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選択の理由【2】









 翌日。学校見学にやってきたウルシュラは、いつも通りの不遜な態度であった。


「なるほど。学校も整備されているし、教育制度もよくできています。我が国ではまず無理ですね」


 ロジオン皇太子がほめた。教育関連の責任者はウルシュラなので、今回エリシュカはついてきているだけで、説明のほとんどはウルシュラが担っている。


「ありがとうございます。スヴェトラーナ帝国は大国ですからね。さほど大きくないレドヴィナ王国だからこそ、この方法で教育制度を整えることができたのだと思います」


 ウルシュラがニコッと微笑んだ。そのどこか腹黒そうな、気の強そうな笑みはいつもの『フィアラ大公』だ。


 ちなみに、レドヴィナ王国は小国に分類される。ウルシュラがロジオン皇太子とごたごたを起こしたくないのは、レドヴィナが小国でスヴェトラーナ帝国が大国だからだ。国力が違いすぎるのである。小国は大国の機嫌を損ねない世に振る舞わないと、つぶされてしまうかもしれない。いくら女王や大公が優秀でも、国力の差ばかりはどうにもならない。数の暴力は怖い。


 今回、視察に来たのは貴族の子供たちが通う高等教育学校だ。王立ツァルダ高等教育学校という。平民が通う学校にも行こうかと思ったが、議会で許可が下りなかった。ウルシュラも粘ったのだが、むしろ、下院の『皇太子が来てもどうすればいいかわからない。ストレスがたまる』という意見にあきらめた。

 さすがは貴族の子息子女。礼儀が行き届いている。まじめに勉強しているように見えるのは視察が来ているからかもしれないが。それにしても、時々ウルシュラに鋭い視線が飛んでいるような気がするのは気のせいか?


 そのまま王立エヴェリーナ大学を視察する。ちなみに、この大学はレドヴィナの初代女王の名をいただいている。尊敬される彼の女王の名が、そのまま大学の名前として使われていた。


 エルヴィーンは騎士学校を卒業している。そのため、学問を修めるための学校が物珍しく見えた。ラディムも同様のようで、興味深げに女王の後をついて行っていた。


 視察を終えて、夜には晩餐会だ。通常、王族のいる国では、国賓を招くときは王族が同席するのだろう。しかし、レドヴィナ王国には王族が存在しない。そのため、女王、三人の大公、五人の公爵が晩餐会に出席する。


 そして、エルヴィーンとラディムも護衛として女王の背後に控えている。二人とも父親が晩餐会に出席しているので、微妙に居心地が悪い。


 晩餐会は宮殿内の最も豪華な食堂で開かれた。出席者は全員で十名。


 まず、最奥の主賓席には国賓であるロジオン皇太子。その右手には女王エリシュカ。左手にはフィアラ大公ウルシュラ・ヴァツィーク。本来なら、この席に宰相であるバシュタ公爵が来るのだが、主賓であるロジオン皇太子がウルシュラの従兄であることが考慮されたのだろう。

 というわけで、今回は女王エリシュカの隣にバシュタ公爵が来ている。その向かい側にはエリシュカ女王の父親であるソウシェク大公。さらにその隣にオルシャーク大公が来て、その向かい側には先代女王の兄ヴェセルスキー公爵。その隣にはエルヴィーンの父カラフィアート公爵が座り、その向かい側にはラディムの祖父ニェメチェク公爵。その隣の末席にムシーレク公爵が座っていた。

 つまり、上座から順番にエリシュカ、バシュタ公爵、ヴェセルスキー公爵、カラフィアート公爵。その向かい側の席は、上座からフィアラ大公、ソウシェク大公、オルシャーク大公、ニェメチェク公爵、ムシーレク公爵の順に座っていることになる。なんだかウルシュラの席がかわいそうな位置なような気がする。


 全員が席に着き、全員の前にワインの入ったグラスが配られたのを確認してから、エリシュカがワイングラスを手に取った。


「それでは、ロジオン皇太子の歓迎と、よりよいスヴェトラーナ帝国とレドヴィナ王国の関係を祈って、乾杯といたしましょう」


 全員が静かにワイングラスを持ち上げ、少しグラスを前に出して乾杯するふりをした。これが正しい作法なのである。

 乾杯が終わったところで前菜が運ばれてくる。ロジオン皇太子を歓迎するための晩餐会なので、レドヴィナ王国風の料理が次々と出てくる。それを味わいながら、参加者たちは和やかに談笑する。……見た目は。


「レドヴィナの料理はおいしいですね。隣国なのに、これほど風習に差があるとは」


 ロジオン皇太子が感慨深げに言った。これが演技なのかどうなのか、エルヴィーンには判断がつかない。

 エリシュカとウルシュラも笑顔でロジオン皇太子との歓談に応じているが、その心うちはわからない。権力を持つと、その心を隠さなければならないのだろうか。


 見ると、ウルシュラは首元を隠すドレスを着ていた。エリシュカが首元の痣は治したはずだが、もしかしてロジオン皇太子にそのことを知られたくないのだろうか。手にも肘までの手袋をしている。


 そして、何故かエルヴィーンの父であるカラフィアート公爵が、エリシュカの方ではなくウルシュラの方をじっと見ていた。睨んでいるわけではないが、視線を受けたウルシュラが居心地悪そうに身じろきしている。


 あれか。長兄のルドヴィークがエルヴィーンをフィアラ大公に『差し上げ』ようと考えているせいか。ちょっと呆れたが、一介の護衛であるエルヴィーンに止めるすべはないので放っておくことにした。


「この魚、おいしいですね」

「夏の北海でとれた白身魚ですわ。魔法により長期保存を行えるように施し、この王都クラーサまで運んできたものです」


 エリシュカがニコリと微笑んで言った。相変わらず目が笑っていないが。ものすごく居心地が悪い。その向かい側でウルシュラは淡々とムニエルを食べているし。そう言えば、彼女はひたすら食べるだけで酒類はそれほど口にしていないように見える。エリシュカは結構飲んでいるが。大丈夫なのだろうか。ヤケ酒にも見える。


「魔法ですか……だいぶ魔法要素は弱まっている世界ですが、この国は魔法と科学が融合して高い技術力を保っているようですね」

「そうですね……もともとレドヴィナは魔法石で生計を立てていましたから」


 レドヴィナの北部は鉱山であるが、そこでもともと産出されていたのは鉄鉱石などではなく、魔力を含む石、魔法石だ。

 現在は魔法的要素が弱くなってきているので、その石の力、需要は下がってきているが、今もレドヴィナ国内では燃料の一種として使われている。一部科学が代用しているが、それでも、レドヴィナは魔法と科学の両方があるからこそ発展しているのだ。


「そう言えばオリガ。調子が悪いようだったけど、大丈夫かい?」


 ロジオン皇太子がウルシュラに言った。相変わらず、彼女のことをスヴェトラーナ風にオリガと呼んでいるらしい。調子が悪い、と言うのは彼女の首を絞めた件のことだろうか。思わずエルヴィーンはロジオン皇太子の方を睨んでしまった。

 ウルシュラは眼鏡の奥で一瞬目を細めた。それから微笑んだがやっぱり目が笑っていない。


「ええ。大丈夫ですわ。ご心配なく」


 お世辞だろうが、オルシャーク大公が「ご兄妹のように仲がよろしいですね」と言ったが、彼も目が笑っていなかった。みんな、ロジオン皇太子を警戒している。

 居心地の悪い晩餐会がお開きになり、先に歩いて行ってしまったウルシュラを追って、エリシュカはドレスの裾を持ち上げて走った。


「陛下! 危ないです!」


 ラディムが注意を促すが、エリシュカは走ってウルシュラに追いつき、彼女の肩に手を置いた。


「ウルシュラ! 大丈夫?」

「平気よ。あとで兄妹扱いしたオルシャーク大公にも釘を刺しておくわ」


 彼女は盛大に鼻を鳴らすという貴族の女性らしからぬ態度をとると、くるりと背を向けて歩いて行った。現在、暮らしている部屋が近いので、ウルシュラの進行方向とエリシュカの進行方向は同じなのだが、エリシュカは速足で去って行ったウルシュラの後は追わず、ゆっくりと歩き出した。


「少し調子は戻ってきてるみたいね。顔をしかめられたけど……」


 エリシュカがほっとしたように言った。その言葉にラディムが顔をしかめる。

「ですが、陛下に顔をしかめて見せるってのはどうなんですかね」

「ロジオン皇太子といざこざがあったことを、わたくしに隠しておきたかったのでしょ。知られてしまったから、怒っているのよ……。ああ、別にエルヴィーンは悪くないわよ。わたくしが聞いたから、あなたは答えてくれただけだもの」

 エリシュカはそう言ったが、それでエルヴィーンの気が晴れるかと言ったらそうでもない。エルヴィーンの中にはウルシュラを裏切ってしまった、という思いが強く残っていた。


「あの子は、人に頼るということを知らないのよねぇ」


 エリシュカは歩きながらため息をつくように言った。その言葉にエルヴィーンとラディムは顔を見合わせたが、続く言葉が出ることはなかった。



 さらにその翌日は、王都郊外の女王の別荘に向かって出発した。エリシュカ女王とロジオン皇太子のほかに、同行者として、ロジオン皇太子の従者のオレクと護衛たち。女王の補佐代わりにロジオン皇太子の従妹であるウルシュラとその護衛(エルヴィーンたち含む)。宰相のバシュタ公爵は留守番だ。女王のほかに彼までいなくなってしまえば、政務が回らなくなる。

 女王の護衛であるエルヴィーンはともかく、ロジオン皇太子の従妹であるという理由だけで連れまわされているウルシュラはさすがに不憫である。


 王都郊外の別荘には、足掛け二日かかった。馬を飛ばせば一日で到着するのだが、今回は馬車が三台連なっているので、のんびり進んでいたのだ。

 当初の予定では、ロジオン皇太子の話し相手としてウルシュラが彼と同乗する予定だったが、いい意味で予定が狂い、ウルシュラは今、エリシュカと同じ馬車に乗っていた。


「……エリシュカ、大丈夫?」


 騎馬のエルヴィーンからは馬車の中の様子は見えないが、ウルシュラはエリシュカが自分とロジオン皇太子との問題に首を突っ込んできたことを根に持っているらしく、少々とげとげしい口調で、しかし、どこか心配そうな声音でそう言うのが聞こえた。器用だな。

 最近のストレスがたたったのか、エリシュカは馬車酔いしていた。馬車酔いしている女王を一人で馬車に乗せておくのもどうかと考え、ウルシュラがこちらの馬車に乗ったのである。もちろん、ストレスの原因は別の馬車に乗っている大国の皇太子殿下だ。


 エリシュカもいつもなら馬車酔いなどしないのだが、ストレスとは恐ろしいものである。


 王都の端の宿で一泊し、翌日の昼前には目的の女王の別荘に到着した。


 別荘の前には二人の女性が待っていた。老齢に差し掛かる年齢の二人は、馬車から降りたエリシュカとロジオン皇太子に向かって上品に礼をした。


「お会いできて光栄です。エリシュカ陛下、ロジオン殿下」


 より年かさに見える女性が生真面目な口調で言った。まっすぐにロジオン皇太子を見たその目は意志が強そうで、何となく、ウルシュラに似ていた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


冷酷になりきれない女、ウルシュラです。


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