loop3 蝶が羽ばたく時
自分の実家である田舎の村から冒険者ギルドの存在する大きな街まではおおよそ五日ほどでたどり着く。いや、それは前回の状況でのことである。一度死んで成人の日に戻ってきた自分の身体能力はその時の自分のものへと下がっている……いや戻っているというのが正しい。なので本来ならば移動にかかる時間はその当時の自分と同じはずだ。
しかし今回の移動にかかった時間は三日だった。これは冒険者としての経験で旅になれたことが大きいのだろう。ペース配分や街道においてどこに休憩できる場所があるのか、周囲に対する危険や人の気配の把握に関してなど肉体に依存しない知識や感覚、経験が存在しているからだろう。そういった知識や経験があっても流石に夜は移動できないが。
「意外と早く着いたな」
二日早い到着は予想外だった。恐らくは道中に無駄に考えることがなかったことやもはや見慣れた道中の景色や商人の売込みに興味を示さなかったこともあるだろう。冒険者として旅をして見慣れていたし商人の攻勢は最初に経験したので気にしなかったためでもある。剣なんかを売っている商人もいたが、わざわざ商人から買うよりもいいところがあるのを今は知っているので買うかどうか迷う必要性すらない。
そんなこんなで自分は今冒険者ギルドに来ている。宿くらいは先に取っておくべきかとも思ったが先に現在の依頼のチェックをしてできるだけいい依頼をとったほうがいい。この時期だと依頼自体がそこまで多いものではないが、今ならまだ楽な依頼やよさげな依頼が取られていない可能性が高い。もっとも初心者冒険者が一人でできるような依頼は限られているだろうけど。
「すみません」
「はい。依頼の受領受付ですか?」
「いえ、冒険者登録をお願いします」
「わかりました。文字の読み書きは可能ですか?」
「はい」
「それではこの用紙に必要な事項を記入し提出してください」
受付の女性が一枚の用紙を渡してくる。以前は文字の読み書きに不安があったからいいえで答えたら一問一答という形で結構時間がかかった。読み書きが自分でできれば手間が少なくなるのは確実だ。向こうとしてもこちらとしても。
用紙を受け取りギルド内に存在する冒険者の休憩スペース、だいたいは暇でやることのない冒険者がギルドで屯して駄弁っているスペースで用紙の記入を行う。記入と言っても冒険者になろうという人間が記入する事項はそこまで多くない。名前や年齢、出身地など。だいたいは書いていても書いていなくても関係のないものだろう。あくまで個人の情報を記録する上で必要になるくらいだ。まあ、この時期だと冒険者になろうという人間は田舎の三男以下の人間がほとんどなので戦闘能力とか記入しようもない。
そんなふうに用紙に必要事項を記入していると横から声をかけられる。
「あの、少しいい?」
「……何か用?」
声をかけてきたのはだいたい同じくらいの少女だ。服装からしてもおおよそ冒険者に似つかわしくはない。ギルドに依頼に来た……ということもないだろう。冒険者ギルドに届く依頼は基本的に国に出す陳情で女性が届ける可能性は低い。そもそも届けるにしてもこれくらいの少女に届けさせるとは考えづらい。
そう考えると、彼女は恐らく自分達のような人間と同じ境遇……結構下の方の姉妹なのだろう。男性だと三男から家を出ることになるが女性の方は話が違い、嫁いだりするため複数の女性がいる場合でも家に残るケースは少なくない。もちろん女性が余るということもあるが場合によっては奥さんをなくした家の後添えになったり力の強い家に姉妹で娶られることもある。それでも女性が余る、四姉妹くらいになると一番下あたりが家を出ることになるということはありえなくもない。恐らくはそういったケースだろう。
「その、冒険者になったばかりの人ですよね? まだチームには入っていませんよね?」
「これを提出してから冒険者になる人間だけど……まあ、確かにチームに入ってはないしあてもないけど」
「なら、私の入っているチームに入りませんか? 少し人数が必要なんです」
人数が必要、というと何かあるのだろう。恐らくは依頼関連だ。依頼によっては人数が一定数以上もしくは一定数以下、二人、一人などと人数が指定されていることもある。その手の依頼を受けている可能性はあるが、だからといってまだ冒険者になったばかりの人間を誘うものだろうか。
そう考えて、一つだけ思い当たることがあった。いくらか冒険者に関してのこととして聞いていた事柄だったが流石に一年は前の話、そうそう覚えていないし思い出すのも難しいが今はちょうどその時の追体験に近い。なんとなくそれで思い出したことだ。
それにしても、チームメンバーの補充に女性冒険者を使った勧誘手法が珍しくはないと聞いていたが自分がそれに遭遇することになるとは思わなかった。いや、初心者を誘うのだからそこまでいやらしいやり口とは言い難いのだろうけど、やはり相手を誘いやすくするために印象を良くしたいというのはあるのかもしれない。冒険者界隈は女性が少ないし田舎の三男四男で恋愛経験は難しいからな。
「いいよ。これを提出してからになるけど」
「よかった! あの、向こうで待ってます!」
そう言ってととと、と走っていく。走っていく先には男性が二人見える。片方の男性は自分や少女と同じような感じだが、もう一方の男性は冒険者らしい雰囲気と恰好をしている。少女は嬉しそうに二人に報告しているのがこちらから見える。
やはりこれは教導依頼の誘いか。熟練冒険者と初心者冒険者がチームを組む場合には必須なものだ。実績のある冒険者がいるだけで初心者冒険者は何もしなくてもチームの成果として実績を積むことができる。昔ギルドでそういったやり方で実績を積み実力に見合わない立場になり、多くの依頼を失敗しギルドの信頼を下げたという嫌な事件があったらしい。そのため初心者と実績のある冒険者がチームを組む際には教導依頼という初心者冒険者を鍛える依頼をいくつも受けさせられる。別に受けなくてもいいが、一定数以上受けないとギルド側がそのチームのランクを上げないため冒険者として生きるのならば受けざるを得ないだろう。
「さて、提出しようか」
用紙の記入も終わり、受付に提出する。その用紙を参考に冒険者としての証明札を作る。それを待つ間に先ほどの少女とそのチームに関してを考える。彼らとチームを組むことに関する問題ではなく、彼らに関して自分が何も覚えていないことに関してだ。
冒険者にとって同期という存在はかなり大きい。それがチームを組んでいるとしても、組んでいないとしてもだ。たいていの場合その同期の半分程は最初の依頼で死亡し失われ、一年で残ったうちの半分が失われる。ソロであれば一人か二人残ればいい方だ。だが教導依頼を受けるような実力のある冒険者が存在するチームが失われるケースは普通ない。ないはずだが……
彼らを自分は見たことがない。彼らの話も聞いたことがない。そして前回自分がこの冒険者ギルドに着いた時は今から二日後、恐らく彼らが依頼を受けすでに出た後だ。そして彼らは戻ってこなかった。一番考えられる可能性だ。
「はあ……」
ため息が出る。つまりこれから受ける依頼は何らかの……チームが壊滅する、全員死亡する可能性のある危険が潜む依頼ということである。少々安請け合いしてしまったかもしれない。
しかし、この試みは必要なことだ。少しの変化だが、これにより未来が変わる可能性もある。自分が経験した死の記憶、戦場での死。もしバタフライエフェクトみたいなもので未来が変わるのであればむしろ歓迎できる。もっともその前に死ぬ可能性があるとなると素直に喜べるものでもないだろうけれど。
「同じくらいの年齢の少女にチームに誘われたんですが、ここでいいですか?」
「え? あ、ああ……」
「私が話そう、ロック。先ほどハンナが誘った少年だね? 私はクルド。長い間銅の冒険者をやっている」
冒険者には実績でランクがつけられる。鉄、銅、銀、金の四段階。さらに一つ上があるとかないとか噂を聞くが、現状そのランクは存在していないと思われる。もしくはギルド側でそのランクの存在はあるがつけられるだけの冒険者が存在していないだけかもしれないが、それはないとみていいだろう。
冒険者の大半は鉄、もしくは銅だ。一部の上級者が銀、国から話が持ちかけられるくらいで金だ。冒険者全体で半分程が鉄で三割銅、金と銀で二割だが金は一割……五分も行くかどうか、くらいだ。銅のランクはごく一般的な冒険者だがその実力もピンキリだ。経験的に言えば目の前の男性は銅でもかなり銀に近いほうだと思われる。
「実績のある冒険者が冒険者に成り立ての人間とチームを?」
「ああ……私達は同じ村の出身でな。一度村に帰ったときに冒険者になるときに手助けしてほしいと頼まれてな。ロックだけならばともかく、流石にハンナ一人でというわけにもいかないだろうということでチームを組むことにした」
「他の仕事も女の子ならまだ可能性はあるでしょう」
女性というだけで男性とは違い色々な仕事につける可能性はある。もっともそれは女性にとっては性の危険が少なくない。そういう点においては冒険者もそれらの職に就くのと大差はない。
「確かに可能だが……扱いがな」
「そうですね」
「だから私がいるチームに入り、彼女を守るということだ。まあ、冒険者をやる以上身の危険というのはあってしかるべきだが」
冒険者としての仕事上の危険は仕方がないが、それ以外の余計な手出しはクルドさんのチームに入っていることで守られるということだ。もっとも彼は銅の冒険者、そこまでの権威はないが。
「それに関してはわかりました。俺を勧誘した理由は何ですか?」
「私のような実績のある冒険者がチームに入ると教導依頼を受けなければならない。教導依頼には一定数以上の初心者冒険者が必要でな……」
それに巻き込まれた、というわけだ。ある意味教導依頼を受けなければならないというのはデメリットだが、本来なら初心者側にとっては色々と必要なことを学べるためメリットも多い。自分の場合前回とは違いチームを経験できるメリットもある。そう悪いものではない。
「ところで、私達は君の名前を聞いていない」
「……こちらもそちらの自己紹介を聞いたわけじゃないですが、いいです。俺はスィゼです」
「ああ、私はクルドと言う。こっちはロック、君を誘ったのがハンナだ……そうだな、他にもチームに入れるメンバーが必要だから人数が集まってから改めて自己紹介をするとしよう」
そうして互いに簡単に名前を教え合ったところでぱたたと少女が走ってきた。先ほどクルドさんのチームに入らないかと誘ってきた少女、ハンナだ。
「クルドさん、二人一緒にいた人を誘って入ってもいいって……あ、さっきの人!」
「どうも」
どうやら自分を勧誘した後さらにギルドの内部を見回って他に勧誘する人がいないかを探していたようだ。そしてどうやら二人見つけたようだ……二人一緒と言うことはもともと同じ村か、それとも道中で仲良くなったのか何かだろう。
「これで私も含めて六人、初心者五人……ちょうどだな。人数が少し多い方が手間はかかるが安心できるのだが……まあいい。ハンナが誘った二人がこちらに来たら一度みんながまとまって話せる机の方に移動しよう。そこでチームに関してのことや依頼に関しての話をしよう」
流石に今いる一角では六人で話すには少々手狭だ。話すことができなくもないが、三二一でそれぞれは別々の付き合いだ。ある程度余裕をもって座れた方が精神衛生上いいだろう。二人が来るのを待ち、二人が来たところで場所の移動が提案され全員で承諾し場所を移動し話し合うことになった。