loop16 ループの限界
結局前回も死神との戦いは力負けという結果に終わった。全力で鍛えに鍛えそれ以外をかなり削って挑んだがそれでもまだ足りていない。
「……単純に自分だけで鍛えてもだめかな」
自分の鍛え方はあくまで個人で考えた鍛え方だ。ただ自主的なトレーニングを頑張っただけということであり、その手のプロに師事したわけではない。つまりまだまだ無駄を削ったり、自分に最適な体の作り方や鍛え方ができていない可能性は大いにある。もっとも根本的に鍛えられる時間の余裕が足りない可能性もあるが、そう考える前にできる限りやれることをやろう。
他にも単純に体を鍛えるやり方以外の方法を模索することも必要かもしれない。わかりやすいもので言えば剣の技術とか。今の剣の扱い方は我流で感覚的なもの。あの大鎌をただ受けるわけじゃなく、技で逸らしたり防ぐ際に力を分散したりできる可能性もある。そちらを考えてみるのもありだ。
また肉体面だけでなく魔術方面も考えてみるべきだ。現状では魔術は一度ギルドで案内された講習を受けただけ。あれ以上のものを受けられるかは不明だが、講習の時に教えてくれる人に色々と聞いてみるのもありかもしれない。駄目ならば別の方法を考えればいいだけだ。
「ひとまず前回と同じ、あの三人を殺す……自分で言っててどうかと思うけど、やっぱり積極的に殺しに行くって言うのはなあ」
未だ必要だとしても人を殺す事にはなれない。相手が悪人、人殺しのような相手でも、自分を殺そうとする相手でも、大切な仲間を殺す者でも。 それが最も有効で最適な解答ではあるが、やはり他に手はないかとも思う。確実にクルドさんたちを生存させることができ、そもそも他の誰かを襲うのに変わるだけなのだから単なる逃げでしかないだろう。自分の手を汚したくないだけ、それは自分自身が一番理解している。
のは、と思ってしまう。
「…………はあ」
気が重い。いつか人を殺すことに戸惑いや躊躇がなくなって無感情に殺せるようになるのではという恐怖がある。死ぬことに恐怖や忌避を抱かなくなったのと同じように。だからせめて、この気持ちを忘れないように。いつまでそうできるかはわからないとしても。
冒険者崩れの三人を始末しギルドに来た。そして魔術師教練受付に向かい魔力の診断を行う。別段前の時と変わりない内容で、以前と同じく効果を受け取り講習を受ける。
冒険者としてやることは今までのソロ活動と変わりない。問題はその間何をするか、どうするか。どうやって剣の技術を学んだり、良い体の鍛え方を学べるか。ギルドではそういったことに対する補助はないし、相談窓口のようなものもない。ギルドに個人で依頼を出すということを考えてもいいが、それは色々と試してから行うことにしよう。一応ギルドにある依頼は国への陳情として出されたものである。街の依頼もあるので何でも受け付けてくれるのではないかと思う所だが、個人の依頼をどの程度受け付けてくれるかはわからない。
そういったことを街中で依頼をしながら考え、時々調べて時間を潰しすぐに魔術の講習の日となった。以前と同じ日、同じ教師、同じ内容。こういった部分は恐らく何度ループしても変化することはないのだろう。せいぜい受ける人間が増えることで向こうの手間が増えるくらいだろうか。
授業を終え、講習を受けていた冒険者が出ていく。教師役の老魔術師は出ていく生徒を気にする様子もなく部屋に残っている。
「ふむ? お前さんも冒険者の仕事があるんじゃないのか?」
「……えっと、すみません、聞きたいことがあるんですがいいですか?」
老魔術師はこちらが質問してきたのを面白そうに笑う。
「ほう。お前さんは冒険者者が魔術について興味があるのかのう? 魔術の知識、その神髄に近づこうと思う教え子が出てくるのは嬉しいのう。お前さんがせめて銀であればよかったんじゃが、銅じゃからのう……まあ高望みしてもしかたがない。聞きたいこととは何かな? 儂に語れることであれば教授してやろう」
老魔術師はかなり嬉しそうだ。こういうことは普通面倒に感じるものだと思うので少し戸惑う。言葉を聞く限りでは恐らく魔術の知識を学ぼうとする人間が少ないのだろうか。まあ冒険者のように技術だけを扱えればいいという者がおおいのだろう。老魔術師にとっては知識を深めるほうが重要なのだろう。それはさておき、聞きたいことを聞くことにする。時間は待ってくれない。
「銅の魔力量でも使える魔術師か教えてもらってませんが、銀の魔術を銅の魔術師が扱うことはできないんですか?」
「ふむ……魔術の出力については話したな? 放出できる魔力の量は総魔力量によって変わる。そして一度に出てくる量は銅、銀、金と上がっていくが同じランクであれば誰であっても同じ量となる。これは魔術師教練受付で魔力を確認する時の玉でも一緒じゃな? あの玉は魔力放出量で色の変化が起こる。独特じゃが、その変化が一定であること、そして同じ色の者であれば使える魔術は同じとなる。これはそれぞれのランクで使える魔術を確認したうえで統計的に判別されてはおる。つまり魔力の放出量はランクに依存する。銀の魔術は銀の魔力放出量を出せなければ扱えない。ゆえに銀以上しか扱えないのじゃ」
「……その放出できる魔力量を増やす、ということはできないんですか?」
魔力量が扉を押す力になるのであれば、量でなくとも勢いを強めれば扉を開くことができる可能性がある。押し出す力を強めれば魔力放出量を増やすことができるのではないか。
「そういったことを今までの魔術師が考えたことがないとでもおもうかの?」
「……いえ、流石にそれはないですね」
「その通りじゃな。もちろんすでに研究されておる。そしてそれができるのであれば儂は教えるじゃろうな。冒険者であろうと使える魔術は多い方が国にとっていいからのう。それがどういうことかわかるじゃろう?」
「研究してもやり方を作れない、見つけられていない……」
こちらの言葉に重々しく老魔術師が頷く。まあ簡単に銅の魔術師が銀の魔術を使えるようならランクによる明確な差というものがあるわけもないか。一応そのやり方が秘匿技術であるという可能性もあるが……まあそうであるならばどちらにしても教えてはもらえないだろう。結局自分はその手のことが不可能ということだ。
「前提としてお前さんは自分の魔力の流れを操れるのかのう?」
「……いいえ」
「魔力の多寡はランクの変化、使用できる魔術の量に影響する。使用時間は伸びることはあっても威力は調節できん。銀や金であれば、下のランクの魔術を使う形で威力変化は出来るが、それは結局同種の魔術を別のランクにして調節しているように見せかけているだけじゃからな」
ランクの変換は出来る、というのもよくわからない話だが。とりあえず銀以上でないとわからないことなのだろうか。
「……つまりは銀の魔術を銅で使うのは不可能であると?」
「そうじゃ。じゃが、魔術自体が使えないわけではない」
「……? それはどういう?」
どういうことだろう。銀の魔術は使えないと言ったばかりなのに。
「魔術の種類でも、同じ魔術でも性能を変えたり一部を削ったりして同じような魔術を開発すればいいんじゃ。まあ望んだものと同じものではないかもしれんが、使えるだけましじゃろうな」
なるほど。教えてもらっていないけど新しく使っている魔術もあるし、そういうこともできるか。でもそれは本題とは違う。ああ、そうだ。自分にとって重要なこれも聞いておこう。
「身体強化の魔術はどうですか?」
「……………」
目を逸らされる。
「身体強化は多くの魔術師、いやそもそもすべての魔術師に研究されていないんじゃ。使うものがおらんのでな。身体能力がある程度ないと使う意味もないこともあってな」
「……あれも使わないから研究されていない」
「うむ。すまんのう……」
まあ、本当に効果は高くないししかたがないかもしれない。雀の涙とはいえこちらには結構お役立ちなものなのだが。
「いえ、駄目なら駄目で色々考えます」
「うむ……こちらも少し研究してみてもいいかもしれんな。もし何か新しい発見があれば連絡をつけてもいい。名前を聞いてもいいかの?」
「スィゼです」
「ふむ、スィゼ。久々に中々話せる相手と語れて楽しく思ったぞ。最近の若者は技術ばかり高めようとしていてのう……」
それから少しの間愚痴を聞かされた。それが終わってようやく外に出る。結果として新しい力を得ることは出来なかったがそれも一つの結論である。可能性を一つ一つ潰していき、やっていこう。
魔術を扱える冒険者は珍しく、ソロはさらに珍しい。そもそも魔術を扱える冒険者事態貴重なのだが。そして魔術師は有用ということもあり、ソロである自分を他のチームが勧誘してくる。以前はクルドさんのチーム以外に加入するつもりはないと思っていた。しかし今は状況が変わってきた。ある一つの条件を満たせるならば入ってもいいと言ってある。
剣の修行をつけること、十分な肉体を鍛える方法を学ばせてもらえること。その二つを教えてもらえることを条件に出し、それをこちらが確認して満足できるならば入ってもいいと言った。もちろん嘘をついて無理やりにでも入れようとするチームもいたが、こちらもソロでそれなりにやってきたのだから簡単に言うことを聞かされるきもない。魔術を扱えるのだから並の相手では戦えない。多くの魔術を使えるだけの冒険者とは違い、こちらは呪文を唱えない無言での発動もできる。そういった力づくのところには不意打ちで攻撃して逃げさせて貰った。
当然そういう風に暴力的なことをしていると勧誘も減る。相手が悪いことの方が多いとはいえ、そういう場合でもこちらが悪いと言う風にされる。ソロは一人なので数を相手には弱い。まあそれはそれで仕方がない、構わないと思っている。そんな噂があっても誘ってくるのはそれなりに確実性が高いと言うことになるのだから。
「でもまさか……」
「んん? なんだ何か文句でもあるのか?」
まさかその相手が知っている人物のいるチームだとは思わなかった。あのでかい強面の冒険者、自分や他のソロ冒険者に色々と気を使ってくれる変わり者。まさか加入の誘いをしてくるとは思わなかった。そのうえ条件をきちんと満たしているとも。
「別に文句はない」
「なら黙ってやりな。しかしなんでそこまで自分を鍛える? 冒険者になったばかりだろ」
「……倒したい相手がいる」
殺したい、ではなくて倒したい。散々殺され仲間も散っているのに相手に対する殺意はない。そこにあるのは相手を負かしたい、勝ちたい、乗り越えたいという想い。その結果として殺さなければならないかもしれないが、それは結果的な話だ。やはり殺すことよりも、勝ちたいことが根本だ。
「そうか……ならきっちりと鍛えてやる!」
「っ!」
こちらの意思を聞きさらに厳しい鍛え方をしてくる。だが、それでいい。もっと上を、もっと強く。ひたすら勝つために、肉体を鍛え剣の技術を学ぶ。
そうして努力した。しかしそれらも、無駄ではなかったとはいえ、死神に届くものでないことを何度もループを経験し、理解してしまった。