loop2 一度目のループ・二度目の死・三度目の人生
「っ!!」
目が覚める……いや、何か違う。いつもの目覚めとは違う。
「……ここは?」
目が覚めて体を起こしそこに見えた光景はいつも泊まっていた宿や冒険者としての仕事の出先で見る光景ではなく、少し古びた普通の一般家屋……結構ボロボロな部分もあって少し隙間風が入ってくる古臭い民家。酷い評価を下しているがこの風景には長年つきあってきた。実家、田舎の生まれ育った農家の俺の過ごしてきた部屋である。
「……夢?」
先ほどまで戦場に赴き、戦いとは言えないような一方的な虐殺が行われていた。自分ものその被害者として一刀両断された。最後に見た二つの尻尾は直前の記憶として今もまだ新しい。その記憶が夢かと言われると、夢だとは思えないし思いたくもない。一年間で経験した色々を考えればその現実を否定したくはない。
突然の状況の変化、いつの間にか自分の実家に戻ってきたというおかしな状況。理解が追い付かない。そんな中、部屋の扉が開く。
「おや、スィゼ。起きてたのかい? 起きているなら早く着替えて……ああ、いや、朝食の時間になったら来な。今日はちょっとあんたに話すことがあるからね」
「あ、うん……」
そう言って母さんは扉を閉める……いや、少し待ってほしい。この状況で母さんのところに戻ってきたとか……いや、そもそも戻ってきたのだろうか。あの時一刀両断で死んでいた、いやあれは夢、そもそも今の状況は?
「……朝食の時間。いつもは朝六時か」
朝の六時とは言うが、ここでの朝六時はかなり感覚的だ。この世界では明確な時間感覚というものが存在せず、時間に関してはかなり大雑把である。特にここ田舎では、朝の日の光で起きて日が沈めば家に帰り、小さな明かりをもとに少し手作業をして眠る。そんな生活サイクルである。
多少大きな街の方では朝昼夕あたりに幾らか鐘が鳴り、その鐘である程度時間を知ることは出来る。もっともこの世界には一般的に時計なんてものは存在しないので鐘の鳴る時間はその時々で微妙に違う。時間間隔が大雑把なのは明確な時間の指標がないせいなのかもしれない。
ちなみに、おおよそこの世界が二十四時間であると推測されるのは自分の感覚的なものによる推測である。前世の感覚が存在する自分がこの世界での時間間隔でほとんど違和感を感じていない、というのが理由だ。まあこの世界で生まれて生活した自分の感覚がどれほどあてになるのか謎なところだが。
「……夢、いや現実か? そもそも、今はいつだ? どこからが夢で……仮にあれが夢だとして、家に残っていることから少なくとも家を出る前であることは間違いがないよな。もし現実だとしても、あの時真っ二つになってから生きて実家に戻されるのも変な話だ」
思考する。自分の現状を。今の状況には謎が多い。そんなふうに思考に没頭し……大きな音とともに扉が開きいつまでのんびりしているんだと母さんに叱られた。
「全く。せっかく成人だっていうのに子供気分が抜けないのかねえ……」
じろりと母さんが自分を睨んでくる。思考の海に沈んだ結果、着替えなどもせずそのままでいたのは自分なので反論のしようがない。食卓に着いている父と兄二人は苦笑いしている。
「はは、まあそういうこともあるさ」
「暖かくなるからね。俺も朝は少し眠いし」
そう言って父と上の兄も擁護してくれる。もっとも今回朝食時間に遅れている原因は二度寝ではない。なのでその擁護の仕方は微妙に間違っている気がするのだが。
最初に少し起きた後の行動に文句を言われたくらいでそれ以後は普通に朝食が進む。しかし、やはり成人して家を出る時となると普段より微妙に硬い雰囲気というか、空気がいつもの朝食とは違う。自分はこれを感じるのは二度目……ああ、そうだ、やはり二度目だ。
朝食が終わると、いつもは母さんが食器などを片付けるのだが、今日は五人揃ったままで神妙な空気になる。
「スィゼ。あんたももう十五だ。世間ではいっぱしの大人として扱われる年齢だ。もう正式に家の手伝いという形ではなく働くべき年齢だよ。だけど、この家の畑はフェズが継いでいる。つまり、あんたに継がせる畑はない」
「わかってるよ母さん。ゼク兄さんが去年家を出たのと同じだろ?」
「……そうだよ」
家の畑は長男が継ぐ。これは田舎の農家ならばどこの家も同じだ。次男はスペアなど長男の代わりとしての利用用途もあるから家に残るが、三男以降はどうしても家を出なければならない。これも最初の時もある程度理解はしていたが、実感はなかった。今回は……二回目だ、十分に理解もしているし実感もしている。
「スィゼは頭がいい。だからそこまで心配するほどではないだろう」
「ま、スィゼならなんでもうまくやるさ。今までいろいろとやってきたからな」
下の兄であるジェフィ兄さんが少し棘のある言い方をする。まあジェフィ兄さんからすれば、賢しく様々な実績を残してきた俺の方が優秀だから自分が家を出なければならなくなる可能性というものがあるかもしれないと考えたのだろう。自分が他よりも頭がいい、というのは自惚れでないと思っている。なんだかんだで前世で学んだ学校教育は相応に優秀だ。
もっとも……ジェフィ兄さんは田舎の閉鎖的な空気というものを軽視している。閉鎖的なコミュニティにおいて例外というものを作るのは難しい。一度作れば別の家庭でも誰が残るかという問題が起きてしまう可能性がある。そういった不和の可能性を考えれば、優秀だからと言っても三男以下の子供を残す選択をするのは難しいだろう。そもそも、そうするつもりならば今までジェフィ兄さんを残していただろうか。そこまで考えつかなかったというのもあるかもしれないが。
「ま、スィゼのおかげで収穫がよくなった……っていうのは確かにあったけどね」
「それ以外にもいろいろとやっていて大変なことにもなったけどな」
色々と農業的に使えそうなものを畑の一角で試させてもらったりした。成功ばかりを良いように語られるが相応に失敗もあった。ある程度知識があったからこそ大きな失敗にはならなかったし十分に成功事例も作れたのだが。それでも失敗したときは結構大変だった。
「家を出ていくにあたって、当たり前だけどお金もなく追い出すなんてしないよ。ほら」
どさりと硬貨の詰まった巾着が渡される。田舎ではこういった硬貨はあまり使う機会はないため、今の自分のような家を出る子供用だ。一応旅商人の商品を買う場合用のお金として使うこともあるが、主な用途は子供に渡すことだ。結構ぎっしりと詰まったものだ。農家の子供では普段触れる機会のない硬貨の重みを感じる。
「これ、少し多くない?」
ゼク兄さんの時はここまで硬貨が詰まっている感じではなかった。
「あんたには世話になった……って言い方は変か。あんたのおかげで収穫がよくなったのがあるからね。その分だよ」
子供のしたことは子供の評価ではなく、家の評価になる。自分のした努力は家の結果として残るが自分には返ってこない。正直当時は少し悔しく思ったが、こうして家族が旅立ちの時に返してくれた。それは少し嬉しい。
「そうなんだ。ありがとう」
本来ならもっと嬉しそうに言うんだろう。一応嬉しそうに言ってみたつもりだけど少し声が固くなる。最初の時のサプライズ的な物だったらもっと驚き喜んだだろうけど、二回目だから。
そうして支度金を貰い、他にもいくらかの旅に必要なものも用意されておりそれを受け取って見送られ家を出る。家を出る前にお前が残ってくれたらよかったんだがとフェズ兄さんが言っていたが少し無神経すぎる。ジェフィ兄さんが睨んでいたが後で喧嘩したりしないだろうか。
「ふう……」
少し精神的に疲れた。今回の家での旅立ちに関しての話は二回目だった。家族にとっては最初だろうけれど、自分にとっては二回目だった。
「……夢、じゃないよな」
もしあれが夢ならば予知夢というものだろう。しかし、予知夢で一年間を経験した夢を見るだろうか。そもそも今の今まで予知夢というものを見たことがないのに成人になったその日に突然予知夢を見るものだろうか。第一あれを夢だと思うにはあまりに実感がありすぎる。
「現実だった……と考えるのがいいよな。つまり、これは……ループとか逆行とか死に戻りとかそういうの……かな」
旅路はただ街道を歩くだけ、街までの道のりを進むだけだ。風の季節のこの時期は街道を通る田舎者が増え、それらに物を売りつけようとする商人も増える。旅路の最中にお金を使い果たす若者も時々出るらしい。あくどい商人も中に入るようで下手すれば奴隷のように連れていかれて売られることもある。何も知らない田舎者はカモにしやすい。
もっともあまりやりすぎると捕まる。田舎から出てくる若者はよく数が減る冒険者の補充になるため、相応に安全のために兵士が見回っていたりもする。そういった事情もあり盗賊や魔物もあまりでない。余程切羽詰まっていたり数をそろえていたりすれば話は別だがそうそうそんなことはない。
そういったこともあり道をただ歩くだけだ。その間に色々と現状について考える。
「なんにせよ、今生きていられるのは幸運……あの時はあの暴風に殺されたからな」
あの暴風を起こしている存在は本当に死神と言っていい。使っている武器は大鎌だしちょうどいい呼称だろう。あの暴風のような大鎌を振るい続ける姿、あれはもう一種の化け物としか思えないくらいだ。
もし冒険者となるのならば、またあれと相対することになるだろう。あの戦争がもう一度この世界で起きるとすればそうなることは確定だ。戦争時に冒険者の招集がある。それに集まらないわけにもいかないのだから。あの規模の招集だと出ない場合投獄されかねない。敵前逃亡は重罪……というわけでもないが、戦争にすら参加しないのはそういった対象になりかねない。
ならば冒険者にならない、というのも選択肢に入れるべきだが……やはりそれもまた難しい。せめてもう少し家が街に近ければよかったのだが、伝手も何もない自分では冒険者以外の道を探すのは難しいだろう。押しかけるのもありかもしれないが、自分の向き不向き的にそういったことをするのには向いていない。
つまりは冒険者になるしかないということだ。あの戦争に参加せざるを得ないかもしれないが……後方で待ち、やばそうな雰囲気になったら逃げる。そうしよう。
「ま、あれが確定した未来……とは……どうだろうな」
あの未来が絶対に起きるとは限らないだろう。そもそも単なる夢という可能性もある。あまり希望的観測にすぎるのは良くないが、そう思っておくことしか今は出来ない。せめて選択肢がもっと多ければまだやりようはあったのだろうけれど。
そう旅路の途中に未来の事と夢……前回のことを考える。そしてなぜそうなったかも同時に考えなければならない。なぜ自分はループしたのかを。あまり深く考えても仕方のないことではあるが、理由不明の死に戻りほど怖いものはない。ただ、自分の特殊性を考えれば死に戻りの原因はおおよそ推測できる。
異世界転生、そういった事例の対象である俺は一度神様に会っている。
「『お前の願いを叶えてやろう』……恐らくは異世界転生の事かとも思ったけど、もしかしてこれだったんだろうか」
死に戻り、死んでもやり直しがきくことが神様の与えたチートである。そう考えるのならば納得は行くが、ただその内容に微妙に納得がいかない。そもそも願いを叶えるとは言っているが、本当にそうしたとは思えない。自分自身、あまり自分自身の願いをわかっていないこともあるが……少なくともそれが死に戻りだとは到底思えない。
とは言っても、それが一番現実的な理由だ。少なくとも自分が生まれつきチート能力を持っていたというよりは神がこちらに来る際に与えたという方がまだ納得がいく。
「……せめてもう少し何とかなる能力の方がよかったな」
魔法とか超人的肉体とか。現実的に対処できる能力の方が使いやすい分よかっただろう、前回の苦労を思うなら。