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星空のノクターン【8】










 ウルシュラはしばらく差し出された剣を見つめていたが、口を開いて尋ねた。


「参考までにお聞きするけど、断ったらどうなるのかしら」

「陛下に黄泉の国へ旅立っていただいた後、あなたを反逆罪で処刑する」

「なるほど。結果は同じと言うことね」


 筋書きとしては、ウルシュラが反乱を起こした、と言うことになるのだろうが、それは無理があるのではないだろうか。かつて、彼女は父親を殺してまでして反乱を治めたことがあるからだ。動機が『女王になりたかった』だけでは弱いだろうし。


「どうせなら、あなたにやってもらった方がいいと思ってな。あなたの父君の時と同じようにやっていただけるかな?」


 ウルシュラがびくっと反応した。本当に、彼女は『赤の夜事件』のことに弱い。それでも、剣を受け取らない。


「……人に押し付けようなんて、虫が良すぎるとは思わないの? 自分の手で完遂しなさいよ」

「フィアラ大公。策士とは自分の手を一切汚さないから策士なんだ」

「よく言うわ。策士策に溺れる、という言葉を知らないのかしら」


 ウルシュラはオルシャーク大公を睨みあげて笑った。


「あなたの負けだわ。私たちを始末したかったなら、私たちが宮殿に足を踏み入れた瞬間にやるべきだったわね」


 ウルシュラはオルシャーク大公が手に持っている鞘から剣だけを抜き放ち、自分の首元に剣を当てている騎士を蹴倒すと、オルシャーク大公の背後をとり、その首筋に剣を当てた。



「フィアラ大公! こちらには女王陛下がおられることをお忘れなく」



 オルシャーク大公側の騎士が叫んだが、ウルシュラはふん、とばかりに鼻で笑った。



「どちらにしろ、私もエリシュカも殺す気なんでしょ」



 とはいえ、相手が多すぎた。ウルシュラがオルシャーク大公に剣を向けたところで、ほかの騎士たちも彼女に剣を向け直した。ウルシュラの動きにつられたエルヴィーンたちは何故か中腰で固まっている。剣を拾おうとしたところだったのだ。


「なら、私が何をしようと一緒じゃない。この私がただで死ぬなんて思わないことね」

「大公っ」


 ラディムが叫んだ。ここに『大公』と呼ばれる人は二人いるが、ラディムの言葉は完全にウルシュラ、つまりフィアラ大公を示していた。



「エリシュカに傷一つでもつけて見なさい。即座にこの男の首を掻っ切るわ」



 ウルシュラが手に力を込めたのか、オルシャーク大公ののどに刃が食い込む。顔色を悪くしたオルシャーク大公が口を開いた。


「わ、わかった。交渉しよう」


 一歩引いたオルシャーク大公の言葉に、ウルシュラは「はあ?」と怪訝な声をあげた。


「はじめに交渉の場から降りたのはそっちでしょ。そんな虫のいいこと、聞けるわけがないじゃない」


 ウルシュラのきれいな顔に凶悪な笑みが浮かぶ。彼女はオルシャーク大公を揺さぶった。彼の首の皮膚が切れて血が流れる。


「さあ、やりなさいよ。もちろん、あの世まであなたにもご同行願うけれどね」


 みんなが息をつめた。ウルシュラは、やると言ったら本当にやるだろう。


 彼女の言葉は、ともすればエリシュカなんてどうでもいい、と言っているように聞こえる。しかし、何故だろう。エルヴィーンは違うような気がした。



 気を引きたがっている? いや……これは。



 時間稼ぎをしているんだ。そう思った。



「私が死ぬときはあなたも一緒よ、オルシャーク大公」

「その減らず口を閉じろ、小娘」

「いや。口を閉じるのはあなただ、オルシャーク大公」


 宮殿の方から悠々とバシュタ公爵が歩いてきた。いつも丁寧に整えられている髪が若干ぼさぼさになっているため、たぶん、どこかに閉じ込められていたのだと思う。エリシュカの兄、マクシムの姿があった。


「これはバシュタ宰相。せっかく私が招待した部屋は気に入らなかったかな」


 オルシャーク大公が嫌味っぽく言った。バシュタ宰相の登場に、ウルシュラは剣を引くことはなかった。オルシャーク大公に剣を突きつけたままバシュタ宰相を見ている。一方、嫌味を言われたバシュタ公爵は表情筋一つ動かさずに「うむ」とばかりにうなずいた。


「ベッドが硬い以外はなかなか満足できたな。しかし、女王陛下が私に働いてくれと言うのでな」


 思わずエルヴィーンはエリシュカの方を見た。拘束されながらもこちらを向いている彼女は、エルヴィーンの視線に気づくとニコッと笑ってうなずいて見せた。どうやら、待っていたのは彼らしい。


「女王陛下。地下賭博場の運営資金を提供したのはオルシャーク大公でした。さらに、地下賭博場は人身売買が目的で作られたようです。親とはぐれてしまった子供や娘をかどわかしていたんですね。そして、その家のものには金を渡して口止め。周到です」


 おそらく、その口止め料を払っても余裕があるほどのもうけを、人身売買で得ていたのだろう。


「ありがとう、バシュタ公爵。さすがです」


 エリシュカはニコッとバシュタ公爵の方に笑みを向けようとしたが、拘束されていたので首が回らなかった。彼女はちょっとムッとしたようだった。


「……ウルシュラ。わたくしのことは気にしなくて構いません。好きなようにしてください」

「御意に。なら、首をはねてしまおうかしら」


 あいも変わらず凶悪な笑みだった。味方であるエルヴィーンたちもどん引きである。オルシャーク大公が蒼ざめる。何度も言うが、彼女はやると言ったら本当にやるだろう。


「待て! 大公閣下を放せ!」


 待ったをかけたのはエリシュカを拘束している騎士だった。黙ってウルシュラたちの攻防を見守っていたエルヴィーンたちは身構える。ウルシュラはうそぶくように答えた。


「あら。私も大公閣下なんだけど……放してほしかったらせめてエリシュカを先に放しなさいよ」

「貴様っ。女王陛下を呼び捨てにするとはっ」

「謀反起こしたあんたたちに言われたくないわよ」


 馬鹿なの? と言わんばかりの口調でウルシュラは言った。エルヴィーンはウルシュラに近寄ると、言った。


「代わるか?」

「頼むわ」


 と言うわけで、エルヴィーンはウルシュラからオルシャーク大公を引き取った。エルヴィーンはウルシュラが彼を『殺せ』と言うのならそうするつもりだった。彼女の判断なら、信じて従えるを思った。そのウルシュラはオルシャーク大公の前に回り込む。


「あなたから命令してくれないと、みんな引いてくれないんだけど」

「そう簡単に引けるか! ようやくここまで来たのだ! 女しか王になれないとは、この国はふざけている!」

「あなたの方がふざけてるわよ。女王選挙制は、昔、争いが絶えなかったレドヴィナを統治するために考え出された方法なんだから、ちゃんとしてるわよ」


 おかしいな。何故、女王が選挙で選ばれるようになったのかわからない、とエルヴィーンは聞いた気がするのだが、気のせいだったのだろうか。まあ、ウルシュラなので、今更驚かないが。


「あなたには二つの道しか残ってない。武装解除して生き残るか、このまま私に殺されるか。私の心情としてはとっとと殺してしまいたいのだけど、一応慈悲を与えておこうと思ったのよ」


 おそらく、エリシュカの顔を立てて、とか言いたいのだろう。だが、ウルシュラの理性はここで殺してしまえ、と言っているのに対し、彼女の感情が殺したくない、と言っているのがわかる気がした。


「……まだ、私がクーデターを成功させる可能性が残っている」

「……いいえ」


 ウルシュラは立ち上がるとオルシャーク大公を冷徹に見下ろした。



「私がエリシュカを保護できた時点で、私たちの勝ちよ。エリシュカには多くの民衆の支持があることを忘れないことね」



 確かに、人気のある女王エリシュカを排除して国王になろうなど、民衆は許さないだろう。おそらく、ウルシュラをエリシュカ殺害の犯人に仕立て上げて、その間に国権を奪い取ろうとしたのだろうが、二人が合流した時点でそれは難しくなった。何しろ、エリシュカとウルシュラの組み合わせは、エルヴィーンが知る中で最強の組み合わせなのである。


 だが、オルシャーク大公もにやりと笑った。


「いや。お前たちは後手に回っている。私は手を尽くした。お前の父親とは違う」


 お前の父親、つまりウルシュラの父親のクーデターのことを引き合いに出され、彼女は顔をしかめた。ウルシュラの推察が正しければ、彼女の父によるクーデターは失敗することが前提であり、オルシャーク大公の本気のクーデターとはわけが違う。


 むしろ、ほとんど計画がない状態、しかも独力で玉座の間にたどり着いた前フィアラ大公は驚くべき能力である。いや、失敗する前提だったからうまく行ったのか?


 それはともかく、オルシャーク大公がまだあきらめていないことはわかった。何かに気付いたウルシュラがとっさに指示を出す。


「オルシャーク大公を放しなさい! 早く!」

「!」


 エルヴィーンは言われたままにオルシャーク大公を突き飛ばした。と、何故かオルシャーク大公の周囲が爆発した。ウルシュラの指示に従わなければ、エルヴィーンは巻き込まれていただろう。


「なんだ、今の」

「魔法陣だわ。オルシャーク大公の周囲に爆発用の魔法陣が作られていたの。おそらく、魔法道具を使ったんでしょうけど、厄介ね」


 同じくオルシャーク大公から距離をとったウルシュラがエルヴィーンにざっくり説明した。オルシャーク大公は魔術師ではないので、魔法は使えない。しかし、魔法道具を使えば魔術師でなくても魔法が使えるらしい。魔法技術の反転しているレドヴィナだ。そう言った道具は探せばいくらでも出てくる。


「殺せ!」


 オルシャーク大公が自分の配下の騎士に命じた。彼の視線はウルシュラに向き、そして、その指示の対象はエリシュカも含まれていた。


「! 構わないわ! すべて切り殺しなさい!」


 負けじと命令を下したのはウルシュラだった。だが、こちらの騎士たちはためらいを見せる。エルヴィーン、ラディム、カレルの三人は落とした剣を拾い上げ、近づいてきた騎士を切り殺した。


「ウルシュラの指示に従って! きゃあっ」


 エリシュカが騎士たちに命じた。そこでようやくこちら側の騎士たちが動く。こういったとっさの判断力、と言うか、危機への対応はウルシュラの方が上だ。いや、エリシュカの対応も悪くはないのだが、どうしても温厚さが前に出る彼女の対応は気長すぎるのだ。短期決戦にしたいときは、ウルシュラの一刀両断方式の方がよい。


 エリシュカの悲鳴に反応したエルヴィーンははっとして振り返ったが、ウルシュラの方が行動は早かった。指先を軽く振ると、魔法が発動。エリシュカを襲おうとした騎士の腕が凍った。


「!? ぎゃああああっ」


 その騎士が悲鳴を上げる。ウルシュラは助走をつけてその騎士を蹴倒した。エリシュカを保護する。


「大公!」

「こちらにかまうな!」


 エルヴィーンがウルシュラに駆け寄ろうとすると、当の本人から却下が飛んだ。彼は切りかかってきた騎士を蹴り飛ばす。


 どうするつもりなのだろう。押されっぱなしのような気がするのだが。


「っ!」


 実際に押されたのはウルシュラだった。見る限りそれなりに腕がたつようだが、体力的にきついのだろう。エルヴィーンはとっさにそちらに向かったが、先にウルシュラを助けたのは彼ではなかった。


「ウルシュラ姉様! 大丈夫!?」


 若い騎士だった。ウルシュラを姉様、と呼んでいると言うことは、彼女の親戚だろうか。ウルシュラは片手をあげて無事を示す。それから叫んだ。


「遅いです、おばあ様!」

「まあまあ。これは言うようになったものですね」


 先々代女王ヘルミーナの声だ。人垣がざっと割れ、ウルシュラとヘルミーネの間に空間ができる。昇ってきた朝日に照らされながらヘルミーナはつかつかとウルシュラに歩み寄ると、



 孫娘を平手でぶった。



「まったく。呼び出しておいてこの状況はなんですか。あなたならもっとうまく解決できたでしょうに」

「……いや、私にそんな特殊技能はありません」

「……まあ、いいでしょう」


 押し問答をしている場合ではないからか、ヘルミーナはウルシュラを責めるのをあきらめた。彼女が背を向けると、ウルシュラはほっとしたように息をついた。助けを求めた割には、やはり、祖母のことが苦手らしい。


「そう怒らなくてもいいと思いますよ、ヘルミーナ様。フィアラ大公も、エリシュカ女王もよくやりました。オルシャーク大公のあきらめの悪さだけが誤算だったのでしょう」


 そう言いながら近づいてきたのはシルヴィエ女王だ。手に弓矢を持っていて、おそらく、ヘルミーナを先導してきたのは彼女だ。


「シルヴィエ様! オルシャーク大公は!?」

「あ、ここにいますよ」


 聞こえてきたどこかおっとりした声は聞いたことのあるものだった。ウルシュラの叔父、メトジェイの声だった。そうか。あの時。昨夜、訪ねてきたリビエナにウルシュラが渡した手紙は、メトジェイ宛ての手紙だった。あの手紙には、ヘルミーナを呼ぶように書かれていたに違いない。


 おそらく、反乱を予測していたエリシュカとウルシュラは、あらかじめ自分たちにうてる手を打っておいたのだ。その結果が、宰相の脱獄と先々代女王の出現。先代女王が現れたのは、エリシュカの手配かウルシュラの手配かわからない。


「さて。他に、わたくしたちに逆らう気骨のあるものはいますか?」


 威厳のある声でヘルミーナが問う。彼女は周囲を見渡し、だれも名乗り出ないのを見てため息をついた。


「そうですか。残念です。皆さんの意志は、もっと固いものだと思っていましたのに」


 そこ、残念がるところなんですか?


 意外なところに、ヘルミーナとウルシュラの血のつながりを感じたエルヴィーンだった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そろそろクライマックス~。


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