一気に去っていった。まるで凪のように。
「…………ああ、負けちゃったんだ」
自分の心臓に突き立った剣を見て、そう呟きながら倒れそうになるセリア。心臓を突き刺されているのにまだ死なずにいられるほどにその生命力は強い。しかし、流石に死を迎えることが確実であるためもう立ち上がるほどの力は失くしているようだ。膝立ち、いやそのまま座り込むかのようにずるずると体が下がっていっている。
「…………」
「あなたの勝ちだね。すごい、強かったよ」
言葉を返せない。死神を倒し、生き延びることができて、仲間を守ることができて、彼女に勝つことができて……嬉しいはずなのに。
「…………うれしくなさそうだよね。わたしにかったのに」
「っ」
「わたしはうれしいけど、でも……そうだよね。わたしはもうだめみたいだし…………」
セリアがこちらに向けてくる視線は、残された者を想うような感情が見えた。
「…………やくそく、だめだった……わたしはしんじゃうから」
セリアがこちらに向けて言ったこと、自分のこれからも含めた全てをあげるという言葉。セリアに勝つには彼女を殺さなければほぼ達成できないことだ。もしかしたら殺さずに勝つこともあり得ないわけではないかもしれないが、それは自分にはできなかった。
「……ねえ………………なまえ……おしえて?」
既にセリアは頭を上げることもできなくなっている。心臓に剣が突き立てられているのにまだ生きていられるのがそもそもすごいのだが。
「……スィゼ」
「しぜ」
「スィゼ、だ」
「す……ぜ」
名前を聞けて嬉しいのか、セリアは笑顔を浮かべる。そして……残っていた力を全て失った。
「………………ちゃんと名前くらい覚えて逝けよ」
前の周の時のように、ちゃんと。
死神が死に、戦争が終わる。たった一人、死神だけが犠牲になるという結末で。
「はあ………………」
広い部屋で何かするわけでもなく、一人佇む。
『もー、スィゼー? いつまで落ち込んでるの?』
「別に落ち込んでない……」
そうは言うが、実際はパティのいう通り落ち込んでいる。言葉では強がるけど落ち込まないはずもない。セリアを、一応かなり仲が良かった……今回は違うが、そんな相手を殺したのだから。
セリアを倒した後、その結果を見届けた相手の国は戦うことをせず軍を退かせた。そしてそのまま戦争は向こう側の敗北宣言によって終結、お互いに通常の兵は一兵も損失せずに戦争は終わった。何故そうなったかというと、相手の国がこちらを攻めるために使うつもりだった最大の手札であるセリアが討たれたからだ。
セリアがこちらに攻め込み蹂躙し、場合によっては王を殺して勝ち、そうでなくともこちら側が相当やられた状態で攻め込めば確実に勝てる。しかし、それはセリアを押しとどめた存在……つまりは自分の存在によって目論見が外されたわけだ。セリアを止められたままではまずいと、本来こちら側に大打撃を与えるための魔術を使用して排除しようとしたが、それすらも回避されたうえに最後にはセリアを討たれた。そんな状態でこれ以上戦えるはずもないと言うことである。
本来行われる戦争の形で戦ってもいいのでは、と思う所だがそこで問題となるのがセリアを倒せる自分の存在である。セリアを殺せるほどの相手がいるのに攻め込むはずがない。その存在はセリアと同じことができるはずなのだから。
つまりセリアと自分の戦いの結果が戦争の勝敗を決めてしまったわけである。戦争の戦利品はセリアの亡骸と彼女の持っていた大鎌のみ。両方とも自分が回収した。亡骸に関しては戦利品扱いはどうかと思うが、おいていくわけにもいかないし彼女の亡骸をどうこうできるのは自分だけだろう。
思えば自分は彼女にかなり惹かれていたようだ。自分を殺したことをきっかけに、ずっと戦いつづけ、超えることを求め、最後には側にいる時間があった。自覚はないがかなり無意識な部分で彼女のことを好きだったのだろう。それを実感できたのは彼女の死後、殺した後だ。だから大きな後悔を抱いている。
「……重いな」
『当たり前。普通に持つのはスィゼじゃ無理だよ』
現在残っているのは大鎌だけだ。セリアの亡骸はその場で魔術で深い穴を掘ってそこに埋葬した。流石に死体を保管して眺めるのは違うだろうし、亡骸の一部でも残したままだとただでさえ引きずっているのに余計に引きずる。
だから残しているのは大鎌だけだ。一応これは相手の国の国宝であるし、戦利品としても唯一確保できた物で無くすわけにもいかない。これの価値は恐らくかなりのものであるはずで、国が接収するかとも思ったが、そうはならなかった。
「なんでこれが手元に残ってるんだろうな」
『そりゃあ扱いに困るからじゃない? 向こうの国の国宝で、スィゼが持ち主を倒して奪った物。スィゼが手に入れた物。スィゼから奪って敵対するわけにもいかないし』
「そういうものか?」
『スィゼから奪ったらスィゼが何をしてくるかわからないじゃない? あと、スィゼが持っている方が国際問題にならないんじゃないかって思ってるんじゃないかな?』
「危険物扱いかよ」
それほどまで危険視させることをしただろうか。
『セリアちゃんで考えなよ。セリアちゃんが暴れたらどうなるかって。あの戦いも見てただろうし、普通は手を出そうとか思わないんじゃない?』
「ああ……確かにそれは危険視されるかな」
セリアが大暴れすれば、あの場にいた人間のほとんどを全滅させられるだろう。国に対しても、街を一つくらいなら壊滅させることができるんじゃないだろうか。自分も魔術を使えば……不可能ではないだろう。まあ、被害規模なら確実にセリアの方が上だろう。自分はその半分も無理だと思うが。
「それでここに、ってことか」
『恐らくは監視半分、戦争の立役者に対する褒章みたいな感じが半分じゃない? なんだかんだでスィゼは戦争を被害なしで終わらせたんだもん。大戦果だよ』
確かにそうなのかもしれないが、自分としてはセリアとの戦いに決着をつけただけで随分な話だと思う。そもそもセリアを倒して戦争が終わったのはあくまで結果論だ。まあ、理由や過程がどうあれ結果が重要なことなのだろうけど。
今、自分は王宮の一角で客人扱いで滞在中である。理由としてはパティの言った通り、戦争を終わらせたから。実際に戦争で戦ったのは自分だけだし、仕方ないところもあるだろう。
今回の戦争は相手国から仕掛けてきたものであり、セリア以外は失われていないとはいえ向こうの完敗扱いだ。いくつかの要因でこちら側が強気の要求ができる。まあ、戦争と言うには少々奇妙な形で行われ終結したので戸惑う所もあったものの、十分に賠償の支払いはされるようだ。通常は国土の切り取りになるが、今回は少々状況が特殊なため財貨での支払いであるらしい。
「……まあとりあえず何もすることがないし、体でも鍛えようか」
『そうだね……何もする気がないみたいだもんね』
セリアを倒し、今後にするべきことももうない。後は冒険者として細々と生きていくくらいだろう。人生における目標がなくなった感じで少し寂しい。
『重症だなあ……』
それなりに遠い大地の底。つい先日、戦争が行われた場所からさらに遠くの大地。その周辺に住まう人々にとっては特に土地に問題があるようには思えないと言うのに、動植物が寄り付かないという特徴を持つ大地である。そのためか悪魔の地とも呼ばれる場所だ。かつてその場所のことを知る人々は封じられた大地とも呼んでいたようだが、今ではその名前を覚えている人間はほぼいない。
そんな何もない大地が僅かに揺れていた。この世界において地揺れと呼ばれる現象は山での土砂崩れくらいでしか存在せず、平地が揺れると言うことはない。しかしその起きることもないはずの地揺れがその大地、悪魔の地とも、封じられた大地とも呼ばれる場所でおきていた。
その場所の名前、封じられた大地。その名前から何かがその地に封じられていることを意味するはずである。この地揺れはその封じられたものが目覚めようとして、その結果大地が揺れている、揺らされているということだ。
いや、既にその地に封印されている者は完全に目覚めているのである。
地揺れは目覚めの影響ではない。封印から脱するために起きている現象である。そして、大地が大きく震え……地面の下から突き上げるように破壊された。
大地の内側からその堅固な蓋を突き破り、封印を破り目覚めたものは空へと飛び出した。空へと飛び出したとても大きな影、それは魔物の一種である竜のようにも見える。しかし、その存在は一般的に竜と呼ばれる存在から大きく逸脱していた。
まずその背中にある翼。その翼は四枚の翼で大きな翼が二つ、小さな翼が二つの構成である。翼はそれなりに大きいものの、それ以上に体が大きくその翼で空を飛ぶと言うことは本来あり得ない。通常の竜の多くは体を包むほどに大きな翼を持ち、それで空を飛ぶ。それ以前に空を飛んでいるのに翼は羽ばたいていない。
そもそも見た目からして普通の竜のようには見えない。体は薄く光を放っているように見え、頭に存在する角は複数の色が回るように巡り奇妙な光を携えている。瞳は瞳孔が確認できず、白一色に染まっている。生物であるはずなのに、その生物から放たれる気配や有する雰囲気からは命の気配はあまり強く感じられず、どこか無機質なものであると感じられるだろう。
その竜は首を斜め前に、南東の方角へと向ける。その方向にあるものは人の住む土地。この竜が眠っていた大地を悪魔の地と呼んだ人間たちが現在住んでいる場所である。その方向を見ながら竜は大きく咆哮した。眠りから覚めたことに歓喜したかのように、もしくはこれから行うことに対しての奮起であるかのように。
かつて世界を滅ぼしかけたとされる御伽噺にでてくる六匹の竜。それは実在し、今まで封印されていた。しかしその封印は破られ、その中の一匹の竜が目覚めた。