loop24 国境付近の洞窟
師匠が参考にと渡してくれた資料はその作成された年月がそこそこ振るい。師匠は結構な老齢の人物であり、仕事もあまり頻繁に遠出するようなこともない。専ら研究を熱心に行っている魔術師である。もちろん戦争時のような有事にはきちんと出向くが、普段はあまりあちこち積極的に動き回るわけではない。それでもやはり研究にも体力を使うのか、それなりには鍛えられているようだが。
さて、そもそもなぜ師匠がああいった遺跡や迷宮に関しての資料を持っていたのか。これは若い頃に世界鉱を求め探していたかららしい。世界鉱は実在も確認されていない貴重で稀少な物。それを探してあちこちの遺跡や迷宮に関して調べ、その資料を残していたようだ。一応既に自分で調べた場所はそれを示す印がつけられているので自分が調べる必要性はない。どうやらそこにあるものは根こそぎ回収されているようだ。
なお、世界鉱は結局見つからなかったらしい。浪漫の欠片もない話だ。
師匠もこちらの目的である鉱石探しを考慮してくれたのか、ある程度の休養期間をまとめて提供してくれた。もっともその代わりに現在の休日の体制が大きく変わり、十日に二日の休みが三十日に五日の休みになった。まあ、つまり休日が減らされたわけである。厳しい。まあ、代わりに戻ってくるのにも時間がかかるだろうということで少しくらい戻るのが遅れてもいいようではあるが。
貰った休みは貴重である。その休みを駆使し、近場の遺跡や迷宮をまず探索する。次回以降に繋ぐためにも出来る限りチェックして無駄な労力を潰しておきたい。さて、師匠の渡してくれた資料は師匠の若い頃にまとめられた古い物。当時はまだ発見されていない、攻略されていない迷宮であっても、師匠が見つけているだけあって大体の迷宮は既に発見されて攻略されていたりする。
既に攻略されているのが遺跡や迷宮の前にギルドの職員がいてわかるところはいいのだが、そうでない所は攻略されていてもなかなかわかりづらい。ある程度探してから既に攻略されていることが判明したりして無駄な時間を使うことも珍しくなかった。
まあ、攻略済みということでもともと存在していた罠がなくなっていたり、中にちょっと魔物が残っていたりするくらいで探索そのものは苦労しなかった。また、攻略済みとわかればもう手を出す必要はないのですぐにその場所を潰しておける。そうして今回の周回では魔術師側で得た情報をもとに特殊金属があるかどうか、人の手が入ったかどうかを確認し、必要のない迷宮のことを記憶からさっぱり消して次に攻略すべき迷宮の情報のみを残すことに専念するという方策である。
結局、時間が許す限り遺跡や迷宮の調査を行ったが、ほとんどは既に攻略済みである場所ばかり、一応攻略されていない所もあったものの、結局特殊金属は見つかっていない。その代わり珍しい魔物の存在や、新しい魔術の知識の元となるような情報のある遺跡が見つかったことで師匠には喜ばれたりした。もっとも、師匠が喜んでも死神に勝てなければ結局意味はない。魔術師側ではやはり身体能力が足りない。これだけはどう頑張っても覆せない。
ループの最初に戻り、いつも通り冒険者崩れの三人を始末して冒険者登録をする。もちろん今回もソロ、目的は遺跡や迷宮の探索だ。今回探索するのは前回の魔術師側で探索した近場の遺跡や迷宮ではなく、遠くの場所や面倒な場所にあるような攻略難易度の高いものや未踏破地域にあるようなものだ。あとは魔術師側では手を回せそうにない場所とかだな。
こういった遺跡や迷宮でも未探索と言われる場所でも本当の意味で未探索という場所ではない。既に人の手の入った場所も珍しくない。ただ、完全に攻略されきっていないところもあったりする。まあ、そういう所はある程度の探索で攻略する価値がないと判断された場所なのだろう。今回そういった場所は出来るだけ手を出さないで本当に誰も手の出していない所を探す。
しかし、師匠の資料が作られた時代に手が出されていないのはともかく、それが今でも攻略されていないということは、その場所の攻略難易度がいかほどのものかよくわかるはずだ。当然ながら、未探索、未踏破の地域は相応の理由があってそうなっている。魔物の強さ、自然の悪辣さ、生態系の過酷さ、問題は山積みである。銀の魔術師達が十人がかりで向かっても容易に倒せない巨大で魔術に抵抗力のある魔物がいたり、その森全体の魔物がある知能の高い魔物に統率されていたり、瘴気の漂うような人の踏み込めない土地であったり、そういう危険すぎる理由が大半だ。
いくら死んでもループするからと言っても安易に死ぬかもしれない場所に行くわけではない。無駄死にするとその周回の時間が本当に無駄になる。だから色々と方策を練るのは当然だ。重要なのは自分が攻略できる可能性があるか、ある程度時間をかけても挑めるか、そもそも攻略されていない理由は何にあるか。遺跡や迷宮もそこに本当に存在するのかもわかっていない所が多いため、調査することを主とする。
問題は見つかった後だな。一人で攻略できる迷宮ばかりではないはずだ。そういう迷宮で、しかも特殊金属がありそうな場所が見つかった場合はどうするか。まあ、話を聞いてくれる冒険者を探すくらいしかできなさそうだ。自分にどれほど従ってくれるかは不明だが。まあ見つからなければそれこそ無駄な考えになるわけだが。
難易度の高い遺跡や迷宮、環境の過酷な場所、そういった場所以外にもいくらか遺跡や迷宮はある。基本的にそういったところは単純に行きづらいと言う点が攻略されない理由になる。例えば断崖絶壁の中間にあるとか、湖の底に入り口が存在するとか、人の手の入っていない自然豊かな森の中にひっそりとあるとか。まあ、湖の底とかにあると行きづらいと言うレベルではない。幾ら魔術師でも難易度は高いだろう。不可能とまではいかないが、他の人間を連れていけないのは問題だ。
当然な話だが、人のいけない場所に存在するような遺跡や迷宮は人の手が入っていない。つまりそういった場所であれば確実に何らかの残された物を見つけることはできるのだろう。しかし、そもそも手が出せるのならば誰かが出している。ただ、いけない場所……というよりは後天的に行けなくなった場所などもある。廃坑などでの落盤などで道が塞がれた場所、扉はあるものの地殻変動などが原因で開けなくなった場所など。一応そういう場所も調べてはみた物の、自分に手の出せるものではなかった。師匠くらいならばなんとかできなくもないが……労力に見合うかは疑問だ。そもそも一度人の手が入ってるわけだし。
いくつかの探索できる場所を潰していき、探索が不可能と思われる場所は省き、攻略済みである場所は記憶から排除し、いくつもの遺跡や迷宮の情報をまとめていく。最後に残った場所……それは個の国では外れの方にある遠くの遺跡や迷宮だ。
単純な話だが、自分たちの住む場所からはるか遠くにある場所は手が出しづらい。特に自分の場合、ループの基準である成人した日から一年間が限度だ。一年間とは長いようで意外と短いもので、色々とやっているとその間にできることというのは少ない。現時点でも既に半年以上を迷宮や遺跡の探索に費やしている。残り半年でどれほどの遺跡や迷宮を攻略できるか……一から始める場合、一つか二つが限度だろう。特に、この残った迷宮を目指すのであれば。なにせこれらの遺跡や迷宮は殆どが国境付近にあるものだからだ。
この世界の国教は山や川などの自然に存在する大きな指標をもとに決めている。元の世界でもそういう所はあったが、この世界ではさらに大雑把な形になっている。なので国境付近というのはどちらの国側に所属する領域であるのか、それがかなり曖昧なことになっているのである。そこが結構面倒で厄介なところだ。師匠も恐らくここはかなり可能性があると分かっていても手が出しにくい場所だっただろう。国に所属しているので
だが、国境付近はそういったどちらの所属か曖昧で手の出しにくいものであるが……別に全く手を出せないわけではない。それが冒険者という存在の立場だ。まあ、別に冒険者が自由を謳い国境を超えて活動できると言うわけではないが、国同士の取り決めで冒険者はそういった場所で自由に活動できるとされているらしい。この話は師匠から聞いたので嘘ではないだろう。
なぜそうなっているのか。恐らくは冒険者を利用することでそういった手の出せない遺跡や迷宮に手を出せるようにするためなのだろう。なんだかんだで冒険者はその役割、名目で国境を超えない限りはどこにでも自由に行かせ、様々なことをやらせることができる。兵士とかだと下手をすれば戦争デモする木ではないかと思われやりづらいのだろう。あと、国境付近は国としても外側にある場所だから手が出しにくいというのもあるのではないか。まあ色々と考えることはできる。
「やっと……ついた…………」
なんとか目的とする迷宮にたどり着いた。ここまで来るのにおよそ一ヶ月ほどかかっている。移動自体は三週間ほどだが、遺跡の場所が正確にわからなかったので探すのに一週間ほど。国境付近で遠いというのも移動に時間のかかる理由だが、周辺環境の過酷さもあって探すのも大変だった。
ようやく見つけたその迷宮は迷宮とはっきり言えるかわからないような小ぢんまりとした洞窟のように見えるものだった。むしろ洞窟と言われた方が納得できるくらいである。まあ、洞窟か迷宮かはどうでもいい話、重要なのは特殊金属……魔銀があるかどうかだ。
なんというか、国境付近に手を出そうとしないのはこの過酷さもあるからかもしれない。そして特殊金属が貴重であまり供されない理由もわかる。どれだけ自分が探索して探したか……こんな過酷な場所まで探しに来たのになかったとしたら泣きたくなるくらいである。それくらい稀少なんだろう。
「ここに……あってほしいなあ。せめて」
今まではなかった。しかしここならばある、という希望的観測はできない。仮に希望を抱いても裏切られたら本気で精神的にやばい。まあ、今回は残ったうちの一つということで余った時間を潰せる場所ということもある。見つかれば得という感じだ。
迷宮の入り口まできて、周りを確認する。
「……あれ? 結構新しい、感じか?」
迷宮入り口には幾らか手入れがされたような感じがある。全く手の入っていない迷宮と、それなりに時間がたっていても人の手の入って迷宮では印象が全く違う。
「あー……もしかして既に探索されている可能性があるのかな、これは」
仮に既に探索されているならば、この場所に目的の物があったとしても既に発見されて持っていかれている可能性がある。そうなると自分が頑張っても手に入れられないだろう。
「はあ…………まあ、一応確認しよう。可能性を一つ一つ潰していくのが目的だし」
ここを探索し、攻略されていたならば次の集会は別の場所を探索すればいい。労力が無意味になるが、無駄にはならないと思うことにしよう。
迷宮内に入り、探索する。やはり人の入った跡がある。
「……罠の跡。やっぱり迷宮なのか?」
探索していると罠の存在していた痕跡があった。少なくとも廃坑ではない。遺跡の可能性もあるが……それにしては洞窟っぽいのでやはり迷宮だろう。周りを見ながらそういったことを考えながら先へと進む。進んでいると不意に気配を感じた。
この場所に来るまでの間、遺跡や迷宮を探索してそれなりに経験を積んでいる。ソロであることもあり、なかなか大変で過酷な経験だった。おかげで気配の探知能力や動きへの反応能力が上がっている。死神相手に役に立つかはまだわからない所だが。
自分には魔術もある。魔術による身体強化、音の集積を行いその現れた気配に対し警戒しながら先へと進む。
「……!」
気配、空気の動き、動作の音、そういった気配の行動に繋がるものを感知しながら進んだ結果、本来ならば完璧な不意打ちとなっただろう攻撃の気配を察知した。まあ気配に気づかれた時点で完全とはいかなかっただろうけど。その攻撃を防ぐ。
攻撃は二刀による攻撃。なかなか強い一撃だ。それをこちらに打ちこんできたのは、黒……というには少し青みがかった色合いの髪をポニーテールにまとめている女性だ。
「へえ。あたしの不意打ちを防ぐなんてね。あなた誰? 何故ここにいるのかしら?」
剣呑な雰囲気を纏い、その質問にはこちらを探るような、若干の敵意が含まれているように感じる。どうやらこちらに友好的な感じではない。さて、どうしたものか。