loop27 二頭八足
「どうする?」
「突っ込むわよ」
「……エリュ、流石にそれは駄目だ。考えなしな発言は辞めなさい。まあ……まともに戦っても大丈夫だとは思うが。スィゼ、魔術いけるな?」
まあ直接戦闘よりも範囲攻撃のある魔術を使った方がいいだろう。問題はどういった魔術を使うべきか。場所的に考えて。
「何の魔術を使う? 迷宮だと土は扱いにくい、火は範囲の大きさと空気の問題、閉所だから危険があるぞ」
「風と水は?」
「……難しいな。水も風も攻撃能力がそれほど高くない。水は特にそうだな。足止めには使えるかもしれないが。風ならば、鎌鼬や竜巻が使える。突風もあるが、それは足止めになる」
「ふむ……」
フレイが考え込む。その後ろでエリュが速く突っ込みたいのかイライラしている。早いうちに決めないと勝手に突っ込みそうだ。まあ、エリュの実力はこれまでの戦闘であの群れ相手に問題なく戦えるほど強いのは分かっている。死神と比べると……いや、比べるのがおかしいのだが、比べると格段に落ちる実力ではあるが、かなり戦闘方面では才能に恵まれ身体能力も高いようである。
まあ、エリュが勝手な行動をしてこちらが面倒を被るのもよくないので早いうちにどうするか決めよう。範囲攻撃での複数体攻撃にこだわる必要性はない。単体攻撃でも複数攻撃は可能だ。
「今回は闇と火を使う。別に広範囲の攻撃じゃなくて、小さい攻撃を増やせばいいだけだ」
「ふむ……火はわかるが、闇? 闇の魔術はよく知らないが」
「すぐにわかるさ」
そう言って魔術の準備をする。魔術の使用は呪文や詠唱はいらない。イメージさえしっかりしているならなんとでもなる。
「攻撃の合図は俺がする。エリュはそれを合図に俺と一緒に突っ込む。それでいいか?」
「……そうだな。なら俺は遊撃か。それでいい」
「早くしなさいよー」
魔術の発動準備、火の魔術は火球のタイプで少し大きめの燃焼時間を伸ばしたものを。闇の魔術は精神的な影響を与えるもの……混乱、恐慌、誤認の性質。周囲にいる者が敵だと思いこむことで同士討ちを誘う。まあ、野生の魔物は効果がありそうだが、迷宮の魔物だと精神状態が不明で有効かわからない。まあ、うまくいかなくても火の魔術だけでもなんとでもなるだろう。エリュと突っ込んで戦うわけでもあるし。
「行くぞっ!」
エリュ達に叫ぶと同時に魔術を発動、声と魔術の発動を合図に俺とエリュが動く。こちらが合図、同時に動いたのにエリュの方が早いのは少々納得がいかない。
「スィゼ! あとどのくらいだ!?」
「全然減ってない! すぐに補充されてるっぽい!」
戦闘状況をフレイが訊ねてくる。魔物を倒すのにそれほど時間はかからない。エリュが十秒で一体、こちらが少し遅れて一体倒す速度で倒しているのに数が減っている様子がない。いつのまにか倒した魔物の死体は消えており、新しい個体が発生しているようだ。
迷宮の特徴である、死体を回収し魔物を発生させると言う性質のせいだろう。それにしては早すぎると思う。無限湧きは少々ずるいのではないか。
「エリュ! まだいけるか!?」
「あたしを気にするくらいなら自分を気にしなさいよっ!」
首を狩り、腹を裂き、脳天から貫く。こうして話している間にも猛攻で魔物の死体を量産する。お互い体力的にはまだ余裕はある感じだろう。ただ、これほど魔物を相手にしていると武器の損耗の方が気になる。脅威に思われているのかエリュの周りの魔物の方が多い。こちらもある程度攻撃して退きつけなければ飲み込まれるか。
死神相手に慣れ、相応に戦えるとは思っているが、やはり魔物相手では戦い方が違う。複数を相手にしているのも理由だろう。やはり慣れない相手は戦いづらい。道中でも戦っている、ただの六足の獣なのだが。
分断するための土の魔術を使いたいところではある。落とし穴とか。しかし迷宮内部の壁や地面は魔術による干渉が難しい。全く干渉できないわけではないのだが、戦闘に大きく影響の出るようなものは厳しい。水で凍らせて動きを止める。悪くない所だが、あまり高い効果は望めない。風での突風はこちらも影響を受ける。火は範囲攻撃で有効性が高いがエリュを巻き込む。実に使える魔術が少ない。まあ、ここは防壁の魔術、風だな。
「防壁!」
風の魔術で防壁を作り魔物の群れを分断する。とはいってもこの群れに群がられると十数秒ほどで破壊されるが、少しの時間でも分断できれば有効だ。各個撃破というわけにはいかないが。
「…………防壁」
風の魔術、空間の隔絶。迷宮はどうやって魔物を吸収しているのか。宙に浮いている魔物を吸収できるか? 見たことのある限り、壁や地面に接している魔物を吸収しているように思える。では……空中に浮いたり、何かに遮られている状態であれば?
「フレイ!」
「どうした!」
「大きな布みたいなものはそっちにないか!?」
「それはいったいどういう……いや、そうか、そういことか! 意図はわかったが、すぐに準備できないし大きさもそれほどじゃない! 難しいぞ!」
フレイは頭の回転が速いのか、すぐにこちらの発言の意味に気づいたようだ。とはいっても、やはり対策しているわけじゃないから無理か。
「防壁!」
自身の後方の地面に沿うように、足場のような感じに防壁を張る。踏まれるとその衝撃で削れていくので四重の防壁で構成している。その防壁の上に、倒した魔物を置いていく。死体は積み重なっていくが、防壁の上に置かれた魔物は迷宮に吸収されていかない。
もはやこれは防壁の魔術じゃないな。なんて名付けたらいいか……なんて思いながら魔物の数を減らしていく。しかし数が減ったところでエリュが異変に気付く。
「魔物が減ってる?」
防壁の上に置いた結果、迷宮に回収されないから魔物の数が減った……というわけではない。実際にエリュに襲い掛かる魔物の数そのものが減っている。新たに魔物が発生していない。エリュが倒しており、死体はちゃんと消えているのに。
「フレイ!」
「今度は何だ!?」
「魔物の数が減ってる!」
フレイの方に異変を伝えたが、応えが返ってこない。まあ、すぐに理解できるかと言われれば自分も理解できないのでしかたないが…………なにか嫌な予感がする。
「……数が減った。回収された魔物が再利用されていない…………回収された魔物はどう利用される?」
ぶつぶつと後ろでフレイが何事かをつぶやいている。その間にエリュは残った魔物を倒し、もはや数体しか残っていない。こちらの後ろの防壁にも二十体ほど積み重なっている。いくらか噛みつきなどの怪我もあるが、まだまだ戦闘続行できる。いざとなればすぐに回復も可能だし。エリュの方も似たようなものだが、こちらよりも怪我は多い。致命傷や大きな怪我はないが。
「気を付けろ! 吸収された魔物を全部利用したでかいのが出てくるかもしれない!」
「っ!」
フレイの言葉の意味を理解する。つまり、今まで回収された魔物が再出現しないのはそれらを利用した魔物を迷宮が生み出そうとしているから……そんな考えに思い至ったところで、残った魔物の最後の一匹をエリュが倒す。
そして場の雰囲気が一気に変わる。重苦しい空気が、強大な気配が、この場所に発生した。そしてその気配の主が姿を現す。
「なっ!?」
「でかっ!?」
「二頭の獣!?」
二つの頭を持ち、八つの足をもつ犬型の獣。八足はスレイプニルを思い出し、二頭はオルトロスを思い出す。犬型ならばオルトロスか? って、そんなことを考えている場合ではない。魔物がでたのはエリュの近くだ。流石に対処が難しいはず。
「エリュ!」
八つもあるため二つを浮かせても巨体の体勢を維持できるのだろう。二つの前足を振り上げエリュに叩きつけた。エリュは持っている二刀を防御に回すが、流石に魔物の巨体で繰り出される体重をかけての足での攻撃、高い戦闘センスで防いでいるようだが腕への負荷は大きい。それに武器の方もあまりいい感じじゃない。肩が外れてもおかしくはないだろう。
「うぐっ……」
辛うじて武器を取り落とすことはしなかったものの、腕がだらんと下がる。次の攻撃が来ると危ない。一気に地を蹴って獣の前へと躍り出る。
「防壁!」
再びエリュに向けて繰り出してきた二足での攻撃を防ぐ。とはいえ、一撃は重く防壁はあっさりと破壊されるが、それがこちらに届く前にエリュを攫って後ろへ逃げる。
「ちょ、ちょっと!」
「文句は後! その状態で戦えないんだから黙ってろ!」
エリュを後方へと放り投げる。安全に放り投げるのは無理なのでポイ捨てる感じで。文句が聞こえるが無視だ。
「行くぞ!」
魔物へと一気に近づく。流石に実際にオルトロスみたいな感じではないのか、炎を吐いたりはしてこないようだ。つまりただの獣、物理攻撃しかできない。近づくとその二頭で嚙みついてくるが、それを回避しながら反撃する。とはいっても相手の大きさが大きさなので剣でいくらか傷つけても大したダメージにはならないようだ。
回避する流れのまま、足の間を駆けぬけて腹の下に入る。足の間を通ろうとしたところで足踏みで攻撃しようとするが、それ以上のことはできないようだ。このまま腹を落として潰す、なんてこともできなくはないだろう。まあそれならば剣を突き立てるだけなので向こうの内臓が逝きそうだが。
横に動くなり、前に動くなりして俺の姿を確認しようとするようだが、それを動きを合わせ常に腹の下を維持する。別に腹の下に居たいわけではない。腹部の防御力、攻撃力の弱さを狙う。位置的にも周りへの被害は少なくなることだろう。まあ、発動と同時に防壁を張らなければこちらが巻き込まれそうだが。
「爆裂球!」
閉所での爆炎の魔術。すぐに防壁を張り腹と防壁の間の狭い空間を爆炎が吹き飛ばす。よくよく考えれば爆炎の魔術とその影響を防壁で防ぐ手法は一番最初にやるのもありだった。まあ今更だが。
腹部での大爆発は魔物の体の大部分を抉り取った。生きているにしても、また戦闘に移るのは難しそうだ。防壁の魔術は流石に消えたが、爆炎の魔術を耐えるだけでも十分すぎるだろう。死神の攻撃にも通用するものだから耐えられない方がおかしいのだけど。
「……なんとかなった」
やったかと言おうと思ってしまったが、流石に別の言葉に変える。フラグは怖い。
「……エリュ、怪我は!」
「こっちは大丈夫よ……兄さんは?」
「こちらに殆ど魔物は来てないからな」
意識してなかったが、フレイの方にも魔物は行っていたのだろうか。
「……剣。フレイ、戦えたのか?」
エリュの方を見るとフレイが近寄って様子を見ている。その側にはエリュのものとは違う剣、それも血もついているものが置いてある。
「むしろ戦えないとでも?」
まあ、そうだろう。流石に二人で来ているうちの片方が戦闘できないと言うこともあるまい。ただ、ここに来るまでの間戦闘には参加していなかったのでどの程度かは知らなかったわけだが。
「いや、全く戦えないとは思ってなかったが……」
「エリュやスィゼは前ばかりに意識がいっているからな。後方を気にしたことは? 戦闘中に発動する罠だってあるかもしれない。戦闘以外は俺がやっているんだ。そちらに任せてもいいだろう?」
まあ、そうだな……少しは戦ってほしいものではあるが。
「スィゼ。兄さんと話してないで治療をお願いできる?」
「あ……そうだな、腕は大丈夫か?」
ひとまず戦闘終了した様子だ。またでかいのがでてきたりはしないのか、と思う所だが……言われた通りエリュの治療を行おう。エリュが戦闘できなければ再度戦うにしても、今後の帰りのことも不安が大きい。それに女性なんだし傷が残ったりしたらよくないしな。