loop12 魔術教練 その一
講習の日まで簡単に街でできるような依頼をギルドで受けて時間を潰し、ついに講習の日が来た。別に長い間待っていたわけではないが、今回初めて経験することもあって少し緊張している。
受講に関しても、一応魔術師教練受付で資質を確かめているので問題はないはず。証明となる硬貨もある。だけど、やはり不安にはなる。本当に才能があるかもわからないし。
ギルドの隣の建物の二階に上がり、上がってすぐのところにいた男性に声をかけられる。二階に来た用事に関して訊ねられたので魔術の講習を受けに来たことを話し、魔術師教練受付でもらった硬貨を見せた。それで向こうは理解してくれたらしく、それならばこちらだと部屋の方に案内してもらった。
講習を受ける部屋はそこそこ広い。しかし中にいる人数はそれほど多いわけではない。自分を含めて六人、講習の開始時間までのうちに一人来たが、他に来ることはなく朝の二の鐘が鳴った。まだ講師役の人物は来ていない。
鐘が鳴って数分くらいしてから老齢の男性……恐らく五十は超えていると思われる老爺が入って来た。老爺とは言うものの、体つきはしっかりと筋肉がついており、背筋も真っ直ぐで凛としたたたずまい。よぼよぼの老人というわけではない。
「魔術の徒となる者たちよ。儂はメハルバ・ケルネオス。この国の魔術師たちを教え導いた宮廷魔導士の長である」
入ってきた老爺はそう自分を紹介した。一応名前は噂などで聞いたことがあるのだが……随分とんでもない経歴というか、仰々しい内容である。そもそもこんなところにいていいものか。しかし魔術の徒と言われても困る話だ。大仰な。
「ふむ、受けが悪いのう。まあよかろう……魔術の才を持つ冒険者諸君。今日はよくぞ魔術の講習を受けに来た。この講習では魔術についての基本的なこと。実戦でも使える初級の魔術をお前たちに教えよう。冒険者であるお前たちにとって知識を深めるのが目的ではなかろう? この講習では主に戦闘で使う魔術、生活……野外での活動時に利便性の高い魔術に関して教えることになっている。だがそれらの魔術を教える前に、基本的な魔術の使用方法や魔力の扱い方、基本的な操作法と仕組みについて教える。わからないことがあったならば儂に聞くと良い。理解できるかはわからぬが、その頭にしっかり叩き込むのでな」
そう老爺は宣言し、魔術の授業が始まった。
まず基本的すぎることだが魔術を使うには魔力が必要だ。この魔力というのは実のところすべての人間が持ち得るものであるらしい。一般的に魔術を使える魔術師のみが魔力を持っている、と思われているようだがそうではなくて量が少なくとも全ての人間が魔力を持っている。一応極稀に魔力を持たない場合もある……という話もあるが、そういった例は今のところ一つか二つの例しか存在を確認されていないらしい。
少し話がずれた。全ての人間が魔力を持っているのにどうして魔術が使えないのか。ここで問題となるのが魔力の量だ。厳密に言えば魔力の放出量の問題である。それを判断するために使われているのが魔術師教練受付で俺が持った玉だ。あれは放出可能な魔力量を判定しているものであるらしい。魔力というのは別に魔術を使わなくともその力を放出する路が存在するらしくそこから魔力が漏れ出る。それをあの玉で検知しているらしい……話を聞く限りでは。
さて、魔力の放出量と魔力量の関係について。魔力量が多いと魔術が使える魔力放出量になるようだがなぜそうなるのか。疑問点だが詳しい内容は長くなるので必須なことだけを語られる。魔力放出はその路が存在するが、そこに蓋も存在する。無駄に出るのを防ぐものだが、魔術の使用にはこれをこじ開けなければいけない。魔力の流れは水に例えられる。川と水門、それも水門は圧力で開く複数の門であるとされ、通常はちょろちょろと水が漏れるのみだが水の量が多いと門に圧力がかかり扉を開く。その水の量が魔術師のランクとなる。おおよそ話を聞いて頭の中で整理した感じではこんな感じの話だった。簡単に話された……にしては結構本格的な気がする。
ちなみに自分の魔術師のランクは銅。これは魔術師としては最低ランクであるらしい。最低ランクと言っても、そもそも魔術を使えるだけで使えない人間とは一線を画しているし、魔術師の大半はこの銅のランクらしいのでそこまで気にすることでもない。なお、一般的な人間の魔術師のランクは鉄扱い。基本的にランク付けは冒険者と同じ感じだ。
そういった様々な話をしていたのだが、冒険者側は退屈してきたのか長い話に飽きたのか文句を言い始める。彼らにとっては長々とした魔術の話よりも実践的な魔術を学び冒険者の仕事に活用できるようにするほうが重要だ。それは向こうも理解している。
「ふむ。ここからが面白いのじゃが。では実際に魔術を使ってみようか」
そう言って老爺は指を立てる。その立てた指に部屋の中にいる冒険者たちの視線が集まり、次の瞬間火がともる。
「簡単な火付けの魔術じゃな。流す魔力量を増やす……とはいってもランク的な違いになるが、銅の魔術でこれじゃが銀だとこんなふうにもできるがの」
そう言って指先に灯っている火が大きくなる。人の顔ほどの大きさになった火が少しの間灯り、すぐにふっと消えた。冒険者たちがおおーと感心したように言う。自分も声に話していないが凄いと思った。語彙力を喪失した感じである。
「変化させるのはお前たちには無理じゃが先の小さな火くらいならば簡単に出せる」
「魔術に呪文は必要じゃないのか?」
「そう言えば無言だったけどなんでだ?」
一般的に魔術を使う場合は呪文を唱える……ことが多いらしい。自分はその手の知り合いがいないので詳しくない。
「呪文は必須ではない。冒険者の場合呪文を唱えることが多いようじゃが、それは仲間に何をするか伝わりやすいからというのがもともとの発端じゃな。まあ今では魔術の想像がしやすく、しっかりした魔術にできるということから呪文を唱えることを重視している感じになっておる。お前たち冒険者であれば唱えて使った方が良いじゃろうな」
呪文によるイメージの確立。ただ頭の中で想像するだけよりも声に出してはっきりとさせた方がどういうものかイメージを確定しやすいということだ。また呪文がそのまま魔術の内容になるなら冒険者であれば仲間に何をするか伝えることができる。避けたり追撃などの行動がとりやすくなる。もっとも相手が人間だったなら何がをするつもりかわかってしまうのでデメリットになるだろう。魔術師がいると言うことが分かるだけでも示威としては十分だろうか? 魔術師の存在がわかると優先的に狙われるかもしれないからその点は良し悪しはありそうだ。
「まずは火の魔術、次は水の魔術、次は風、土と基本的なものを教えていく。他に光や闇もあるのじゃが……使いにくいじゃろうしわかりづらいからのう……まあ、光は教えておこうかの」
そう言って老爺は火の初級魔術、先ほど見せた火を灯す魔術や火の玉を発生させる魔術を教えてもらう。加熱の魔術などもあって利用方法は多い。最初の魔術使用ということで魔力の放出の感覚がわからずすぐに使えるとはいかなかったが、わりと時間がかからず使えるようになった。それには実は最初の魔術師教練受付で触れた玉が関わっているらしく、あれで魔力の放出の誘導を受けて本能的肉体的感覚的に理解できているということらしい。
次に水の魔術。水の魔術は水の生成、水の浄化、そして治癒に関するものを学んだ。しかし治癒に関しては実際に傷つけるわけにはいかないのでどういうものかおおよそ学ぶくらいだったが。火の時でもそうだったが、魔術の使用自体はあまり行わず、主にその内容と扱う呪文を教えられる。理由を聞くと魔術の使用ばかりすると自分たちではすぐに魔力切れをおこしてしまうかららしい。銅の魔術師はそれほど魔力量が多いわけじゃない。個人差はあるようだが。
そういった話を交えつつ次は風の魔術。風はわかりやすく風を起こす魔術だけを習った。他のものもあるのだが、初級だと他にできることが少ないらしい。
そして次に土の魔術。土を固める魔術や柔らかくする魔術、物質の簡単な硬化や軟化、毒の除去。毒の除去は回復系統なのではと思ったのだが、毒性の除去は土であるらしい。謎だ。
光の魔術では明かりを生み出す魔術、眠っている者を起こす魔術などを教えられた。同時に闇の魔術に関しても話されたのだが、そちらは悪い影響を及ぼす魔術ばかりであるからと教えてもらえなかった。攻撃魔術も悪い影響を及ぼすものであると思われるのだが、直接的に相手を攻撃するのとは違いもっとわかりにくくいやらしいものであるらしい。それが教えられない原因なのだろう。
「大体は教えたのう……おお、そうじゃ。これも一応は教えておこう」
そう言って次に教えられたのはそれまでの魔術とは違うものだった。今までの魔術は何というか属性魔術という感じの自然や物質に作用する感じの物だったが、ここで教えられたのは自分自身に作用する魔術、肉体強化の魔術である。いや、正確には身体強化なのだろう。生命に作用する魔術は水に治癒があるが、それらとは違うみたいだ。そしてこの魔術の注意点。
「この身体強化じゃが、効果は自分の身体能力に依存する。対して実力もないのに使っても意味はないぞ? さらに言えば銅の身体強化はさほどの強化が行われるわけではない、銀以上ならばまだそれなりに影響力があるかもしれんが、お前たちの魔力量では期待しない方がいいのう」
魔術の強さは流れる魔力量、放出する魔力量が影響し、それがランクの形ではっきりわかるものとなっている。魔術の中で強力なものは放出魔力量が多くないと扱えない。種類も。身体強化も同じらしく、銅の魔術師の扱うものでは大した強化力がないらしい。さらに言えば……身体強化の魔術は魔術師の能力が高いものはわざわざ体を鍛えて強くすることがないので使っても肉体依存ということもあって強化効果が低い。魔術師の能力が低いものは魔術側の強化能力が低いので冒険者のような身体能力が高い者でもそれほど強化されない。そんな二者の要素もあって正当に評価されていないうえにほぼ検証や研究もされていないとのことである。嘆かわしい、もっと使い道や扱い方を考えるべきではないかなどと愚痴が出てきた。すぐに自分で軌道修正したが。
教える魔術に関しては身体強化の魔術が最後であったらしく、後は何か聞きたいことがあれば儂に聞くといいという感じで締めくくりとなった。魔術自体にはかなり興味があるところだが、自分には魔術の資質が足りていない。もし何かを聞くのであれば、せめてまともに魔術を運用できるだけの能力を兼ね備えてからにしたい。今考えるべきは今後の魔術の運用法、活用法の模索、そして最終目標である死神に対しどう扱うべきか。戦争後なら聞きに行くのもありかもしれないが……まあそんな機会は恐らくないだろう。
講習が終わり外に出る。まずは最初に実際にどの程度扱るのか試す必要がある。何が使えて何が使えないか、どういった性質を持っているのか。攻撃や補助や防御への運用の仕方、依頼での利便性と実践的な運用、身体強化の魔術の利用、戦闘方法への導入など。新しい力を得てやるべきことは多い。戦争まで一年……長いようで短い。やれることは可能な限りやりきらなければならない。