loop25 迷宮内部の兄妹
「俺はスィゼ。ただの冒険者だけど……」
難しく考える必要はない。真実を答える。相手が警戒しているのはこちらが何者であるかわかっていないからだろう。もっともこの場所は国境付近である以上単純に言えることではないが。冒険者である、以上のことは今のところ隠しておく。避けることができたとはいえ先に攻撃されたのはこちらだ。相手のいいように従う気はない。
「冒険者がこんなところまで何の用なの?」
「迷宮の攻略。冒険者なんだから普通だろ。そっちこそ何者だ?」
念のため魔術をすぐに使えるように準備、いつでも攻撃できるように自然に剣の柄へと腕を動かす。相手に気づかれないように。
「別に何者でもいいでしょう?」
「人に訪ねたのに自分は答えないのか? そもそも先に襲ってきたのはそっちだろうに」
「…………だから何よ!」
逆切れしそうな雰囲気。先ほどよりも剣呑な感じになる。もっとも、こちらもすぐに魔術を発動できる状態なのであまり危機感はない。相手が攻撃して来たなら対処する。どうなるか、相手の動きを見ていると別の場所から声が下。
「何してるんだエリュ」
「兄さん! えっと……侵入者よ!」
女性の向こう側、後方から一人の男性が来た。女性と髪の色は同じ、長髪を後ろでまとめている。兄さんということから女性の兄なのだろう。
「……君は冒険者か?」
「ああ。証明してもいいけど?」
冒険者の証明は簡単だ。ギルドに所属していることを示すカードのようなものを貰っている。それを荷物から出して見せる。
「確認させてもらおう」
「ちょっと! 兄さん! いいの!?」
「ここは迷宮だ、エリュ。別に俺たちだけが探索を許されている場所というわけじゃない」
男性がそう言うと女性は口をへの字に曲げて私不満ですという表情で黙り込む。エリュ……名前か愛称か。兄妹なら愛称かな。男性が近づいてきたのでカードを渡す。もちろん男性が油断を誘い不意打ちする危険もあるので警戒は解かない。
「失敬。ふむ…………本物だね。はあ、面倒だな」
小さくため息を吐く。結構小声で面倒だと呟いているが、聴覚の強化はまだ続いているので聞こえている。何かしてくる危険もあるので警戒は続ける。
「兄さん? どうするのよ?」
「ああ…………そうだね。えっと、君はここがどういう迷宮か知っているかい? この迷宮のある場所についても」
女性の言葉に答えるように、男性はこちらにこの迷宮のある場所についての話を振ってくる。単純な意味合いで考えるなら……国境付近であることに関してだろうか。
「ここが国境付近に存在する迷宮で、それについてどう取り扱われているか、なら知っていると答えるけど?」
「そうか。まあ、こんなところに来ているなら知っているか」
「兄さん、ちょっとー!」
「エリュ、うるさい」
「…………!」
兄の扱いに妹さんらしい女性はショックを受けたように固まる。まあ、うるさいという彼の気持ちもわからなくもない。
「国境付近の遺跡や迷宮はどちらの国の物としても扱われない。だから正式な取り扱いについて知らなければここに勝手に入るのは駄目だからって追い返せたんだろうけどね。冒険者であれば、どちらの国の所属であっても攻略は出来る」
「……つまりあんた達はお隣の」
「そうだよ。隣の国の人間さ」
恐らくはそうだろうと思ってはいたが。隣の国の人間、冒険者となると少なくとも協力関係にはなれないだろう。警戒度合いを上げる。
「……あんた達は敵ってことになるのか」
「本来は、そうなるな。だけど……俺としては君とは戦いたくない。何せこの迷宮に一人で着ているくらいだ。結構な実力があるんだろう」
「そちらも二人だろう?」
まあ、他に仲間がいる可能性はあるが。
「国境付近の迷宮と言ってもこちらの国では拠点にできる街からあまり離れていないのさ。ところで……君は何故この迷宮に? 国境付近までわざわざ来る理由がわからない。単に遺跡や迷宮の攻略で名声や実績が欲しいのならば他にも近く安全な場所に行くはずだ。そもそも仲間もいないのに迷宮探索すること自体が異様だ」
「…………できれば言いたくないんだが、言わなきゃ駄目か?」
嘘や騙り、不意打ち。まだまだ気を許せる状況ではない。だからあまり理由を教えたくはない。
「内容次第だ。内容次第ではこちらが幾らか譲歩してもいい。こちらもあまり積極的に殺し合いをしたいわけじゃない。勝てるかわからないし、勝っても得にならないしね」
確かにこちらと戦っても得にはならない。二対一ではあちらもそうそう負けないだろうけど……でも、両方生き残れるかわからないし怪我の危険もある。少なくともこちらも一人は道連れにしてやるだろうし。
「……特殊金属を探している。魔銀とか、神鉄とか。色々な所を探したけれど見つかってなくてね」
「っ! 兄さん!」
「…………エリュ」
女性の反応にため息をつく男性。まあ、なんというか……そんな風に反応されたら滅茶苦茶わかりやすい。単純というか、猪突猛進というか……
「ここに在るみたいだな」
「……そうだ。はあ、エリュが反応しなければ既に探索したけどここにはなさそうだから別のところを探した方がいいって追い返せたかもしれないのに」
「えっ!? あ、えっと、ここに魔銀はないわ! だから帰ったほうがいいわよ!」
「遅い」
「遅い」
被った。っていうか、ここには魔銀があるようだ。
「……特殊金属を発掘したという名声が欲しいのか? それとも実績の方か? 単純に金銭目当てというのならばこちらから欲しいだけのお金を支払ってもいい。まあ限度はあるけれどね。こちらは特殊金属発掘の実績の方が欲しいんだ。何か他の目的、欲しいものがあるならばそちらでもいいけど」
「俺が欲しいのは魔銀そのものだよ。武器の素材に必要な分だけな」
「……それだけ? 本当に?」
「ああ。それだけだ。それだけ手に入れば、後は好きにしてもらっていい」
正直言ってこの内容で信じてくれるかは怪しい。冒険者としては欲が無さすぎる。とは言っても、嘘ではないのだから仕方がない。本当に特殊金属が欲しい、魔銀が欲しい、それだけでここまで来ているのだから。
「ならば……ここで発掘できた魔銀、それを……そうだね、いくらかの塊を渡そう。それ以外、特殊金属の発掘の実績やそれに伴う報酬に関しては俺たちのものとしてもいいか?」
「構わない。こちらとしては武器の分だけ確保できれば十分すぎる」
「ちょっと! 絶対に嘘よねそれ! 冒険者でしょ!? それでいいなんてありえないでしょ!」
「エリュの言ってることが普通の意見なんだろうけどね……君はどこか普通ではないみたいだし。冒険者のランクから見ても異様だよ」
男性の視線はまるでこちらの隠していること全てを探るような、そんな視線だった。少しぞくりとする。女性の方は単純で分かりやすいが、男性の方はかなり裏で何を考えているかわかりづらい。恐らく女性が警戒する以上にこちらを警戒しているのだろう。
「……それで、魔銀が欲しくて来たわけなんだけど。どこにあるかわかってたりするのか?」
「この迷宮の一番奥さ。そこまで行くのは結構大変でね……魔物に罠、色々とあってね。時間をかけて攻略するつもりとはいえ、もう半年もかかりきりなんだよ。そこで、だ。君に俺たちの手伝いを頼みたいんだけど……いいかな?」
一人で攻略するなんて正気の沙汰ではない、とは思われるだろう。だがそれは二人で攻略するのも似たり寄ったりだ。普通は二人で攻略しない。やはり五人か六人ほどいないとつらいだろう。だから攻略に時間がかかっているわけでもあるのだろうし。
こちらとしても迷宮攻略の仲間が増えるのはありがたいはなしだ。罠がある、ということだし恐らくは解除とかできるのだろう。自分だと魔術の回復もあって起動させて無理やり行くとかそんな感じになってしまうから。
「よし。ならそれで」
「ちょっとー!! あたしを無視しないでよね!」
それでいい、と言いかけたところにこれまで無視されたからか女性が爆発して叫ぶ。まあ、先ほどからずっと置いてけぼりだったから色々と鬱憤が貯まったのだろう。
「もう! 兄さんはなんで初対面の人間を簡単に信用できるの!? どう考えても怪しいじゃない! あたしは騙されないからね!」
「………………」
「………………」
「ちょっと! 何か言いなさいよ二人ともー!?」
そこは片方に話を振るべきでは? 纏めない方がいいと思うのだが。まあ、話を振られたので聞かれないように小さくため息をついてから応える。
「じゃあどうする? ここで殺し合いを始めてみるつもりか?」
「…………別にそういうわけじゃないよ」
「そちらの目的は魔銀。こちらの目的も魔銀。最終目標は一緒、求めるものもお互い違って奪い合いになるようなものではない。両方の希望が叶うのであれば別に手を組んでもいいんじゃないか?」
「それが本当とは限らないでしょ。嘘をついて、一番奥に行くまで協力し合い、それが終わったら後ろからぐさって刺してくるつもりかもしれないじゃない!」
具体的だな。そもそもそれはお互い様というべきか、最初に不意打ちしてきた側が言うことではないのでは? それに今はお互い別の国の人間だと分かっているが、仮に同じ国の人間だったらどうするつもりだったのだろう。まあここは迷宮なので一人で来ている人間なんかは闇に葬られることだろう。魔物がいるなら餌にして終わりだ。
「それをするつもりなら、防壁、もうやってる」
「っ!?」
突如薄い壁が現れる。防壁の魔術。先ほどから準備していたが、防壁以外も扱えるし、そもそも魔術を使うのに呪文は必要ない。不意打ちをしようと思えば出来た。
「驚いた。剣を持っているから剣士あたりかと思っていたけど……まさか魔術を使えるとは」
防壁の魔術を使用した理由は簡単だ。自分が魔術師であり、それを隠す気がないと言うこと。隠していれば不意打ちだってできたが、それを明かすことで自分は相手を信用するつもりであると告げているわけだ。同時に、いつでも魔術を使い不意打ちできたということでもある。こちらが警戒しているのは流石に向こうもわかっていただろうけど、不意打ちできる状態だとは思ってなかっただろう。
「いつでも魔術を使い攻撃することができた。なるほど、やはりそうそう勝てる相手ではなかったということだな。隠していてもよかったのに……それを明かすと言うことは、こちらを信用するつもりだということか。そして逆に、信用してもらうために明かしたと言うことでもある。」
「まあ、そういうことだけど…………理解できる?」
「な、何よ! そ、それくらい……それくらい、わ、わかるよっ! あーもー! わかったわよ! 仲間として認めてあげるわ! 代わりにこき使ってやるんだから!」
反応が可愛らしい。恐らくは自分よりも年上ではないかと思うのだが、性格が単純明快でからかうと面白そうな反応を返してくれそうな相手だ。
「それじゃあお互い仲が良くなったところで、自己紹介でもしようか。俺はフレイ。しがない冒険者さ。こっちの喧嘩っ早いわかりやすいのは俺の妹でエリュだ」
「その紹介は余計よ! エリュよ。兄さんが言うほど喧嘩っ早いってこともないし、わかりやすくもないからね!」
「俺はスィゼ。一度エリュには何者か尋ねられた時に名乗ってるけど。まあ、ここを攻略して魔銀を手に入れるまではよろしく頼む」
とりあえず仲間ができた感じだ。クルドさんのチームに入る時とはまた違う感じで少し新鮮だ。まあ、仲間と言っても国も違う仮の関係、一応の警戒心は持っておこう。油断大敵、死は常に隣にあり、何時どういう形で襲ってくるかわからないのだから。
スィゼと手を組んだ隣国の冒険者二人、エリュとフレイ。そのうちの女性の方、エリュが少し話したいことがあるからと兄であるフレイを連れてスィゼから離れる。そこでエリュは兄とスィゼに聞かれないように小声で話をする。
「ちょっと。あれ連れて行っていいの? 隣の国の冒険者だし、後で何を要求されるかわかったものじゃないわよ?」
「魔銀が欲しい、としか言っていなかっただろう?」
「それを信用するなんてありえないでしょ」
「……まあ、そうだね。だけど問題はないと思う。彼が嘘をつくつもりなら魔術を見せたりはしないで隠していたさ。先ほどの魔術を見た限り銅では足りていない。恐らくは銀の魔術師以上の実力があるはずだ」
単純に防壁の魔術を見ただけではそれほどはっきりと能力を判断できるわけではない。しかしフレイは断言する。魔術に精通している人間ならば、魔術を見るだけである程度魔術師としての力量がわかる。銅と銀では同じ種類の魔術でも出来が違ってくる。もちろん銀の魔術師の使う魔術ではなく銅の魔術師の使う魔術を意図的に使えばわかりづらくは出来るが、その逆は不可能だ。つまり銀の魔術師の使う魔術を使えるということは銀の魔術師以上であると言うことを示している。
そしてそれだけの魔術の実力があるならば不意打ちでフレイとエリュを殺すことは不可能ではない。少なくとも片方を殺してもう一方との一対一に持ち込むことは容易にできるだろう。
「こちらに対する害意はない。自身が魔術師であると教える、隠し事を伝えることでそう証明していると言うことだ。向こうとしても色々と探していると言っていたし、ここにあると分かった以上退くつもりはないだろうしな」
「……でも」
「こちらも二人での攻略には時間がかかる。不可能ではないが、あと半年かけても終われるかわからないあ。実力者、それも魔術の使える人間が増えるのならば攻略は早くなるだろう。俺たちが攻略したところを悠々と進ませるのは少々むかっとするけど」
彼らも半年近くの間迷宮を攻略していた。もちろんずっと迷宮に潜り続けているわけではないが、その間の苦労は結構な物である。罠の解除、魔物の撃退、拠点がそれなりに近いとはいえ往復は大変だ。しかし半年もかければそれなりに奥の方まで到達してる。既に半分は超え、残り三割ほどと言った所だろう。しかしそこまで到達してもまだ魔銀は見つかっていない。
最奥に魔銀がある、と断言するのは彼等の得ている資料やその内容からの調査でこの迷宮に存在しているということがわかっているからだ。しかし、迷宮の場合なぜかそういった特殊金属を含め様々なものは最奥の場所に集中していることが殆ど。これまでの探索と経験則からの断言である。
そして、迷宮の最奥には迷宮に存在する魔物の多くが存在することが多いと言うことも。また、ボスともいえるような強力な魔物が存在する場合があることも。
「俺たち二人で迷宮の最奥を攻略できるか。不可能ではないかもしれないが、困難であることは確実だ。時間もかかるのは間違いないだろう」
「そうね……流石に二人で攻略するのは厳しいわね」
「魔術と剣の両方を扱える冒険者がたった一人とはいえ増えるのならばその困難も少しは楽になる。最悪の場合弾除けに使うという方法もある」
少々酷い扱いになるが、スィゼが二人を信用しきっていないように、彼等もまたスィゼを信用しきってはいない。嘘を言っているわけでないとも思っているし、隠し事を明かした事実もあるが、かといってだから簡単に信用できるかと言われるとそれはまた別の話。彼らにとってスィゼは他人、敵対していないとはいえ隣の国の人間で同じ冒険者のライバルである。
「まあ、彼とはできる限り戦わない方がいいだろう。現時点で実力は未知数、魔術も使える。エリュはそのあたりちゃんと少しは考えるようになった方がいいぞ?」
「まるで考えなしのように言わないでよね……否定できない所が多いから文句しか言えないけど」
エリュも自分の性格とそれに伴う問題点はある程度自覚している。ただ、彼女のそれは持って生まれた性分である。直そうとしても直せないものも世の中にはある。