loop18 魔術師達の戦場
いつもの戦争の日が来る。ただし今回は自分は冒険者達のいる最前線での参加ではない。戦争において戦線に配置される各人員は、最前線は冒険者、その後ろに兵士達、さらに後ろに自分達魔術師、そして一番後ろは騎士達とその騎士の護るべき王族。そういった配置となっている。
戦争において魔術師達はその魔術による大規模高火力の攻撃を行う役割を持つが、乱戦状態では行えないということもあって最初に使うことが多い。しかしこの戦争においては死神が一気に突出して冒険者達と交戦するためか、出鼻が挫かれ魔術を使うと言うわけにはいかないようだ。魔術師は対人戦闘慣れしていないのもあるかもしれない。
死神は相手の戦列に含まれるのか、それとも死神だけが出てきている形だから別に扱うべきなのか。交戦状態と言っても相手側の戦力は完全に出てきていない。しかし攻撃していいものか判断できない。そうしてどうするべきか悩んでいる間に死神に冒険者たちが刈り取られる。その状況を魔術師側、つまりはその現場にいない状況で見るのは初めてだ。
「恐ろしいのう……」
師匠が厳しい顔つきで死神が猛威を振るっている状況を見ている。あれだけの戦力への大打撃は魔術師でも難しいものだろう。そういったこちら側の被害もあるが、それ以上にあの戦闘能力を見ての言葉なのかもしれない。
しかし……今、魔術師達で死神を攻撃できないものか。あのまま何もしなければ犠牲者は増える。今死神を倒せれば、多くの犠牲は出るかもしれないが死神は何とかできる。そう思ってしまう。
「師匠」
「何じゃ?」
「今あの死神に攻撃できないんですか?」
師匠の雰囲気が変わる。目を細めてこちらをじっと見つめてくる……空気が冷たい、寒い。
「今攻撃するのであれば周囲の者を巻き込むぞ?」
「……多少の犠牲には目を瞑ってもいいのでは」
「スィゼ」
言葉の途中で名前を呼ばれた。咎めるような、そんな強い呼び方で。
普段師匠はあまりこちらを名前で呼ぶことが少ない。大体は弟子やお前さんなどで呼んでいる。名前を呼ぶのは、師匠がそう呼ぶべきだと思った時……より自分の意思を相手に伝えるつもりがある時。そう考えると冒険者時代に名前で呼ばれた時があったけどあの時は色々と認められていたんだなと思う。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。師匠が怖い。
「スィゼよ。お前は自分が何を言っておるかわかっておるのか?」
「…………」
「戦いを有利にするために犠牲を許容する、少ない犠牲で最大の戦果を出せるのであれば犠牲を出すことを推奨する。そう言うのか?」
厳しい言い方だ。言っていることの意味は分かる。犠牲を出してでも、無理やりにでも勝ちを拾う。それを積極的に行うのは間違いだと言うことだろう。だが、あの死神がいる。それをどうにかするのであれば……師匠はあの死神の強さを知らない。
「でも……あの死神はどうにかしないと」
「スィゼ。お前さんが魔術師になる前に何になるつもりであったか覚えているか?」
「……冒険者です」
「お前は自分があそこにいたとしても同じことを言えるかのう?」
自分は死んでもループするだけだ。だからそこまで自分が死ぬことは気にならない。だけど、仮に一冒険者として考えるなら……自分を犠牲にしてでも死神を倒してくれとは言えない。
「言えません」
「当然じゃな。自分を巻き込んでもいいから攻撃しろなんて思うものはそうおらん。自分から言い出すのならばまだしもな。魔術師達が最初に交戦しておらん時に攻撃するのは味方殺しをしないためじゃ。命は軽々しく扱っていいものではない」
「……っ」
その言葉は正直自分にとってはきつい。そして、あらためて思うのは自分の命が軽い扱いになっているが、同時に他人の命も軽い扱いをしていることはかなり大きな問題だ。思い直すべきである。
それに……あそこにはクルドさんたちがいる。彼らを巻き込んで……彼らごと死神を殺せ、なんていうのはやってはいけない。そうだ、それは自分の目的に反する。駄目なことだ。
「そもそもじゃ。冒険者達は何故戦争に参加しておるのか? それは国が招集して参加しろと命令したからじゃ。招集そのものはギルドがしておるが、それを命じたのは国。そしてその国に所属する魔術師が冒険者を巻き込んで戦争に勝とうとしたことを冒険者たちはどう思う。自分たちを犠牲にして戦争に勝つことを国が実行した、自分たちは捨て駒か何かで死んでも構わないとおもわれているのではないか、そう思うかもしれん。そうすると国や魔術師達に不振や疑念が生まれることになろう。当然ギルドにもな。ギルドも冒険者を犠牲にする国に不信を抱こう。そうして国中に問題が広がればどれほど大きな災禍がおきるか……」
ギルドの冒険者は国への陳情として持ち込まれた物事を依頼として受けている。仮に冒険者が国に不信を抱けばギルドでの依頼を受けようと思う者は減るだろう。また、ギルドも国に不信を抱けば陳情を持ち込んでも依頼として冒険者に受けさせないかもしれない。そうなれば国へ持ち込まれた陳情の処理がかなり大変なことになる。他にもギルドが無くなる、冒険者がいなくなることがどれほど大きな問題に発展するか……考えるだけでも大変なことだ。
ギルドでの冒険者が受ける依頼は殆どが国への陳情である。国はギルドに自分たちへの陳情を預けその解決を任せている。もしそれが正常に機能せず国が受け持つことになれば大変だ。諸々の事柄を拒否しそれらの陳情を出す所に任せきりにしてもいいが、それが国に起きている問題のいくらかを放置することになるだろう。国だけで何でも対応しきれるはずもない。
「でも……このまま放置では結局犠牲が増えるだけじゃ……」
「わかっておる。しかしこちらも迂闊には手を出せん……」
犠牲が出るのがわかっていても、冒険者を犠牲にしてでも倒すと言うことはできない。魔術師の攻撃は威力を高めると規模も大きくなる。ゆえに迂闊な攻撃は出来ない。だから何もできない。
それを師匠も理解しており、苦々しい表情で睨んでいる。
「……どうにかできないですか?」
「できん……少なくとも儂らだけで判断していいことではない。仮に儂らだけで勝手な行動をしたということで攻撃するのも駄目ではないかもしれんが……それで事態が好転するかは正直わからん状況じゃ。そもそも、あれに少数での魔術攻撃が通用するかわからんからな」
一度魔術を使って戦ったことを思い出す。銅の魔術とはいえ、あっさりと両方回避されていた。こちらが弱く、魔術師も自分しかいなかったから容易く見切られたというだけかもしれないが、それと同じように少数での攻撃では回避される可能性は確かにある。
「…………」
「まあ、意見は色々とあるじゃろう。しかし、切り替えよ。準備を行え」
「え」
「来るぞ」
もう冒険者達の数は大幅に減り、死神を抑える冒険者の層は薄い。そして死神の通った道が血と肉で彩られている。すぐに残った冒険者達も同じような結果になり死神が突破してくるだろう。
冒険者の後ろには兵士たちがいるが、兵士の数はそもそも冒険者の数よりも少ない。兵士と騎士の違いは外に出るかでないか。兵士は主に治安の維持、警察機構、街の護りを行うのが主にあり、危険な魔物の対峙などは騎士や魔術師の役割だ。つまり兵士は実戦経験が少ない。そういうこともあって戦場で見る彼らはかなり及び腰だ。まあ彼らの数が少ないのは戦争中の街の治安維持などの役目もあるからなのだが。
と、そんなことを考えている間に既に兵士達が蹴散らされた。死神がこちらの攻撃範囲までくる。魔術師達と兵士達の間は少し広めにとられている。魔術の攻撃は派手で大規模だ。近場に来た敵に攻撃しやすいようにされている。場合によっては兵士を犠牲にすることもあり得る……らしい。冒険者とは違い、彼等は国に所属しているから。まあ積極的に犠牲にすると言うわけでもないが。
「放てっ!」
白鋼の魔術師である師匠の魔術、多くの金の魔術師達の魔術、自分も含めた大量にそろえられた銀の魔術師の魔術が、多種多様の魔術が弾幕のように死神に殺到する。攻撃威力、範囲が共に高い炎の魔術を主体に土や水、氷や風、様々な攻撃魔術が打ち出される。一発だけではなく連続で二発三発と打ち出したり、追跡や誘導性のあるもの、散弾などの魔術も使われている。
死神はそれらの魔術を一目見る。それだけだ。死神は小さく、小刻みに、跳び、跳び、跳ぶ。
「なんという出鱈目じゃっ!?」
師匠が驚く声を聞くのは極めて珍しいことだ。しかしその気持ちは自分も理解できる。魔術の弾幕は死神に降り注ぎ、それを回避できるようなことはないと思っていたが、死神は小さく動きそれらを回避した。誘導性のある攻撃や回避先にあったものなど、回避できそうにないものは的確に斬り払い撃ち落としている。
そしてそうやって避けながら、一気に魔術師たちの一角に近づいた。そして大鎌を一閃、魔術師達も防ぐ余裕がなかったためかその攻撃の先にいた者は血と肉に変えられた。魔術師達はどうしても近づかれると弱く、咄嗟の防御も慣れていない。そちらの性能は低いのである。
たった一撃で一角は壊滅し、そして一度懐に入られれば攻撃に移るのは難しい。冒険者、兵士の時と同じ。さらに言えば魔術師が減ることで弾幕量が減れば攻撃が当たる可能性も減る。
「何と恐ろしい相手じゃ……」
師匠が呟く。魔術師達は冒険者や兵士以上に草を刈り取るかの如く大鎌で切り払われている。そしてその矛先は魔術師達……つまりは自分たちも含まれているわけで。
「師匠、来ます!」
「攻撃の準備を……」
「いえ、俺は行きます」
身体強化を使う。銀の魔術の身体強化となり銅のころよりはそれなりに強化されているのが分かる。まあ肉体の鍛錬は魔術師の仕事もあって完璧とはいいがたいが、魔術の方はもう完璧に修行した。これでちょっとはましなものとなっているだろう。それが今回の大きな成果と言える。
「お前さん、何を」
「魔術師は魔術しかできないわけじゃないでしょう」
魔術は手段。武器。どんなものも扱いよう、それ一辺倒でいる必要はない。剣を抜き、師匠に見せる。今まで剣を持っていることに妙に思われていたが、役に立つところは見せれるだろうか。こんな戦い方も一つの魔術師の戦い方なのだと。
「行くぞっ!」
既に近くにいた死神へと向かっていく。死神の表情はどこか無機質に見え、喜びも怒りも悲しみも、戦争でたくさんの人間を殺して何か思っている姿はみたことがない。どうして戦争に参加しているのかは知らないが、それを気にするほどの余裕はない。そもそも敵だ。考える必要はないだろう。
死神の懐に入りこもうと近づいたところで大鎌が振り下ろされる。今まで何度も、何度も繰り返して受けてきて学んだ大鎌の軌跡、そこに剣を差し込んで攻撃を防いだ。大きな金属音が響き、死神が振るった大鎌が止まる。
目の前には死神の顔がある、彼女の顔がよく見える。きょとんとしたような、驚いた表情。感情があるのかとも思うその表情、その心情はこちらにはわからないが、自分にとって初めて行えた大鎌による攻撃の防御、その嬉しさは半端ないものだ。攻撃を防ぐ一手を成功させた、その事実に嬉しく思い歓喜していた。それがよくなかったのだろう。相手の精神的な復帰は早く、大鎌を剣に滑らせて跳ね上げた。その大鎌は自分の真上に。
「スィゼ!」
師匠の声を最後に聞いて、大鎌が振り下ろされた。死んで次の周回に移る前に、少しだけ、周囲が爆炎に包まれる光景を見て、意識はぷつりと消えていいった。