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選択の理由【7】

第4章最終話。











 ロジオン皇太子が帰国した翌日、ウルシュラは久しぶりに自分の屋敷に帰宅した。


「ただいまー。あー、疲れた……」


 はしたないがそのまま二人掛けのソファに倒れ込む。


 いや、本当に疲れた。まさかロジオン皇太子があんな凶行に及ぶとは思わなかった。行動を起こすなら、事前調査はしっかり行ってほしいものである。


 そう言う意味では、ウルシュラもロジオン皇太子を甘く見ていたのだろう。


 彼女は、父が反乱を起こした理由を探っていた。どう考えても、父には女王に反旗を翻す理由などなかったからだ。


 両親はウルシュラに隠していたが、スヴェトラーナ帝国の人間が二人によく接触していたのは知っていた。ウルシュラはどちらかと言うと聡い人間に入る。さすがに相手が誰かまではわからなかったが、何となく、何の話をしているのかは理解できていた。必ず、スヴェトラーナ帝国からの使者は、父に屋敷から叩き出されていたからだ。


 十六歳で女王教育を受け始めたウルシュラは、十分聡明な部類に入るはずだ。彼女は自分が大陸でもっとも力を持つとされるスヴェトラーナ帝国皇女の血を引いていることはわかっていたし、帝国の皇位継承権を保持していることも理解していた。そして、皇女の娘である自分はレドヴィナ王国の女王になるための教育を受けている。


 その時点で、スヴェトラーナ帝国の『誰か』が狙っているのは、レドヴィナ王国の王位ではないか、と予測はできた。ウルシュラが即位すれば、レドヴィナに帝国皇族の血を引く女王が誕生することになるからだ。婚姻による支配は、古くからおこなわれていることである。


 そんな折に起こった、父の反乱事件である。


 意味が分からなかった。女王教育の一環として学校の視察に行っていたウルシュラは、その知らせを聞いてすぐに宮殿に向かった。



 そして、父のもとに誰よりも早くたどり着き、父を――――。



 そこまで考えて、ウルシュラはソファの背もたれに拳をたたきつけた。その腕で目元を覆い、思考を先に進める。


 もちろん、ウルシュラには事情聴収と言う名の尋問が行われた。反乱の首謀者を殺したとはいえ、ウルシュラはその首謀者の娘なのだ。当然の処置と言える。


 とはいえ、反乱の直前まで女王教育を受けていたことがわかっているウルシュラはすぐに解放された。そして、家に帰ると母が毒を飲んで死んでいたのだ。この時使われたのが、スラニナ子爵殺害に使われたのと同じツレクと言う毒だった。


 母エレオノーラはスヴェトラーナ帝国皇女だ。自殺したとなればその如何を問われる。だから、ウルシュラは『反乱の首謀者の妻』を自分が殺したことにした。エレオノーラが、ただ、夫のいない世界で生きたくなかっただけだということは理解していた。ウルシュラは己の保身のために彼女を殺したことにしたのだ。


 犯罪者の娘が女王になるわけにはいかないと、ウルシュラは女王候補を退き、代わりに父の爵位を継承した。この時、ウルシュラが爵位を継ぐか、アルノシュトの弟であるメトジェイが爵位を継ぐかで二人は話し合った。叔父はおっとりした人で、ウルシュラの好きなようにすればいいと言ってくれた。だから、ウルシュラは爵位をついだ。父が反乱を起こした理由を調べるには、爵位があった方が都合がよかった。


 それに、もう一つ。先代フィアラ大公である父が反乱を起こしたため、フィアラ大公位を継いだ人間も疑いの目で見られるのではないかと思ったのだ。どうせ父を殺してしまったのだから、ウルシュラは自分がその視線にさらされるべきだと感じた。そして出来上がったのが今のフィアラ大公像である。



 そして、ウルシュラが探した父の反乱の理由は意外なところで判明した。エリシュカの戴冠式だ。



 あの時、ウルシュラはフィアラ大公として戴冠式に参列していた。大公であるウルシュラの席は女王に近く、また、来賓席にも近かった。来賓の中には、ウルシュラの従兄であるスヴェトラーナ帝国皇太子の姿もあった。

 彼は、戴冠式の行われた神殿を出るときに、ウルシュラにささやいた。



『君の父上は、君を女王にすることができなかったみたいだね。聡明な人だと聞いていたが、所詮この程度か』



 国は違えど、ウルシュラとロジオン皇太子はいとこ同士である。それなりに親交はあったし、互いの国でお茶会をしてみたり、文通をしてみたりくらいはしていた。その時からあまり好きには慣れない人だと思っていたが、この言葉を聞いた瞬間、ウルシュラは彼のことが嫌いになった。


 この短い言葉から、様々なことがわかった。


 まず、ロジオン皇太子は、レドヴィナに帝国の血を引く女王を擁立しようと考えた。そうして、自分が皇帝になった暁には、レドヴィナ王国を自分が実効支配しようと考えたのだろう。この辺りはウルシュラの予測だ。ただ、自分の息のかかった女王を擁立したかったのは事実だと思う。


 そして、その目的のために、自分の叔母エレオノーラが嫁いだフィアラ大公家を利用しようと考えた。幸い、エレオノーラは当時のフィアラ大公アルノシュトとの間に、娘、つまりウルシュラをもうけていて、折よく女王候補になっていた。


 おそらく、ロジオン皇太子は確実にウルシュラが即位するようにしろ、とでも命じたのだろう。父がそう簡単に彼の言うことを聞くとは思えないが、自分の妻、もしくは娘が人質に取られたらやるかもしれない。いや、もしかしたらもっと大きなもの。国自体を人質にとられていたのかもしれない。この辺りは、ロジオン皇太子に聞いてみないとわからない。


 脅されて、アルノシュトは考えたのだろう。ウルシュラが推察できるくらいだ。アルノシュトもロジオン皇太子の目的をわかっていたと思う。



 だからこそ、反乱を起こしたのだ。



 あのまま何もなければ、ウルシュラは今頃女王だったかもしれない。それくらいの支持は集めていたと思う。だが、もし本当にウルシュラが女王になっていたら? 帝国皇族の血を引く女王が誕生し、ウルシュラはロジオン皇太子に脅されていたかもしれない。国の政権を彼に引き渡すような事態になったかもしれない。ただ、血縁関係があると言うだけで。


 それを阻止するべく、父は動いたのではないか、そう思った。


 アルノシュトが反乱を起こせば、ウルシュラは犯罪者の娘になる。そうなれば、ウルシュラの性格上、女王候補を退くと思ったのだろう。見た目はクーデターだから、ロジオン皇太子もアルノシュトの考えに気付かない可能性が高い。


 そして、彼の読み通りにウルシュラは女王候補を退いた。その後は、フィアラ大公を継いでも良し、領地に引っ込んでつつましく暮らしても良し。



 父は言った。『お前なら、賢明な判断をしてくれるだろう』。



 フィアラ大公を継いだ時は、あまり深く考えずに、父の反乱の理由を探しやすいと思っただけだった。しかし、後から考えてみると、これが賢明な判断だったのかもしれないと思う。


 領地に引っ込んでいれば、ウルシュラはただの『先々代の女王ヘルミーナの孫』になっていただろう。それ以外に、特出すべきところのない娘になっていたはずだ。そう言う娘は、狙われやすい。


 ロジオン皇太子が、本来はウルシュラのものであった玉座を奪い取った不届きもの、としてエリシュカを相手取ってクーデターを起こさせたかもしれない。過去に傷がある人間は、こういったことに利用されやすいのだ。


 だから、結果的に自分自身で権力を持てる、フィアラ大公を継いでよかったのだと思った。思えた。自分自身で、自分を守っていると思いたかった。


 ウルシュラがフィアラ大公をついでからも、たびたびロジオン皇太子からの接触はあった。ウルシュラは基本的に無視していて、それがたたって今回の騒動に発展したのだろう。


 父アルノシュトは娘のことをよく理解していたが、理解するがゆえに彼はウルシュラに対して放任だった。場だけ用意して、あとは任せる、的な。でも結局それで何とかなっているのだから、アルノシュトの読みはやっぱり正しかったのかもしれない。少なくとも今、ウルシュラはフィアラ大公位をついでいてよかったと思っている。


 思い出しても腹が立つが、ロジオン皇太子が事件を起こしたおかげですっきりした。文句も言えたし、脅すこともできたし。もう爵位に用はないからフィアラ大公を退いて、ちょっと関係が修復された祖母ヘルミーナとフィアラ大公領で暮らすのもいいかもしれない、と考えたところに、エリシュカと二人だけで話す機会があった。ウルシュラの伯父メトジェイが研究者として働いている王宮書庫で彼女と遭遇したのである。書庫の外にある部屋で、護衛は外にだし、二人で少しだけ話をした。



「悪いわね。私の親族は変なのばっかりで」



 礼儀はわきまえているが、変わった性格のものも多い。王宮書庫に勤める伯父とか。一応子爵であるし、頭もいいのでやろうと思えばいくらでもよい職に就けるのに。まあ、ウルシュラ自身も変わっている自覚はある。


「それほど変でもないと思うわよ? ……まあ、ロジオン皇太子はびっくりしたけどね」

「ああ~、あれは、ねぇ。もしまた手を出してくるようなら、皇帝に直談判しに行くわ」


 一度だけあったことのある伯父は良識のある人だったと思う。少なくとも、かわいがっていた妹に似ているウルシュラにはよくしてくれた。まあ、あの人もウルシュラを『オリガ』と呼んでいたが……。


「……まあ、私が女王だったら、今頃スヴェトラーナ帝国にこの国は併合されていたかもしれないわねぇ」


 帝国と何ら関係のないエリシュカが女王になったから、ロジオン皇太子はレドヴィナに手を出しにくくなった、とウルシュラは認識している。慈悲の女王であるエリシュカに難癖をつけることは難しいですからね。


「それについてはわたくしも考えたことがあるわ。あなたが女王で、帝国に併合されるようになったら、あなたは死をもって抵抗したんじゃないかって」

「……」


 考えたことはなかったが、実際に自分はやりそうで怖い。ウルシュラは自分を犠牲にする面での決断力は周囲の人間が引くレベルなので、やらないとは言い切れない。黙り込んだウルシュラに、エリシュカはあわてた。


「え、冗談だったんだけど……でも、今はわたくしが女王だから、勅命よ! 勝手に死なないこと……そうだわっ」


 突然エリシュカがぽん、と手をたたいた。思わずウルシュラはびくっとした。


「……何?」

「何でもないわ。わたくし、女王でよかったって思って。わたくしが女王じゃなかったら、あなたと一緒にいられなかったかもしれないもの」

「……まあ、それもそうね」


 ウルシュラは前フィアラ大公アルノシュトの一人娘だったから爵位を継いだが、エリシュカには兄がいる。エリシュカは女王にならなければ、爵位を継ぐことはなかったはずだ。釈然としないものを感じながらもウルシュラは一応同意しておいた。


「ちょっと思い出したことがあるから、もう行くわね。じゃあウルシュラ。またね」


 エリシュカはにっこり微笑んでウルシュラにあいさつすると、軽やかな足取りで部屋を出ていった。ウルシュラはドアを開いて護衛をひきつれて歩くエリシュカを見ながらつぶやいた。


「……なんだったのかしら」



 と言うようなことがあって、そして、今に至る。



「どういうことなの。さっぱりわけが分からないわ」

「同感だ」


 フィアラ大公邸で向き合っているのはカラフィアート公爵の三男エルヴィーンだ。彼の隣には彼の父親のカラフィアート公爵の姿がある。そして、ウルシュラの隣には、昨日お見合い(!)の勅命(職権乱用!)を受けたあと、あわてて声をかけた叔父のメトジェイがいる。動揺のあまり声をかけたのだが、早まったかもしれない。メトジェイも乗り気だったからだ。

なんだろう。彼らの考えることはよくわからない。何故、フィアラ大公であるウルシュラがエルヴィーンとお見合いをしているんだろう。


「この場合はどうすればいいの?」

「……まあ、あなたが好きなようにすればいいんじゃないか? 俺の意志は無視していいから」

「……それはどうなのよ……」

「仲がいいね」


 メトジェイに指摘されて、ウルシュラは視線を逸らした。



 エリシュカ。女王命令までしてお見合いをさせる意味はあるのかしら?










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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