loop20 魔術教練 その二
ループを繰り返して冒険者側と魔術師側で学べることをそれぞれ極めていく。死神の動きの把握、魔術の強化、それぞれでできることを。
そんなことを繰り返す中、今回は魔術師側だ。今までと同じように師匠の下で魔術師として魔術の修行を行っている。
「ふう……氷の作成っと」
いつもの事ではあるが、これは必要なのかと思うような作業がいくつもある。わざわざ魔術を使ってまで水を確保する必要性はここではないし、氷も作る必要性はない。ただ、よくわからないまでもそういった様々な雑事を魔術で行わされている。
あの師匠の事だからこれがただ面倒だからという理由ではなく、何かの意味合いがあってのものだと考えている。例えば魔術に慣れるためとか。もっとも正確なところは不明だ。
そんなことを思いながら桶の中の水を氷に変化させる。
「……水を用意して氷にしなくても、氷を出した方が入んじゃないか?」
変化と作成。同じ氷を作る魔術ではあるが、小さな差だ。結果が同じならばそれ程二つを覚える意味もない。魔術の消費の差があるとはいっても、そこまで消費の差があるわけでもない。
「二つある意味は多分あると思うけど」
水の温度を変化させ、氷にする。そうしてふと思う。氷を作る魔術は温度変化であると。
「…………水?」
あることに思い至り、水を変化させる。直接、氷に。
氷とは水の三態、気体液体固体の固体に属するものだ。温度変化で水が氷になるが、水を操作できるのであれば、直接氷にすることも可能である。これは水の操作だから水の属性である。
それに対して水の温度変化など、温度に干渉する魔術は火の属性である。つまり、普段やっているような温度変化で氷を作る魔術は火の魔術であると言うことだ。
ところで、直接氷を生み出す魔術というものについて。氷を生み出す魔術はそれ一つで氷を生み出すものであり、温度変化を通さないものとなるため水に属する魔術だろう。つまり氷を作る、と氷に変化させるでは作る場合は水の魔術のみ、変化させるのは水と火の魔術になるということ。
疑問となるのはこの氷に変化させる魔術に火の属性を含むこと。火とは熱を発することはあっても別に物から熱を奪うわけではない。厳密なところは知らないが、そういう考えでいいと思う。しかし熱を奪う、この場合氷を作るために低温にする魔術は火の魔術にあたる。
「……ふむ」
温度変化、という温度に関する内容が火の魔術であると言うなら確かにわかる。しかし奇妙に思う。何故火の魔術に温度変化が含まれているのか。
「……火の魔術以外も、色々なあ」
思えば水の魔術にも怪我の治癒を行う魔術が存在する。生物は体の多くに水分を含むから水の属性の魔術で作用できると言う解釈で半ば無理やりだが考えられることではあるが、それは流石に極論、もしくは暴論ではないだろうか。今までいくらかの資料を調べてはいるが、読み解く必要のある者が多くてなかなか調べられていないためか見つかっていない。もしくはない可能性もある。こういう時は師匠に聞くのが一番かもしれない。
「魔術について聞きたい? よい。言ってみよ」
自分で考えてもわからない。そういったことは師匠に聞くのが一番の近道である。もっともこの人も何でも教えてくれるわけではない。自分で考えろと言われることもままある。
「さっき水を氷にしている時、少し思ったんですが。氷への変化は火の魔術を用いてやっていますけど、水の魔術でも可能ですよね? ですけど、氷を生み出す場合は水の魔術でしかできない。つまり、火の魔術は温度を変化させる形で氷を作るわけです。ここで火の魔術に温度変化があるわけですが、火は熱を生み出すもので奪うものではない。それなのに温度変化で熱を奪い凍らせる。この熱を奪う温度変化を可能とするのはなぜか。また、水でも水に関係しないような治癒の魔術があったりします。そういった部分が少々疑問に思ったので聞きたいと」
「ふむ。魔術の持つ性質に気が付いたか。まあ、比較的早い方じゃな……気づかない者も多いのじゃがな」
気づいた?
「……普段やっていることはやっぱり意図的に」
「あの程度に魔術を使わんでもいいからのう。そういうことじゃ」
師匠は効率優先気味なところがあると思っていたが……やはり今までやらせていたことには意味があったようだ。しかし直接教えればいいのではないかと思うが。
「ほほ。儂の弟子ならば自分で学び取るくらいせんとな」
「……顔に出てました?」
「年季の差じゃ。ちょっと隠せてもわかる人間にはわかる。まあ儂はそれくらいは気にせんよ」
色々と文句を言われるとあれだからそう言ってくれるとありがたい所だ。師匠らしい。
「さて……火や水の魔術、その持ち得る性質にそのまま火や水に含まれるものとは思えない性質が存在すること、じゃな?」
「あ、はい」
「火や水はわかったようじゃが、風や土はどうじゃろう? わかるか?」
風に……土か。土はなんとなくわかる。そもそも土の魔術は地面への干渉が主だが覚えている魔術には異質な毒の除去などがあったりするからわかりやすい。だが、風はどうだろう。推測できない。
「土はなんとなく……ですが、風は少しわかりません」
「ならば使ってみるのが一番じゃな」
そう言って師匠がこちらに対し後ろにさがれと手を振る。それに従って後ろに下がると師匠の前に薄っすらと見える板状の何かが張られた。魔術による障壁だ。
「……障壁? バリア?」
「儂はこれを防壁の魔術と呼んでおる。さて、この魔術の属性は何だと思う?」
わざわざ聞かれても困る。先ほどからの流れならこの魔術の属性は確定的だ。
「流れからして風ですよね……でも、風で壁を? 土ならまだ……」
一応風でクッションを作るなどでの防御ならば理解できなくもない。しかしそういう者とはまた違う。実際に壁として存在しているものだから風の層というわけでもないだろう。
「この魔術は風の属性じゃ。どの魔術、どの属性にもその属性そのものの力とは違う、魔術の本質とも呼べるようなものが存在する。個の防壁はそれを利用して作った物じゃ」
「……魔術の本質」
今までは単に魔術を使うことを優先し、その追究を行ったことはない。色々と新たな魔術の発展や研究は対死神のために行っても、知識的な部分はかなりおろそかなところがある。
「そう、魔術の本質じゃ。もしくは根源や根幹ともいえる部分じゃな。呼び方はまあ何でもいいじゃろう。重要なのはそれに対する理解ができるかどうかにあるからのう」
魔術の本質。先ほどから聞いて居る限り、確かに存在するような感じではあるが、しかしその内容については推測もあまりできない。今まで話したことでどの程度理解できることか。
「結局どういうものなんです?」
「人に聞かず自分で考えよ! と、言いたいとこじゃが。まあこれくらいは教えてやるのも良かろう。簡単に手を伸ばせるものでもないからのう」
そう言って師匠は土の魔術で器を作りその中に水の魔術で水を入れる。
「まずは火の魔術の本質じゃな。お前さんが疑問を持った通り、火の魔術は温度変化を可能とする。この温度変化が本質にかかわる部分じゃ」
器の中にある水を沸騰させたり、逆に凍らせたり。短時間でよくこんなに早い変化を起こせるものだと感心する。
「まあ、温度変化そのものが本質ではないがのう。温度とは何であるか、お前さんはわかるか?」
「……熱?」
「確かに熱であることに間違いはない。だが少し違う。正解は力じゃ。熱に限らず単純な物に働く力じゃ。まあ熱以外のものを火の魔術で行うのは効率が悪いがの」
熱は確かにそうだが、熱エネルギーの事か。より正確に言えば、エネルギーを操るということになるのだろうか。もっともその性質が本質であるというだけで有用かどうかは別なのかもしれない。
「エネ……えっと、あらゆる力の類は全て火の魔術でも扱えると?」
「一応はそうじゃな。じゃが扱える効率が極めて悪い。それならば風の魔術で動かした方が楽じゃな。温度変化だけは火らしく有用じゃが」
つまりその属性に近しいものであれば効率がいいのかもしれない。断定はできないが。
「次に水じゃが……これは実演が難しいの口頭で説明するぞ。水は生命に干渉できることが本質にある。まあ治癒の魔術を考えればわかるのう。生命の生誕は流石に無理じゃが」
「死者の蘇生などは?」
「肉体は一応直せることが確認されておる。しかし、死者が戻ってくることはほぼない。死んですぐ、ばらばらになった直後とかならばできなくもない……という話もあるがな」
まあ、流石にそのあたりは厳しいものがあるだろう。むしろできると言われる方が困る。ところで生物系が水ならゾンビ系はこちらになるのだろうか。闇属性っぽいが。
「土は物質の生成と変化じゃ。ま、多くの土の魔術はその本質から外れておらんしな」
「まあ、今さっき目の前で器を作ってましたし。軟化や効果、毒の除去を考えれば」
「ずいぶんわかりやすいものじゃな土は。一般的にわかりづらいのはやはり風じゃろう。まあ、これも先ほどの防壁の魔術などを見れば理解できそうではあるが、どうじゃ?」
全く理解できない。いまいち風の性質と言われても困る。風は風だから。
「……残念ながら」
「風とは何か……そうじゃな、どうやって風が起きるか。そもそも風とは。答えはこの世界にある空気の流動、そして空気とはこの世界に満たされている物。その動きとはすなわち空間の動き。風の魔術の本質は空間への干渉じゃ。防壁は空間への干渉による空間隔絶の一種じゃな」
流石に風と空気、空間を結びつけるのは難しい。それもまた厳密な物とは思えないが……しかし、空間に関する物とわかれば確かに防壁の魔術を理解できなくもない。もっとも、完全な遮断ではなかったはず。光は通している。音はどうだろう。まあ、物理的な干渉くらいは防げそうだ。
「これらの四つ以外のもの……あまり教えておらんが、魔術には光と闇もある。この二つに関してはどちらも本質は同じものじゃ」
「同じ?」
「そう。ただ、その性質は真逆の方向正邪がな。光と闇の本質は精神への干渉じゃ。光は精神を正す力、闇は精神を歪める力。二つの属性の本質は精神干渉にある」
その二つの魔術は光は一応それなりに教えてもらっているが闇はほぼない。まあ、理由はわかる。危険度が高いからだろう。
「闇はほとんど知りませんが」
「教えておらぬからな。闇の魔術はただ暗闇を作るようなもの以外は殆どが精神干渉の魔術、それも攻撃的な物じゃ。目に見えるものではないからそうそう教えることは出来ん。まあ、そもそも必要な物でもないしのう。光の魔術さえ覚えておけば自衛できる物じゃし」
闇の魔術、精神干渉は目に見える攻撃ではない。隠れて裏で何をするか、わからないうちに殺せてしまうからというのがあるのだろう。悪事が露見しにくいのは確かに色々と面倒ごとになる。教えたくない理由が分かる。
「じゃが……お前さんなら教えてもよさそうじゃな。本質について教えた以上、そういった魔術の開発もできなくもないからのう」
「……いいんですか?」
「実体験してみるのもいいじゃろう。喰らえば相手に使おうと言う気が無くなるかもしれんしな。儂の弟子なのじゃから、受けた感想を聞くのもありじゃな」
なんという鬼教育だろう。精神に対して苦痛を与えると予測される魔術を喰らわせる気だなんて。だが、学べる機会はあったほうがいい。今まで教えられたことはなかった。死神に通用するかはわからないし当たっても有効かは不明だが、手札として持っているのもありだ。
他の魔術の本質も、新しい死神に対する手立ての開発に使えるかもしれない。これから少し忙しくなるかもしれない。その前に闇の魔術を弟子に当てるつもり満々の師匠をどうにかしなければ。