loop32 届く金
『スィゼー? まだ気にしてるのー?』
「……別に」
死神との全力の戦いに負け、最初の日に戻った。自身の出せる全ての力で挑んだ戦いは敗北に終わり、最初の日に戻ってきた自分は気分が落ちている。それをパティは気にして心配しているようだ。
しかし、テンションが落ちているのは別に死神に負けたからではない。死神……あの少女が最後に見せた表情が気にかかっているからだ。パティが心配しているのは自分が死神を気にしているのも理由だろう。
寂しさを含んだ表情。他にも途中で彼女のいった言葉の中にも寂しいといった感情を含んだものはあった。死神が戦っている時、殆どの場合彼女は笑顔を見せる。自分と全力で戦える相手と戦うことが楽しい、嬉しい、そんな歓喜のものを。それは表情だけでなく剣でもなんとなく伝わってくるほどだ。しかし自分を殺した時それは途切れた。
普通ならば勝利したことを喜ぶはずだ。自分は感情を読む能力が高いわけではないがそれでも十分わかるほど彼女は感情豊かでわかりやすく表情を変える。草を刈り取るようにただ作業的に殺すときは特に感情を見せないが、全力で戦えるとなると喜ぶ。目に見えてわかる程なのだから。
だからこそわからない。なぜ自分を殺した時あんな表情を見せたのか。自分と拮抗する相手と戦うのが楽しい、ならば倒せたならば嬉しいと思うはずなのに。わからない。
『もう! そんなに気にしないのー! あの子と戦えなくなるよ! 最初は負けて落ち込んでるかなーと思ったりしたけど、全く別なんだからもー!』
全力で一度負けたから落ち込むなんてことはありえない。力が足りず敗北したのはもう何回目か。かなり準備しても届かなかったからと言ってそれで諦めるはずもない。それに、もうあと一歩というくらいまで届いている。ここで負けを認めるわけにはいかない。
『でもこれからどうするの? もう殆どやれることなんてないよね?』
前回は本当に用意できるすべてを用意して挑んだものだ。だから、これ以上やれることは……少ない。一応ないわけではないはずだ。
「今回は師匠のところだな。パティもいるし魔術方面を鍛えて次につなげる。魔銀製の武器も有用な扱い方とか調べられるかもしれないしな」
『うーん、それはいいけど私表に出れるかな?』
パティは使い魔である。使い魔はその作成難易度の関係で魔術を知っている人間相手には出しにくい。師匠相手にパティを出すのはほぼ不可能に近いだろう。しかし、パティの能力は自分の中にいる間でも問題ない。なのでパティに記憶の管理を任せることで、自分はそれほど覚える事を意識せずともパティが整理してまとめてくれるだろう。あとは必要な情報をパティに教えてもらえばいいのだ。本当に優秀な使い魔である。
『おだてても何も出ないよー。でもおっけー! 頑張るよ!』
とりあえずギルドに向かい、いつも通り魔術師教練受付に向かい師匠の弟子になるとしよう。
「き、金!?」
いつも通りにしていたはずなのに、ランクの確認に用いる玉は金色に輝いた。
「ちょっと待ってくださいね!」
受付の人が奥へと走る。金の魔術師が魔術師教練受付に来たらそれは大騒動となるだろう。向こうも混乱しているがこちらも戸惑っている。一体何が起こった。
金の魔術師が現れた。まあ、大騒ぎする理由はわからなくもない。国に所属する魔術師を含め、多くの魔術師は銀か銅だ。国の所属は銀以上で確定だが、その中に金の魔術師は殆どいない。師匠のような金より上の魔術師なんかは現状は国でも一人しかいないのではないだろうか。
「金か。魔術師教練受付に来るとは珍しいのう」
「そうなんですか?」
金の魔術師よりも上の人に言われてもあまり実感はない。
「魔術の能力が高いと子供のころにやらかしてしまうからのう。魔術を教えなくとも、魔術に近い現象を起こしてな。成人するまで気づかないという事例は異例に近いじゃろう」
自分の場合、恐らくはループの結果、魔力が増大し金となった。つまり最初から魔力が多かったわけではないので子供のころにその力が発揮されることはない。そもそもなぜループすると魔力が増えるのかもわからないわけだが。
「ま、よかろう。金の魔術師であればできることも多い。存分に儂の手伝いをしてもらおうかの」
「…………手加減してください」
銀の時でも結構な働きをさせられた気がする。金だともっと働かされてしまうのだろうか。
そうして師匠の下で金の魔術師として活動する。もっとも殆どは師匠のする仕事の手伝いとなる。白鋼の魔術師である師匠の手伝いは、銀の時にはどうしてもできない金の魔術を使うものが多くなった。そのうえ銀の時にやっていたこともやらされるので当然こちらの苦労は大きくなる。銀の魔術では大変でも金の魔術でやれば楽にできたりするので楽にはなっているのだが。
仕事の手伝いなどを主にやっているが、もちろんその途中で金の魔術も教えてもらっている。特に一番重要なのは死神戦でも使うことになる身体強化を金の魔術のレベルで扱えるようになること。最初に頼み込んで教えてもらった。他の魔術も教えられたが、死神相手にはやはり通用しづらいものが多い。防壁はかなり使えるが。攻撃系はあまり死神には有効打にならない。
そして手伝いや魔術の修行のさらに合間、余裕のある時に資料を読み漁る。読むと言うよりも、ページの中身に書かれている文章を見てそれをパティに保管してもらうだけだが。そうして集めた情報をパティが整理整頓して、こちらに必要な情報をパティなりにかみ砕いて教えてくれる。
そういうことばかりをしているので今回は肉体の鍛錬は出来ない。死神に勝てなくなってしまうが、どちらにしても魔銀製の武器を用意できないので負けるのは確定だから仕方がない。むしろこの次こそがもっとも重要な戦いになるだろう。足りない一歩、身体能力は金の魔術での身体強化によって補われる。もう力負けはしない。
「スィゼよ」
「何ですか?」
いつも通り師匠の手伝いをしていると声をかけられた。何だろうと思ったが、かなり複雑な表情をしている。
「……お前さんはいったい何者じゃ?」
「えっと、それはどういう意味ですか?」
「お前さん、儂の資料を大量に読み漁っているな。それに、儂が教えずとも多くの銀の魔術を覚えておるじゃろう? ほとんど一回で行えただけならば天才と言えるかもしれんが、教えられておらぬものを使えるのはおかしいじゃろう」
一瞬その言葉に思考が停止する。今までも師匠に教えを受けている時に訝し気な眼で見られたことはある。銀の魔術師の時にははっきりと言われることはなかったが、それは脅威として見られていなかったからだろうか。今回は金の魔術師だから直接問われた……のだろうか。
「…………」
「お前さんが儂の持っている知識を得たい、奪いたいというわけはない……とは思って居る。お前さんには悪意というものが全然ないからのう。しかし、金の魔術師としての実力を持ち、何故か多くの魔術を知り、そして儂の資料を大量に読みその内容を知ったお前さんを悪意がないから放っておくというわけにもいかん。だからこそ聞かせてもらうぞ。お前さんが何者であるかを」
幸いにも師匠はこちらを敵視しているわけではないようだ。ただ、師匠のいう通りすごく怪しいことには変わりないだろう。普段の行動から色々と観察されていたようだ。
しかし、どう答えるべきか。いい案がない。最悪師匠に殺されても最初の日に戻るだけなので大して問題にはならないが、それはあまりこちらの精神によくないし、恐らくこの先師匠のところに来るなら毎回問われる危険性もある。
だが、説明をしようにも……できなくもないが、内容を信用してくれるかどうか。それにループに関して毎回説明しなければならないと言うのもこちらにとってはきつい。次には忘れられる、それがいやだからだ。自分のことを、話したことを、一緒にやったことを、なかったことになるのはとてもつらいから。だから今までも話すことはなかったのだ。
『スィゼ、私が出るよ』
パティがこちらにそういうと、こちらが答える前にパティが姿を見せた。
「初めまして!」
「ちょっ!?」
「む!? 使い魔……じゃと?」
パティは基本的に命令してこちらの制御下におけるが、逆に言えば指示を出していない場合などは勝手な行動がとれるということである。基本方針で自分の精神に寄生して隠れているが、いつでも外に出ることができる。パティはこちらのことをわかって行動してくれるので実にありがたいのだが、今回はこちらの意思を無視した行動をとった。
「私はパティ。スィゼに憑いている使い魔だよ。お爺さん、スィゼが隠している色々な内容を知りたいんだよね」
「そうじゃ」
「それ、私が原因なの。ほら、使い魔作成ってとっても大変でしょ? 私みたいな使い魔がいるなんて普通なことじゃないよね」
「確かに」
使い魔作成の難易度は作成した自分がよく知っている。師匠も情報だけなら知っているし、パティも恐らくは理解している。しかしだから何だと言うのだろう。
「私がスィゼに憑いている理由はちょっと訳ありな事情が原因なんだけど、スィゼが隠しているのはそのあたりに事情があるの。だから他人には言いにくいことなんだ。あと、資料を読むのは私がスィゼに頼んだからだねー。私は知識の収集が目的なんだ」
「ふむ……それならば確かに隠しているのも理解できなくもない。しかしそうするとお前さんが作られた理由やその存在の機嫌がわからんな」
「それは秘密ー! でも、私は使い魔なわけだよ。スィゼに憑いて、スィゼに従う、スィゼのための使い魔。命令も聞くし、お得になることもやります。それが私の役割だからね。スィゼに憑くことになったのは偶然に近いけど。それでそれで、私のことを伝えるのは本当はあまりよくないことなの。でもお爺さんがスィゼにいろいろ隠していることを訊ねてきたから私が出てきて教えることにしたの。それが一番楽だったからね」
「そうか……ふむ……」
話の内容は真実に近い部分を含んでいるような、嘘だ。嘘をつくとき真実を混ぜるとバレづらいと聞くが、その手法だろうか。
「スィゼ、お前さんはこの使い魔をどうする気じゃ?」
「……どうする、とは?」
「勝手に憑かれておるのじゃろう。迷惑ではないのか?」
むしろパティがいなければ困るくらいの状態です。
「えっと、精神に寄生するという特殊な使い魔みたいですけど、色々と役に立つので排除するとか考えてはいません」
「ふむ…………しかし、何か裏にありそうな感じじゃが、不安はないのか?」
「まあ、ないとは言いませんけど、いるとこう、飼い犬みたいでかわいいので」
「誰が犬かー!」
確かに色々と不安のある子だが、いないとこまるしこっちを気遣ってもくれる。そもそも自分が苦労して作った使い魔なのだから、そう簡単に手放す気もない。せめて苦労に見合った成果が残ってくれないと困る。
「そうか……まあ、お前さんが納得しておるのならばいい。しかし秘密がこれか……これからはこそこそ裏で行動するのではないぞ。あと、使い魔ならば弟子の仕事の手伝いをしてもらおうかの」
「えー! 私の体ちっちゃいからお手伝い無理だよー!」
「ちょっとした雑用くらいできるじゃろう。人が苦労して集めた資料を読み漁った罰じゃな」
「違法労働反対ー! 私は労働基準法に則って仕事をしない環境を要求するー! もしくは給料よこせー! それと、資料を読んだのはスィゼだよー!」
「主人に振るな!」
「本当に何なんじゃ……これは」
ごめんなさい。作成した自分もよくわかりません。
そうして金の魔術師としてパティと共に師匠の手伝いをする。もちろんパティが外で活動できるようになったので、パティが資料を読み漁り勝手にすべての情報を収集していた。もしかしたら師匠が何処かに隠している資料とかどこかに埋もれている資料があるかもしれないが、これ以上師匠のところで学べるものは残った金の魔術や師匠の持っている技能くらいとなった。
そんなふうに魔術関連を鍛え、戦争の日が訪れる。いくら金の魔術師となったところで魔術では死神を倒すのは恐らく無理だろう。金の魔術の身体強化である程度肉体の鍛錬が足りなくても補えるが、武器だけはどうしようもない。最終的に武器が壊されて決着がついた。
だが、次の周回。ようやく死神と対等に戦える。全力の死神と。今度こそ勝利で決着をつけたい。