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選択の理由【3】










 先代女王シルヴィエ・ハニーズディル。御年五十一歳。現ヴェセルスキー公爵の妹にあたる。レドヴィナでは、戴冠式に先代女王から次の女王に王冠クラウンが渡される。つまり、現女王であるエリシュカに王冠をかぶせたのは彼女になる。



 そして、先々代女王ヘルミーナ・ヴァツィーク。御年六十八歳。十六歳という、歴代最年少で女王に即位した女性である。現フィアラ大公の祖母にあたり、顔立ちはあまり似ていないが、意志の強そうな目や雰囲気がウルシュラにそっくりだった。



「ようこそ、レドヴィナ王国へ。またお会いできてうれしいですよ、ロジオン殿下」


 本当にそう思っているのか不明な笑みを浮かべて、先々代女王ヘルミーナが淡々と言った。エルヴィーンは先々代女王に初めて会ったが、なかなかとっつきにくそうな人だ。それをものともせずロジオン皇太子がニコリとほほ笑む。


「また来ることができてうれしいですよ、ヘルミーナ様。シルヴィエ様も、相変わらずお美しいですね」

「まあ。うれしいことをおっしゃって下さいますね」


 先代女王シルヴィエは優しげに眼を細めた。しかし、この優しげな外見にだまされてはならない。この優しげな先代女王は、一人で刺客を十人を斬り殺した逸話の持ち主なのである。彼女は武断の女王なのだ。


 この別荘にやってきたのは、この二人の女王に会うためだ。退任した女王は、原則として王都に住むことができない。たいていは実家の領地、もしくは女王の直轄地の一つに暮らす。それぞれの住まう地にこちらから会いに行くよりも、二人に王都郊外の別荘へ来てもらう方が面倒がない。


 ちなみに、先代女王シルヴィエは女王の直轄地に、先々代女王ヘルミーナはフィアラ大公家の領地に暮らしている。現フィアラ大公であるウルシュラがなかなか王都を離れられないため、ヘルミーナは代わりに領地経営を行っているのだと思う。


 それぞれ簡単にお昼を済ませたあと、この別荘の庭の散策を行った。さっきから別荘、別荘と言っているが、実際には離宮に近く、建物は簡素ながら庭はかなりの規模を誇る。むしろ、郊外だから庭に力を入れているのだろう。カントリーハウスのようなものだ。


 ここでの主役はロジオン皇太子と先の女王二人だ。そのため、現女王であるエリシュカと、フィアラ大公ウルシュラは、前を歩く三人から若干距離を取って歩いていた。

「この屋敷に来たのは初めてですが、美しい庭ですね」

「いくつかの区画に分けて、四季折々の花を植えていますの。まあ、レドヴィナでは夏は短いのですけどね」

 つまり、季節により花の咲く区画が違うということだ。魔法で花の成長を助けている面もある。特に、冬花の区画はほぼ魔法に頼っている状態。エルヴィーンとラディムも、基礎情報を叩き込まれている。主にウルシュラに。彼女の説明はわかりやすかったが、だが、それにしても容赦なく叩き込まれた。


 その祖母であるヘルミーナも口を開く。


「魔法で品種改良された花もありますのよ。特に、青薔薇は見ていただきたいですわね」


 ロジオン皇太子とシルヴィエ、ヘルミーナは一見和やかに会話しているように見えるが、何となく空恐ろしいものを感じるのはエルヴィーンだけだろうか。そう思ったが、ちらっと見たところ、ラディムも顔色が悪いし、エリシュカとウルシュラもはらはらした表情になっているから、エルヴィーンの気のせいではないのかもしれない。


 よくない雰囲気を振り払うためというか、とりあえずヘルミーナおすすめの青薔薇を見に来た。


 どう考えても今は薔薇の開花時期ではない。薔薇の開花時期は、品種によって多少の差があるものの、大体は初夏だ。秋薔薇は秋に咲くが、初夏に花咲く薔薇が多い。しかし、今は晩夏である。春薔薇が咲くには遅く、秋薔薇が咲くには早い。


 なのに、満開だった。おそらく、魔法の使える庭師が、歴代女王とロジオン皇太子が来ると聞いて咲かせたのだろう。季節的に不自然だが、きれいであることは認める。


 青薔薇を最初に開発したのはなんとレドヴィナ王国らしい。しかも、魔法の研究者だったヘルミーナの夫。つまり、ウルシュラの祖父だ。


「わたくしの即位十周年の年に、夫が品種改良したものをプレゼントしてくれたのですよ……ねぇ、ウルシュラ」

「あっ、はい」


 突然話を振られたウルシュラは、まずびくっとして、それからうなずいた。偉大なる女王である祖母を前にして緊張しているのか、ウルシュラは借りてきた猫のようにおとなしかった。父方の親類であるヘルミーナと、母方の親戚であるロジオン皇太子がいるので板挟みで居心地が悪いのかもしれない。親戚だが、彼女はどちらも苦手そうだ。


 そんなウルシュラにエリシュカがささやく。ここまで来ると、ウルシュラはエリシュカの相手をするために連れてこられたとしか思えない。まあ、ウルシュラの両親側の親戚がいるので、彼女とエリシュカの仲が悪くても連れてこられただろうけど。


「ね、今の話、本当?」

「いや……私が生まれた時にはもう祖父は亡くなっていたから、真偽は不明なんだけど」


 ウルシュラも小声で返した。しかし、ヘルミーナから「聞こえていますよ」と注意が飛んで、二人は肩をすくめた。シルヴィエがふふふ、と笑う。

「相変わらず仲がいいようね、二人とも」

「はい。もちろんですわ」

 エリシュカがウルシュラと腕を組んでうなずいたが、ウルシュラは視線を逸らした。しかし、エリシュカは気にせず、ここぞとばかりに続ける。


「ウルシュラはしっかり者ですけど、ここぞという時に抜けていることもあるから、ちょっと心配な妹みたいな感じなんです。かわいいでしょう?」


 うん。絶対にヘルミーナよりもエリシュカのほうがウルシュラをかわいがっている。「かわいい」と評されたウルシュラは若干引き気味だ。

「ウルシュラ。気を付けるのですよ」

「は、はい」

 ヘルミーネが厳しい口調で言った。よほどこの祖母が苦手なのか、ウルシュラは控えめにうなずいた。短い返事ですらどもっている。いつもに比べておとなしいウルシュラを見て、シルヴィエが微笑む。


「ほら、ヘルミーネ様。あまり怖い顔をなさいますと、お孫さんに嫌われてしまいますわよ」


 茶化すようにそう言ったが、あまり場の空気は改善されなかった。ウルシュラは緊張気味に顔をひきつらせているし、ヘルミーナは笑っているがその心の奥が見えないのが主な原因と思われる。こいつら、空気を和ませる気がない。


 だが、年の功なのかわからないが、シルヴィエとヘルミーナはロジオン皇太子に対して物おじせず、対等に渡り合っている。むしろ、この元女王二人の方が上手だ。もはや現女王はおまけのような気もする。まあ、本人はそのことにほっとしているようだが……。


 王都郊外まで出てくれば、星がよく見える。王都では明るすぎて見えない星もくっきりだ。エルヴィーンは時間があれば毎日しているように、星の位置を星図に書き込む。


 与えられた部屋の窓から夜空を見上げていると、ふと昼間に散歩した庭が眼に入った。何故気に止まったのかと目を凝らせば、人が動くのが見えたからだ。輝くような金髪と、闇に溶けるような黒髪。ロジオン皇太子とウルシュラだ。眼を凝らして彼らを見るが、会話は聞こえてこなかった。


 やがてロジオン皇太子らしき人影がウルシュラを突き放すと、さっさと別荘の中に入って行った。しりもちをついたウルシュラは立ち上がったが、すぐには建物の中に入らず、噴水に腰かけた。そのまま空を見上げているようである。


「……大公?」


 とても小さな声でつぶやいたのだが、ウルシュラに聞こえたのか、彼女はきょろきょろと周囲を見渡した。部屋が暗いのでエルヴィーンのことは発見できなかったらしく、首をかしげながら建物の中に入って行った。

 エルヴィーンも星図をしまうと、窓を閉め、ベッドに入った。女王の直属護衛であるエルヴィーンとラディムにはあまり夜勤がない。

 ロジオン皇太子は、何を考えてウルシュラを脅すのだろうか。彼女に、何をさせたいのだろうか。考えてみたが、やはりエルヴィーンには謀は向かないらしく、気が付いたら眠りに落ちていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


シルヴィエは一代前の女王。ヘルミーナは二代前の女王で、ウルシュラの祖母。


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