loop35 死神討伐
『大丈夫? ちゃんとまた戦える? 迷ったりしない?』
「しつこい」
パティの心配の気持ちもわかるのだが、何度も聞かれると少々しつこいと思う。前回セリアに捕まり少しの間彼女の下で過ごすこととなった。そして最後は暗殺……だと思うが、セリアに殺されるのとは別の形で殺されてしまった。死神、セリア以外の手で殺されることになったのはこれで二回目となる。
パティが心配している理由はセリアと一緒に過ごしていたからだろう。セリアに対し情が湧き、戦闘することに対して迷いが出てしまうのではないか。確かにセリアと一緒に過ごして彼女のことを知って少し思う所はある。だけど彼女との決着はつけなければならない。そもそも、彼女を倒さなければクルドさんたちを守ることもできないし、自分が前回生きていたのは偶然だ。確かにセリアを殺さずに済ませられればいいと思っているが、その気持ちと実際にどうするかはまた別の話だ。
「ちゃんとセリアを倒すよ。だから心配しないでいい」
『ならいいんだけどねー……』
迷いがないとは言わないが、それで剣を鈍らせることはしない。後悔は終わってからしてやる。だから今回こそ、ちゃんと決着をつけて全て終わらせる。
戦争が始まる。いつもの通り、真正面から一直線に突貫してくる死神をこちらも同じように跳び出して剣と大鎌をぶつけ合う。攻撃を止められたセリアが見つめるきょとんとした表情もいつものこと、この一瞬は隙だらけに見えるがこちらが行動しようとすると向こうもすぐに反応してくる。向こうの動きを待ってから対処するほうが楽だったりする。
金の魔術で身体強化をするようになってからは受け流しをする必要性はなく、多くの場合は力の拮抗した鍔迫り合いとなる。大鎌と剣での鍔迫り合いというのもまた奇妙なものだが、表現的にはそれが一番あっているのではないか。
戦闘中、こちらの攻撃は結構素直でまともである。それに対して向こうはかなり奇抜で感覚的に攻撃してくることが多い。回転するように大鎌を振り回してきたり、柄の端を持ってリーチを延ばしたり、投げてきたり、柄で戦闘してきたりなど。
さらにはこちらが強くなるほど向こうもそれに応じるかのように強くなる。セリアは最初は本気ではなく手加減していると言うのもあるが、戦いの中で経験を積んで強くなるのがわかる。一緒に過ごした時に戦っていたときもそうだった。
「ふ…………ふふふふ、ふ、ふふふ、あはははははっ!」
「……そんなに楽しいか?」
「うん、すごく楽しいよ!」
本当に、楽しそうに、嬉しそうに、笑顔を見せてくる。そんな彼女を見て色々と思うことがある。
話したいこと、彼女について知っていること、伝えたいこと。色々と思う物があるが、それは今の彼女に言うべきことではない。今のセリアは前のセリアと違うのだから。
「あなたは、楽しくない? 何かちょっと変な感じだけど」
「わかるのか」
「うん。戦えば、武器をぶつければわかるよね?」
「それが分かるのはそっちだけだと思うぞ」
「えー? そうかなあ……」
なんとなく、雰囲気や武器に籠る気持ちは確かに感じることはあるのかもしれない。でも誰でもできることではない。ただ、セリア相手だと自分はよくわかる。付き合いの長さのせいだろう。自分と戦っている時はわかりやすいくらいに喜びと楽しさが伝わる。
「ま、そんなことは今はいいよね。私は本気であなたと戦う。私とこれだけ戦える人と会うのは初めてなの。だから、すごく、すごく、すっごく嬉しい!」
「そうか」
「私に勝てたら、私の人生、私の命、私の心……私のすべて、これまでもこれからも、全部をあげる。だから」
セリアが大鎌を構える。その大鎌に黒い光がうっすらと纏われる。
「私を倒してみてね」
全力になった彼女の攻撃がこちらに向けて振るわれる。
全力での戦いはこちらも戦闘に集中してしまう。たとえセリアとの戦闘中に空から魔術が降ってくることを知っていても、集中しないでいることはできない。全力の彼女との戦いはそれほどの集中が必要となると言うのもあるが、彼女との戦いはどこかのめりこんでしまうところがある。
セリアほどではないにしても、自分もどこか戦いを楽しんでいるのかもしれない。強い相手と戦うこと、自分の戦力を振るって戦えることを。頑張って今まで鍛えて力を得てきたからこそ、それを使える事を楽しいと思うのだろう。
そもそも自分は最初から強かったわけでもない。ずっと死神と戦えるようになること、セリアを倒す事だけに熱心になってきたからこそ。セリアを倒せるくらいに強くなったことに、セリアと真っ向から戦えることに楽しさと喜びを覚えているのだろう。ただ、同時に戦いを続けていたいという気持ちもある。その点ではあまり彼女に強く言えないだろう。
今までのすべてはある意味彼女と戦うためだけに、そのためだけにやってきたことなのかもしれない。それほどまでにセリアと戦うことに楽しみを感じるようになっている。でも前回はこれほどまでそう思っただろうか。
恐らく彼女について知ったからこそだろう。剣を合わせ、セリアと話し、セリアのことを多く知るようになって、彼女と戦い合うことが楽しくなっている。それは自分の力がセリアに届くくらいになったことだけではなく、彼女の願いや想いに自分が応える形になっているのもあるのだろう。
戦闘中だと言うのに少し思考がずれてきている。でも、そこにある戦闘の外にある意識は全て彼女との戦う全ての向けたもの。だから戦闘に影響はない。今、彼女が攻撃を避けた。奇妙ともいえるタイミングで離脱をした。
『スィゼ! 来るよっ!』
パティの叫びで一気に思考が冷える。戦いへ集中した自分の意思をこの場からの離脱へと向ける。この行動をとれるようにパティに合図を頼んでいた。ずっとパティの意識は自分の精神の表側にあったが、その微かな揺らぎを感じないほど戦闘に集中していた。パティが表にいる悪影響はまったく現れていないようだ。
一気に後方へと下がる。セリアを追ってセリアの側まで行ければ安全圏だが、流石に逃げようとするセリアを追いきれるほど余裕はない。爆発の余波のことも考えればある程度安全な方がいい。
「防壁っ!」
魔術が降ってくる前に防壁の魔術を使い、そのあとすぐに魔術が落ちて爆発を起こす。その余波は大きく、防壁があってもその防壁を破壊してこちらまで余波を届かせる。とはいえ、吹き飛ばされそうになるものの突風程度まで落ちている。その余波で吹き飛ばされた大地の破片なども飛んできて傷を作るがまだましだろう。後のことを考え治療をしておく。
爆発が収まった後、着弾しただろう大地にはかなりの大穴ができていた。
「うわ……」
前々回は直撃、前回は防いだが余波で気絶。どんな威力だったかと思ったがこれほど大きな威力の魔術を使われたのは想定以上だった。
「あ、無事だった!」
死神が穴を回り込んでこちらへ来ていた。意外と向こうも余裕があるようだ。
「避けたんだ。私みたいに魔術の発動や軌跡がわかるわけじゃないのにすごいね!」
「……邪魔が入ったけど、どうする?」
ここで終わらせてくれれば、そんな想いがあったから出た言葉なのだろう。それは自分が生き残りたいからでた言葉ではない。恐らくは……自分ではなく……
「まだ、やれるよね?」
セリアの答えは戦いを続けること。彼女がそういうなら、自分は応えるだけだ。
「ああ」
大鎌を構えた死神に剣を構える。嬉しそうに死神が笑い、大鎌と剣がぶつかり合って戦いが再開する。
死神と自分には力の差が存在する。戦闘中ではに拮抗しているように見えるのだが、根本的には拮抗していない。単純に力と力で押し合った場合、確実に向こうが勝つだろう。瞬間的に拮抗できても長期間拮抗し続けることはできない。そういう差なのだ。
戦闘中、死神が技術を学んでいき、強さが上がった結果こちらが受けられる強さを超えてしまえば向こうが勝つ。それは決してすぐに迎える終わりではないが、遠いものでもない。それ以上に持久力ではこちらが負けるので疲れてしまえばそこで終わりだ。
ならば短期で勝敗を決するしかないのだが、現状で拮抗している状態でどうやって勝つか。
『技術も対抗されちゃって来たね。力は最初から無理、拮抗。どうしようもなくない?』
パティの声が聞こえる。セリアのように戦いの中で差を埋めるような器用なことはできない。自分の中にあと残っている物は魔術くらいではないだろうか。
『うん……うん? そうだ! 魔術! 魔術を……でも難しいかな』
魔術。自分にあってセリアにない唯一明確な差。これだけはセリアでも新たに使えるようにはならない。死神との差を埋めているのも身体強化の魔術なわけである。しかし、死神は魔術による攻撃を感知する。
『空からのにも反応してたよね。多分、魔術の攻撃がどういうものか、どこを通ってどこに当たるか、多分威力や影響力みたいなのもわかるんじゃないかな』
魔術を覚えた直後の時も、魔術師の時も、魔術は全て感知され回避されている。しかし、彼女の魔術の感知能力はあくまで外側に向けられた魔術、もしくは自分に向かってくる魔術が殆ど。いや、もしかしたらわかっても脅威にならない魔術は対処しないだけなのかもしれないが。
『つまり、彼女に影響を及ぼす魔術だから対処される。逆に言えば彼女に直接影響しない魔術ならその発動を邪魔しようとはしてこない』
例としては防壁の魔術だろう。一瞬だけだがセリアの攻撃を防御できるほどの防御力を持つが、死神はその発動を気にかける様子がない。それは発動がわからないからではないだろう。自分に向かって使われるものではない、巻き込まれるものではないから。
『どっちにしても隙はあるね』
いざという時。パティは自分の力だ。
『いいの?』
セリアの知らない、見せてない、わかっていない、唯一の力。ただ、本当はパティの力を借りたくはない。だけど、それでも、今度こそ勝つ。そのためなら。
『わかった』
剣と大鎌が交錯する。一瞬止まり大鎌が剣の上を滑る、その先に防壁の魔術を発動させる。
「っ!?」
防壁により一瞬大鎌が停止する。次の瞬間防壁が破壊されるものの、そのわずかな時間にパティが足元に斜めに防壁を発動、それを足場に前方へと体を押し出す。
「っ!!」
大鎌のわずかな遅れ、それに対し地面を蹴るよりわずかに速いこちらの動き、柄での防御がぎりぎり間に合わされた。剣に火の魔術を発生させる。
「やああっ!!」
流石に炎が影響するからか、剣を跳ね上げるように柄を上げ、大鎌を振るってくる。それを剣で受け止め、それと同時に一気に相手が退いた。こちらも少し押し返された。
『魔術はまったく使えないわけじゃないけど、まだ届かない』
でも、可能性は見えた。剣と魔術、動作に魔術、今まで使ってこなかったようなやり方や発想から魔術を使う。時にパティが内容を提案しそれを行う。戦いの中、思考が明瞭に、パティがいるのに精神的な影響がなくなるほどの楽しさや緊張感。そして新しく生まれる技術。魔術を単体で使うのではなく、戦闘術に組み合わせる。魔戦技とでもいうのだろう。名称はどうでもいいか。
戦う、戦う、戦う。魔術を組み合わせた戦闘はセリアでも対応できない動きなのか、彼女が防ぐ機会が増えている。それはまるで昔の自分を見ているかのように思う。あの時は自分が彼女に追い詰められる側だったが、今は自分が彼女を追い詰める側になっていた。
そうして剣を振るい、今まで何度も戦ってきたからこそ分かる癖、そして隙。死神の攻撃や防御の間にある僅かな隙間、彼女の得意でない防御が増えたことで生まれた、僅かながら致命的な隙を。
「あっ」
死神の体を斜めに剣が走り赤い血が散る。かなりの大きな傷だが、それでも彼女はまだ倒れない。それだけ彼女が強いというのを自分は知っている。大鎌を持つ手に剣を振るい攻撃を封じ、動きの鈍った彼女の心臓へ向けて剣を突き立てた。