選択の理由【4】
翌日。天気がよかったので、午後から自慢の薔薇園の東屋でアフターヌーンティーになった。女性四名の中にロジオン皇太子一人、という状況だが、妙になじんでいて少し腹が立つ。腹が立つのは、ロジオン皇太子がウルシュラをぞんざいに扱うからかもしれない。
そのウルシュラは円卓で従兄のロジオン皇太子と祖母のヘルミーナに挟まれており、かなり居心地が悪そうだ。ちなみに、今日は眼鏡なしだ。彼女は眼鏡がないとかなり若く見える。
「そう言えば、ヘルミーナ様。我が国ではオリガに、是非、我が国の皇族から婿を迎えてもらいたいと思っているのですが」
「そうですわね……ウルシュラがいいと言うのなら、それで構いませんが。彼女ももう大人ですから、そう言ったことはこの子自身に任せています」
「そうなのですか。オリガ。おばあ様から許可も出たし、どうする?」
ロジオン皇太子に尋ねられ、ウルシュラはひきつった顔を上げた。というか、いくらなんでも放任にもほどがないか? いや、でも、ウルシュラが一応フィアラ大公であるから、これでいいのだろうか。
「いえ。私は、そう言ったことは全く」
「何を言うのですか。三年前、あなたがフィアラ大公を継ぐと言ったとき、てっきり後継ぎをもうける気があるものだと」
まあ、普通はそう判断する。家を継ぐと言うことは、普通は次代につないでいく気があるのだと考える。
「だからヘルミーナ様。あまりウルシュラさんを責めたらかわいそうでしょう。ねぇ?」
ヘルミーナの隣に座ったシルヴィエが笑顔でさらに隣のエリシュカに話を振る。これにはさすがのエリシュカも困惑気味で「ええっと」と言葉を濁した。
そのヘルミーナは紅茶を飲み干すと、カップをソーサーに戻してから言った。孫のウルシュラもそうだが、動作の一つ一つに気品がにじみ出ている。
「責めているわけではありませんよ。フィアラ大公を継いだ以上、あなたは自分の行動に責任を持たねばなりません。わかっていますね」
「……はい」
殊勝にウルシュラはうなずいたが、以前エリシュカが言った「ウルシュラは頼ることを知らない」原因を見た気がして、エルヴィーンは思わずため息をつきそうになった。エリシュカも同じようで、こちらは実際にため息をついていた。
「まあ、すぐに決められることではありませんからね。オリガも、まだ若いしね」
と、話題を振った張本人であるロジオン皇太子が笑顔でウルシュラにそう言った。彼女は何とか笑みを向けたが、その目は恨みがましくロジオン皇太子を睨んでいた。ウルシュラとエリシュカはほぼ向かい合わせに座っており、エルヴィーンたちはエリシュカの背後に控えているので、ウルシュラの様子がよく見えるのである。
だから、ウルシュラの隣に座っているヘルミーナの様子もよく見えた。
突然、ヘルミーナが口元をおさえた。激しく咳き込み、その指の間から赤いものが漏れて、隣に座っていたウルシュラが腰を浮かせた。
「おばあ様!?」
「ヘルミーナ様!?」
シルヴィエとエリシュカも立ち上がる。ウルシュラは祖母の肩を支えながら、きっとロジオン皇太子を睨んだ。
「何をしたんですか! 早く解毒剤を渡してください!」
「何をしたのかしっかりわかっているじゃないか。君がうなずかないから悪いんだよ」
ロジオン皇太子が右手を振った。すると、エリシュカとシルヴィエを拘束しようと、ロジオン皇太子の兵士が動いた。エルヴィーンたちもとっさに剣を抜いたが、一歩間に合わなかった。
「剣を捨てろ」
エリシュカに剣を向けているロジオン皇太子の従者であるオレクが、女王の護衛たちに向かって言った。
「わたくしたちにかまわないで!」
「女王陛下に同意!」
エリシュカとシルヴィエが強気に言った。シルヴィエはなかなか余裕が見える。
エルヴィーンはウルシュラの方を見た。彼女も顔をあげたところで、眼が合う。彼女も首を左右に振った。だが。
エルヴィーンはラディムと、たまたま護衛についていた近衛騎士たちに顎をしゃくり、剣を手放した。剣は土の上に音も立てずに落ちた。
「……何のつもり」
いつの間につかんだのか、ケーキナイフを手にウルシュラが声をあげた。
「君に選んでもらおうと思って」
ロジオン皇太子はにっこり笑って言った。ウルシュラは後ろに下がろうとしたが、東屋の柱が背後にあったため、そこで下がるのを断念した。
「君がここで女王になることを明言すれば、君の祖母の解毒薬を渡してあげる。ついでにエリシュカ女王とシルヴィエ前女王も命までは取らないであげよう」
ロジオン皇太子が笑顔で言ったことに、エリシュカは青ざめ、シルヴィエは真剣な表情になった。じっとウルシュラを見つめいている。
「だが、断るというのなら、ここで三人と、護衛たちも殺して無理やり君を女王にするよ。君の悪名がまた増えるね」
ロジオン皇太子はそう言って楽しげに笑った。ウルシュラは一瞬顔をこわばらせ、そして笑った。
「何がおかしい」
「一つ選択肢が抜けているわ。私が自殺する可能性は考えないのかしら」
「エレオノーラ叔母上のように?」
「……知ってたのね」
自分の首筋にケーキナイフを当てたウルシュラは、意外そうにロジオン皇太子を見た。驚いたのはエルヴィーンたちの方である。
ウルシュラの母、つまり、スヴェトラーナ帝国先代皇帝の第三皇女エレオノーラは、ずっとウルシュラが殺害したと思われていた。彼女自身がそう申告したからだ。謀反人の妻をそのまま生かしておけないという理由で、殺した。彼女の申告では、少なくともそうなっていた。
エルヴィーンもうすうす気づいていたが、ウルシュラは親しい人間を殺せるほど冷酷ではない。むしろ、情が深いくらいだ。そんな彼女が、親を殺すとは思えなかった。
「馬鹿な人だよ。叔母上は」
「馬鹿なのはあなたよ」
ウルシュラは意外なほどはっきりした口調で言った。ロジオン皇太子は気に障ったようで、ぴくっと眉を吊り上げ、わざとらしいほどにっこり笑った。
「どういう意味かな、オリガ」
「三年前、先代フィアラ大公はシルヴィエ女王に対して謀反を起こしたわね。あれは、あなたにそそのかされたんでしょう」
「意味が分からないね」
ロジオン皇太子はしらばっくれているが、ウルシュラには確信があるらしい。そのまま話を続けた。
「あなたは当時から、私を女王にするように父に要請していたはずだわ。父も母も、私になにも話さなかったけど様子を見ていればわかるわ。あの状況で、父が謀反を起こすなんて不自然すぎるのよ」
誰もが思っていたことを、謀反の首謀者の娘ははっきりと口にした。
「あのまま、何も起こらなければ、おそらく、私は今頃女王だったでしょう」
「……なに?」
「調査が不十分だったということよ。あの時、すでに、女王はエリシュカか、私かどちらかしかありえなかった。ヘルミーナ女王の孫であるということで、私の方が優勢であったと言ってもいい」
確かに、当時、女王選挙はエリシュカかウルシュラかで割れるだろうと言われていた。ヘルミーナ女王の孫娘であり、帝国皇女の母を持つウルシュラの方が若干優勢だったのは否定できないかもしれない。
「あのまま、手を出さなければ、あなたはスヴェトラーナ皇族の血を引く女王を輩出できていたということよ。私が女王になればあなたが干渉してくると考えて、父はむしろ、『私が女王にならないように謀反を起こした』のよ」
「……ウルシュラ」
エリシュカが小さくつぶやいた。確かに、謀反人の娘が女王になる可能性は低い。だから、ウルシュラは女王候補であることをやめて、フィアラ大公位を継ぐことにしたのだろう。
「あなたの思惑は、三年前にすでに潰えていたの。あなたは私の父に負けたの。目先の欲に目がくらんで、レドヴィナの内情を知ろうともしなかったのね!」
「黙れ!」
ロジオン皇太子がウルシュラの顔を拳で殴りつけた。彼女は吹っ飛びそうになったが、隣に倒れたヘルミーナがいたので、耐えた。しかし、東屋から転げ落ちた。
「ウルシュラ!」
エリシュカがオレクの拘束から逃れようともがくが、当然無理だった。ロジオン皇太子は東屋から降りると、起き上がろうとしたウルシュラの腹を蹴った。
「この小娘が! よくも私に恥をかかせてくれたな!」
「……自業自得よ」
吐き捨てるように言ったウルシュラに向かって、ロジオン皇太子は再び蹴りを入れた。あろうことか、従妹に向かって剣を向ける。ウルシュラはその切っ先を無感動に見つめた。
「いいのかしら。私が死ねば、レドヴィナでのあなたの手駒はなくなるわよ」
「思い通りにならないものは手駒とは言わない。ない方がマシだ。ほかにいくらでも手はある」
「やっとわかってくれたの。うれしいわ。でも、エリシュカが女王である限り、レドヴィナはあなたの思うとおりになんかならないわ」
「お前を殺して、エリシュカ女王もすぐにお前のもとに送ってやる。そうすれば、お前もさみしくないだろう」
「あら? どうやら、お父様に会いに行けるのは私だけのようよ」
ロジオン皇太子が振り返った。ウルシュラが彼の気を引いている間に、エルヴィーンたちはエリシュカとシルヴィエを救出し、エリシュカはヘルミーナの容体を見ていた。さらにロジオン皇太子がカッとなる。
「この小娘が!」
ロジオン皇太子がウルシュラに向かって剣を振り上げた。剣先がぶれていたが、ウルシュラには避けるつもりがないらしい。それを見た瞬間、拘束していたスヴェトラーナの近衛兵を放り出し、エルヴィーンはロジオン皇太子に組みついた。
「何してるの、あなた!」
ウルシュラが腹をおさえながら立ち上がったのが見えた。それにほっとした瞬間気が緩み、ロジオン皇太子の剣を受けそうになった。
「やめてっ!」
ウルシュラがロジオン皇太子に向けて掌を向けた。おそらく、魔法が飛び出したのだと思う。ロジオン皇太子が吹っ飛び、薔薇の生垣に突っ込んだ。彼はすぐに立ち上がったが、薔薇のとげで服が裂け、肌から血が流れていた。
「あっ……」
ウルシュラは自分がやったことに蒼ざめた。懲りないロジオン皇太子は、落とした剣を拾ってウルシュラに振りかぶった。剣を持っていなかったエルヴィーンは、ウルシュラを力任せに引っ張り地面に引き倒す。そして、自分はそのままロジオン皇太子の手首をつかんで拘束した。
「大公! 解毒薬!」
「あっ、そうか!」
ウルシュラは立ち上がると、エルヴィーンが拘束しているロジオン皇太子の服をまさぐった。内ポケットから解毒薬を発見し、それを持ってヘルミーナのいる、エリシュカの方に走った。
「この……っ。貴様!」
怒声を上げ、腕を振り回したロジオン皇太子の肘が頬にもろに入ったが、エルヴィーンは耐えた。だが、腹部に感じた熱い痛みは耐えられず、エルヴィーンはロジオン皇太子から手を放して膝をついてしまった。
「エルヴィーン!?」
気づいたカレルが駆け寄ってくるが、その前にロジオン皇太子に傷口に蹴りを入れられた、うめき声を漏らさないように歯を食いしばる。見ると、刺さっているのは先ほどウルシュラが持っていたケーキナイフだった。
「貴様! よくも、よくもこの私をっ!」
「やめてください!」
今度はカレルがロジオン皇太子を後ろから羽交い絞めにして拘束した。そのまま「大丈夫!?」とエルヴィーンに声をかけてくる。
いや、大丈夫じゃないかもしれない……。というつぶやきは声にならずに、そのままエルヴィーンは気を失った。
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