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星空のノクターン【14】

なにげに最終話。










 ウルシュラが熱から回復したころ、ヘルミーナがウルシュラの見舞いに来た。祖母はこうして時々ウルシュラの様子を見に来てくれていた。


 うれしいのだが、どう反応をすればいいのかわからない。いつも通り緊張気味にあいさつをすると、唐突に言われた。


「あなたは、わたくしに引け目を感じているらしいですね」



 何故ばれた!? ウルシュラは自分のポーカーフェイスにそこそこ自信があった。なのに何故わかったのか……誰かが言ったのだろう、と思って思い浮かんだのがエルヴィーンの顔だった。ウルシュラの予想は、たぶん当たっている。



「自分はわたくしの孫でありながら、わたくしの息子を殺している。だから、どう接していいのかわからないと聞きました」

「……」


 ウルシュラは沈黙した。今までに、そんな自分の心情を暴露した相手はエルヴィーンしかいない。やはりやつか。ウルシュラは心の中でエルヴィーンに報復を誓った。


「初めに言っておきます。確かに、息子が死んだことは悲しいですが、そのことであなたを否定することはありません」

「…………そ、そうですか……」

「そうです」


 ヘルミーナはしっかりうなずいてベッドに上半身を起こしたウルシュラの頭をなでた。子供のころはそうやってよく頭をなでられたが、二十一歳にもなってされるのは恥ずかしい気がした。


「少し、昔話をしましょうか」


 ヘルミーナはそう前置きしてから話しはじめた。


「あなたはわたくしの夫……おじい様に会ったことがありませんね」

「ええ……私が生まれる前に亡くなったのでは?」


 ウルシュラは首を傾けた。ウルシュラは父方の祖父には会ったことがない。彼女が生まれる前に死んだと聞かされていた。何でも、階段から落ちて頭を打ったのだそうだ。


「その通りです。少し、彼の話をしたいと思います」


 首をかしげながらも、ウルシュラはうなずいた。


「わたくしは、ドゥシャンと十八歳の時に結婚しました。女王位についてから二年目のことです」

「あ、はい」


 ヘルミーナに対面すると、基本的にウルシュラの返答は「あ、はい」になる。緊張するからだ。


 とはいえ、ヘルミーナとドゥシャン、つまり、祖父母のことは大体聞き知っている。


 十六歳で即位し、女王二年目で結婚した祖母は、二十歳でウルシュラの父アルノシュトを、二十二歳で叔父のメトジェイを生んだ。この二人はヘルミーナの実家、つまりフィアラ大公家で育ち、ヘルミーナの父である当時のフィアラ大公に養育されたという。


「女王であったとはいえ、わたくしは薄情な母であったかもしれません。それでも、時間がある限り、ドゥシャンとともに、二人に会うことに決めていました」


 これが、女王が子供を産む弊害だ。レドヴィナの女王は王族ではない。そのため、母親と引き離されて育てられることが多いと言う。子供が、自分は王族だと勘違いしないようにするためだ。合理的であるとは思うが、家族としてはどうなのだろうと確かに思う。


 そのためか、結婚しない女王も多い。先代女王のシルヴィエなどがそうだ。それでも、恋人を作ったり、子を産んだりすることはあるようだが、結婚することは稀だと言う。


 その稀な例のヘルミーナはウルシュラが相槌を打ったのを確認しつつ話を続ける。


「さて。当時、わたくしには十歳年の離れた弟がいました。本来なら、この弟がフィアラ大公を継ぐはずでした」


 継ぐはず『でした』。過去形だ。もちろん、ヘルミーナの弟は爵位を継げなかった。ヘルミーナの弟が爵位を継いでいれば、今頃ウルシュラはフィアラ大公ではない。ヘルミーナの弟が爵位を継いでいれば、ウルシュラはフィアラ大公家の傍系となっていたはずである。


「しかし、弟は大公位を継ぐ前、二十六歳で亡くなりました。わたくしが三十六歳の時、女王任期満了まであと五年のところでした。弟は結婚していましたが子供はおらず、弟の妻は夫の喪に服すために神の家に入りました」

「……」


 お、重い。ウルシュラの人生も大概重いのだが、それはフィアラ大公家の特徴なのだろうか。だとしたら、一度お祓いをしてもらった方がいい気がする。確実に運気が向いていない。


「当時、わたくしは女王でした。この国の法律によると、わたくしが爵位を継いではいけないわけではありませんでしたが、当時、わたくしの父はまだ健在でしたし、わたくしには息子がいたので、アルノシュトが次のフィアラ大公となることに決まりました」


 ここでウルシュラの父が登場した。ヘルミーナの弟が亡くなったことによって、ウルシュラの父はフィアラ大公になった。この辺りも、大体聞いている。


「それから五年経ち、わたくしは女王任期を終え、ドゥシャンとともにフィアラ大公家の領地へ引っ込みました」


 ヘルミーナの女王任期が満了したのは彼女が四十一歳の時だ。その時、アルノシュトは二十一歳。メトジェイは十九歳だ。ちなみに、ドゥシャンはヘルミーナの四つ年上だったらしい。


「領地に暮らすようになってからは、平穏でした。時々父や息子たちが遊びに来てくれて。ああ、メトジェイの結婚式もあげましたね。ちょうどその頃でした。父が突然身罷りました」


 そして、ウルシュラの父アルノシュトがフィアラ大公になった、とウルシュラは聞いている。実は、真相は違うのであろうか。


「そこで、かねてから後継ぎとして教育を受けていたアルノシュトが爵位を継ぎました。すると、ドゥシャンがわたくしに尋ねてきたのです」



 いわく、何故、ヘルミーナがフィアラ大公にならないのか、と。



 レドヴィナの法律では、女王位と爵位のかけもちは可能である。女王になれるのは『大公、もしくは公爵家の直系の娘』と規定されている。そのため、大公や公爵であっても、女王にはなれる。つまり、フィアラ大公位を継いだウルシュラも、その気があれば女王になれたかもしれない、と言うことだ。


 しかし、女王任期終了後は、王都に現女王の許可なく入れないことからもわかるように、国家中枢から身を引かなければならない。


 そのため、現実的に考えて、ヘルミーナが爵位を継ぐことはできなかった。そしてそれは、賢明な判断だとウルシュラも思う。


 先のオルシャーク大公のクーデターの一件で、先代女王、先々代女王の影響力の強さがわかった。確かに、新しい経験の少ない女王よりも経験のある女王の方が信用があるだろう。


「ドゥシャンは、遠縁ですが、フィアラ大公家の血族でもありました。彼は、あわよくば大公位を自分のものにしようと考えていたようです」

「……」


 どこかで聞いたような話だ、と思いながら、ウルシュラは話の続きを待った。


「弟が死んだのは、偶然ではありませんでした。ドゥシャンが食中毒を起こすように取り計らったのです。そして、わたくしの系統へフィアラ大公位が回ってくるようにした。当然、わたくしと彼との間で言い争いになりました」


 フィアラ大公領の屋敷で、ヘルミーナはドゥシャンと言い争いになったようだ。言い争いの果てにヘルミーナはドゥシャンの手を振り払った。手を振り払われてバランスを崩したドゥシャンはそのまま階段を踏み外して、落ちたそうだ。


「打ち所が悪かったのでしょうね……頭から血を流して、彼は亡くなりました」

「……」

「さて、ウルシュラ。わたくしがドゥシャンを殺したのだと思いますか?」

「……いいえ」


 ウルシュラは静かに首を左右に振った。祖父が階段から落ちて亡くなったのは知っていたが、まさかこんな事情があるとは思わなかった。


 ヘルミーナに非がないとは言えない。階段と言う足場の不安定なところで、相手がバランスを失うほど強く手を振り払ったのは、彼女の失態だ。しかし、彼女がそうしてしまった理由もわかる。一概に、彼女のせいだとは言えないのだ。ドゥシャンの自業自得のような気もする。因果応報と言うやつだ。まあ、ウルシュラに言えたことでもないけど。



「この話をしたのは、あなたが初めてです」

「……」



 ヘルミーナはため息をついて、ウルシュラに言った。


「ウルシュラ。あなたは確かに、『赤の夜事件』でアルノシュトを手にかけたのかもしれません」

「……」

「ですが、あなたがそうしなければ、フィアラ大公家は親族すべて処刑されていても不思議ではありませんでした……ええ。当時のシルヴィエ女王は反乱に対して容赦がありませんでしたからね」


 いくら自分の前任の女王の一族であろうと、自分に対して反乱を起こせば、その一族すべてを処刑しても不思議ではなかった、と言うことだ。武断の女王、シルヴィエはそう言う人だった。エリシュカは絶対にしない判断だが、それも間違ってはいない。


「馬鹿をしたのはあなたの父親です。あなたは、わたくしを含め、一族のものすべてを救ったのです。そんなに気にしなくてよろしい」

「……はい」


 素直にうなずいたウルシュラを見て、ヘルミーナは微笑んで、孫娘の頭をなでた。


「わかったならよろしい。わたくしも気にしていませんから、そんなに引け目を感じる必要はありませんよ。あなたが悪いのであれば、わたくしも夫を殺したと考えねばなりません」


 思ったより、ウルシュラとヘルミーナは似ていたようだ。かつて、不慮の事故とはいえ自分の夫を殺してしまったも同然のヘルミーナは、反乱を起こした父を殺したウルシュラを責めることはできないということだ。


 同じように、彼女の息子を奪ってしまったウルシュラは、彼女が自分の夫を殺したも同然であることを責めることはできない。


 現在の明るい様子のシルヴィエからは想像もできないほど、女王任期時のシルヴィエは苛烈な女王であった。苛烈ではあったが、暴君ではなかったといいぞえねばならないだろう。ヘルミーナの統治末期は国があれていたため、強い女王が好まれたのだ。逆に、国が安定してきたシルヴィエ治世末期には、エリシュカのような慈悲の女王が好まれただけの話。


「それでは、お邪魔しましたね、ウルシュラ。よく休み、早く回復するのですよ」

「はい。……ありがとうございました」


 話してくれて。ウルシュラは心の中でそう言葉をつけたして、ヘルミーナを見送った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


一応、このあとに終章があります~。


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