loop23 稀少鉱石を求めて
魔銀や神鉄と呼ばれる特殊金属は数が少ない。その上の世界鉱は存在すら怪しいくらいのものだ。現在、発見される主な特殊金属は魔銀で、そういった金属が見つかる場所は迷宮や遺跡の極一部である。そしてそういった遺跡は既に発見されているのが殆どで国の管理下だ。
そこで得られる特殊金属はほぼ全てを国が回収し、冒険者などの一般に回ってくることはない。もし一般人側で特殊金属を入手したいのならば遺跡や迷宮でそういった金属の鉱脈などを発見することが前提となる。もっとも、結局国に報告する必要性があったり、そもそもそこまで得られる量が多くないということもあり、仮に手に入れることができても武器一つを作るのが限界だと思われる。
当然だがすでに発見されている遺跡はほぼ探索され尽くしている。一応稀に隠し部屋などが見つかることもあるが、そこで発見できるとも限らないので期待は出来ない。ゆえに、行うべき事柄はまだ発見されていない迷宮や遺跡を探し出して攻略するか、発見されているが奥まで攻略されていない所を攻略するかとなる。
しかし、実際にそういった遺跡や迷宮の攻略は難易度が高い。自分はソロ冒険者である。ソロは仲間がいないため自由性は高いが、代わりに複数人を必要とする依頼は難しい。また、初心者冒険者であるためランクの問題もある。クルドさんは銅だったからそれなりに受けられる依頼は多かった。そして遺跡や迷宮は個人で攻略するには難度の高いものだ。魔物の存在もあるし、迷宮内の罠、迷わないように地図の作成、様々なことを行うのに一人ではやるべきことが多い。そしてランク制限も難度に合わせてか大きい。だいたいは銅以上の冒険者に攻略が求められている。
つまりソロでそういった遺跡や迷宮の攻略は出来ない。一応発見されていない場所を自分で探して探索するという強引な手法も不可能ではないが、初心者冒険者が行くような場所は殆ど探索し尽くされている。未だに探索の手が入っていないような魔物が多い危険地域、断崖絶壁で入り込むところの少ない過酷な環境、国の領域外の未開地域など、探索の難しい場所が多い。
しかし、そういった場所であると分かっていてもやらないわけにはいかない。死神に対抗するにはどうしても相応の武器がいる。あの鍛冶屋がどの程度の実力かわからないが、言っていたように特殊金属の加工ができるならばやってみる価値はある。
だが当てもなく探索してもしかたがない。ループの中でクルドさんのチームに入っていたときに簡単な遺跡や迷宮に入った経験もあるが、あくまで既に攻略された場所だ。恐らく危険のあるまだ攻略されていない遺跡や迷宮に挑戦してくれる可能性は低い。あの人は冒険者と言っても冒険はしない。堅実なタイプだ。
冒険者側では遺跡や迷宮に関して手を伸ばすには限度がある。ならば冒険者側ではなく魔術師側で試してみるのもありだろう。
「魔銀が欲しいとな?」
「はい」
魔術師側、いつも通りに魔術師教練受付に向かい、師匠に弟子入りした。そして魔銀の入手に関して相談してみた。国は特殊金属を可能な限り回収しようとしていることは知っている。なのでこちらで入手できないかどうかを調べてみることにした。隠れて盗む、ということもできそうだがやったら命を取られそうなので流石にやらない。そもそも窃盗は犯罪だ。
まあ、仮にこちらで入手できたとしても肉体を鍛えるのに限界があるので最終的には別の手段を考えなければならないが、入手さえできればあの鍛冶屋に持ち込んで本当に特殊金属を取り扱い鍛冶ができるのか、どの程度の武器を作れるのかが判明するのでそれを確かめたい。もっともあの鍛冶屋が嘘をついているとはあまり思っていないのだが。
「……ふむ。確かに魔銀は幾らかこの国にはあるがな。しかし、それはお前さんには回ってこんじゃろう」
「何故ですか?」
「数が少ないからというのが理由じゃな。お前さんは銀の魔術師、銀の魔術師はこの国にはたくさんおる。それら全てに魔銀を使った杖や防具を渡すのは無理じゃ。せめて金の魔術師ならばまだ話は違ってくるが。お前さんもそのくらいはわかるじゃろう?」
「……一応は」
何度か師匠の手伝いでその手のことに関係する仕事に携わったことはある。今回も少しだがやっているので知っていても問題はない。
「そもそもお前さんは魔銀が欲しいというが、魔銀とは何か。どのような性質を持つか。詳しいことはわかっておるか?」
一応魔力との親和性が高い、みたいな話は聞くが、それくらいだ。あまり詳しくは知らない。この部屋にある資料で少し読んだ内容では魔術の強化ができるみたいな内容があったと思う。
「……魔術を強化する、という話くらいなら聞いたことがあります」
「一応それも魔銀の性質じゃな。だがそれだけではないがの」
そう言って師匠は棚の方に向かう。その中にある一冊の本を取り出し、それを持ってきた。そしてその本を開きこちらに見せてくる。
「ここを読めばおおよその性質が書いてある。儂から説明しようかの。魔銀とはその呼び名の通り、魔の銀……ここでは魔とは魔力、つまりは魔力の銀、魔力を秘める銀じゃな。銀とは言っても、通常の銀よりは遥かに硬く強靭じゃ。まあ、やはり普通の鋼鉄と比べると負けるがのう。しかし、魔銀の利点は硬さにあらず。特殊金属と呼ばれるだけはあり、その秘めたる特殊性こそが魔銀の利点じゃ。それはすなわち魔力を秘めること……魔銀を利用することで魔力を増幅させることができるのじゃ」
「増幅……」
「まあ、この増幅というのは間違いであると思うのじゃがな。人間は魔力を普段から放出する。魔術師教練受付の玉が感知しているのもこれじゃな。こういう形で魔力はこの世界へと勝手に放出されて消えていく。魔銀はそういった世界に散った魔力を金属中に溜めこむ性質を持つのではないかと儂は考えておる。それを魔術師が魔術を使う時、引き出して魔術に上乗せされるため威力を増幅しているように見えると言うことじゃ。魔術を扱う際の出力の増加を自分ではなく外部から加えることで実現した形じゃな。まあ、魔銀から引き出す魔力の調節ができるわけでもないわけじゃが」
魔術に魔力が追加されるので威力が上がる、ということか。そのあたり魔術は大雑把で感覚的だ。しかし、これが本当なら銀の魔術師でも金の魔術が使えるのでは? と思わなくもない。多分、発動する魔術に後から上乗せするっぽいので残念ながらできそうにない。だからこそ金の魔術師に持たせた方が有用的ということなのだろう。強いものを強くする方がいいに決まっている。
「……それなら神鉄はどうでしょう」
ではもう一つの特殊金属である神鉄についても聞いてみる。ただ、神鉄は魔銀よりも発見されておらず、あまりその手の武器や防具も多くないので恐らくは手を出せないと思うが。
「神鉄は魔術師が扱うものではない」
師匠はそう言ってこちらの質問をばっさりと斬り捨て、今度は先ほどのページとは別のページを開いて見せてきた。当然中身は神鉄関連の内容である。
「神鉄は魔力との親和性が低い。魔力を弾く、拒絶する性質を持つわけじゃな。作り方を工夫することで例外的な物を作ることはできるようじゃが、まあ本当にそんなものがあるかは知らぬ。その性質から魔術を扱う場合相性は悪い。その性質から考えれば当然じゃな。防具としては魔術を防ぐ防具としては有用かもしれんが……そもそも碌に発見されておらん。防具として使うにしても魔術師に持たせるよりも騎士に持たせた方がいいじゃろうな。そういうことじゃからお前さんに回ってくることはありえんのう」
確かにそうだろう。まあ、国の所属とはいえ銀の魔術師は最下層、魔術師の中でも雑兵みたいなものだということである。
「では世界鉱……」
「発見されておらぬわ。実在が疑わしいくらいのものじゃ。この国の宝物庫にも世界鉱で作られたとされる武器はなかったわい。まあ、たまにどこかの商人が世界鉱で作られたものだと持ってくることはあるが……今のところは全部偽物じゃったな」
まあ、流石にあっても一魔術師に使わせるはずもないし期待はしていなかったが。
「つまり、俺には特殊金属が回ってくるようなことはない……と」
「そういうことじゃ。少なくとも国がお前さんに期待してわざわざ使わせると言うことも無かろうな。しかし…………そうじゃな、お前さんは魔銀が欲しいのか?」
「はい。欲しいです」
色々な用途に使えるかもしれないし、少なくともそれらの素材がどこでとれるかさえわかればあの鍛冶屋でなくともどこか取り扱ってくれる鍛冶屋を探すことはできるかもしれない。初心者冒険者でも、現物を持ち込めば話を聞いてくれる可能性はある。それを調べるためにも欲しい。
「少し待て」
そう言って師匠はまた棚の方に向かう。少しの間資料を漁り、その中から幾つかをこちらへと持ってきた。
「これは?」
「この地図は国で発見されておるがまだ攻略されていない遺跡や迷宮の場所を示しておる。こっちはその地域の話や噂、昔の資料から恐らくここには遺跡や迷宮があるだろうと予測されている場所の地図。こっちは落盤や魔物の存在で大昔に放棄された廃坑や洞窟などの地図じゃな。他にもあるが、とりあえず簡単に見つけた物だけを持ってきてやったぞ。お前さんに魔銀をくれてやることは出来んが、自分で発見すれば杖を一つ作る分くらいは貰えるじゃろう」
師匠の持ってきた地図は冒険者側では把握できないような場所の情報が載っている。冒険者側では全く情報を得られなかったというのに、流石は国家権力と思うべきか。そしてこれらを見せると言うことは自分で探して採って来いということか。
「……誰かに手伝ってもらうとかは?」
「身内だけならば構わん。まあ、そんな酔狂なことをする者はおらんじゃろう。冒険者を使って探すのは駄目じゃ。一応国の抱えている上方じゃからな。あと、探すのならば休みの日に行うことじゃ。弟子である以上仕事の放棄は許さん」
「…………め、滅茶苦茶きつくないですか、それ」
一応里帰りなどを目的とする形で休みを要求する人間がいるので大きな休みを取るのは不可能ではない。しかし、それでも長くて十日ほど。それでどの程度探索できると言うのだろう。
「まあ仕方ないのう。国に所属しているのだからな」
「それはわかりますけど……」
しかし、この情報を得られたということはかなり大きい。自分には無制限に近い時間がある。仮に今回で見つけられなくても、次回、次々回以降にでも見つけられればいいのだから。
「この資料、借りてもいいですか?」
「探しに行くつもりか?」
「数日で行ける近場くらいは念のため」
近場はあまり期待できないが、探してみる価値はあるだろう。それ以上にこの情報を覚えるために自分の手元に置いておきたい。
「お前さんがやる気ならば別にいいが……恐らくはないと思うがの」
わかっている。持っていく理由の本命は別だ。まあ、そうやって一つずつ探索場所を潰していくのも重要だろう。
恐らく本当に探索するのは次回以降、冒険者になって自由な時間を得てからだ。もっとも、この資料は持っていけないので場所を覚えていなければならないのだが。資料を読み込み、その場所がどういう場所なのかを調べ、ここならあるのではないかという場所を絞り、厳選して覚えておくことにする。