loop34 セリア
「スィゼ! 行こ! 戦お!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……行くから」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、訓練場……もしくは練兵場と呼ばれるだろう場所へと連れていかれる。今はもう戦争の日から五日目。今回戦争の日に死神に殺されることはなく、生き延びることができた。しかし命の危機はまだ去っていない。
目の前の、今自分の腕を引っ張っている少女に毎回死にかねない戦いをやらされている。そして今の俺の立場では断ることはできない。
「ほら行くよー!」
「わかったから! 腕を引っ張るのをやめてくれセリア!」
自分は捕虜のような立場である。戦争の日、死神と戦い結果的に辛うじて生き延びることができた。しかしその代わりに死神に鹵獲された。鹵獲が表現として合っているかわからないが、倒れた俺を死神が連れて帰ったのだ。
目の前の無邪気に俺の腕を引っ張って連れて行こうとする少女、セリア。彼女が死神である。
最初の日。道すがら何故自分は死んでしまったのかを考えている。
「どう思う?」
『うーん……スィゼの記憶からはちょっとわからないね」
あの時突然死んだが、何が起きたか全くわからない。死神が原因であるかも不明である。いや、恐らく死神は違うだろう。むしろ彼女は突然逃げ出した感じだったし。
『わからないけど……うん、次に戦う時は私が表に出て様子を見てた方がいいかな?』
「パティが?」
『うん。スィゼだけじゃ見えないところもあるだろうしね。私が外に意識を向けて何が起きるか観測する。本当はスィゼの中にいて、何もしないでいるほうがスィゼとしては戦闘に集中できていいだろうけど。でも、また同じことになっちゃうのは嫌だしね』
パティが意識の表側に出ると意識に波のような、揺らぎのようなものが起こる。だから戦闘中は表に出ないようにしている。しかし今回は流石にパティの力を借りないわけにもいかないだろう。
「何もわからないでやられるよりはいいしな。頼む」
『うん、任せてよ!』
そんな感じの戦争時のパティの役割を打ち合わせし、前と同じように戦争の日まで準備を行う。
そして戦争の日。前回とかなり近い戦闘の流れを辿り、死神との戦いが行われた。死神との戦いは自分にとっても少し戦意の高揚や意識の高ぶりが起こる。別に戦いが好きというわけでないのだが。それが悪いとは言えないが、その影響もあって周囲への警戒が疎かになっているのは事実だろう。
死神との戦いは続き、いきなり死神が後ろへと逃げるように跳ぶ。それまでパティは自分に話しかけてくることもなく観察に留めていたが、死神の行動に合わせたかのように叫ぶ。
『上! 魔術が来るよっ!』
その言葉で上を見上げ、膨大な魔力によって発動したとんでもない破壊力の魔術を確認する。死神と同じようにその攻撃を後ろに跳んで逃げる。しかし、こちらの行動は遅れていたため安全圏までの脱出はできなかった。
『防いで!』
「防壁!!!」
逃げきれないと判断したためかパティが防御の指示を出し、それに反応して自分は防壁の魔術を使う。それにより魔術の直撃は避けたが、魔術の余波は大きく着弾後大爆発を起こす。その爆発だけで防壁を破壊され自分も紙のように吹き飛ばされた。生きていただけよかったのかもしれないが、しかし無事というわけでもない。そのまま気絶してしまった。
そして、次に起きた時。側にはよく見知った少女……死神がいた。
「……っ!?」
「あ、起きた。おはよう!」
あれほどの戦闘を行っていたのに、死神は自分に対して敵意を抱いているようには見えない。もっとも今まで死神は敵意を見せて戦ってきたことはない。
「……ここは?」
「王宮の外れの方だよ。えーっと、離宮? そんなところ」
「なんで俺はここに?」
「私が連れてきたの」
途端、死神は怒ったように言葉をつづけた。いや、怒っている。もろに顔に感情が出ている。
「あの時、あなたとの戦いを邪魔された上に、あなたが吹き飛ばされて……もう、死んだかと思ったよ? でもね、なんとか生きてたから連れて帰ってきたの。邪魔があったから結果はわからないけど、私は無事であなたが倒れたから私が勝ったってことでいいよね? 負けたら全てを奪われる。だからあなたは私の物。だから持ち帰ってきたんだよ」
あの時の戦いの結果はどうなるか、正直わからないとしかいえない。その時々の天運次第だったと思う。ただ、あの魔術によって中断され、結果として無事な人間と気絶した人間ができた。
とはいえ、自分は負けたとは思ってないし、死神も勝ったとは思っていないようだ。だがあの場で放置されていれば自分は殺されていた可能性がある。そういう意味では連れていかれて安全だったと言えるのではないだろうか。あまり納得いかない所ではあるが。
「……俺はお前と戦ってたはずだよな?」
「どうだけど?」
「普通は敵視するんじゃないのか?」
「別に? 今のあなたは私の物だし、別に敵視してるから戦うわけじゃないし。それに、私くらい強い人を捨てていけないよ」
彼女は戦うことを楽しんでいる……いや、それも違うのかもしれない。戦争を楽しんでいたわけではないし、殺し合いを楽しんでいるわけではない。自分と同じくらい強い相手と、全力で戦う。それができるのが楽しくて、嬉しくて、喜んでいたのだろう。そこにある戦いへの理由はまたかなり特殊なんだと思う。難しいな。
「ねえ! あなたの名前は何? 私と同じくらい強い人だもん、すっごく気になってたんだ。教えてちょうだい!」
無邪気な言葉、あれほどの戦いを行える者とは思えないくらいに幼さが垣間見える。だからなのか放っておけないと言うか、嫌いになりきれないと言うか。自分は何度も殺されているはずなのに。
「…………スィゼ」
「しぜ?」
「スィゼ」
「しぃぜ……しぜ……すぃぜ……スィゼ……スィゼ!」
そこまで言い難い名前だろうか。もしくは活舌の問題なのか。
「……お前は? なんて名前なんだ?」
「あ、そっか。私の名前も教えないと不公平だね。私はセリア! セリア・ケイトル! よろしくねスィゼ!」
花のような笑顔。眩しいくらいに純粋で、華やかで。これが何度も自分と殺し合いを行った相手だなんて思えないくらいに、綺麗だと想った。
「行くよっ!」
「ああ!」
剣と大鎌が交錯する。手加減はあるがお互い本気での戦いだ。戦争の時のような本気で全力の戦いこそできないものの、互いに死ぬ危険性すらあるような本気の殺し合いだ。とはいえ、命のかかる殺し合いに近いとはいえあくまで訓練であり、殺すために戦うわけではない。
死神の強さは戦う毎に上昇している。恐らくは今まで彼女と同じくらい強い人間がいなかったため彼女が成長できる機会が訪れなかったのだろう。しかし今は違う。俺が彼女と同じくらいの強さを持ち、継続した戦いを行えている。だから彼女は強くなっていく。
こちらも戦うことで彼女の癖や苦手な行動、弱い場所を見つけることができている。彼女と戦う利点は自分が死んだ時、次に彼女と戦争で戦う時に彼女との戦いを有利にできること。そのために彼女と戦っている、はずだ。
「ふう……やっぱり楽しいね!」
「いや、命がけの闘いを楽しいとは思わないから」
「そう? スィゼも結構楽しんでると思うけど」
セリアとの戦いが終わった。先ほどまで殺し合いに近い戦いをしていたとは思えないくらいに明るく話しかけてきている。もしかしたらお互いに殺される可能性だってあるというのに。それを理解していないと言うわけではないのだろう。そうならないと思っているか、そうなったら仕方ないと思っているのか。
そんな彼女を見ていると思ってしまう。彼女を殺していいのか、と。彼女はただ強い相手と戦いたいというだけで、殺すために戦っているわけではない。そして目の前にいる少女はそのあたりにいる普通の少女のようにしか見えない。こんな女の子を殺していいものか、と。
『スィゼ』
思考がセリアに寄ったものになっていたからか、パティが咎めるように声をかけてくる。その存在の扱い上外に出ることが敵わないパティはまだ自分の中にいる。
『戦争中、彼女は敵だよ? 出会ったら戦って、殺し合いになる。そんな関係なのに相手の気持ちを考えてどうするの?』
パティは厳しい口調でこちらに言ってくる。
『スィゼがどう思った所で、セリアはスィゼと戦うよ。それが彼女の望みで、願いで、唯一だから。もし彼女と全力で戦わなければ彼女が失望するだけだし、スィゼも死ぬよ? それに、もう戦争の結果は知ってるでしょ。セリアが敗北、壊滅状態にした。守りたかった人たちは生きてるかな?』
そこまで言われてしまえば何も言えなくなる。気絶した後、セリアが大鎌に力を籠め、こちらの国の大多数を殲滅したという話を聞いている。それもセリア本人から。特に嬉しくもなさそうに淡々とその時の様子を言われたが、最初は内容をよく理解できなかった。その後もそれほど嘆きも悲しみも湧かなかったが。結局セリアは死神として戦争で容赦なく戦う。自分が彼女と戦おうと戦わまいと。
「スィゼ?」
「…………ん?」
「何か考え事?」
「ああ、そうだな」
「ふーん……」
どうやらこちらがどこか呆けているように見えたのを気にして声をかけてきたようだ。じっとこちらをセリアが見てきて微妙な雰囲気になった。そこに声がかかる。
「セリア様」
「あ、トレイル。何か用?」
「王がお呼びで御座います」
「そうなんだ……スィゼ、行ってくるね」
セリアが外へと軽くは知って向かう。セリアの後ろを声をかけてきた執事、トレイルと呼ばれた男性が追従する。そうして外に出る前に執事は一瞬こちらに視線を向けてきた。
その視線の意味合いは既にわかっている。煩わしい物を見るかのようであることを。
『あの子ももうちょっとなんとかしてほしいかな。スィゼに対する他の人の感情を』
セリアはわかっていないのか、わかろうとしないのか、わかって放置しているのか。意外と彼女の内情は読めない所が多い。しかし、何であっても彼女は自分のしたいようにするだろう。あれで幼子に近く、かなりわがままなところのある娘なのだから。
『……はあ。こっちはこっちで重傷かなあ』
「スィゼごめんね。私用事が入っちゃった」
「用事?」
翌日。セリアは用事が入って外出することになったらしい。魔術師や騎士でも倒すのが面倒で強大な魔物か何かを倒して来いと指示されたようだ。一応セリアは国の指示に従い仕事をしている。まあ、特殊な立場や役割、ここのような好きにできる環境で生活させてもらっているのだし、一応命令された仕事をしなければならないとは考えているのかもしれない。
戦争でも最前線に一人で飛び込んで攻め入ってくるくらいだし。
「すぐに戻るからね!」
「ああ、うん、そっちこそ無事に戻って来いよ」
もっともセリアが何かに負ける気はしないが。それにしても、セリアがいないというのはこちらに来てからは初めてだ。主がいなくとも使用人、メイド、執事などはちゃんと仕事する。自分に対する視線は変わらないが、それでも仕事はきちんとしてくれている。
セリアと戦うという命の危機こそないが、それはそれでどこか寂しいものだ。一応自己流で鍛錬はしているが、戦闘訓練で戦う相手がいないというのは何か足りないと感じる。もしかしたらセリアも自分をここに連れてくるまではこんな気持ちだったのだろうか。
『スィゼ、同情しちゃだめだよ? これから戦えなくなっちゃうよ?』
パティが心配した様子で声をかけてくる。セリアと戦うのは絶対に必須なことだ。もし彼女との戦いに躊躇を抱けば殺されるだけだ。そうならないようにパティは注意してくれるのだろう。
わかっている。自分がどう想おうと、彼女と戦う時は全力で、死力を尽くして殺し合うべきだろう。それが彼女の望むことでもあるのだから。
鍛錬を行い、セリアがいないなりに普通に過ごし、夕食を食べ夜が訪れる。こちらに来てからは結構な時間セリアと一緒だったと思う。流石に夜は別の部屋で寝ているが、それでも始終べったりだったような気がする。そんなことを一人でなんとなく思っていた。
『スィゼ!』
パティが叫ぶ。その言葉を聞く前からなんとなく、嫌なぴりぴりとした雰囲気を感じていた。きいと扉が音を立てて少し開く。誰かが入ってくる、と思った所に勢いよく扉が開けられ部屋の中に人がなだれ込んできた。
「っ!? 誰だ!」
黒い服、黒装束。恐らくは裏の人間だと思われる。暗殺者とか。無言でこちらの言葉に応えるわけでもなく、仕事人であるような印象を受ける。魔術で強化を行い近くにあった椅子を地面にたたきつけその足を折り武器にして戦う。もっとも、普段の武器とは違うし殺傷能力は低い。そんな咄嗟に作った武器で本業の人間を複数相手にして戦えるわけがない。数と技術と武器の差で負け、殺された。