loop4 元ソロと五人の冒険者
「まず私から自己紹介させてもらおう。私はクルド。十年以上冒険者として活動している。隣にいる二人は私のチーム、さらに言えば同郷の人間で今回彼らとチームを組むうえで他に初心者の人間が必要になったので君たち三人を勧誘させてもらった」
「えっと、どういうことだ?」
勧誘された三人、俺と他二人のうちの他二人の短髪の方がクルドさんに訊ねる。単にチームに誘っただけというだけならばともかく、自分たちが必要だから誘ったと言われれば気にもなるだろう。
「私のようなある程度実績のある冒険者が初心者とチームを組む場合、不正防止として一定数の教導依頼と呼ばれるものを受けなければならない。それを受けなければ銅の冒険者になることはできない」
「なんだよそれ」
「チームに入ると損をするのか……」
最初にデメリットを説明したためか二人の反応は芳しくない。メリットがあると言ってもそれは実態的なことであって明確に何かで得をするということでもないから説明もしにくいし、わかりづらい。デメリットばかり強く印象に残りそうだ。
「確かにランク……冒険者として上位に上がるのに手間が必要になるのは事実だけど、実力者がいるというのは安心できることだろ。初心者冒険者は半分が最初の依頼を受けて帰ってこないって言われるくらいだ。先輩の戦い方だって学べるし剣術だって教えて貰ってもいい。損ばかりじゃないはずだ」
俺がメリットの説明をする。チームに入らないと言われるとこちらとしても他の冒険者の勧誘を待たなければならないから面倒だ。
「彼の言う通り、冒険者としての先達がいれば必要なものの準備もしやすいし、何をすればいいかわからないということも少ない。君たち二人で組んでいるようだが、冒険者をするうえで何が必要か、どこに行けばいいか、敵がどんなものであるのかなどはわかるか? そういった経験や知識の恩恵があるのが利点と言える。それに教導依頼も依頼の一つだ。受けなければならないという損はあるが、普通の依頼と同様に扱われている。それ自体が損であるということはない」
「……どうする?」
「……人数がいたほうが戦うのも楽になるだろうし、言っている通り冒険者の先輩がいれば色々と教えてもらえる可能性はあるしな」
二人でぼそぼそと話し合っているが、こちらには丸聞こえである。恐らくは向こうにも聞こえているだろう。聞く限りではメリットをきいて悪くないと思ったようだ。ならば大丈夫だろう……そもそも前回は俺が特に何も言わなくてもチームを組んでいた可能性が高い。彼らも同期としての覚えがない。つまり、チームはやはり全滅の運命をたどったということだろう。
「どうする? 今ならばまだ他の冒険者とチームを組むこともできるが」
「いや、あんたのチームに入るのでいい。なあ?」
「ああ。ただ先輩としてこっちがわからないことをしっかり教えてほしい」
「もちろんだ」
どうやらチームに正式に入るということのようだ。そうして各々がクルドさんに続いて自己紹介を始める。
「俺はロック。クルドさんと同じ村の出身だ。えっと……特技は……特にない」
がっくりと肩を落とすロック。元気いっぱいの少年といった感じだ。特技がないということで肩を落としているが、どこの田舎の人間も家を出たばかりだとそんなものだ。あまり気にすることではない。
「私はハンナです。ロックとクルドさんと同じ村の出身です。その、戦ったりとかそういうのはやったことがないので不安ですけど、頑張ります!」
珍しい女性冒険者として活動するつもりであるハンナ。このチームでは紅一点だ。美人と言うほどではないが印象的には平均以上の可愛さはある。頑張ります、のあとに手を持ち上げぎゅっとするところなんかは精一杯頑張ろうという気概が見える。意外と芯が強いのかもしれない。冒険者になろうというくらいだし。
「俺はカイザだ。冒険者として大成するつもりだ、よろしくな」
俺以外の勧誘された二人のうちの短髪の方がカイザ。勝ち気で少し目が鋭く睨んでいるようにも見えるがずっとそんな感じなので生来のものなのだろう。ロックと比べるとそこそこ筋肉がついているように見え、恐らくは家を出る前は力仕事がメインだったのかもしれない。
「俺はクーゲル。俺はカイザと違ってそこそこの冒険者としてやってくつもりだ。まあよろしくな……先に言っておくと、老けて見えるかもしれないが成人したてだ。老けて見えるのは気にしているからあまり言わないでくれ」
残りの長髪の方がクーゲル。自分でも言っているが、同年代とは思えない見かけだ。老け顔というやつだろう。最もそこまで極端ではなく、二十かそこらに見えるくらいだ。年上にみられるというのは悪いわけではないのだが、勘違いされると問題になりそうだ。また本人は老けて見えることを気にしているようだし、特に何も言わないでおこう。
「スィゼ。家の方では賢しいとか言われてた。計算とかも得意だからその手の事務みたいなことは多少任せてもらってもいい」
そして残った自分の自己紹介だ。もっともあまり言えるようなこともない。前回の経験を考えれば冒険者の知識もあるが、その知識を持ってることを言っても変に思われるだけだ。それならば多少頭がいいくらいしか言えるようなことはない。
そうして全員の自己紹介が終わり、本来の目的であるチームで受ける依頼についての話を始める。
「今回受ける依頼は教導依頼の一つでこの街から半日ほどの村に出没した魔物を退治することだ。教導依頼と言うことで魔物も大して危険な魔物ではない。代わりに依頼自体の報酬は少なめになる。教導依頼は特殊な達成条件があって、それぞれで魔物一体を退治することが条件だ。そのうえで一定数の討伐が依頼の達成条件だ。全部で十体だから、初心者である君らが一体ずつ、俺が五体という形が今のところ考えられるものだ。だが……君らが経験を積みたいということであれば俺の討伐分から差し引いて君らが討伐をしてもいい。明日依頼された村に行き、魔物の討伐を行う。今日はその準備をして明日の朝ギルドの前に集合だ。何か質問があるか?」
そうクルドさんが言って特にみんな黙ったままである。いや、少し待ってほしい。質問することがたくさんあるのだが。俺は手を上げる。
「スィゼ。何か聞きたいことがあるのか?」
「今回の依頼で討伐する魔物は何ですか? いくら初心者向けの依頼だとしても何か全く分からないのは問題だと思いますけど」
「討伐指定されている魔物はテナガザルだ。見たことはあるか?」
そう言って全員にクルドさんは視線を向ける。一応は討伐経験もある魔物だ。俺は頷き、他にクーゲルも頷く。
「テナガザルは畑の作物をとっていくことがあるからな。見たことがあるのなら、どんな特徴を持っているかもわかるか?」
「確かぐいーんって腕を伸ばして作物を取っていったな。兄貴がそれを追おうとして親父に止められてたが」
「危険が少ない魔物と言っても魔物は魔物だからな、当然だ。テナガザルは名前の通り、腕を伸ばすことができる魔物だ。それも元の腕は人よりも短いくらいなのにその十倍以上も伸びる。もっともそれくらいしか魔物としての特徴はなく、他は普通の猿と同じくらいだ。むしろ歩く速度は普通の猿よりも遅いくらいで狩りやすい」
へえーという感嘆が小さく聞こえる。普通の農家の子供は魔物に遭遇することはほぼなく、知識もほとんど持っていない事の方が多いだろう。しかしクルドさんも実にいやらしい言い方をする。歩く速度が遅いというが、テナガザルはもともと枝を伝って移動する。伸縮自在の腕はその枝を高速で渡るために進化したのではないかと思われるくらいだ。同時にその移動手段を攻撃手段や作物を奪うことに使ってくるので、そこを狙って斬りおとすことで移動と攻撃の手段を奪って完全に雑魚にできるから大したことのない狩りやすい相手であるのも事実だが。
「大したことのない強さの魔物だから、しっかりと防具をつけていれば痛手もほぼ受けないし武器も今はそこまで気にすることもない。好きに選ぶといい」
「はい」
「ああ」
「……他に何かあるかな、スィゼ」
そう言ってクルドさんが視線を向けてくる。咎めるようなものではない。どちらかと言うと期待の入ったもののように感じられる。
「依頼の集合時間は朝……ということだけど、朝の二回目の鐘ですか?」
街の方では朝昼夕に鐘がいくらか鳴るが、朝日が昇ったときが一回目の鐘、おおよそそれから三時間くらいで二回目の鐘が鳴る。もっともこれはかなり大雑把で前後の誤差で前十分後ろ三十分くらいの誤差は日常茶飯事だった。昼に一回なり、それから三時間くらいにもう一度、日が沈んで夕方の鐘。合計五回鐘が鳴るという形である。街によっては月が昇ったときに六回目の鐘を鳴らすこともあるらしいがこの街では五回までだ。
「二回目の鐘?」
「鐘ってなんだ?」
「村ではない所が多いが、大きな街では今の時間を示す鐘が鳴るんだ。朝日が昇ったとき、それから昼まで中間に一回、昼に一回。昼から夕方まで中間に一回、夕方に一回だ。月が昇ったときに鳴らすところもあるが、それは街によるとしかいえないな。さっき集合は朝と言ったが、起きてすぐにギルドの前に集合というのも大変だろう。朝の二回目の鐘が鳴るくらいにギルド前に集合だ」
「わかりました」
鳴ってから、ではなく鳴るくらい。恐らくは時間に関しての指導の一環だろう。依頼によっては集合時間に厳しい場合もある。多少猶予はあるかもしれないが、鐘がなってからくると時間厳守に関しての話をされるだろう。流石に初心者に対し厳しい内容ではないかとも思うが……そうだな、教導依頼に含んでいるのかもしれない。もしくはクルドさんの指導という形でもあるだろう。
「他には何かあるか?」
「…………いえ、今はいいです」
指導の一環であるのならば自分があまり指摘しすぎるのもよくない。少しまだ聞きたいことはあったがいいだろう。一つの経験ということだ。
「それでは、皆各自で自由に行動していい。明日の朝、しっかり集合するように。解散だ」
その解散を合図にカイザが動き、連られてクーゲルが追う。二人はギルドを出て良き、ロックもやりたいことがあったのか立ちあがりギルドを出る。ハンナは自分もそうしたほうがいいのか、どうすればいいのか迷って立ちあがってまごついている。
「スィゼは行かないのか?」
「ギルドで武器の貸し出しを行っているので、そっちで武器を見繕ってから必要なものの確保を。あと、依頼の内容の確認もしたいですし」
「……そこまで知っているのか。それにあそこで言っていないことも気にかけているようだな」
「え……? クルドさん、言っていないことってなんですか?」
ハンナがクルドに訊ねる。この手の内容は相応に経験していないと分からないことも多い。自分も初心者の頃は色々と失敗したり用意が足りていないことも多かった。
「半日で村に着きそれから依頼の遂行ってことはこっちに戻ってくることは出来ないってことだよ。村で泊めてもらえるとは限らないし、泊めてもらえるからって寝具の用意があるとは限らない。食事も出してもらえるかわからないし移動中の昼食だっている。だからどういう村でどの程度のことをしてくれるのかも必要だし、場所も調べておきたい」
「賢しいと自分で言っていたが……」
前回はソロで活動していた。自分一人であれこれやらなければならなかった。その経験上のものである。村には宿がないこともあるし、軒下や家畜小屋で眠ることもあった……個人での移動だから楽な部分もあったが、複数人で移動だと時間がかかる可能性もある。多少考えておくべきか。
「……そこまでいろいろとあるんだ」
「スィゼの言うように単純に依頼を受けて仕事をするまでの過程もある。今回は半日だが遠い場所では二日三日かけて移動することもある。多少は私も準備しているが、本来は各自で準備することだ。ハンナも覚えておくといい」
「はい……」
意外と冒険者業も大変である。そのあとは依頼の確認、村のおおよその場所の確認、装備の貸し出しなどをしてもらい、旅道具の購入などをしてようやく宿探しを行う。宿に関しては出遅れたためあまりいい宿には止まれなかったが仕方がないだろう。残ってただけましか。