loop28 積み重なる記憶
迷宮の最奥にて魔物の群れとそれらを倒した後に現れた巨大な魔物を倒し、ようやく最奥に存在するらしい魔銀の採掘を行う。また魔物が出現するかもしれないことを考えるのならば急いだ方がいいのだろうか。それともここまでやれば安全なのか。迷宮は謎が多くてわからない。
「……それが魔銀なのか?」
「ああ。見たことないのによく探そうとしていたな……それに、採掘するための鶴嘴も持ってきていないのには呆れるぞ?」
それを言われると困る。とにかく魔銀を探すことを目的にしていたせいか、魔銀は鉱石であるので採掘する必要があるという事実に考えが及んでいなかった。まあ、自分の場合ループという特大の反則があるので最悪見つけるだけで済ませて採掘は後でするというのも可能だったからだろう。魔術で破壊したり、剣を突き立てるなどしての無理やりな方法での採掘だってできなくもない。まあ、迷宮内部では土の魔術が使いづらいので爆発とかの魔術を使う必要があっただろうからまともに採掘できたかは怪しいが。
「魔術とかあるからそれ頼りだったよ」
「そうか。まあ、しかたないな。欲しがっていた分はこのくらいでいいか?」
およそ一抱えほどの魔銀の鉱石。通常鉱石はそれ自体が丸ごと金属の塊というわけではないはずだが、この場所は迷宮であるためか、それとも魔銀という特殊金属であるためか、その一抱えの塊が全て魔銀である。
とはいっても、魔銀自体の量はこの一抱えのもので一割よりも少し少ないくらい。全体の量が少ないのでこの大きさの塊でも結構な分量と言える。もっとも見える分、わかっている分での判断であり、この場所で探せば実際にはもっとあるかもしれない。そのあたりは不明だが自分は興味がないので彼等に後は任せよう。
「……これだけの量を貰ってもいいんだな?」
「そういう約束だったからな。とりあえず一度外に出ようか」
「……魔物は? また復活するんじゃないのか?」
「確かにそれはある。本当ならば外に放り出して循環しないようにしたいところだが……まあ、次に来るときは二人だけなんてことにはならない。人数さえそろっていればあの巨大な魔物もそこまで脅威ではないさ。放置しておくよ」
そういうことらしいので魔物の死体をどうにかすることもなくこの場所で放置する。そして俺たちは来た道を戻っていく。道中では魔物が再出現することはなかったが、別の道にいて倒さず残していた魔物との幾らかの戦闘があったが、脅威ではない。
外への帰還の道中、エリュが妙に無言だった。気になるところだが怒っているわけではないし、ちゃんと戦闘はしてくれているので特に何も言わなかった。
「やっと外だ……久々に外に出てきたな」
「ああ、そうだな」
ようやく外に出る。自分とフレイ達は戻る場所が違う。ここでお別れとなる。短い間だったが仲間として活動していたので少々残念に思うが、住む国が違うわけだし仕方がないことだ。
「じゃあ、ここでお別れだな」
「……ここの迷宮の魔銀に関してはこちらの国に俺たちが報告する。それで構わいな?」
「ああ。俺はこれを手に入れるために来ただけだ。他はそちらに譲るよ」
そう言って、この場から去ろうと思った所に服を掴まれた。
「ちょっと…………もう行くの?」
「え……? いや、こちらも用事があるし」
「スィゼは強い。それに、魔術も使えてすごく役に立つわ。だから……私達と一緒に来ない?」
予想外の行動だ。まさかエリュに誘いをかけられるとは。彼女はこちらを敵視、危険視しているものと思っていたわけだが……どういう心境の変化だろう。
「エリュ。それは無理だ」
「何でよ? スィゼが一緒に来たいなら別にいいでしょ? スィゼは一人みたいだし、仲間がいたほうが楽よ? その方がいいじゃない」
「確かにそうかもしれない。俺たちとしてもスィゼがいると今後の活動は楽になるだろう。だが……スィゼは隣の国の冒険者だ。住んでいる国が違うんだよ」
冒険者は所属してる冒険者ギルドのある国の国民である。一応別の国に移動できないわけではないが、別の国で冒険者になっている人間が活動するのは色々と面倒なことがある。この二人と活動するのは確かに悪くなさそうではあるが……それ以上に俺自身にもやるべきことがある。
「……でも」
「エリュ、悪いが……二人とはいけない。魔銀を手に入れたのも、あるやるべきことがあるからだ。俺はそれをやらなきゃいけない」
「…………」
「…………」
「……しかたないわね。元気でやっていくのよ?」
「もちろん」
エリュの言葉に応えるが……恐らく、今回はそれを実行できないだろう。魔銀を使った武器の制作にかかる時間、移動にかかる時間、戦争までの余裕はかなり少ない。迷宮での行動中、フレイ達のこれまでの活動とその日数、どの時期から攻略を開始していたかなどの話を念のため聞いていた。もちろん次に来た時に彼等と一緒に攻略して迷宮を容易に攻略するためだ。
魔銀を手に入れるのにあまりに時間がかかりすぎると今度は体を鍛えることなど別のところに問題が発生する。だからできる限り今後の活動に余裕をもって行動できるようにしたい。まあ、これまでの活動記録を訊ねたらかなり訝しく思われたが。まあ当然か。
今回やるべきことは魔銀を持って行って本当に剣を作ってくれるかどうかの確認だ。もっとも、製作日数の関係や風の季節に入ってすぐの戦争のせいで恐らくはできても取りに戻ってくることはできないだろう。あくまで本当に作ってくれるかどうかを確認するだけに留まるだろう。物の出来をみれないのは残念だ。
そうして結局魔銀製の武器が作られたかどうかの確認すらできず、あっさりと死神に殺され最初の日に戻った。武器そのものは恐らく作れたものと考える……考えるしかない。前回は受け取ることができなかったが、今回はなんとしてでも受け取ってやる。そんなふうに思いながら、いつも通り冒険者崩れの三人を始末しに行く。
「もうここまで来るのに手間もかからなくなったな」
大昔、本当に初めのころは旅をするだけでも大変だったのに今ではもう余裕だ。魔術を使う余裕もあって身体強化や風による移動補助、土の魔術で簡単な道の舗装もできる。魔力量は銅の魔術師であることがわかったころよりも大幅に増加している。また、感覚的に旅慣れたこともあるのだろう。そういった事情で移動速度は飛躍的に上昇している。
だから村まで移動するのに必要な時間も以前より大幅に減少した。まあ、ここまで来るのが一連の行動で完全にパターン化できているというのもあるのだろう。静かに村人にばれないように森に入る。この場所も今までとまるで変わらない。
「聴覚を強化……いや、音を集める魔術の方が良いか。余計な音は排除できたほうがいいだろうし」
風の魔術を用いた音を集める魔術、銀の魔術ともなればある程度音から位置を判断するのもできるようになっている。もっとソナーのようなやり方ができればいいのだが……森の中でどこまでできるものか。そう考えるとやはり音を集める魔術の方が扱いやすいのかもしれない。
聴覚強化や視覚強化は身体強化に属するもの、はっきり言えばそれ単独で行うのは出来ない。ただ、身体に影響を与えない形で視覚や聴覚を強化する形ならばできる。まあ、音を集める魔術や光学的な魔術とかそういうものになるが。
身体強化でピンポイントの強化をできないと言うのは戦闘においてつらいところがある。まあ、そもそも身体強化の原理が謎だ。これって六属性の魔術に含まれていないのではないだろうか?
「そもそも肉体を強化しているなら水の魔術になるのか? それとも魔力が肉体を補助する何らかの作用を引き起こしているのか……師匠に聞いてもわからなそうだな」
師匠は身体強化などの魔術には手を出していない。そもそも身体強化の魔術は魔術師でも使う必要がないので研究すらされていない感じである。もしかしてちゃんと使い手として使っているのは自分だけなのではないだろうか。
そんなことを考えながら進む。あまりあれこれと考えているとすぐにあの三人のいるところにたどり着く。あの三人のいる場所はあまり遠くない。まあ、あの三人も毎回同じ場所にいるかというと、こちらが来る時間が変動するためか微妙に移動していたりする。まあ森の中を少し探せばすぐに見つかる。そういえばあの三人は森のどこかに住居でも作ってるのだろうか。あまり詳しくは知らない。
「ま、そんなことはどうでもいいよな……」
ぽつりとつぶやく。既にこちらは相手の呼吸や枝の微細な動きの音、それらを捉えて位置を把握している。いつも通り樹の上にいるようだ。三人組のいる樹の下まで移動する。相手はこちらのことを確認してもすぐに降りて襲い掛かってくるわけではない。下を通る獲物を上から奇襲してくるのである。相手の動きの気配を探りながら、すぐに戦闘できるように準備しながら移動する。
そうして樹の下を通ると上から襲ってきた。音を圧前る魔術でそれを察知しているので身体強化で強化されている身体能力で容易にかわす。
「な」
驚愕の声、しかしそれは途中までしか出させない。避けると同時に一気に切り裂いて息の根を止める。昔は魔術で大きな攻撃になってたが、今では剣で一瞬だ。身体強化だけでも十分相手できるほどに戦闘には慣れた。いい武器ではないが、この程度の相手に負けるほどではない。
「リーダー!」
「てめえっ!」
同じ冒険者崩れの二人が自分たちをまとめるリーダーがやられて急いで降りてくる。最初に三人同時に襲ってきたならまだ勝ち目があったかもしれないが……まあ、こちらも初心者冒険者以下の見た目だからリーダーだけで十分だと思ったのだろう。毎回リーダーを返り討ちにし、その後降りてきた二人を始末している。
そんなことは今はどうでもいいか。この二人を始末しさっさと死体を処理してギルドへと向かおう。地を蹴って二人のうちの片割れに近づく。
「はや」
腹に剣を突き入れて横に一閃して切り裂く。無茶な使い方をして剣が使えなくなっても構わない。こいつらさえどうにかしておけば剣くらいはどうにでもなる。
「ベジュー!」
残った仲間が攻撃された、リーダーを殺された。こちらを攻撃する理由を考える必要はないだろう。だけど遅い。こちらに振るってきた剣を下から剣でかち上げる。剣と一緒に腕が上がり、隙だらけだ。一気に顔面に剣を突き入れ、そのまま後ろへと突き倒す。
これで三人が行動不能、死亡しているはず……だが、念のため全員の武器を回収し、確実に首を斬って心臓を刺して止めを刺す。一応殺したつもりでもまだ生きていた、とかそういうことがあっては困る。まあこの三人は殺し慣れているので今更だな。
「さ、死体は穴を掘って埋めるか……あれ」
いつもの作業、いつもの行動、いつもの工程。もはやある種のルーチンワークとも化している慣れ親しんだ作業。それを、何故そうしているのか。一瞬それを思ってしまった。
「っ! 確か……うん、クルドさんたちがこいつらに襲われるから、だ」
思い出す。理由を。そして、今回の自分の行動と思考と感情を、現在の記憶や心境の状態を、改めて見直してみる。
「あー…………ちょっと、やばいな……これ」
クルドさんたちに関することは自分にとっては初志、最初に抱いたループの中での戦いの理由だ。死神と戦うための、死神に勝つことを目的とする理由。そしてこの三人の殺害も、彼等を生かす目的のためのものだ。それが、いつの間にかただの作業となり果てている。記憶が薄れかけている。他の記憶に埋もれて忘れかけている。これは大きな問題だ。
「……そろそろ記憶力が限界になってきているのか?」
何度も繰り返す中、最初のうちに抱いたものはもう昔のこととなっている。そして昔のことはかなり忘れ気味になってきている。いつか、最初に抱いた想いや理由、それすらも忘れてしまうかもしれない。重ねた記憶の層が厚くなっている。記憶力の限界が近くなった、ということなのだろう。