loop17 銀色の輝き
ループによって肉体は常にリセットされる。そこから一年間の修行において肉体を完璧に鍛え上げてもそれにはどうしても限界が存在する。そもそも一年鍛えただけじゃ肉体の完成度はそこまで高くはないだろう。せめてもう少し上の年齢だったら、時間的余裕があったらまだ話は違うかもしれないが。どうしても一年間という縛りではどうしようもない限界点が存在する。
なので現状鍛えるべき事柄は肉体に依存しない技術関連の方だ。しかしそれはそれでやはり限界が存在してしまう。
まず剣の技術は例の冒険者チームで可能な限り教えてもらったが、そもそも彼らも剣のプロではない。そして彼ら以上のものは現状出会っていない。どうしても初心者冒険者という立場では信用が足りていない。相応に信用してもらえるようにならなければ新しく学ぶ相手を見つけることは難しいだろう。
魔術に関しては現状剣の技術よりも厳しい。どうしても魔術は魔力量という限界が明確に存在するからだ。また、魔術では師匠として教えを請う相手を作れない。自分なりに色々と努力して多少の魔術は扱えるようになったものの、それだけだ。色々と努力したが銀の魔術は扱えなかった。あの老魔術師ならば話やすいのだが、残念ながら銅の魔術師では弟子になれない。
「冒険者崩れ三人を倒してギルドに向かう。この後どうするか…………」
今ではもうギルドに向かう前に先に冒険者崩れの三人を毎回殺している。もはや大分彼らの殺人に対し悪感情が薄れて一種のルーチンワークに近い状況になっていた。これはかなりよくないのではないかと思ってきている。でもやるしかないのでどうしようもないのだが。
いつも通りギルドに登録をし、その流れで魔術師教練受付に向かう。あの老魔術師に色々と話を聞くのは参考になるので最近は結構こちらに寄って講習を受けることが多い。
「あれ?」
いつも通りにやったのだが、玉は黄色ではなく銀色へと変化した。おかしい。
「銀ですね。少しお待ちください」
受付の人がぱたぱたと少し急いで奥へと向かう。いつも講習では銅の魔術師ばかりが受けていた。単に銀の魔術師は市井にあまりいないからと思ったが、この様子だと銀の魔術師はもしかしたら扱いが違うのかもしれない。いや、そこは今はいい。何故玉が銀色になったかに関して考察しよう。
魔術師のランクは銅、銀、金の三種。それ以上の魔術師のランクもあるようだが数は少ないし自分にはかかわりないことなのでそのことはどうでもいい。この魔術師のランクというものはこの玉の色、魔力の放出量で決定される。その放出される魔力量に関して、以前老魔術師と話したように出力の調整などという技術は研究されても発見されておらず、現状ではありえないものとなっている。つまり銅の魔術師が銀の魔術師に見せかけるように出力を上げて玉の色を黄色から銀色へと変化させるのは不可能だと言うことだ。まあ、逆は可能なのかもしれないが……そこは自分にはわからないところなので今回は置いておく。
要は一度決定した魔力の放出量によるランク付けは本来変動するものではないと言うことである。もちろん前述した魔力放出量の調整さえ行えば出来るのかもしれないが、その技術は歴史に名を刻むことができるかもしれないくらいのとんでもない技術ということである。そもそも自分にそんなことはできない。つまりありえない出来事が起きていると言うことなのだ。
今まで自分の魔術師のランクは銅から変化することはなかった。しかし今回は銀になっている。出力調整を無意識に行った可能性……は恐らくあり得ないものとみていいだろう。ならば何が原因か。魔力の放出量は前提として魔力量が影響する。魔力量が大きければ魔力の放出量は増える。ならば答えは単純、魔力量そのものが増加している。
恐らく、それが一番正しい答えだろう。あらためて意識すると自覚できるのだが、なんとなく周回を重ねていくと微妙な感じだが魔力に余裕があるような感覚は確かにあった。
「ループするたびに魔力量が僅かながら増加する?」
正直それが得であるか……というと、得なのだろう。不本意だが。一度死んだら力の総量が増えると言うのはどこかの漫画作品を思い出すが……そもそもなぜ増えるのかは謎だ。だけど死ねば増えると言うのならば……何度か自殺すれば魔力総量は楽に増えるということに? いや、流石にそれはない。自殺は流石に嫌だ。そもそもそこまで命を捨てていないし軽く見てもいない。半ば死の感覚は麻痺しているのだが、それでもそこまで堕ちてはいない。いつか自分が自分を殺すことに躊躇が無くなるかもと思うとちょっと怖いな。
「お待たせしました。三日後のギルドの隣に教習施設に来てください。時間は……お昼の二の鐘がなったくらいでいいです」
「昼の……二の鐘ですね」
いつもの講習よりも遅い。ということはやはり講習に参加するわけじゃないのか。
「はい。あ、それと……それまで自由にしててもいいのですが、あまり依頼は受けないようにしてください」
「……何故ですか?」
依頼を受けるな、ということはどういうことなのだろう。
「……銀以上の魔術師は冒険者ギルドから国に引き抜かれるんです。だから死なないでほしいから、ということです」
「え……でも、冒険者にも銀の魔術師はいると思いますけど」
「はい。引き抜きをかけられますが絶対に国の魔術師にならなければならないというわけではありません。ですが、普通はそのまま国の所属になるんです。冒険者は先行き不安ですから……安定した国の職業魔術師になったほうが安定して給料もいいですし。冒険者に残るのはよっぽど酔狂か何か目的のある人ばかりなんです」
確かに命の危険がある冒険者よりも、おなじ魔術師ばかりが周りにいて危険度でいえば低そうな国の魔術師の方が安心度合いも高いし給料的にも安定するし楽なんだろう。まあ、彼ら魔術師が出てくるのは冒険者とかでは相手にできないような危険なものが相手だが、それでも一斉に魔術を使えば倒せるのが殆ど、そういうこともあってかなり楽そうだったし。
「あ、もしかしてお断りします?」
「ちょっと気になっただけです。そういうわけじゃないですから」
「……そうですよね」
受付さんが小さくため息をつく。まあ、銀の魔術師を冒険者としてほしいのだろう、ギルドも。残念ながらそれは諦めてほしい。こちらは可能な限り色々とやって限界が見えてきた状態だ。今回銀の魔術師という新しい道が見えたのだからそちらに進んでもいいだろう。まだあの死神に届かせるには手が足りていない。今回新たに増えた銀の魔術という手立て、これがその一手になればいいのだが。一年でどれだけ学び試すことができるのかわからない。それでもやれるかぎりはやろう。
いつもは講習を受けている日だが今回は受けずに昼の二の鐘が鳴る頃に来ている。もちろん少し早めに。待っているといつもの講習してくれる老魔術師が来た。
「もしやお前さんかのう? 銀の魔術師の資質があるというのは」
そう言って老魔術師は手を差し出した。俺はその手に銀色の硬貨を渡す。いつも貰っている硬貨は黄色だが、今回は銀色のを貰った。講習を受ける時とは違い銀色はきちんと証明がないとだめなのだろう。まあそれもそうか。
老魔術師は銀色の効果を受け取り小さく頷く。
「うむ。お前さんのようじゃな。まず先に言っておくが、国の所属の魔術師になる場合お前さんは冒険者を辞めることになる。国の所属から離れぬ限り冒険者業は出来ぬが、それでもよいか?」
「……はい」
冒険者というものに未練はあるものの、それ以上に銀の魔術を学びそれを死神打倒につなげたい。そもそも今回で勝てるとはとうてい思えない。だから次へとつなげる一手にしたい。少し死ぬことをあっさりと見ている気がするが、銀の魔術を一年学んだだけで勝てると確信できるほど甘い相手ではない。
「覚悟があるのならばよい。冒険者登録に関してはこちらで処理をする。で、お前さんの今後じゃが……ふむ、そうじゃな……」
じいっと老魔術師はこちらを見定めるように見てくる。
「儂の弟子が最近卒業し自立して儂には弟子がおらん。ちょうどいいのでお前さんはこれから儂の弟子になってもらうとするかの」
「……はあ」
「なんじゃ気の無い返事じゃのう。まあ、他の者の弟子になりたいと言うのであればこちらからそちらに紹介してもよい。お前さんの魔術への心掛けがどのようなものなのか次第じゃな」
そもそも魔術に関して詳しくないので誰の弟子でも大して変わらないような気もするが。だけど……この老魔術師なのだが、この人は知識の探求や魔術の研究が仕事、自身の魔術師としての主題であるようで、そのせいで弟子がすぐに別の師匠を求めて移るらしい。そんな感じの愚痴を何度か聞いた覚えがある。自分としては欲しいのは技術、強力な魔術だが……だけど、銀の魔術師だ。むしろこの人の行う探求や研究で銀でも実力をつけられるのならば。また、学んだことを利用して一人でも魔術の発展や開発ができるのならば。この老魔術師に教えを請うのも悪くないだろう。この人とは何度か話して人となりもわかってる。いい人なんだ。
「ま、銀でやれることはそれほど多くないんじゃがのう」
「えっ」
銅でも冒険者としてあれだけ色々の物ができると言うのに、魔術師としては銀でもやれることが多くないと言うのだろうか。大いに疑問である。いや、もしかしてこの人がそう感じているだけ……つまり銀でも大したことがないと見れる実力者ということなのか?
「一つ聞いてもいいですか?」
「うむ。かまわぬよ」
「……そちらの魔力量って」
「師匠と呼ぶがいい、弟子よ。ふむ……そうじゃな、名乗ってもおらんかったな。儂はメハルバ・ケルネオス。この国一番の魔術師じゃ。儂の魔力量じゃな? 白、白鋼。金よりも上の魔術師じゃよ」
「っ!? 白!?」
魔術師のランクは銅、銀、金。普通はこの三つでいい。しかしそれ以上の実力も存在する。そのうちの一つが金の上にある白鋼。もっと上もあるが、それこそそこまでのものは伝説とか歴史とかのレベルになる。
「儂の実力がどの程度かはそれでわかるじゃろう。さて、お前さんも名乗りなさい。人に名乗らせて自分が名乗らぬのは失礼じゃないかな?」
「あ、はい。俺はスィゼです……よろしくお願いします、師匠」
「うむ。よろしく頼むぞ弟子よ」
そうして自分は白鋼の魔術師となった。
師匠の弟子となったが、魔術師としてやる仕事は多くない。そのおかげで自由な時間が多いのはありがたいことでその間に身体強化の魔術とそれにあわせた肉体の鍛錬、新たな魔術を用いた戦闘訓練などを行うことができる余裕がある。
正式に魔術師となって新しくやったことは銀の魔術を覚えること。本来ならば銅の魔術を覚える必要があるが、それはすぐに使えるようになってさっさと通過した。これから先使う頻度も多く扱いやすい身体強化を先に教えてもらおうとしたのだが、そもそも身体強化は有用性が低く使いにくいことから渋られる。しかし相手の性格は理解している。逆にだからこそ研究の価値がある、実践調査の余地があると言いくるめなんとか早めに教えてもらった。その後も他の銀の魔術教えてもらったり、改良や改修、新しく作ったりを試しながら使える魔術を増やす。
また、そういった魔術関連以外にも武器の入手を余裕のある時間に行った。これに関しては国の所属の魔術師ということもあって融通が利き、今まで頼んでいたところ以上の職人に頼めるようになった。やはり信用というものは大きい。もっとも、杖ではなく剣であることにが疑問を持たれたが。
魔術を覚えた後、師匠の手伝いを主に行う。大体は研究の検証、魔術が銀の魔術師で扱えるかどうかの確認調査、魔力量の差で魔力を使用する場合の制限時間がどの程度変わるか、新しい魔術の開発草案をいくつも、などなど多種多様なことをやらされている。だがその代わり他の魔術師のように魔物を相手に討伐に出向いたりはしていない。まあそのぶんこちらが忙しいのでどっこいだが。でも、意外と大変ながらも楽しいので自分にとってはそれほど苦ではない。こういった使用訓練や検証の類は一人でもやっている。
そうやって師匠の下で新たな魔術を学び、実践的な扱い方を試しながら死神打倒に向けて学び鍛え……あっという間に一年間が過ぎた。そして風の季節、いつも通り戦争が始まる。