loop33.5 死神となった少女
私が子供の頃の記憶はあまりない。ただ、普通の家で私はよく物を壊して何度も親に叱られたことを少しだけ覚えてる。
私は生まれた時から力が強かったらしい。私がそのことを覚えているわけでもないし、実際どうだったのかなんて今更聞くことのできる人もいないけど、今の私の力を考えれば昔の私の力が強くてもおかしな話ではないと思う。
うっすらと、少しだけ覚えている記憶では親に恐ろしいものを見るような、嫌な眼で見られていたと思う。赤ん坊の時ですら力が馬鹿みたいに強くて様々な物を壊した。そんな子供はどう考えてもおかしい。普通ならどこか適当なところに捨てられたり、閉じ込められて隠されたりして私のことをなかったものされてもおかしくはなかった。ありえないような異常な存在だったから。
でもそうはならなかった。普通じゃない子供は多くの場合、魔術の才能を持っていることが多いということはよく知られていたみたいだから。だから奇異や恐怖の視線はあったけど酷い扱いにはならなかった。でも、私の住んでいた家、育ててもらった家族には私が物を壊すたびに叱られた。それくらいは仕方ないと思う。壊したのは私で、悪いのは私だったから。
普通に過ごしたいと思いながらがんばって過ごしていたけど、ある日家に騎士の人が来た。その時の記憶も私はあまりはっきりと覚えているわけじゃないけど、ある程度成長していたから赤ん坊の時に比べればよく覚えてる。
私は騎士に引き取られた。正確には騎士の人が勤めている王宮に、だけど。多分実質的に売られたんだと思う。騎士の人が家族にお金を払っているのを見たから。まあ私も当時はよくわかってなかったけど。でも、その時の家族の雰囲気や私が騎士に預けられた時の反応でなんとなく私を捨てるんだなって感じたことは覚えてる。
それを悲しいとは思わなかった。もともと家族から家族として扱われていた記憶はほとんどなかったから。
私が出て行ったあとの家のことは知らない。私も興味はなかった。それからはずっと、王宮で暮らして他のことなんて知りようもなかったし。
王宮に引き取られて、魔術師の人や騎士の人、王様とかいろんな偉い人に私を紹介された。あまり覚えていないけど、引き取られた当時はあちこち連れまわされたのが嫌な記憶として残ってる。でも、いろんなところに行っても疲れることはなかった。人に会って話をするのが面倒だったけど。子供だもん。それに、私のことを見る目が好きじゃなかった。
そのあと色々なところで魔術や戦いのことを学んだ。魔術は魔力があるのに扱えない、才能がないということでよくわからないまま行かなくなったけど。逆に戦いの方は何度も行くことになった。
力だけは強かった。体力も最初からあった。だから何度もたくさん戦わされた。最初の内は弱い人相手でもなかなか勝てなかった。子供だから当たり前だけど。でも、戦っているうちに少しずつ勝てるようになっていった。どんどん強い人と戦って、戦って、そればかりを繰り返した。
いつしか私に勝てる人がいなくなった。
私が強くなって、それからはあまり戦いをさせられることはなくなった。騎士で一番強い人でも私が勝つようになってしまったから。そして、私の力が強くなりすぎたから。
私と戦えば下手をすれば怪我をしてしまう。それに手加減しようとすると不機嫌になる。全力で戦えば怪我どころか殺してしまいかねないし、武器や防具も簡単に壊れちゃう。戦っても戦いにならない。それじゃあ戦いの経験にもならないし鍛えることにもつながらない。意味がないから戦いはやらなくなった。
私は強くなったら弱くなることはほとんどなかった。ちょっとは弱くなるけど、本当にちょっとくらい。力では私に勝てる人はいない。武器や防具も私の力の前では意味がない。戦って経験を積む必要はないと、時々強いと言われている人と戦うことはあったけどそれ以外で戦うことはなかった。だから私は自分で鍛えるくらいしかできない。一人で頑張っても強くはなれないけど。
ある日王様から私が使う武器として大きな鎌を貰った。返せって言われたら返さなきゃいけないらしいけど、欲しいものでもないから別にどうでもいい。ただ、大鎌は私にぴったり合うようにいい感じの重さだった。持ってて何かが流れるような感じがあった。それを強くすると大鎌は黒く光る。それが何かかかわりがあったのかもしれない。
その光のことがどこからか伝わったのかそのことを聞きに来た人もいた。私にはよくわからないし、その人は私のことを少し調べるくらいでそれ以上は何もしなかった。ただ、私についてわかったこととして私は先祖返りらしい。とくに興味はないけど。
それから人はほとんど来ない。たまに誰かと戦うくらいしか会う機会はない。一応私は王宮に住んでいるから世話をしてくれる人はいるけど、ただの仕事でそういうことをしているだけ。私と関わりたくて関わってるわけじゃない
ずっと私は一人。誰も私の側にいないし、誰も私に並ぼうとしない、誰も一緒にはいられない。それを寂しいと思う気持ちはずっとあるけど、こんな生活ばかりだから忘れかけていたと思う。
私は強い。その強さのせいで誰も私には届かない。私は人から外れた存在かもしれない。私と一緒に、私に並べる、私に追いつける人なんていない。
でも。もし、私に届く人がいるなら。私はその人に私の全て、私の想いも、私の力も、私のこれからも、全てをその人にあげる。
強い人、私よりも強い人、私よりも化け物な人。私に並べる、私じゃなきゃ並べないその人に。
ずっと戦うためだけに育てられた。それは私を育てた人の考えだけど、私は別。私は私より強い人を探して、見つけて、私を超えてほしいと思ってる。
だからそのために、私よりも強い人に会う機会のために戦争に参加する。王様とか偉い人は私にたくさん人殺しをさせるつもりなのかもしれないけど。
あまり期待はしてない。私自身の強さは私が分かってる。私みたいな化け物のような強さの人はどこにもいない。だから、言われた通り一気に奥まで行って全部潰してくるつもりだった。
一気に前に飛び出した私の前に一人の男の人が出てきた。それを大鎌で斬り裂こうとして……振るった一撃は受け止められた。その時は本当に驚いた。でも、すぐに攻撃に戻る。私の攻撃を防げる人は珍しいけど、でも私より強いとは限らない。ただ少しだけ期待はしていたと思う。武器が青い光を放っていて、それが私の持つ大鎌が見せた黒い光に似ていたからかもしれない。
攻撃、防御、魔術。男の人との戦いは楽しかった。いつもは出来ないことも、その戦いの中ではできた。思いつかないような、したこともないような戦い方を何度も思いついた。相手が強い、本当に強い人だったからそんな戦い方を思い描くことができた。それでも防ぐ、避ける、反撃する。とても、とても楽しい、本当に楽しい。そして、本当に嬉しかった。
私と同じくらい強い人がいるなんて思うことはなかったから。私に届くほどの人間なんているはずがないとおもっていたから。もしここで負けても、死んでしまっても、悔しいと思う以上に嬉しいと思う。もし殺してしまえば、残念に思うのだろう。私に並べる人が、一緒にいられるような人がいなくなるから。多分寂しいと思ってしまう。
本気を出して、本気の、私の出せる全力、私自身の力を全て出して戦えるのは嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。とても、とても嬉しい。
ずっと、ずっと戦って、戦いを楽しんでいたのに。魔術の気配を感じた。かなり広い範囲を襲うだろう大きな力の気配。私は強いけど、攻撃に対しては普通の人と大して変わらない。その魔術を防ぐことはできないから、全力でその場から逃げるしかなかった。
そして力が降ってきた。大きな力、魔術。たくさんの魔術師が力を込めたものだと思う。私が普段使う力よりも大きいと感じたから。降ってきた後、魔術が落ちてきた場所。そこには何もなかった。私と戦っていたあの人も、全部消し飛んでしまった。
その時、私は目の前の光景の意味が分からなかった。目の前の事実を見ることは出来なかった。そして少しして、私にとってとても大事なものが消えてしまったことに気づく。
その時の私は自分でもよくわからなかった。絶望や怒り、私から私の全てを奪われたような、この世界そのものに対する拒絶、嫌悪。それまでの喜びや楽しさ、嬉しさなんかを全て吹き飛ばすような、とんでもない激情だった。それが私の心の中すべてを埋め尽くした。
「…………嬉しかったのに」
私の過ごした国、育ててくれた国。彼等のいる方を見る。決して仲が良いとは言えないだろうけど、嫌々だったのかもしれないけど、利用する気が合ったのだろうけど、それでも私を育て、私の近くにいてくれた人たち。
でも今は彼らに対する想いが何もかも無くなっている。私が求めるものを奪ったことが許せない。
私は今自分が何をするべきかわかっている。この想いを、この気持ちを、自分の持っている心のまますべてを籠めて、すべてを消し飛ばす。一度この力を使うことを試したことがあったけど、あの後この力を使うことはなくなったけど、今それを使うべきだと私は言っている。
大鎌に、私の持つ力のすべてを流し込む。さっきまでの黒い光を纏うような状態が、まるで夜の空よりも暗く黒いものへと変わる。そして、私はこれをあいつらに振るう。
「ああああああああああああああああっ!!!!!!」
全力で振り下ろす。籠められた力は多分、空を壊すような破壊の力だと思う。それを私の過ごした場所に振るうけど、もう何も心に浮かばない。そして振るわれた力は全てを斬り裂いた。
振るった先に存在する、人、大地、建物、空気すらも全てが切断されていく。その力の大きさは自分で思うよりもはるかに大きいものだと思う。でも、すべてを破壊することはできない。それが少し残念だけど、私にはもうそれでいい。
「さようなら」
この大鎌ももういらない。返す……ううん、ここに捨てていく。もう私が欲しいものは二度と手に入らない。これからどうしようかと思う。一緒にいられるような、並べるような、届くようなものが手に入らない以上私に生きる意味はもうない。
どこかに行って、私が終わる日を待つ。それだけ。