loop22 竜の眠る谷
鍛冶屋というのは職人的で頑固なイメージのある職種である。実際、この世界で出会う彼らは自分の仕事に誇りを持ち、自分の作った物に見合うだけの実力や能力、実績がなければ武器や防具を作ってくれない。特に自分なんかは新人の冒険者であるということもあって大体は門前払いとなる。
一応いくつもの鍛冶屋を巡った結果、死神と打ち合えるだけの耐久力のある武器を作ってもらえるところは見つけだが、やはりそういった鍛冶屋は稀、珍しいものだ。さらに言えば、そうでなくとも死神の武器と打ち合えるような武器を作れる鍛冶屋は極少数だろう。わかる範囲で頼んでみたが、やはりだめだった。
もしかしたら他の国であれば運良く見つかる可能性もあるかもしれない。それに、有名でない所、あまり周りに知られていないような隠れた所、そういう実は……といった鍛冶屋もあるかもしれない。まあそれはそれで探すのが難しいのだが。
魔術師側に行って国の後ろ盾を使う、というのもありなのかもしれないが、それだと最終的に身体能力が足りなくなるし、魔術師が剣を使うのもイメージ的にはあまり理解されない。鍛冶屋としても魔術師が剣を持つことに疑問を抱くところも少なくないだろう。それでも作ってはくれるが、そもそも国の後ろ盾があってもそこまで大差があるわけでもない。そういう意味では魔術師側で探す利点は存在しないのであまり気にする必要はないわけだが。
「……どうしたものか」
ギルドにある休憩所、冒険者たちが集まって話す事もある場所の椅子に座って考える。ここはある種の喫茶店か酒場に近い場所だ。まあ昼間から酒を飲んでいる人間は……いないわけでもないが少ない。しかし、こんなところに座っているとそういうのと同類に見られてしまうだろうか。お喋りしているチームのように仲間がいるわけでもないし。
「……はあ」
溜息が出る。色々な鍛冶屋を探し、色々な鍛冶屋に話を持ち掛け、注文した物を作れるところを探した。しかし、やはり武器を作る実力も問題だが、それ以上に素材に関しての問題が存在する。
一般的な金属として扱われている物は鉄、武器や防具も殆どが鉄製だ。青銅、銅、銀金などの金属もあるが、やはり性質的に鉄が強度も良く扱いやすいようだ。まあ、鉄といっているが正確には鋼の類だと思われる。鋼といえば、白鋼などもあるが、別にそういう金属でも強度が鉄よりも高いというわけではない。ただ、そういう金属は特殊な性質を持つことが多いらしく、白鋼なんかは魔物の特殊能力を弾いたり、防いだり耐えたりできる特徴があるのだとか。
とりあえず、現状死神に対する武器に使われているのは鋼だ。当然金属としてこれ以上の物はないわけではないが、簡単に入手できるわけでもない。黒鋼と呼ばれる金属や、俗にいうダマスカスのような物など他にも金属はあるが、そもそもそれらの数は少なくその辺の鍛冶屋にあるものではない。有用性もあまり知られていない。ただ、この世界はファンタジー的な世界観であり、有名な金属もある。
かなり特殊な三つの金属、魔銀、神鉄、世界鉱。世界鉱に関しては存在が伝説レベルでの話で本当にあるかどうかもわからないが、魔銀や神鉄はその性質も有名で金属としても有用、武器や防具に使われるレベルの代物である。まあ、有名ではあるものの、それこそ著名な人間の持つ武器や防具、国で保有されている有数な武器や防具とかそういった物に使われているので個人に手の出せるものとは思えない。一応遺跡などで魔銀の発見や採掘がおこなわれているらしいのだが。
それらの入手の難易度は高い。また、それらの加工難度も当然高い。特殊な金属である以上その加工や特殊性を維持したまま武器や防具を作るのには専門技術がいる。そう言ったことに関しても鍛冶屋に話を聞いてみたことはあるが、加工できない、取り扱えないと言う話だ。ほとんどの鍛冶屋で取り扱えるようなものでもないと言われた。まあそもそも持っていないのであまり関係ない話だ。
「はあ……」
「おいおい。溜息なんてついてどうした?」
唐突に話しかけられ少しびっくりした。声のした方を向くと、いつも声をかけてくるソロや初心者に気を使う強面の熊のような冒険者がそこにいた。今も自分は一人で溜息をついていたので気にかかったのだろう。それで声をかけてきたと。
「別に何でもない」
「何でもないってことはないだろ。少しは俺にでも話してみたら気分が変わるかもしれねえぜ?」
まあ少しは気晴らしになるかもしれないが……いや、そうだな。わからなかったら人に聞く。そうするのもありか。ダメ元で聞いてみる。
「魔銀、神鉄とかの特殊な金属の取り扱える鍛冶屋って知ってるか? いや、別にそういうのでなくとも……強い武器が作れる鍛冶屋を知りたいんだが」
「おお、鍛冶屋な。俺は武器はいつも武器屋で買ってんだ。詳しくは知らねえ」
なんだ使えない。何のために話しかけてきたんだ。どっか行ってくれないかな……うん、少し思考が荒んでいる。落ち着こう。
「だが……鍛冶屋の噂は知ってるぜ?」
「…………噂?」
「ああ、噂だ」
どこか得意げな表情だ。何かの役に立つ可能性も……あるかもしれない。
「藁にも縋りたい感じなんだけど、どういう噂か聞いても?」
「ああ、いいぜ」
そうしてその噂の内容を聞いた。そしてその内容に関する場所についても詳しく教えてもらった。
この世界は元の世界に比べかなりファンタジーな世界観である。魔術や魔物などでそれは十分わかることだろう。その中でも一番はやはり神話。亜種族、亜人の話など、今ではみられないような事柄も含むうえに本当にあったこととも言われている事柄だ。
その神話の内容を大雑把に説明するならば、昔は体に何らかの特徴、角や羽が生えているなどしている人間がこの世界に住んでいたが、ある日竜がこの世界に生まれ世界を破壊した。その竜を昔の人間はなんとかして封印したが、代わりにその人間達はボロボロになった。そんな彼らの代わりに今の世界を守るために自分たち、何の特徴も持たない人間が世界を支配するようになった。おおよそそんな感じに言われている話。大分大雑把で自分の解釈を含めたものだが。
寝物語、もしくは教訓話の物かとも思ったが、本当に昔話の神話として語られている。他所で話を聞いてもそんな感じだ。まあ真偽は不明。ただ、このお話に存在する竜は実際に封印されていると言われており、場所の名前に竜を持つところも存在する。自分の目的地もそんな場所だ。
「竜の眠る谷……か」
世界を滅ぼそうとした六匹の竜。そのうちの一匹がこの場所に封印された……と言われている。実際にこの場所は生物が住み着かず、寄り付かず、存在している樹々もなぜか途中で枯れて森も無いくらいの場所だ。だからそう言われているのかもしれないが。
そもそも、なぜ竜を封印したのか。倒せない理由があったのか、彼等でも倒しようがなかったのか、封印したとは言われていても封印の理由は語られていない。まあ、やっぱりお話だからなんだろう。必要ないことや無駄は省くものだから。
「しかし…………こんなところに鍛冶屋がいるのか?」
山は結構な高さで、生物も少ない上に生きた樹々も存在しないので果実類すら期待できない。魔物ですらこの場所では碌にに見かけないほどだ。死の山か何かか。竜が封じられていると言われて信じたくなるほどに酷い。
まあ、そんなことはどうでもいい。そもそも鍛冶屋がいるとしてなぜこんなところにいるのか? 鍛冶をするならば火がいる。火力がいる。燃料がいる。その燃料となる樹々もないというのに。まあ、石炭でもあれば……もしかしたら石油とかあったりするのだろうか。
「……しかしきついな」
この場所はそこまで遠くないので来るのは難しくはない。しかし、この山を登るとなるとかなり過酷な物である。特に日光とか風とか。鍛冶屋に会うためにわざわざこの道程を進まなければならないのは厳しい。仮に鍛冶屋が大したことがなかったらもう二度と来ない。
途中から見えてきていた巨大建築物、それが登りきったところにあった。その建築物の入り口付近には畑が存在していた。恐らくは食料の確保のためだろう。あまり大きくはない。
そして、その建築物の入り口の前には立ってこちらを見ている人の姿があった。
「ようこそ客人。こんな山の上までよく来たな」
「……出迎え?」
おかしい。自分はここに来ることを誰にも告げていない。いや、この場所を教えてくれたあの男ならば知っているかもしれないが、移動時間などを考えれば……一応伝書鳩などもあるかもしれないが、それでもおかしい。そもそもそんなことをする意味はあるか?
「ああ。客人が来るのが分かったんでな。ところでこんなところまで何の用だ……と、聞くまでもないな」
「……はい。鍛冶に関して、聞きたいことと頼みたいことがあります」
この人は教えてもらった通り、鍛冶屋……でいいんだよな?
「まあそれ以外にはないだろうな。だがその前に……うちは鍛冶をするにしても素材は持ち込みだ。それも、普通の金属を使うような仕事は受けん。つまらないからな」
「……つまり、魔銀や神鉄のような金属の仕事しかしないと?」
「ああ。あれば世界鉱でも加工してやるぞ?」
何とも面倒な相手である。だが、そこまで言う以上魔銀や神鉄を取り扱えないということもないだろう。流石に。ただ、普通の金属でどれほどの武器を作れるのかを確認していないから不安はある。
だが、素材は持ち込みでなければならない……か。特殊金属は希少なので仕方がないか。
「今は持ってないんです」
「さもありなん。まあ、今度来る時に持ってきな。わざわざこんな場所まで来たんだ。いい武器が欲しいんだろう? だが、このまま追い返すのもな。だからこれをくれてやる」
そう言って腰に下げていた剣をこちらに放り投げてきた。危ない。咄嗟に柄を掴み受け止める。
「……危ないじゃないですか」
どこか持っていて馴染む感じがある。確実に今持っている物よりはいいだろう。これが自作だとするならば、腕は悪くはない。いや、良いと思う。少なくとも期待はできる。
「いいだろう?」
「……ええ、知っている限りではかなり」
「それはそれなりの物、だがな。来るならば、報酬の支払い分に肉でも持ってこい。金があってもしかたないんでな。この辺りには魔物も碌にいないからな。期待してるぞ」
そう言って男性は建物の中へと入っていく。こんな場所に住んでいるとあまり肉類は食べられないのだろう。魔物や動物は殆どおらず、せいぜいが高所を飛ぶ鳥が一時的に寄ってきたとかだ。野菜は畑でなんとか作っているようだけど。
「しかし、素材は持ち込みか……」
特殊金属をなんとかして確保し持ってこなければ作ってくれない。特殊金属は稀少なもので鍛冶用の物すら持っている所は少ないだろう。
「鍛冶屋の目途はなんとか……まだたってないけど期待できるとして、素材をなんとかしないと」
特殊金属は発見することからして難しい。現在見つかっている場所での採掘はさせてもらえそうにないし、仮に得ることができても武器に使えるほどかといわれると厳しいだろう。もしそれなりの量を確保したいのであれば、新しく特殊金属を得られる場所を探すしかない。
「まだ探されていないような場所、鉱脈、遺跡、そんな場所を見つけないと……」
冒険者の本分の一つ、未探索地域の探索。それをやる必要に迫られるとは。