loop21.5 憩いの中の恋嵐
ループ。死に戻りによって何度も何度も繰り返される一年間。本来こういった繰り返しややり直しは精神的にきつい。特定の行動を繰り返し同じ結果を出す、何度も同じノルマの達成を繰り返す。特に自分の場合それは一年間の長い期間だ。短い期間の繰り返しと長い期間の繰り返しどちらがいいかとなるとわからないとしか言えないが。
目的として死神の打倒という大きなものを持っていても、やはり何度もループによる一年間の繰り返しは精神的な摩耗や疲労を感じるものだ。肉体的な疲労は死に戻ることでどうとでもなるし、休むだけでも十分。そもそも鍛えに鍛えて最良のものを作らなければならないので無理もできない。そちらはそれでいいが、精神は休ませるのが難しい。
ゆえに、精神的な癒し、疲労の回復を目的に、最も信頼できる仲間であるクルドさんのチームに加入して過ごす周回を作っている。代わりに一周回を捨てなければならないのは厳しい所ではあるが。
クルドさんのチームに入る条件はハンナの誘いを受け、それに従うこと。ギルドに訪れる日、魔術師教練受付に行かないなど幾らか調整すればどうとでもなる。いつも行っている三人組を相手にするタイミングをどうするか迷う所だが、それはその時々で決めている。
周回を捨てると言っても、ソロの時よりも自分の実力が落ちる所ではあるが、一応死神との戦いができないわけではない。なので本当に精神的な癒ししかできないというわけでもなかったりする。
ところで。クルドさんのチームに入る周回も作り、入らない場合もあり、そういった複数の視点で見ることができるからか幾らか判明していることがある。
まず自分がクルドさんのチームに入らなかった場合。三人組を倒すかどうかでまず彼等の生死が決まる。これは別に入る入らないに関わらないが、倒さない、倒せない場合は全滅する。ただ、唯一女性であるハンナに関しては……生かされている可能性もゼロではないが、様子を確認したことがないので正確なところはわからない。まあ生きていても悲惨な状態だろう。倒した場合、クルドさんのチームは生き残り堅実に依頼を進めていく。なお、自分の代わりに誰か別の人間がチームに入る。毎回同じなのでむしろ自分が入るのが例外なんだろう。
次に自分がクルドさんのチームに入った場合。これは結構状況的に変わる。何故かというと、自分のせいだろう。最終目的に死神打倒を掲げ、どうしても難易度の高い依頼というものを求めたいという思いがある。もちろん初心者冒険者ばかりが仲間である以上、程度問題があるのだが。その時々で何が選ばれるかは意外に違ってくる。そしてそういった難易度の高い依頼を行っていればドラマティックな出来事も起きるわけだ。
特に、紅一点であるハンナを巡る恋愛事情に関しては。
クルドさんのチームにおける紅一点であるハンナ。美人とは言えないものの、悪くない容姿であり、性格も十分。こう評価するのはあれだが、女性として結構魅力のある存在である。なので身近な女性でもあるためか、自分とクルドさんを除く三人にとっては思いを寄せる対象として恰好の相手である。まあ、それなりにかわいくて側にいる相手に懸想しやすいのは普通だろう。自分とクルドさんが別扱いなのは、自分は死神を超えるために精一杯で恋とかの余裕がないこと、クルドさんは恋愛で痛い経験があるからだと思う。そのためか恋愛関連でクルドさんの言葉には信頼できるような重みがある。だからハンナと誰かがくっついてもチームを纏めることができているのだ。
さて、そんなハンナの恋愛事情に関してだが、おおよそロックがその相手になりやすい。特に自分がいない場合は。恐らくは年齢の近い同郷の異性だからだろう。なんだかんだで一緒の場所で過ごしてきた以上、ある程度環境的な理解がある。それが有利に働くのだろう。
だが自分が入った場合、受ける依頼が変わり難易度も上がることでドラマ性が生まれるためか、他の面々に惚れることもある。例えばハンナを守ったカイザにとか、自分より強い相手を倒したクーゲルにとか。ロックとの関係性は同郷以上の物ではないようだ。まあ、知り合いではあったようだが。
なお、周回によってはころころと相手が変わるが別に尻軽とか惚れっぽいとかそういうわけではない。要は最初に惚れされたら勝ちなのである。今のところ確認できたのは、ロック、カイザ、クーゲルの三人……そして一度だけクルドさんに懸想したこともある。もっともクルドさんの時はクルドさんから断られているが。大体の場合はハンナの方からの告白で関係を持つ。
ところで…………なぜ今こんなことを語っているのか。ここまでで、自分はまったく意識していなかった。クルドさんですら対象になっているのならば、自分も対象に選ばれる可能性があると言うことに。
「あ、あの、スィゼ……私と付き合ってください、好きなんです!」
「…………」
今回はどうやら自分が懸想相手であるらしい。
依頼が終わり、宿へと戻る途中。ハンナに少し話があるからこっちに来てほしいと誘われて、何か頼み事でもあるのかと思ってついていったら人気のない所に連れていかれた。仲間相手に美人局とかそういうことは考えないがなんだろうと思っていたら、先ほどの告白だったわけだ。
「……答えを聞かせて」
恋愛は全く考えていない。ハンナに対し、仲間としての好意はあるが、男女の好意は持っていない。全くないとは言わないが……少なくともそういう関係になるつもりはない。
何故なら自分は何度もループしているから。もし、恋人関係になったら次の周回で彼女に会った時……普段通りでいられる保証はない。それに残していった彼女、ループの中に消えていった関係、それらに対する未練は大きくなることだろう。それは毒に等しい。だから答えは一つ。
「ごめん。ハンナと付き合うことは出来ない」
「…………」
予想できていない答え……いや、正確には断られるとは考えていなかったのだろう。きょとんと何を言われているかわからないといった感じの表情を浮かべている。どこかあの少女に似ている……いや、比較するのはやめておこう。
「……スィゼ、どうしてダメなの? 好きな人とか……いないと思う。スィゼは皆以外との付き合いは殆ど無いし、普段も体を鍛えてばかりで……ねえ、どうしてダメなの?」
よく知っているな、と思うところだろうか。それとも寂しい人間だと言われて怒るべきだろうか。まあ、絞り出すような声で、手をぎゅっと握って何が悪いのか、そんなことを考えながら訪ねてきたところに怒るのも酷い感じか。好きな相手に、告白をして、拒絶される。それはもしかしたらこれほどにショックを受けるものなのかもしれないし。
「俺には目標がある。それを、どうにかして終わらせるまでは恋愛は出来ない」
「……それが何か、聞いてもいい?」
ループのことを言っても理解はしてくれないだろう。むしろそんな嘘まで言って断るのかと口実のように思われるだけだ。下手に何か言うよりは、隠して言わない方がいいと思う。
「駄目だ。これは俺の問題で、信頼できる仲間にも……話せることじゃない。たとえ、皆であっても」
「……私でも?」
「ああ。ずっと一緒に過ごしてきた、家族であっても話せるものじゃない」
こちらを見るハンナの目に視線を合わせる。目は口ほどに物を言う、目を見れば何でも分かると言うほどではないが、その意志を全く見れないと言うわけでもない。
「そっか……その、ごめんなさい」
「ハンナが謝る必要はないよ。俺の問題だから」
「……うん」
顔を伏せてハンナが去っていく……もしかしたら、泣いていたりするのだろうか。まさか自分がこういう展開にあたることになるとは思わなかった。明日からどうする? 今実は意外と精神的に動揺している。普段通りにできるかな。
翌日。平静を装った感じで普段通り過ごしているとクルドさんに声をかけられた。
「スィゼか」
「クルドさんこんにちは」
「少し話がある。今夜あたり暇か?」
珍しい。クルドさんはチームのリーダーとして色々やっていて、そういったあれこれのためか仲間との付き合いは意外と少ない。まあ、普段のチームでのやり取りで十分信頼関係を持てているということもあるし、仕事を終った後に打ち上げとかもある。しかし……タイミング的に考えれば、恐らくはあのことに関しての何かなのだろう。
「別にありませんけど」
「ならば雪溶けの葡萄亭に夕方の鐘が鳴ってから来い。私が奢るからな」
「はい」
そう言ってクルドさんが去っていく。雪溶けの葡萄亭……どこだっけ。
夕方の鐘が鳴り、指定された店に向かう。どこかわからなかったので事前に探しておく必要があった。面倒な。
「スィゼ、こっちだ」
店の中でクルドさんが既に席についていた。隣の椅子を引いてくれる。
「注文は……」
「飲みやすいものをこちらで注文しておいた。ここに座れ」
引いてくれた以上座らないわけにもいかないので隣に座る。この店にあるのは麦酒の類ではないようだが……店の名前的にワインか何かだろうか。この世界の酒精飲料の発達がどの程度かはわからない。一般的に冒険者が飲むのはエールとかその辺だと思うのだが。
「……お前とこうして酒を飲むのは初めてか。依頼後の打ち上げとかでも酒は飲んでいないしな」
「まあ、得意ではないので……」
カイザとクーゲルは大体いつも飲んでばかり、ロックはその時々で飲んだり飲まなかったり。自分はいつも飲まない。珍しく皆を誘うことがあっても断っている。
酒を飲まない理由は大きな理由は元の世界の倫理観、年齢制限だろう。昔の名残だ。まあ、もともとアルコールは匂いや料理酒の時点で苦手、相性が悪いと言うこともあるだろう。さらに言えば、酒を飲んで翌日に響けば後々に影響するし。
出された酒を飲む。確かに飲みやすいのかもしれないが、なんとなく苦手意識がある。
「……ところで、飲みに誘うのは珍しいですね。普通の日なのに」
「…………そうだな。しかしスィゼも酒が好きというわけでもないのに誘いを受けたということは理由はわかっているんだろう?」
「まあ……その、ハンナの告白を断ったことが理由ですね?」
ハンナがそのことでクルドさんに相談したとは考えていない。クルドさんが気づきハンナから聞いたか、いや、そうでなくとも自分とハンナの雰囲気から気付いたか?
「その通りだ」
「問題がありますか?」
「……いや、お前に文句があるとかそういうものではない。チーム内での恋愛関係はそこまで珍しいものではないからな。付き合う付き合わないで色々とあるものだ。ただ、それでチーム内の人間関係がぎくしゃくすることもある。だからお互いに話を聞いておくべきだと思ってな」
既にハンナからは聞いたか、それとも自分が先だったか。まあ確かにクルドさんの言うことは間違ってはいない。そういった男女の関係が原因での崩壊はあり得るだろう。
「お前は隠し事が多いからな。ハンナの告白を断るのはそれほど疑問には思わないがな」
「っ!?」
「何を驚いている……魔術もそうだが、色々と何か隠しているんだろう? 一緒に過ごし、様子を見ていればわかるものだ」
まあ、普段の行いからして隠せるものではない。そもそもそこまで積極的に隠すつもりもない。自分の実力はもう新人冒険者、初心者冒険者の枠から大きく逸脱している。わからない方がおかしい。
「お前の書く仕事を聞き出すつもりはない。だが……スィゼ、ハンナの告白を断ったばかりでチーム内でぎくしゃくしたりはしないか? 次に依頼を受けるのは少し先にするつもりだが、その間に気持ちの整理は出来るか?」
「それは俺よりハンナの方が大変だと思いますけど。ハンナの方を気にしてください。告白してきたのは彼女の方なので。俺は大して影響はないですから」
普段通りにいるつもりではある。不安はあるが。じっとクルドさんがこちらを見つめてくる。
「まあそう言うならハンナの方をしっかり慰めるとしよう」
ぐいっと酒を一気に飲んで次の注文をしている。
「クルドさんは……そういった事はどう思ってるんですか?」
「ん?」
「そういう恋愛ごとは避けているような感じがするので」
こちらの質問には何も答えない。ただ出された酒に口をつけている。
「……まったく。こちらがお前に隠し事を聞かないと言ったばかりだろう。まあ、つまらない話でも土産に聞いていくといい」
クルドさんの昔話が始まった。
「私が……俺が昔入っていたチームの話だ。そのチームは今のチームのように女性が一人、他は全員男性という構成だった。人数はあっちのほうが少し多かったな。俺が若いころの話だ。恋愛なんて考えずに冒険者として立派にやっていく、そんな夢を持って我武者羅に活動していたよ。そうしているうちに、ある日チームにいた女性が俺のことを好きだと言ってきてな。若い頃、恋愛経験もない子供だ。そのまま付き合い関係を持つまでに至った。まあ珍しい話ではない」
そこまで語り、酒を呷る。そして次の一杯を注文した。それほど飲まなければ話しづらい内容なのだろう。
「男が複数に女一人のチームだ。その付き合いに関しては秘密ということになった。まあその女性を狙っていた仲間も多かったし当然だな。俺も自慢するほど嬉しいと言うわけでもなかったと思う。だが……ある日、チームの仲間の一人が皆で集まっている時に言った。彼女と付き合っているんだ、とな。まあ、俺が彼女と付き合っているのに何を言っていると思ったが……突然言ってきたことだったから俺が口を出すのが遅れた。ある意味それがよかったんだろう。問題は他の男だ。ある一人が嘘だ、彼女は俺と付き合っているんだと言い出した」
「……それは」
「まあ、何となくわかるだろう。その場にいる全員と関係を持っていたと言うことだ」
もし経験すれば女性不信になりそうな……いや、クルドさんはそれでなったのだろう。いろいろと恐ろしい話だが、そこまで珍しい話でもない。その手の話は古今東西よくあるものだ。まあ、冒険者のチームだとなかなか難しいかもしれないが……まあ、確実にチーム解散だな。
「それが原因でチームは解散、俺は女性との付き合いに苦手意識を持ったわけだ」
「心的外傷というものですか?」
「そこまでではないだろうな」
少々苦笑いを浮かべながら酒を呷るクルドさん。純情な少年の心を抉る体験だったが、まあ結構な昔の話だ。今はもうそれなりに折り合いはつけているのだろう。
「これは教訓話みたいなものだ。俺のようにはなるなよ?」
「はい」
どう頑張ってもなることはないだろう。どのみちループを脱するまで恋愛関連はできない。そもそも、自分が死神を倒して誰かと恋愛する場合、誰と一緒になるべきか? 別に今知っている人だけが相手というわけでもない…………ないはずだ。
「……どうした?」
「いえ、何でもないです」
一瞬脳裏に浮かんだ相手、それはありえない考えだ。気の迷いだろう。酒に口をつけて忘れることにする。恐らく、似たような表情を先日見てしまったからだろう。そんなことを考えてしまうのは。
そんな出来事があった後、特に何かあるわけでも、何か起こるわけでもなく、風の季節が訪れる。戦闘に参加し、死神と戦い、敗北して死んで最初のループへと戻った。後にも先にも、ハンナに告白されるとう出来事があったのはこの時だけだった。