loop33 全力の死闘
死神との戦闘準備は十分やってきた。金の魔術での身体強化を得て、武器も魔銀製の物を竜の眠る谷の鍛冶屋に作ってもらった。身体能力も十分に鍛え終え、現状ではこれ以上の状況を用意するのは不可能だろう。
死神と戦うのは殆どの人間には不可能だ。知っている限りでは師匠やあの鍛冶屋ならば、死神とそれなりに戦えるかもしれないが、それでも本気の死神には届き得ないだろう。自分はどうかと言われると死神よりも強いわけではない。ただ、自分にはこれまでの戦闘経験がある。自分が死神に届き得るのは、その戦闘経験により死神の行動がある程度わかるようになっているからだ。伊達に数十回殺されているわけではないし、数十年も死神打倒に向けて鍛え続けてきたわけではない。ある意味死神を最も理解し、最も縁深い存在なのではないかと思う。
『スィゼー、大丈夫? そろそろだよー』
戦場の最前線まで来て戦争開始の合図を待つ。死神と戦いたくて逸る気持ちはあるが、問題ない。彼女に勝てるかどうかはわからない。しかし、戦いたいと思う。剣を届かせたい、自分の力を示したい。彼女に勝ちたい、それだけのために。
そのために、あの子に勝つそのためだけに今までずっとやってきたのだから。
『……始まるよ!』
もうすぐ開始、それをパティが合図してパティは精神の内側へと潜んだ。パティは精神に寄生している。それゆえに彼女が表に出ているだけで精神的な影響が出てくる。そのため彼女は戦闘中はなるべく潜んで黙ってくれている。そこまで影響があるわけではないのだが。
死神との戦いにパティの手を借りることを考えたことは少しだけある。パティは使い魔である以上、自分の力でありそれを使うことに問題はないだろう。使い魔である彼女は魔術も使えるし、精神に寄生して精神的な影響も与えられる。魔術の制御を代行してもらうこともできる。だが、彼女はあまり使いたくはない。使わざるを得ない、そう思った時は使うことを戸惑わないが、できれば使わず自分の力だけ、本当に自分自身の力だけで死神と戦いたい。
パティの合図ですぐに身体強化の魔術を使い、剣の準備もする。最初から剣を抜くと魔銀製の剣を持っていることがばれ、変な介入があるかもしれない。だからできるだけ戦闘に入ってすぐに使えるようにして置く。
戦争の開始の合図。それとともに死神が動き、彼女に合わせて自分も動く。死神の振るう大鎌と薄く青い光を纏う剣が大きな金属音と共にぶつかり合う。身体強化のレベルも上がり、力負けするようなことはない。拮抗状態で鍔迫り合いのようになり少しの間押し合う。
しかしそれも僅かな間、すぐに大鎌を引き、金属を擦る音ともに大鎌が離れる。そして離れた大鎌は再度こちらに向けて振るわれた。縦に近い斜めの振り下ろしを剣で受け止め、剣の上を大鎌を滑らせて外側へと逸らす。そして空いている左側へと入り込んで剣で突き込む。
それを躱すように死神は地を蹴り宙へと舞い上がり、体を一回転させる。その動きに合わせ大鎌を振るってきた。やり方が強引で体勢も悪く、受けるだけでも対処できると思ったが、死神は回転の勢いのまま大鎌に剣を絡ませて奪おうとしてくる。力押しのくせに器用な、と思いながら大鎌を少し弾き剣を外して退く。
そうして退くと同時に防壁の魔術を使い、来るかもしれない追撃を避ける。そのまますぐに追尾効果のある魔術を発動し、左右から連弾と足元から掬い上げる攻撃魔術を撃ちだす。小賢しいやり方だが、死神も対処に苦慮するだろう。魔術に死神が対処する前に防壁の魔術を再度使用、作った防壁を足場に相手の頭上へと跳び上がる。左右と下からの攻撃、そこに上からの攻撃を加え何に対応するか判断に迷うはずだ。
「っ!」
躊躇は一瞬、死神はその場から一気に後方へと退いた。流石に上空にいるこちらは警戒されたようだ。魔術は追ってくるものを対処するだけで済むから問題ないのだろう。そして魔術に対処した死神がこちらの着地のタイミングを狙って大鎌を振るってきた。防御、は地に足がついたばかりでは難しい。だから一気に足元を蹴って近づき懐に入る。
「ふっ!」
「くっ」
大鎌を持つ右手を離して殴り掛かってきた。直接攻撃は予期しないわけではないが、このタイミングでは随分無理やりだ。しかし力押しなだけの一撃でも防ぐのは面倒な攻撃だ。なんとか防ぎつつ剣で斬りこむが、こちらの攻撃は大鎌の柄で防御された。
そしてその柄を軸に大鎌を回転させてきた。地面をどうやって通過しているのかわからないが、回転した大鎌の柄が剣を下へと押しやる。そのまま大鎌がこちらに振るわれるのは間違いない。剣ごと後ろに下がり退き、剣を構えなおす。そして予想通り大鎌がこちらへと振り下ろされる。その攻撃を剣で受け止める。
甲高い金属音が響く。死神はその攻撃を切っ掛けにこちらに力押しでの連続攻撃を振るってくる。単純な力押しは拮抗するとはいえ、相手を超えるのが厳しいこちらには有効な攻撃手段だ。とはいえ、こちらも以前より強くなり問題なく対応できるようにはなっている。だがやはりこちらも防ぐので手一杯、攻撃に移れない。なので一度仕切りなおすことにする。
魔術を発動し相手の足元に大穴を開ける。死神ができる対処は二つ、横に移動するか、宙に跳び上がるか。とはいえ、穴の大きさを変えれば対処はおのずと限定される。
「っ!?」
魔術の扱い方で死神の移動先はたしかに誘導できた。しかし、仕切り直しができると少し油断したところに大鎌が投げ飛ばされてきた。通常自分の武器を投げ飛ばすなんてことを戦闘中にして来る人間はいない。ゆえに完全に想定外の出来事だった。
しかし、それでも目の前に迫る大鎌をなんとか剣で弾き飛ばす。わかっていれば避けるなり奪うなりの手段をとることができたのだが。そして、それは手段としては悪手だった。
「や! あっ!」
「なっ!?」
弾き飛ばした武器を空中で掴み、そのまま空中でその武器を振るってきた。誰がどう考えても頭がおかしいとしか思えない! 弾き飛ばした武器がどこに行くかなんて予想できるわけがない。そしてその武器がどういった風に回転しているかもわからない。見えるからと言って、それを受け止めそのまま振るってくるなんて無茶なことを普通の人間ができるわけがない! 死神の持つ身体能力ゆえにできる無茶苦茶な発想の攻撃だ。
思慮外、想定外、規格外、そんな攻撃だったが本能的に体が動きなんとか攻撃を防いだ。流石に死神の方も空中で武器を受け取るのは無茶なのか、防いだ後に追撃は来なかった。しかしそのままその場にいればすぐに追撃が来るのは間違いない。なので最初の目的通り一度退いて仕切りなおす。
「はあ………………ふ、ふふふ、ふふふふふふふふ、あはははははははははっ!!!」
「楽しそうだな」
「楽しい……ううん、嬉しいのかな? これだけ戦えるのなんて初めてだもん」
死神との戦いは毎回同じ結果にならない。最初のうちはそうでもないのだが、まるでこちらの強さに合わせるかのように強くなっていく。もっとも死神は前半は本気を出していないのだからこちらの力に自然とあってくるのかもしれない。
「どちらもでいい、私はずっと、ずーっと全力で戦うことなんてできなかった。ずっとずっと、戦うためだけに戦ってきたのに、全力を振るう相手もいなかった。でも、今なら……あなた相手になら、本気で、全力で戦ってもいいんだよね」
気配が変わる。死神の持つ大鎌に黒い光が纏われる。
「もし私に勝てたら、私の人生、私の命、私の心、すべてをあなたにあげる。勝てるならだけど……でも、期待してもいいよね」
その最後の言葉は期待が半分、もう半分は寂しさが含まれているように聞こえる。一体なぜそうなるのだろうか。
「行くよ? 簡単に終わらせないでね」
「もちろん」
速度と威力の上がった大鎌を受け止める。最初の大鎌と剣がぶつかり合った時よりもさらに大きく金属の衝突する音が響く。そしてそれだけの大鎌の一撃が二度、三度と振るわれる。先ほどの連続攻撃と同じように。以前は防ぐので精一杯で最後には力負けしたが、今回はそんなことはない。
苛烈な攻撃を受け止めつつ、攻撃を見極めその隙や受け流しをできる攻撃を探す。流石にこのまま攻撃を受け続けるだけでは勝ち目がない。
「っ!」
うまく攻撃を逸らし、作り出した僅かな隙を狙いこちらから斬りかかる。剣と大鎌のリーチの関係上、相手の懐に入れば簡単には対処できない……はずなのだが、技術はこちらが上でも戦闘のセンスは相手の方が上なのだろう。柄で受け止められ、蹴りなども交え攻撃してくる。そのまま距離を離され大鎌を構えなおされた。
そして剣と大鎌のぶつかり合いが響く。時に受け流し、時に弾くように逸らし、こちらからも死神に攻撃を加えていく。ほとんど拮抗している状態で現状ではどちらが勝つのかはわからない。少し相手の方が優勢だが、それでもまだ一瞬の判断の差で戦況が変わるくらいな状態だ。まだわからない。
自分と彼女の戦いに誰も参加してこないこと。そもそも最前線で俺たちがぶつかり合っているため戦争を行えるような状況ではなくなっていること。そして、死神という最大の戦力、鬼札ともいえる彼女がたった一人に抑え込まれていること。
外側から状況を見て考えればわかったことなのかもしれないが、その時は自分に現状を理解することは出来なかった。そしてそれはこの後の結果に繋がってしまった。
「っ!?」
戦闘中、突如死神が一気に後ろへと駆け退く。走るように地面を二度三度と蹴って逃げ出したように見える。流石に戦闘から逃げるなんて予想外だった。ましてや向こうが有利な状態で退くのはおかしいだろう。
しかし、その彼女の行動の理由は不明だが仕切りなおす形になるだろうと思い、逃げだ彼女を追おうとして……目の前、意識、自分が消し飛んだ。
「……何が起きた」
何が起きたか理解できず分けもわからないうちに最初の日に戻っていた。