loop34.5 死神
目の前で爆発が起こって周りが見えなくなる。強い人、私と同じくらいの強さの人との戦いの中突然魔術が空から降ってくるのを感じて急いでその場から離れ、起きたことが目の前の光景だった。
何が起きたかを理解して、一瞬頭が真っ白になる。この爆発の威力なら、あの人が巻き込まれてしまった可能性に思い当たったから。でもその考えはすぐに否定された。あの人は爆発が起きた場所から少し離れた場所に倒れていた。何とか逃げたけど回避しきれなかったみたい。
私はその人に近づいて様子を見る。もし死んでいたら一大事だ。触ってみたけど特に反応してくれない。一応生きているみたいだけど、すぐにさっきのように戦いに戻ることは無理みたい。
そういえばすっかり忘れていたけど、今は戦争の真っ最中だった。本当は私が攻めて壊滅させるはずだったんだけど、この人をこの場に置いていくわけにもいかない。せっかく会えたんだから。王様とかの命令よりもこの人の方が重要だけど……でも、何もしないで戻ると怒られるし面倒。やることはやっておかないと、こちらもいろいろと頼めない。
「仕方ないかあ」
大鎌に力を籠める。黒い光が大鎌を包み込む。戦争は既に始まっているのに、お互い誰も相手に攻め込まない。私のいる国は私がどうにかすることが決まっているからだろうけど、あっちはなんでなんだろう。まあ、今の私には関係の無いこと。
大鎌に込めた、空をも切り裂く力を振るう。二度、三度。本当の意味で全力の一撃ではなく抑えているけど、それで十分。大体はこれで壊滅に追い込めたはず。
「これでいいよね」
駄目といわれても私は私の仕事ちゃんとやりました。さあ、すぐにこの人を連れて戻ろう。さっき魔術のせいで邪魔されたから納得は行かないけど、最後に立ってた私の勝ちってことでいいよね。私が負ければ、私は私のすべてをあげるつもりだったし……私が勝ったんだから、あなたのすべてを貰っても、いいよね?
「ただいま」
王宮の外れの方、離宮。王宮の中でもちょっと特殊な隔離された場所。ここが今の私の家、私の生活するところ。
「お帰りなさいませ、セリア様。お早いお帰りですね」
トレイルが私を出迎えてくれた。やっぱりいつもと同じ、少しよそよそしい。一応私がトレイルの主人なんだけど……多分トレイルは私のことを本当に主人だとは思っていないと思う。誰かから私を主人と思うように、って言われてるのかな。ただ私に従ってくれているだけ。
「ところで…………その担いでいる男性は一体何なのでしょう?」
「戦利品。私と戦えるくらい強い人だよ。途中で邪魔されたんだけど、私が勝ったみたいだから気絶していたのを拾って持ち帰ってきたの」
私の言葉にトレイルが苦い表情をする。つまりこれは多くの人にとってはよくないこと見たい。トレイルは私には表情を隠すことはしない。私がわかっていないと思ってるのかな?
「セリア様……その者は即刻始末すべきです」
「嫌だよ。せっかく私と同じくらい強い人に会えたんだし。私が勝って、私が拾ってきたんだから私がどうしたって自由でしょ」
「それは……」
この人は私の物。私が手に入れた物。トレイルが私の持っている物にあれこれ言えるはずはない。そもそも、ここでの私は色々なわがままが言える立場。無理でも通す。
「やはりよろしくはないでしょう。セリア様ほどの強さを持つのであれば、危険すぎます」
「……ここに誰を連れてくるのか決めるのは私だよ」
「しかし」
ああ、もう面倒。
「トレイル」
「……っ!」
トレイルも私の側におかれるだけあって、強い方だね。私が本気で殺してしまおうかなって思ってる意思を向けても、体をびくりと振るわせるだけで済んでいるんだから。普通の人なら気絶したり動けなくなったりするのに。まだ元気があるんだね。
あ、他の人がいなくてよかった。今までも何度か巻き込んで大変だったから。
「私はここで殆どのことを許されてるよね? 頼まれたことはちゃんとするけど、それ以外に文句を言われたくはないよ。過度な干渉は受けない。今回だってちゃんと戦争に参加して…………ちゃんと相手に大打撃を与えて壊滅状態にしたよ」
言われたことをちゃんとやったとは言えないかもしれないけど。
「その後私がどうしようと、何をしようと自由だよね? そういうことになってるはず」
「は……はい、そうでございます」
そういうことになっている。まあ、殆どのことはあっちで事後処理してくれる。本当に私が自由に何でもしてしまう方があっちには大変だろうし。そのあたりは私だってちゃんと配慮はするよ。子供らしいわがままをする程度にしているんだから。あ、でもあまり子供らしくもないかな?
「なら問題はないよね」
「ですが」
しつこいなあ。
「トレイルが、私のことを決められるの?」
怒りを向ける。いい加減どちらが上の立場なのか理解してほしい。
「っ!!」
「ここでは私が全てを決める。それでいいんだよね?」
「はい、そうです。差し出がましいことを申し上げました」
そう言ってトレイルはこちらに向けて頭を下げてきた。
「じゃあこの人を運んでくれる? どこで休ませるといいかちょっとわからないし、部屋もいるよね」
「わかりました。部下に指示を出すのでその者はその場においてお待ちください」
じゃあ降ろしておこうかな。それにしても……また何か隠し事かな。いつも部下に指示をーとか言っているときはこそこそやってるみたいだし。
「そもそも邪魔したのって……こっちの人たちだもんね。でも、まあこの人はここに連れてこれたし別にもうどうでもいいや。これから……うん、一緒に、戦って、戦って、戦える……強い人と一緒」
一緒にいられるくらい強い人、そんな人なら……近くにいてくれるかな。
強い男の人、私と戦えるくらいに強い人、名前はすぃぜって言うらしい。ううん、スィゼ。ちょっと私には言いにくいかな? しとすぃがどうにも。活舌が悪いとか舌足らずってわけじゃないはずなんだけど。うん、まあちゃんとスィゼの名前を憶えているし、何度も呼べば慣れるよね。
スィゼは私と同じくらい強い。だけど私のようにずっと強いわけじゃないみたい。魔術を使って自分の体を強化して私と同じくらいの強さになっているみたい。もちろん普通の状態でもそれなりに戦えるみたいだけど、魔術なしだと私とは戦えない。それだけはちょっと残念かな。でも、戦いになればちゃんと戦うことはできる。
スィゼと戦っていると私が強くなっていくのがわかる。今までの戦いでは得られなかった、戦いの楽しさ、嬉しさ、喜び、充足感、満足感。やっぱり自分と同じくらいの強さの人と戦うのは全然違う。一緒に並んでいるからこそできるんだろうね。でも、強くなった私に合わせられるスィゼもやっぱりすごいと思う。
スィゼと戦って、お互いの武器がぶつかり合った時、スィゼのことが少しだけわかる。スィゼは私ほど戦いが好きじゃないみたい。死ぬことへの恐怖や忌避が、少しだけ剣から感じられる。でも私との戦いに応えようとする思いも感じられる。それが少し嬉しい。戦いの中の空気、感覚はお互いの想いや気持ちが少し見える。今だと、スィゼは私と戦うことにちょっと戸惑いみたいなものを感じているみたい。なんでだろう。
スィゼが私を倒すつもりなのは最初からずっと、今もその気持ちがあるのを知っている。でも、そこに私が敵だ、嫌いだ、殺したいという想いは見えない。ただ純粋に私を倒したいっていう想いがあるだけみたい。あと、私との戦いを楽しいと言う想いもあったかな。私にとってはスィゼと戦えるだけで嬉しかったからどうしてそういう想いを持ったのかっていうのは気にしないことにしてる。
スィゼに対する私の想い。スィゼは私のとって唯一で初めての存在。私と並びたてる、私と同じくらい強い普通じゃない人。そんな人がいてくれるだけでも嬉しいけど、スィゼは私にとって嫌な思いを向けてくることがない。そこもまた私にとっては嬉しい。他の人のように、嫌な目で見てくるわけでも、何かに利用するわけでもなく、純粋に私をまっすぐ見つめてくれる。私が近づいても離れないでいてくれる。ずっと一緒にはいられないけど、私と戦うのにちょっと嫌だなとかも思うみたいだけど、それでも私が近づいても嫌わないで、離れないで、側に、傍らにいてくれる。それが嬉しい。
そんなふうに過ごしていたけど、いきなり王様に呼ばれた。
「もう……何で呼ばれたんだろう」
「セリア様が勝手に戦争から退いたからではありませんか?」
それを言われると私としても困る。あの時のことはちょっと言い訳できない。でも、やるべきことはちゃんとやったから問題はないはず。むしろこっちから戦いの邪魔をしたことに文句を言いたい気分だけど、それは言わないでおく。
王様に会って、話をしたところ別に戦争の事じゃなかったみたい。どうやら何か強い魔物を退治してこい、みたいな話だった。スィゼがいる今あまりどこかに行きたいわけじゃないけど、戦争で勝手なことをしちゃったし、騎士や魔術師では大変な相手だとかでしかたないかなって思ってる。あと、これからは私のことは隠れて使わず普通に使うって言われた。もう戦争で姿を見せちゃったから隠す必要はないってことらしい。
一人で行くのは寂しいし、どうせなら同じくらい強い人がいれば、ってことでスィゼを連れて行こうと思ったけど駄目だって言われた。スィゼのことは王様や他の人もあまり良くはおもってないみたい。仕方ないとは思うけど、スィゼを置いていくのは本当は嫌だった。だから魔物は急いで倒して急いで戻ってくることにする。一度戻って話をしてから私は魔物の対峙に行った。
魔物は別にそれほど強くなかった。聞いていた程とは思えなかった。あれで騎士の人や魔術師の人が倒せないなんてことはないと思うんだけど、私だからあっさり倒せたのかな。その結果だけを報告して私は住んでいる所に戻る。早くスィゼのところに行きたい。
「お帰りなさいませ、セリア様」
「ただいま、トレイル。スィゼはどこにいるの?」
スィゼのことを訊ねるとトレイルは少し悲しそうな顔をして俯く。でも、よく知っている。その顔は演技だって言うことを。
「……どうしたの?」
「それが、あの者は実は……」
トレイルは私がいない間にスィゼが起こした行動について話した。その内容は王様の暗殺を企てて行動し、その結果殺されたということらしい。
「うそ」
スィゼがそういうことをした、とは思わない。でもスィゼが死んだと聞かされて頭が真っ白になる。だってそれは多分、ううん、確実に嘘じゃない本当の事だったから。
急いでスィゼの部屋へと向かう。自分の事、周りの事、途中にあるすべてを無視してスィゼの部屋の扉の前に立ち、扉を蹴り飛ばす。鍵が閉まっていたら壊していたかもしれない。勢いよく開いた扉の先、部屋の中にスィゼの姿はない。部屋の中にあった物も片付けられていた。
「スィゼ…………」
部屋に入り、少しだけ、ううん、はっきりとスィゼを感じる。
血の匂い
スィゼとは何度も戦って、その中で無傷でいられることなんてそうなかった。スィゼは魔術が得意で身体強化や水の魔術で体を治しているのでちょっとした傷はすぐに治るから気にならないけど、傷つけば血が流れる。その時のスィゼの血の匂いはよく覚えている。スィゼの匂いだから簡単には忘れない。特徴的な匂いだしね。
部屋の中にはそのスィゼの血の匂いがたっぷり存在している。片付けられても匂いは簡単には消えない。まあ、普通の人にはわからないだろうけど。この匂いの量は少なくともちょっと指を切ったとかじゃなくて、致命傷を受けたくらいの物だと思う。だからやっぱりトレイルの話したことは嘘。
「セリア様」
「…………何?」
「ここにいても仕方ありません。戻って来たばかりで持ち物の片づけや着替えもされていないでしょう。話をするのは後にして、一度着替えましょう」
確かに戻って来たばかりでいきなりスィゼの部屋に来たから持っていたものはそのまま。大鎌も壁にぶつかったりして壁が壊れているかもしれない。王様に会って話を聞くにしても、汚れた服とか持ち物を着替えたり洗ったりしないとダメそう。今はトレイルの言葉に従おう。
そう思いトレイルの後をついていって廊下を歩く。そんなとき、一人のメイドとすれ違った。
スィゼの血の匂い
「セリア様!?」
気が付いたらメイドが壁に叩きつけられていた。ううん、私が彼女の首を掴んで叩きつけていた。トレイルが何かを言ってるけど聞くつもりはない。メイドが近くにいる。そして、彼女からスィゼの血の匂いを強く感じる。
「……ぐ……が」
「あなたからスィゼの血の匂いがする。トレイルはスィゼが王様を殺しに行ったとか言ってたけど、やっぱり嘘だよね?」
「ぎっ!?」
スィゼの部屋を片付けた……ううん、結局トレイルの話とは矛盾するから違うよね。首を掴む力がつい強くなってしまう。だって、これは私からスィゼを奪った。スィゼは私の物なのに。
「別にね、スィゼを殺したのがあなたでない、間違いだったとしても、もう私にはどうでもいいことなの。だからさよなら」
肉が潰れる音、手には潰した感触。メイドの首を握りつぶし、頭が落ちる。もう動かない。
「セ……セリア様?」
「ああ、トレイル。まだいたの?」
一応嫌々なところはあったとしても今までお世話になって来たし、私がまだ理性的でいるうちに逃げてもいいよって逃げる時間はあげたんだけど。
「せっかく逃げられたのに」
「逃げる?」
「うん。だって、私の一番大事なものを奪ったんだよ? なら私がここに居る意味はないじゃない」
「なっ……!?」
誰だってそう。自分にとって一番大事な物、大切な物、それが奪われたなら……奪い返す。奪い返せないなら、その相手を殺す。普通だよね。
「それに、奪われたなら奪ったっていいでしょ? スィゼさえいれば、私にとってそれだけでよかった。でも、これや……これに命令した誰かは私からスィゼを奪った。だから仕返し。あ、でも……もしかしてトレイルも関わってたりするのかな? 何か隠れて色々としてたの知ってるよ?」
「……………………」
「別に黙ってても意味ないよ。私はそれほどなんでも知ってるわけじゃないけど、そこまで何もわからないっていうわけでもないんだよ? 見ていればわかる。近くにいればわかる。私を見る目や、感情、そういうのよく態度や表情にでているもの。私は気にしないようにしてたけど」
ずっとそれを感じていた。でも、スィゼからはそういうのは感じなかったと思う。ただ、スィゼもいろいろとあるみたいだけどね。もう……スィゼは死んじゃってるから今更かな。
「じゃあね、トレイル。運が良ければ死なないでいられるから」
大鎌に力を籠める。戦争の時とは違う、全力を。ちょうど持っててよかった。何処かに置いてきていたら取りに行くのが面倒だったし。
「何をするおつもりですか!?」
「すべて奪うだけだよ。誰にすればいいかわからないし、何を奪えばいいのかもわからない。だから、そのあたりにある全てを壊すだけ。運が良ければ奪われなくて済むよ。よかったね」
全力で、全てを壊すつもりで、籠めたすべての力を、振るって、振るって、振るって、振るう。
壊れた離宮と王宮。いくらか周囲にも余波がある。私はこれだけのことができるんだね。たった一人で。うん、やっぱり私は化け物なんだろうね……もっと、他にも、これ以上のこともできそうだけど、これ以上はもういいかな。もう、ここに求めるものは何もないし。
「……じゃあね」
この国に、この場所に。私を育ててくれた人たちに別れを告げる。こんなことをした相手に別れを告げられても困るかな? 困るなら嬉しいかな。
「……どこに行こう」
私が向かう先なんてない。私が求める者はもう失ってしまったから。だからどこか適当なところに向かう。どこに行ってもスィゼがいることはない。それならどこに行っても同じだから。だから、私は適当な咆哮へと足を向ける。何もないこの世界のどこかに。