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ループ  作者: 蒼和考雪
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loop29 魔術教練 その三

 人間の記憶力には限界がある。どんな生物もその能力に限界があるものだ。実際にどの程度の期間のことを記憶していられるかなどは詳しく知らないし検証されているかどうかも不明だ。記憶の整理もどういう風に行われているのかはわからない。ただ、ループする中で記憶が増えていけば徐々に昔のことは記憶の中に埋もれて思い出せなくなるのは当然だろう。積み重ねた地層のように、昔のことは掘り起こすことが難しくなる。

 基本的にループ作品というものはそのスパンが短い。一日とか、三日間とか、一週間とか、一ヶ月とか。自分の場合はそれが一年間である。そのうえ、同じことを繰り返すとはいえ、これまでの死亡数は既に数十はいっている。いちいち自分の死亡した回数なんて数えてはいないが。

 自分のループは一年間という期間を繰り返す。その中で得られる情報は基本的にほとんど同じであることが多い。しかし、知識としての蓄積と記憶としての蓄積はまた違うものだと思う。同じ記憶でも上書きされるような形ではなく、別にカウントされているわけだ。

 ループに関しての話はともかくとして、最初の話題である記憶力の限界へと話を戻す。今回自分は昔の記憶……自分の行動の理由、切っ掛けを思い出しにくくなったことをあらためて自覚した。それもその記憶は自分にとってとても重要な物である。そんな記憶でも思い出すのが難しくなるくらい、記憶の蓄積状況が危険な状態になっていることに気付いたわけだ。

 今が何回目のループであるか断言できないが……恐らくは三十は既にいっているのではないか。さらに言えば自分には前世の記憶がある。前世の時間、この世界でループに入る前に生きた時間、これにループでの時間を加えればおよそ七十年近くの記憶が存在することになる。自分の精神的な老化は肉体が常に若いからなのか特にこれといって変化するようには見えないが、記憶としてはお爺さんくらいの状態に近いのだと思う。もっとも、記憶の状態がそうだから物忘れがひどくなるかと言われれば違うのではないかと思うけど。

 別に昔のことを忘れるのは悪いことかと言われれば、そうではないと思う。だけどあまりに忘れすぎてしまうと別のところで問題が起きる。ループの中、自分がなぜその行動を行っているのか。その理由に関してやその行動をしなかった場合の結果はどうなるのかなどを忘れてしまえば、また同じ間違いを犯してしまう可能性がある。最近は少し自身の状況的に難しいが、一応クルドさんのチームで最初の気持ちを思い出すことはよくある。だが、それでも三人の冒険者崩れの相手をする理由を忘れかけていたという事実が存在する。このままではいけない。





 記憶の蓄積量に限界がある。ではそれに対処するためにどうすればいいのか? 記憶を保持するためにどういったことをすればいいのだろう。自分が覚える限界が存在する。

 これはパソコンのハードディスク容量のような物と思えばいい。自分自身にこれ以上容量が入らないのなら、別の記憶媒体を用意すればいい。外付けのハードディスクを用意すればいいのである。


「使い魔がほしいとな?」

「はい」


 今回はあの迷宮で魔銀を入手し、あらためて魔銀製の武器を作ってもらえるか、作られた武器がどのようなものになるかを調べるつもりだったのだが、記憶の問題の件で予定を急遽変更して師匠の下に弟子入りした。記憶の保持のために使える手段として一番有用出るのは魔術だ。疑似頭脳、外部記憶装置、そういったものを魔術で作り上げる。


「ふむ……使い魔か……」


 難しい顔をして師匠が呟く。魔術においてよく捜索でもある使い魔だが、この世界において使い魔とは……永続的に使われる魔術、というものだ。厳密には少々違うが、そういうものだ。常に魔術とが発動している状態になるから使い魔が存在するだけで常に一定量の魔力が持っていかれるため、普通は魔術師でも使い魔を作ったりはしない。魔術の使える回数が減るわけなのだから当然だ。

 しかし、使い魔は魔術である。つまり使い魔がいれば常に魔術を待機状態にしていることに等しい。使い魔自身、魔術に等しい能力を持ち得るのだから。だがそんな有用性があるはずなのに使い魔を作る魔術師は少なく、現状使い魔を持っている魔術師は極少数である。それは使い魔を作るのに幾らかの要因がいるからだろう。


「使い魔の事は知っておるの? 維持に必要な魔力の量も結構な物じゃが」

「わかってます。恐らくは魔力量に問題はないと思います」

「では素質の方はどうじゃ?」


 素質。使い魔を作るにはどうしても魔術の才能が必要となる。これは魔力量で推し量られる魔術師のランクとは違い、各属性への適性の問題であるらしい。


「……確か、全属性の魔術を使用できる、でしたっけ?」

「一定以上の能力で、全属性の魔術を使用できる、じゃな」


 使い魔作成に必要な魔術の適性とは全属性の魔術適性、それもある基準を超えて魔術を使える必要がある。魔術は誰でも全部の属性の魔術を扱うことができる。しかし、人によって得意な魔術や苦手な魔術が存在する。場合によっては銀以上の魔術は扱えなかったりすることもあるらしい。現状ではその適性がどうして得られるものなのかの理由は不明だが……自分はその適性に関しては恐らく問題はない。ただ、自分の使う魔術はいつも限られた物しか使っていないのだが。


「えっと、多分……大丈夫だと思います」

「その言い方じゃと不安じゃな……使い魔作成は時間もかかるし結構面倒な物じゃぞ? 失敗したらそれまでにしてきたことが無意味になり時間の無駄ともなる。恐らくなどと曖昧な判断で取りかかるのは悪手じゃ。一度適性を確かめるとしようか」


 そう言って師匠は部屋の奥にある様々な物品がおかれているところを漁り出す。この部屋にはただでさえ資料など大量に物がおかれているのにそういった魔術の道具も置かれているのか。もう少し片付けて取り出しやすい、管理しやすい状態にした方がいいのではないだろうか。勝手に何か持って行ってもばれないのでは……と思うが、恐らくすぐにばれるだろう。師匠はそういう所の勘は鋭い。何かに使えるかもと思うのだが。


「よっと……これじゃ」

「……槍と盾?」

「うむ。槍というよりは矛じゃな」


 槍と矛の何が違うのか。っていうか矛と盾って……


「それで何をするんですか?」

「この盾をもって魔術を発動するとその魔術を吸収し、その魔術の属性の障壁を作る。これは防壁の魔術とは違うものじゃぞ? その障壁はその矛で攻撃することで破壊できる。ただし、その条件は盾に吸収させた魔術を超えることが条件となる」

「……基準となる能力の魔術を盾を持って発動し障壁を作り、矛で破壊させる。破壊できれば基準以上の適性を持つ、ということですか?」

「うむ。そういうことじゃ」


 そんな魔術具があるものか。作ったのか、それとも遺跡や迷宮に保管されていたのか。謎が多い。


「ひとまずやってみよ」

「……それは構いませんが、闇や光の魔術は碌に知らないんですけど」

「作ればいいじゃろう。性質も知っておるのじゃから難しくもあるまい」


 新しい魔術を作るのは難しいようで簡単だが、簡単なようで難しい。ずいぶんと無茶を言う。しかし言われた通りやってみるしかない。使い魔を作るためだ。


「……とりあえず、火からやってみます」

「うむ」


 そうして師匠が盾をもって魔術を使い、それによって作られた障壁を俺が矛を持って魔術を使い、矛に魔術を吸収させて攻撃する。なんというか、矛で盾を突くって考えると矛盾の逸話を思い出す。最強の矛と最強の盾。まあ、今回はむしろお互いの魔術の強さを確かめるためのものな気もするが。

 そんなことを考えつつ、単調な作業を続ける。一つ終えれば次へ、また次へと繰り返し確認は容易に終了した。師匠のいう通りならば全属性に基準以上の適性があると考えていいだろう。


「ふむ。一定以上の資質はあるようじゃな。まあ、お前さんはそこまで資質が高いわけでもないようじゃが」

「どうせ器用貧乏ですよ」


 そのあたりの自覚はある。自分にとって他と違う特殊性と言えば、神様に貰っただろうループ能力くらいだ。どうせもらえるのであればもっとチート能力が欲しかったと思う。あの死神に勝てるような恐ろしいまでの戦闘能力とか。


「腐るでない。お前さんのその資質は魔術の研究ではとても優秀じゃぞ? 万能じゃからな。まあ、儂のように魔力量が高くなければできないことも多いのじゃがな」


 それは自慢ですか?


「とりあえず……使い魔を作っても構いませんね?」

「うむ。だが使い魔作成にかかる時間は知っておるか?」


 実は使い魔に関しては作成手順とかはそこまで詳しく知らない。調べながらやっても問題ないだろうと思っていたし、この手のことは一応師匠に聞いて許可を取ったほうが安全だ。


「許可を貰ってから調べて作る気だったので詳しくは」

「三ヶ月じゃ」

「えっ」


 え? 三ヶ月? 聞き間違い……ではないよな。


「もしかして、ずっと作業しなければならないとか?」


 寝ずにずっと大釜を回し続ける魔女みたいな感じに。


「流石にそこまでじゃないわい。まあ、使い魔を作成している場所から殆ど離れることもできんな。ここで作るなら、この部屋に寝泊まりし続けることになるじゃろう」

「……それはきついですね」


 この部屋に泊まり込み、部屋から出ることすらできない。息抜きすらできないどころか、トイレに行くことすらできないのではないだろうか。まあそのあたりは魔術で何とかできると思う。多分。まあ、ずっと作業するくらいは構わないのだが。


「まあ、そういった条件はしかたがないです。ここで寝泊まりしても構いませんか?」

「しかたないのう。しかし、儂も使い魔はつくっておらん。実際どんなものができるのかお前さんが作った物を調べさせてもらうぞ? 使い魔関連の資料を後で提供してやろう。他にも幾らか手伝いくらいはしてやる」


 それはありがたい。しかし、人の使い魔をどうするつもりだろうかこの人は。


「ところで……お前さんは何の使い魔を作るつもりじゃ? 主とする属性によって使える魔術は異なるぞ。やはり治癒能力を有する水か、使い勝手のいい火や光か?」


 使い魔はそれ自身が魔術そのものである。当然魔術としての属性もある。そして使い魔の能力はその属性に依存する。火ならサラマンダーみたいに炎を吐いたり、風なら飛行能力を有していたり。だから使い魔の属性はかなり重要なものとなる。自分の使い魔の属性は目的故に既に決めている。


「闇です」

「…………闇、とな」


 珍しく師匠が本気で驚いている。闇の属性の魔術の本質は精神に対する影響、それも負の影響だ。光の属性ならば、使い魔を側に置くことで精神的に安らぐなどの良い影響を与えたりできるが、闇は負の影響となるだろう。当然ながら、自分の精神に悪い影響を与える物を作る意味はない。まあ、使い魔で攻撃する場合を考えれば有用性がないわけではないが。


「いったい何の目的で闇属性の使い魔なんぞを作るつもりなんじゃ?」

「精神に対する負の影響、つまりは攻撃ですが……例えば人の精神に寄生させるということもできますよね? 自分に寄生させ、寄生した使い魔に記憶を吸収させる、精神の一部として記憶の保管に使うつもりです」

「……とんでもない発想じゃな。使い魔を自分の精神の一部として利用するか」


 使い魔が完全に外部の存在である場合、ループしてしまうと恐らくは次に持ち越せない可能背が高い。使い魔の作成に時間がかかる以上、毎回作るなんてことは不可能となる。一度自分の記憶の余分な分を吸収させ、ループに引き込まないことで記憶を消し去ることもできるのかもしれないが、今回はそれが目的ではない。

 ループにおいて、自分は最初の日に戻る。このとき肉体は戻らないが、精神は戻る。記憶も一緒だ。では、精神に寄生している使い魔はどうなるだろうか? 一緒に戻るのか、それとも精神に寄生している使い魔はループに巻き込まれないのか。ある種の博打になるが、もしこれでループに巻き込まれてくれるのであれば、使い魔は今後も有効活用できる。戻らないのであれば今回のことは無駄になるが、それもそれで一つの結果、使い魔は使えないという判断になるだけなので構わない。

 今後どうするかはまだ使い魔ができていないのでわからないが、今はひとまず使い魔を作成することを頑張るとしよう。

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