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ループ  作者: 蒼和考雪
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loop30 精神と記憶の使い魔

 使い魔作成のため色々と大変な作業をしている。使い魔は持続する、継続する魔術だ。当然だが通常の魔術のように、呪文や詠唱でイメージを補完し発動する、イメージだけで発動するみたいに簡単に発動する魔術とは一線を画する特殊な魔術である。

 まず、作成に必要なものに魔法陣が存在する。基本的にこの世界の魔術に魔法陣は使われない。そもそも、魔術ならば魔法陣ではなく魔術陣なのでは、と思う所だが気にしても仕方がないので無視するとして。あくまで基本的な魔術に魔法陣が使われないと言うだけであり、特殊な魔術を使うのに魔法陣を作ることはあるらしい。特殊過ぎて滅多に使うことはないようだが。

 使い魔を作成するのに使われる魔法陣は、作成者不明の魔法陣である。というのも、この魔法陣そのものは現代の魔術師によって作られたものではなく、遺跡から発見された古い時代のものであるらしい。まずこの魔法陣を書くにあたり、魔力を籠めた金属粉を混ぜたインクを用いる。魔力を籠めるというのはあまり意識してやったことがないが、武器を持って身体強化をしていれば自然と魔力が籠められるらしい。なので身体強化を用いて金属粉に魔力を籠め、それをインクに混ぜて陣を描いた。

 魔法陣には正確な直線の角度を描く必要があったり、円陣は可能な限り真円に近くするなどいろいろと大変な作業が多い。また、属性を表す印の各位置や、その大きさで使い魔の属性を強くしたり、陣の形状などで属性のバランスを調整したりなどできるらしく、そういった細かい作業を師匠に注意や指示を受けながら泣きそうになりながら描いた。まるで針の穴に糸を通すような正確さを求められる。いや、それ以上の難易度と言ってもいい。一人でできるような作業ではなく、何度諦めようと思ったことか……まあ師匠が諦めさせてはくれないわけだが。


「うむ、魔法陣はこんなものでいいじゃろう」

「……なんかすごく大変な作業なんですが」

「使い魔が作られない理由が分かるのう?」


 これだけ大変な作業を要求されるなら確かに作られないのは理解できる。それ以上に、簡単に作ろうと思って作れるものでもないだろう。専門知識、必要な条件、能力、そして諦めない心が必要だ。正直きつい。

 まあ、本当にここまで正確で緻密にやる必要性はないらしい。ただ使い魔を作ると言うだけなら、それこそ魔法陣はそれなりにものでいいらしい。できる使い魔の質を考えなければだが。師匠はそのあたりとても厳しい。


「それじゃあ明日から使い魔作成の開始か。最初はかなり魔力を使うが、そのあとはそこまで魔力が必要になるわけじゃないようじゃから、仕事の手伝いもいつも通り頼むぞ」

「え……ああ、そうですね。休みじゃないですね」


 残念ながら使い魔作成を理由に仕事が休みなるわけじゃないらしい。まあずっとここにいて退屈だから、やることと言えば仕事や資料を読み漁るくらいしかない。


「最初は何をすればいいですか?」

「魔法陣に魔力を籠めるのじゃ。まあ、お前さんは魔力を籠めるのに慣れておらんから、触れている状態で身体強化を使えばよかろう。魔力が魔法陣の籠められると、その吸収した魔力を使い魔法陣の上に魔力の玉が作られる。それができれば後は一定以上の魔力を魔法陣に籠め続けるだけじゃ」

「それだけ……ですか?」


 確かに少し面倒で大変かもしれない。しかし、最初に魔法陣を描く大変さに比べれば大したことがないように思える。


「しかし、魔法陣は魔力を籠め続ける過程で劣化する。魔法陣の綻びは魔術の綻び、劣化した魔法陣のまま継続すれば失敗するじゃろう。なので魔法陣の上から描いた時と同じようにインクで書き直さなければならん」

「それはまた……」


 面倒くさい内容である。だが、使い魔は一度作って様子を見ておきたいので頑張ろう。ここまでやったのだから今更やめるわけにもいかない。まだこれで最初の部分なのだからきついが。






 それから毎日、魔法陣の確認と魔力を籠める作業を行う。何度か同じ作業の繰り替えしで魔力を籠めることを繰り返していると、なんとなくその感覚が分かったので今では身体強化無しで魔力を籠められるようになった。使い魔作成にかかわらない所では、やはり言われた通り仕事の手伝いなどをしつつ、使い魔作成の様子を確認し観察日記のようなものをつけさせられる。まあ、師匠にはこの部屋での生活の世話をしてもらっているのだからそれに対する対価のようなものだろう。

 魔法陣の上に現れた魔力の玉は淡く明滅を繰り返している。この玉はなんなのか。少なくとも使い魔はある種の実態を持つ者であり、この玉そのものが使い魔へと変化することはないと思う。恐らくは卵か繭か……もしくはこの玉そのものが一種の魔法陣なのかもしれない。


 気長に毎日同じことを繰り返す。部屋の中では鍛えることもできないため、この先どう頑張っても死神相手に勝つことは不可能である。そもそも武器の作成すら碌に行っていないし、魔銀の回収も難しいのでしかたがないのだが。代わりに使い魔の作成とできた使い魔に関しての検証があるわけだが、仮にこれが役に立たなければ二度と使い魔は作らないだろう。また使い魔作成にあの魔法陣を描く作業をするのはきつすぎる。


 三ヶ月、言われた通りの内容を行っていたが、まだ使い魔ができる様子はない。失敗かとも思ったのだが、失敗するならば魔法陣の上の玉が消えてはっきりわかるはずなのでまだ失敗ではないようだ。恐らくは、まだ使い魔が作成されていない……魔力の量がまだ使い魔を作るまで至っていないか、それとも作成する使い魔の形態を構築するの時間がかかっているのか、そもそも使い魔作成自体あまり行われていないことなので正確なところは不明である。


 四か月目。流石に長すぎるのでもう諦めてやめてもいいんじゃないか、と思ってきたころ。魔法陣の上に存在する玉に変化が現れる。


「む、玉の光り方が変わっておるぞ」

「おおお!? ついに来た!?」


 ずっと同じことばかり、この部屋に缶詰でやり続けるのは精神的につらい。目に見えて使い魔作成の成果がでるのであれば気分も向上するのだがこれまで全く変化する様子がなくてもう精神的におかしくなりそうだった。微妙に今もテンションがおかしい。

 そうして変化の起きた玉を見ていると、その玉が強く光を発した。


「ぬっ!?」

「わっ!?」


 魔力の玉が強く部屋を光で埋め尽くすほどに輝きだす。そして強い光で視力が一時的に奪われた。その視力が戻り、何が起きたかと玉に目をやると既にそこに魔力の玉は存在していなかった。そして、玉のあった場所の下、魔法陣の上には一人の少女……いや、少女というには小さい。大きさ的には人形のように思える。


「いいいやあああっほううううううううううううううう!!!」

「…………え?」

「やーっと出てこれたー! もう、ずーっと待ってたんだからね! あの小さな玉の中でずーっと待ってるのすっごく退屈で詰まんなくて暇で死にかけたよ、死なないけど!」

「…………え?」

「なんじゃのう……これ」


 自分も目の前の少女を見て思う所は同じである。この少女……いや、人形は自分の作り出した使い魔……なのだろう。しかし、いきなり現れた所で叫び出し、さらにはこちらに対して文句を言ってくる始末である。流石にこちらの思考が追い付かない。なんだこれ。


「えっと、お……君が俺の使い魔、でいいのかな?」

「うん、そうだよー。ご主人様の使い魔だよ。お望み通り闇属性でびんびんでのりのりの使い魔さんだよー!」

「……ええー」


 自分で作っておきながらなんだが、この性格は一体何なのか。残念すぎないか?


「実は、使い魔は作った者の心を映すという話もあるのじゃが……」

「ありえません。自分の心の中にこんな部分があるなんて信じたくないです」

「それ、多分半分くらいは本当だよ? でも半分くらいは嘘だねー。ま、間違ってはないんじゃないかなー」


 使い魔に肯定された。その知識は一体どこから出てくるのか。そもそも半分が嘘、半分が本当との話だがどこが本当でどこが嘘なのか。


「ところでご主人様。名前を教えてくださいなっ。名前は己の存在を示す重要な役割なのです。それを伝えるのは円滑な関係を作るのには必要なことだよ?」

「あ……わかった。俺はスィゼだ」

「スィゼ! うん、今度からはご主人様とか媚び売るでれでれどじでれな言い方じゃなくてスィゼって呼ぶね! 私はパティ! これからよろしくねー」

「ああ、うん、よろしく……」


 この人形はパティと言うらしい。こちらが名前を付ける前に自分から名前を付けたのだろうか。


「ひとまず使い魔は出来たのう。ところで、望んだ役割はその使い魔で果たせるのか?」

「ああ……そういえば、ある役割のために闇属性で作ってたんでしたっけ」


 使い魔に求めるのは記憶の補助、精神への寄生。そのために闇属性にしたのである。


「パティ、えっと、俺の精神に寄生して記憶を」

「スィゼの記憶を私が保管すればいいんだよね。うん、私はスィゼの記憶や精神の一部を持ってるから何をすればいいか知ってるよー。じゃ、ちょっとびっくりするかもしれないけど、行くよー!」


 軽く地面を蹴ってパティが体当たりしてきた。しかし予想された衝撃はなく、パティの姿は自分の中へと消えていった。その代わり、自分の中に何かが入り込むような不快な感覚を受けた。


『大丈夫ー?』

「……パティ? えっと、精神に寄生したのか? っていうか、精神に寄生した状態で喋れるのか?」

『喋るってわけじゃなくて精神に直接意思を伝えてるんだよー。うん、今の状態が精神に寄生した状態だね。あ、そうそう。口で私に喋るのはやめておいた方がいいかな。周りから見ると見えない相手に語り掛けているか、変に独り言を言っているようにしか見えないよ?』


 どうやらパティは実体を持ち存在できるようだが、精神に寄生する場合は実体が消えてその対象の中に入り込む感じのようだ。ある種の精神体みたいなものだろう。パティのパティ自身の知識がこちらに伝わってくる。こちらの記憶を奪うだけでなく、あちらから与えることもできるようだ。まあ奪われた記憶が戻ってこないのは問題だし。

 しかし、他人の記憶や知識を流し込まれるのは……こう、体の内側に液体を流し込むような感じですごく奇妙というか気持ち悪いと言うか。慣れるまでは厳しそうだ。


『これからはスィゼの記憶で必要そうにない、どうでもいい部分は私が整理して管理しておくねー。特に昔の方の記憶は忘れかけていることも多いし、重要なこと以外はこっちで保管するね。私がスィゼの中に入っている時は全部の記憶が思い出せるけど、私が外に出ている場合はその記憶が思い出せなくなって変な感じになると思うから、そのあたりの意識との繋がりの調整とかもこっちでしておくから。私に関してはさっき送り込んだ知識でわかるよね? 話すときは頭の中でいいからね』


 こちらがわざわざ伝えなくても全部わかってくれているのは無駄な手間がかからなくて楽だ。しかし、これはこれで全部知られているような感じで怖い。得体のしれない何かをパティに感じてしまう。まあ、彼女は精神に負の影響を与える闇の属性の使い魔だ。それもしかたのないことなのかもしれない。


『不安に思うのはしかたがないよね。ただ、スィゼには信じてほしいな。私はスィゼの、スィゼだけの味方。だって、使い魔だもん。スィゼのことは記憶の管理で必要な情報を読み取ってるからよくわかってる。だから、私はスィゼの精神に憑いて記憶の補助や相談とかの話し相手になることを主にするよ。戦いにも参加していいけど、基本的にはスィゼの邪魔にならないようにしているから。とりあえず、私がついていけるかそれを確かめるまではゆっくりしようね』


 ループのことまで知られているとなると逆に怖い。便利は便利だが、やはり恐怖はなかなか拭えない。だが、パティの言うことを信じるなら、パティは俺にとってとても大事な味方となってくれるだろう。まあ、使い魔だから敵になるほうがおかしいか。でも闇属性だからな。


『もー。主人であるスィゼから魔力を貰えなくなったら私消えちゃうんだよー? だからスィゼに何かするなんてことありえないってー。もー」


 確かに使い魔だからそうなのだろう。それでも不安は不安である。






 色々とあったが、結局戦争では何もできずに終わる。そして始まりの日に戻った。使い魔作成以外のことは碌に何もできなかった周回だった。


「っ! パティは……」

『ふっふーん! いるよ! ほんとーによかったー! 多分大丈夫と思ってたけど、確信できることじゃなかったからねー。ちょっと不安だったけど、賭けに勝ったよ! ふふーん!』


 パティがいる。自分の中に、彼女が存在している。あれだけ苦労して彼女を作り上げたことは無駄ではなかったようだ。ループの仕組みはわからないが、どうやら彼女に関しては神の思惑を超えていたのか、それとも神の悪戯で彼女がループに組み込まれるようになったのか……真実はわからないが、初めて、次に連れていける存在ができた。


「…………」

『ス、スィゼ!? もー、泣かないでよー。私がいるじゃない、ほら元気出して出してー!』


 別に元気がないから泣いているわけではない。悲しい、つらい、苦しい、そういう理由ではなく、初めてループという他人の関わりようのない事象に、その事実を知って、一緒にその事象の中を歩める存在ができた……今までは、ループについて語ることすらできなかった。次に一緒に行くことができなかったから。だけど、その存在ができた。だから涙が自然と出てきたようだ。

 自分にとってループはこの一年間のすべてを失うものだ。この世界に転生したときも前世で過ごした時間を失い、ループすることでこちらで過ごした十五年を失ったように感じ、繰り返す中で同じ一年を過ごし何度もその一年を失ってきた。ずっと、ループの中で失うばかりで、だけど、ようやく失わなかったたった一つのものができた。それは、今までの中で初めてだったから。


『ほら、泣き止んで! 時間、時間ー! 泣き顔お母さんに見られちゃうからー!』


 その警告は少し遅かった。一人で泣いているところを、起こしに来た母親に見られた。その後の朝食時に一人で旅立つのが寂しいんじゃないかとか妙に心配されてしまった。少し恥ずかしい。

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