loop18.5 老魔術師と死神
スィゼが死神により真っ二つにされる。しかしその時死神がいた場所に大量の強力な火の魔術が集中して飛来し大爆発を起こす。
「……やったか?」
老魔術師、メハルバはその様子を見て呟く。もしこのときスィゼが側にいたならば、恐らくはそれフラグと呟いたか考えたかしただろう。
先ほどの火の魔術はメハルバの使用した魔術である。スィゼが剣を持ち死神と相対する、それを決めた時点でメハルバは魔術による攻撃をすることに決めていた。スィゼは確かに剣に関して相応の実力はあるのかもしれないが、死神には敵わない。それをわかっていたから。弟子の残した死神の隙、それを無駄にしないようにと魔術を撃ち込んだ。
メハルバはそれを行ったことを少し後悔している。先ほど弟子に対し命に関して説いたのに、自身は弟子を巻き込むような攻撃を行ったのだから。もちろん既にスィゼは死んでいたわけだが、仮に生きている状態で行っていればどうだっただろう。それにあれほどの一撃を放てばその弟子の死体は消し飛んでいる可能性が高く弔うことすら出来ない。しかし……スィゼは死神によって殺された。ならばその死神を討つことこそが弔いである、そう考える所もあり攻撃したのである。
ただし、それは死神の命を奪うことができたのならば、だが。
「……躱しおったか」
地面には死神の鎌が突き刺さっており、それがぐらりと倒れかけている。その上から死神が地面に着地し鎌を地面から抜き取った。あの爆炎に襲われる前にスィゼを一刀両断した一撃はそのまま大地に突き刺さり、その突き刺さった大鎌の柄を足場にして死神は空へと逃れたのである。回避を選ぶ以上防ぐこともできなかったのだろう。大鎌を手放さなければならないほどまで追い込んだともとれる。しかし、それもほんの少しだけだったが。
「………………お前さん何をしておるんじゃ?」
敵の前だというのに死神は大鎌を振って何かを確かめている。先ほどまでの死神の戦闘の様子からはまったく見られなかった、様々な感情が混ざったような、複雑な表情。それを見てメハルバは思わず訊ねる。
「あの人」
死神が呟く。
「私の攻撃を防いだんだ」
「……それがどうかしたのかのう」
「今まで私の攻撃を防げる人なんてそういなかったよ。それも、まともに防ぐなんて、ね。ただでさえ戦闘中なのに割って入ってきてたし」
スィゼの実力は冒険者で言えば現状で銀に届いた可能性があるくらいだろう。しかしそれは総合的な判断において、単純な剣術での戦闘においては金の冒険者にも見劣りはしない。勝てるかどうかは別だが。
だが、それ以上に。死神との戦いをスィゼはなんども経験している。だからこそスィゼは死神の一撃を止めることができたのである。死神との戦いは金の冒険者でもそうそう打ち合えない。それほどのもの。伊達も何度も殺されてはいない。対死神においてスィゼは他の者を凌駕しているのである。
「あの人、知ってる? お爺ちゃん」
「誰が爺じゃ。まったく……儂の弟子じゃ。よく殺してくれたもんじゃのう?」
「魔術使うの? 当たらないよ?」
メハルバは死神にばれないように魔術を使おうとする。しかし死神はそれをあっさりと看破した。死神の言葉通り、四属性の攻撃魔術が死神へと襲い掛かるが、不意打ちと言っていいそれを宣言通り当たらない……回避した。それも、彼女がその魔術を確認する前に。
「っ……お前さん、魔術を感知しているのか」
「そうだよ。何をするかわからないけど、どう来るかはわかるからね」
魔術は発動すれば目に見えるが、その準備段階である発動前の時に確認することはできない。魔術師でもなんとなく魔力の動きを感知するということはあるが、それでも死神のようにどこに魔術が来るか、どういう魔術が来るかなんてわかるはずがない。死神のそれは異才、異能とも呼べる異常能力である。
「ね、お爺ちゃん。他にさっきの人くらい強い人はいる? 私、強い人と戦いたいから」
「我が弟子はそこまで強くないはずなんじゃがな」
そんなのんびり会話をしているというのに、二人の間では魔術による攻撃が飛び交っている。メハルバから死神へ魔術による攻撃が行われ、その全てを死神は回避している。先ほど死神が大立ち振る舞いをしたせいか魔術師はもうメハルバしかいない。後ろには騎士たちがいるが、彼らはメハルバが負けた時のためにいつでも戦えるよう戦闘準備をしている。メハルバを見捨てるようで残酷な話かもしれないが、彼らの役割は王族を守ること。既に敗北と言ってもいい状態だが、それでもまだ彼らは逃げることができないでいる。
戦争終了はあまり明確な取り決めというものはないのだが、今回まだ始まって夕刻にもなっていない状態。戦いを途中でやめるということはできず、恐らくはメハルバ達の所属する国側の王族が討たれて終わる可能性が高い。せめて夜になれば敗北を認める使者を送ることもできるのだが。
「そうなの? で、他にいないの?」
「国の近衛騎士ならばなかなか強いんじゃないのか? まあ、お前さんほど強い人間なんてそうそうおらぬよ。それは自分が分かっておるじゃろう」
「そっか。私の知ってる騎士の人、いうほど強くなかったしこっちでも期待できそうにないね」
死神は大鎌を振るい、自分に迫ってくる魔術をすべて斬り払う。切断される魔術、大鎌で弾き飛ばされる魔術、ばらけて飛散する魔術、すべてがあっさりと打ち消される。
「じゃあ、ごめんねお爺ちゃん。もう死んでもらうから」
「っ! 防壁よ!」
死神が一気にメハルバに近づく。もうこれ以上はなすことはないということだ。咄嗟に呪文を唱え魔術による防壁を作り出す。咄嗟だったためそれほど強固ではないが、一撃だけ死神の攻撃を防ぐ。スィゼが死神の攻撃を防いだ時に負けないほどの防御力だ。
「わ、お爺ちゃんもやるね」
「させん!」
さらに死神が防壁に攻撃を加える。防壁は罅割れ破壊されるが、その僅かな隙にメハルバがさらに防壁を作る。先ほどのように咄嗟のものではなく、力を込めたもので何枚も作り出された。防壁を相手にした死神は追撃が遅れたため、それらの防壁を相手しなければならなくなった。そしてその間にメハルバはさらに複数の防壁を重ね、死神の攻撃を届かないように防壁の外へと彼女を追いやる。
「もう、面倒だなぁ」
一撃で破壊できないため一々壁を相手にしなければならず死神は大きくため息をつく。
「あ」
「これだけたくさんの防壁で囲めば逃げられんじゃろう。上も塞いでおいたのでな」
死神の周囲に無数の防壁が張られている。防壁の結界ともいえるほどの大量の防壁で、何重にも張られているため実に破壊するのが面倒くさい。
「容赦はせん。まだ若い未来のある子供かもしれんが、やりすぎじゃ。ここで終わらせてやろう」
「そっか」
これから殺すと宣言されているのに死神は特に気にした様子はない。がちがちに固められた防壁の結界は死神の近くまで及んでおり、その動きを阻害しまともに腕を振ることも難しくなっている。
「もう、面倒だなぁ」
そう死神が言うと同時に、ゆらりと魔力が死神の持つ大鎌に集中した。それを、メハルバですら感知できる……いや、他の魔術師でも、もしかしたら魔術師でない者でも感知できたかもしれない。何故ならそれは見ることができるくらいのものだったから。
「なっ!? 黒色の光!?」
死神の持つ大鎌、その刃の部分が黒色の光を帯びている。膨大な魔力がそこに集中していた。
「その大鎌は神鉄製かっ!? しかし神鉄は魔力を拒絶する性質が……お前さん先祖返りかっ!!」
「あ、わかるんだね。そうだよ」
この世界に特殊な金属は三つ存在が確認されている。世界鉱、神鉄、魔銀である。このうち世界鉱は実在を確認されておらず、実在の確認されている神鉄と魔銀のうち、硬度や性質から神鉄の方が優秀であるという見方をされている。世界鉱の性質は不明だが、神鉄と魔銀の性質は判明している。前者の神鉄は魔力を弾き受け入れない、魔力との親和性が低い。後者の魔銀はその逆で、魔力を受け入れて金属と融和する性質を持ち、魔力との親和性が高い。性質的に真逆であるため明確に性能を区別できるわけではないが、真逆ゆえに硬度で優秀さが判断されていると言える。
この神鉄だが、魔力を受け入れない、拒絶する性質は強くすることは可能と言われているが、その逆で受け入れて利用するなどということは現在の技術力では難しいと言われている。
だがこういった物事には例外がある。そのうちの一つが先祖返りと呼ばれる特殊な存在と、その存在の保有する魔力。武器の加工の問題もあるかもしれないが、彼らの持つ魔力は普通のものとは違い、例外的な扱いがされている。
「じゃあ」
死神が少しだけ腕を動かした。大鎌が触れた防壁を破壊する。魔力を拒絶する性質を神鉄を持つと言われても触れただけですでに発動した魔術を破壊できるわけではない。死神が魔力を籠めてその性質が増幅されているような状態なのだろう。それゆえに触れるだけで破壊されてしまう。単に性質だけでなく、籠められている魔力の大きさも影響しているのかもしれない。
「終わらせるね」
一振り。
大鎌が振られ、それにより一気に周囲の防壁、結界のように張られた全てが破壊された。その余波でメハルバが吹き飛ばされ、少し後ろに押された倒れる。単純な大鎌の一振りであるというのにそれだけでこの破壊力。死神の持ちうる力は絶大である。
「何か遺したい言葉はある?」
「そうじゃのう……」
考え込むようにし、メハルバは時間を稼ぐ。そして一言。
「死出の道を案内してくれんかの」
自死も覚悟した自分を中心とした大爆発の魔術。それを発動しようとした。
「ごめんね、それはできないかな」
しかし発動前にそれを死神は感知し、大鎌でメハルバの命を刈り取った。
「はあ、残念。もっと、もっと、もっと強い……強い人と戦いたい」
死神は残った騎士達へと視線を向ける。既に先ほどまでの表情の変化は見られなくなっており、どこかその目は無機質なものになっている。
「強い人いるかなぁ……」
彼女の役割は相手の国を壊滅状態に追いやること。それを頼まれており、戦場で暴れている。ついでに王族も潰してくれればいい程度の指示だ。別に彼女はその指示を全うする必要もないのだが、強い相手と戦いたいという願いもあり、大人しく言われた通りにしている。
そして指示を全うすべく騎士達へとその歩みを向ける。自分の求める、自分よりも強いかもしれない強者がそこにいることを期待して。