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星空のノクターン【2】











 レドヴィナ王国の議会は、年に三回開かれる。春、夏、秋の三回だ。冬に開かれることもあるが、基本的に、貴族は冬場に領地へ帰っていることが多い。そして、レドヴィナは積雪量が多いため、領地から身動きできなくなる可能性が高い。そのため冬議会はめったに開かれない。


 秋議会は、数週間前に閉会したばかりだ。役職のある貴族も、冬場は領地に帰る者が多い。よほど権力を持つ官僚貴族でなければ残っていない。そのため、議場に集まった人数は、貴族院議員全体の半分以下だった。



「議会が終わったばかりですのに、および立てして申し訳ありません」



 エリシュカはそう言いながら立ち上がり、少し下にいる貴族院議員たちを見下ろした。その中には自分の父親や、もちろん、ウルシュラもいる。


「実は緊急で話し合いたいことがあります」

「陛下」


 もうすでにお決まりと言うか、ウルシュラがすっと手をあげた。何人かが彼女に鋭い視線を向けたが、数人は生暖かい視線を送った。エルヴィーンの父親とかな。


「現在、貴族院議員は半数以下しか集まっていません。本来なら議会を開く定数に達していないので、この状態での議決は、正式なものとはならないかと思いますが」

「ええ。わかっています。ですから、もともとわたくしの独断でやるつもりです。皆さんの意見を聞きたいだけです」


 ウルシュラが眉をピクリと動かしたが、それ以上の反論はなかった。


「……わかりました。お話をさえぎってしまい、申し訳ありません」

「いえ。最もな質問でした」


 エリシュカはウルシュラに少し微笑んでから、話しを続けた。



「秋議会が終了するころから、法外地下賭博場が問題になっていたと思います。そのことについて、新たな報告がありました。法外地下賭博場では人身売買が行われているとのことです」



 議場内がざわめいた。しかし、その表情は様々だ。それがどうした、と言わんばかりの者もいる。あからさまに顔をしかめたのは数人だ。嫌悪感を覚えたであろうウルシュラですら、無表情を保っている。


「賭博場問題とともに、行方不明者数の増加も問題になっていたと思います。今までは身分の低い貧困者に多かったのですが、最近では中流階級の商家などにも被害は広がっています。ほとんどが、子供や女性だそうです」


 レドヴィナでは、王が女性であるためか、ある程度女性の権利が保障されている。女性の官吏も騎士も存在するし、ウルシュラのような女性貴族も多い。


 それでも、女性を軽んじる男性は多い。今も、女性であるウルシュラはさすがに表情筋が耐え切れなかったのか嫌そうな顔をしたが、中にはだからなんだ、と言わんばかりの人もいる。


「この行方不明になっているものが、この賭博場で人身売買にかけられていると報告がありました。わたくしは、女王の名において、この機会に賭博場を一斉検挙したいと思います」


 さすがにこれにはみんな驚いた。真っ先に反対してくると思われたウルシュラも息をのみ、しばしエリシュカの顔を見つめたほどだ。何とか立ち直った彼女は挙手をして口を開いた。


「陛下。それはあまりにも無謀なのでは? 一斉検挙を行うならば、根回し、下準備、情報収集、人手確保など、様々な問題があります。まさか、おとり捜査を行うなどとは言いませんよね?」


 たぶん、近くにいたエルヴィーンだからわかったのだと思うが、エリシュカの顔が少しだけひきつった。口元がピクリと動く。


「さすがに、そんなことはしません。最大の地下賭博場は、すでに目星はついています。ですから、皆さんに意見を聞き、そして、その上で何も知らないふりをしていただきたいのです」


 つまり、女王は、自分一人でこの件を片づける、と言っているのだ。貴族たちはただその事実を知っているだけでいい。すべての手配は自分がする。手出しは無用だと。何があっても目をつぶっていてくれと。


 正直、女王とはいえエリシュカ、と言う一人の女性にそこまでできるか疑問なところだ。


 おそらく、エリシュカは宰相であるバシュタ公爵に手伝いを頼んでいるだろう。さすがに一人ですべてを手配することはないはずだ。ただ、その『手伝い』の人間の中から、ウルシュラを排除しているのが意外だった。


 約二ヶ月。エルヴィーンはウルシュラを見ていた。だから、彼女が先ほど、本気で驚いたのは見てわかった。エリシュカはエルヴィーンにウルシュラを見張らせて、その裏でこの準備をしていたと言うことだ。彼女もなかなかの策士である。



「……わかりました。なら、私がまず、偵察に行ってきます」



 簡単な説明を聞いたあと、ウルシュラは貴族院議員の前でそうのたまった。頼むから、そう言うのはやめてくれ。そう思ったのはエルヴィーンだけではないらしい。エリシュカが即答した。


「ダメです」

「何故? 陛下が指揮をとられるならば、臣下である私が現場を確認しに行くことは、さほどおかしいことではありません」


 さほど、と言うことは少しはおかしいんだろ! と言うツッコミを入れたいが、入れられない。


「それは、そうかもしれません。しかし、あなたは女性で、わざわざ危険に首を突っ込むようなことを……」

「変装すればばれません。それに、私はこれでも魔術師です。斥候役としては申し分ないと思いますが」

「ダメですっ。許可しませんっ!」


 すでに押し問答である。いつもは高度なレベルで展開される女王とフィアラ大公の議論だが、今日に限って言えばかなり低次元だった。


 とはいえ、女王であるエリシュカに、ウルシュラは負けた。負けたというか、一歩引いた感じか。エリシュカははじめに女王が独断で行うことだと言った。議会の承認は必要ない、手出しは無用だと。それを持ち出されれば、ウルシュラも引くしかない。ただ、彼女の場合、自力で調べていきそうだから怖い。


「……あの子とあれほど言い合ったのは初めてだわ」


 女王の執務室に戻ったエリシュカがつぶやいた。たぶん、ウルシュラ側も初めてだったのではないだろうか。


「あの人ならふらっと一人で出ていきそうですよね」


 ラディムにすらそう言われている。まあ事実だけど。


「エルヴィーン。ちゃんとあの子を見ててね」

「私一人ではさすがに限界があります」


 名前が端折られているが、ウルシュラの話だ。エルヴィーンをウルシュラの『監視役』と称したエリシュカだが、どうやら本気だったようだ。


「と言うか、本気で賭博場を検挙するんですか?」

「それもするわ」

「それも?」


 エルヴィーンは思わず首をかしげた。エリシュカはちらっと自分の護衛を見上げると、無言で本をを机の上に置いて開いた。そこには、最近では見慣れたウルシュラの筆跡がある。



 行方不明者、女性・子供多し 法の抜け道 クーデター 近くの者に注意



 と単語だけで書かれていた。意味が分からない。いや、わかるものもあるが。


「この本は中身が白紙でね、対になっているの。もう一方はウルシュラが持っているわ。わたくしたち、これでよく連絡を取っています」

「もしかして『いつもの方法』ってそれですか」

「そうよ」


 よく、エリシュカとウルシュラの会話の中に出てくる『いつもの方法』。どうやら、念写魔法がくみこまれており、一方の本に書いたことが、そのままもう一方の方に転送されて来るらしい。これでやり取りができる、


「別口からも情報は入ってきていたのよ。嘆願書も入っていたしね」


 エリシュカはそう言って普通の封筒をひらひらさせた。一見平和に見えるレドヴィナ王国だが、実際には多くの問題を内包している。


 まず、貴族連中がまとまっていない。そして、女王がこの国の君主になってすでに二百年近くがたつが、それでも女王をしいたげ王位を簒奪しようと考える者がいないわけではない。ウルシュラの父、アルノシュトの謀反がそこまで変に思われなかったのはそのためだ。


 実際、ウルシュラが『女王になりたくないか』と言われたことがあるらしい。その時は受け流してしまったが、後で気になったので詳細を聞いてみると、その貴族は公金横領で議席を取り上げられており、しかも家から勘当されていた。たぶん、ウルシュラが裏から手をまわして彼を追いこんだのだろう。ちなみに、いくらウルシュラとはいえ、罪をねつ造したわけではない。


 犯罪も全くないわけではない。スラム街も存在するし、冬には餓死者、凍死者が出るのは当たり前。これでも減った方だ。降雪量も多いため、雪対策もいる。すべてに手が回らないのが現状である。


 まあ、ウルシュラの受け売りなのだが。聞けば分かりやすく答えてくれるので、エルヴィーンはウルシュラに質問することが多い。


 それはともかく、話しを戻そう。


「……他には、クーデター対策ですか?」

「そうね。と言っても、わたくしに武力はないから、どうしてもこれは他人に頼らざるを得ないわね……」


 実は、クーデター関連についてはウルシュラと話し合っていたの。とエリシュカはさらりと言った。


「一応、やることは決まっていたんだけど、ちょうどいいから」


 ふふふ、と意味ありげに笑うエリシュカ。何のことかよくわからないが、たぶん、尋ねても答えてくれないだろうな、とエルヴィーンとラディムはため息をついた。


「……近くの者に注意ってことは、高位貴族ですかね」


 ラディムが話を変えるように言った。


「対象が多すぎてわからないわね」


 エリシュカがそう言って眼を細めた。



 何となく、だが。



 エリシュカは何かをたくらんでいる気がする。



 もしかして、彼女が何かをたくらんでいることをウルシュラは知っていて。



 それで、女王が思いもかけないことを言いだしたから怒ったのかもしれない。



 そう思ったが、エリシュカ女王の発言はすべて衝撃的だったような気がして、ウルシュラが何かに驚いていたとしても、その対象が何であるかがわからなかった。


「女王陛下!」


 そこにせっぱつまったような声が聞こえ、エルヴィーンとラディムはパッと脇に退いた。


「どうしました? 入りなさい」


 エリシュカが命じると、宰相補佐官の一人が扉を開けて駆け込んできた。


「今っ。連絡がありまして!」

「落ち着いて。だれがどういう連絡をしてきたんですか?」


 エリシュカの優しげな声音に本当に落ち着いたのかはわからないが、補佐官は一度深呼吸してから言った。


「フォジュト子爵から、宮殿を出たところでフィアラ大公の馬車が襲われたと、連絡が……」


 そこまで言って、補佐官は口をつぐんだ。たぶん、エリシュカが眼を見開き口元を手で覆って驚いたからではなく、エルヴィーンが思わず彼を睨み付けてしまったからだと思う。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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