表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/41

『悲しき乙女のレクイエム』【5】

ウルシュラが安定的に性格悪いのでご注意ください。裁判の続きです。












「でっ、でたらめだ!」



 イザークが叫んだ。その言葉を聞いたウルシュラは再びにやりとした笑みを浮かべる。


「あら。それは私に向けた言葉? 私が仮にも貴族筆頭、フィアラ大公であることをお忘れ? 不敬罪を追加して差し上げてもいいのよ?」

「……そんなことは、不可能なはずです」

「まあ冗談ですけど」


 いや、でも、ウルシュラならできそうだ、と思ったエルヴィーンはたぶん悪くない。



「でたらめかどうか決めるのはあなたでも私でもない。裁判長であるバシュタ公爵。宰相閣下なら公平な判断を下してくださるでしょう」



 裁判長席に座るバシュタ公爵が重々しくうなずいた。イザークが顔をしかめる。ウルシュラは自分が資料として持ってきた紙の束を軽くたたいた。


「この裁判は私が犯人だと言うことで開かれましたが、私は自らの嫌疑を晴らすためにイザーク・トマンが犯人である可能性を示す証拠を集めてきました。もちろん、私の話を聞いたうえで私が有罪だと思うのであれば、そう判断していただいて結構です」


 これは、ウルシュラが自分に絶対の自信があるのか、自分がどうなっても良いと考えているのか微妙なところだ。両方だろうか。


「まず、動機についてですが、彼がスラニナ子爵夫人と愛人関係であった、という事実を上げさせていただこうと思います」

「わ、私と夫人はよい友人関係であった……」

「……まあ、それでもかまいませんけど。どちらにしろ、友人と言うには親密すぎる関係だったようですね。普通、友人同士で会うのに人目を忍ぶ必要はありませんから」

「……」


 ウルシュラ、容赦がない。ほら、イザークが震えている。殺人教唆犯であるのだろうが、何となく、彼に同情してしまった。


「また、イザーク・トマンは民間法律家でありますが、自らが法律家であると言うことを利用して相手の懐に入り込む。それが手口の詐欺師である、と言うのが実情でしょう」

「名誉棄損だ!」

「何度も言うけど、先に私を犯人扱いしたのはそちらです。不敬罪で訴えられたくなければ聞かれたことだけに答え、あとは黙っていなさい」


 ウルシュラがぴしゃりと言った。イザークは素直に口をつむぐ。


「最近、富裕層の平民が爵位を買う、という事例が多数報告されています。これ自体は違反ではありませんが、これを受け、自分も爵位が欲しいと考えるものは増えたでしょうね。そこで話が戻りますが、民間法律家は頭が良くなければなれませんが、儲かるわけではありません。もちろん、爵位を買えるほどの給金は入らないでしょうね」


 自らも法学者であるからか、ウルシュラの言葉は確信めいていた。



 彼女の言うように、最近は下位の爵位を買う、という事例がいくつか報告されている。準男爵や騎士侯の準爵位を買うものが多いが、中には男爵位を買った例もあるので、本当にこの頃は金で爵位が買えてしまうのだ。

 この辺りでも問題が発生しているのだが、話がややこしくなるので話を進める。

「イザーク・トマンは、友人たちにかねてから爵位が欲しいとの言葉を漏らしていたと報告されています」

「それは……」

「私、黙っていろと言いましたよね」

 イザークが何か言う前にウルシュラが釘を刺した。イザークは黙り込む。完全に「はい、黙ります」の状態だ。

「法律家になれば、それを利用して爵位をかすめ取ることも難しくない、と酒の席でこぼしたこともあるそうですね」

「酒の席の戯れです」

 イザークは強い口調で言い切った。しかし、覚えがあるからか緊張した面持ちであり、動揺しているのがありありとわかる。


「そうかもしれませんけど、私より条件がそろっていると思いますよ。爵位が欲しい平民。愛人は子爵夫人で、もしその夫が亡くなれば、夫人が爵位を預かることになるかもしれない。というか、そうなるように仕向ければいい。法律家と言うだけで、結構信頼を得られますからね」

「……」


 ウルシュラが言うことも結構暴論だ。案の定、イザークは言った。



「そんなの、あなたの推測にすぎない」



 その言葉を受けたウルシュラは何度か瞬きし、それからニッと口角をあげた。


「確かにその通り。そして、動機など、どうでもよろしい。真実がわかるなら、それでいいでしょう」


 そう言う彼女の手元には再び紙の束。今度は何の資料だ。

「こちらはスラニナ子爵が亡くなった日のオペラ座の観客名簿。アロイス・レフキーの名がありますが、これはイザーク・トマンが良く使用する偽名ですね。証拠として、クラブの会員名簿をどうぞ」

 無造作に差し出されているが、すでに資料の量は半端ではない。彼女はどうやってこれだけの資料を運び込んだのだろうか。紙とはいえ、これだけあればかなりの重量だろう。

「問題の日、イザーク・トマンはオペラ座に居ました。そして、そして、ツレクの入手者の中にも名があります」


 なにより、とウルシュラは話を続ける。



「イザーク・トマンはスラニナ子爵が人事局に配属されてから罷免された官吏の一人です。正規の官僚ではありませんでしたが、その時のことを逆恨みしていても不思議ではありませんね」



 そう言えば、エリシュカが女王になり官吏の異動が行われた時、無能な官吏、および下請けの民間職員が切られた、と言う話しを聞いたことがある。何度も言うが政治は専門外なのでよくわからないが。

「裁判長。私からは以上です」

 ウルシュラがそう言って話を切った。公平に見れば、ウルシュラにもイザークにも動機はあり、スラニナ子爵の殺害は可能だった。忘れてはいけないのは直接の実行犯が夫人であることであるが。











「そもそも、犯罪教唆を証明するのは難しいわ」



 そう言ったのは、もちろんウルシュラだ。裁判から二日後のことで、エルヴィーンは再び王都で彼女と遭遇していた。

「だから、殺人教唆で訴えられた私は、初めから勝訴する可能性が高かったと言うわけ」

「なるほど……というか、検事やその他関係者を買収していただろう。完全に出来レースじゃないか」

 エルヴィーンがつっこむとウルシュラは日傘の下からこちらを見上げ、にやっと笑った。

「買収はしていないわ。誠意に訴えただけよ」

「私にしたようにか」

「んん。どうかしらね」

 ウルシュラは笑ってはぐらかした。怪しすぎる。まあ、たぶん、買収はしていないと思うが、脅すくらいはやってのけただろう。



 もともと、ウルシュラの目的は自分の嫌疑を晴らすことではなく、スラニナ子爵夫人と民間法律家イザーク・トマンを法廷に引きずり出す事だった。そこで心理的に追い詰め、自白させるのが目的だったと思われる。実際、スラニナ子爵夫人は事の真相について細かく供述し始めているらしい。イザークは別件で事情聴収を受けているらしいが、捕まるのも時間の問題だろう。

 それにしても、自分に嫌疑をかけて裁判を開くとは、万が一有罪判決を受けたらどうするつもりだったのか。彼女には被虐趣味でもあるのだろうか。

ぽーっというかわいらしい汽笛が聞こえた。川沿いに下流に向かって歩いていた二人は立ち止ってフメラ川の方を見た。遊覧船が着眼しようとしているところだった。



「……乗るか? 遊覧船」



 ウルシュラが遊覧船の方を見ているのに気が付いて、エルヴィーンは言った。何となく遊覧船の発着場に向かい、船に乗り込んだ。乗り込む際に彼女に手を差し出したら、変な顔をされた。だが、その手を取ってウルシュラは遊覧船に乗り込んだ。


 甲板から王都の街並みを観察しながら、話の続きである。


「それと、あの法律家は平民だよな? 貴族になることは可能なのか?」

「不可能。エリシュカもそう言ってたでしょ?」

 日傘で肩をとんとんとたたきながら、ウルシュラが言った。確かに、エルヴィーンはエリシュカにも同じ質問をしていた。エリシュカは、



「不可能よ。確かに、爵位を持つ夫が亡くなったあと、その未亡人が爵位を継ぐことはあるわ。でもそれは子供が大きくなるまで、とか、次の当主が決まるまで、とか限定的なものよ。だって、嫁は他の家から嫁いできてるもの。未亡人が爵位を他人に、しかも平民に与えることなんて不可能なの」



 と言っていた。もしかしてウルシュラに尋ねれば違う返答が来るかもしれない、と思ったのだが、彼女の解説はエリシュカのものとほぼ同じだった。


「まあ、爵位は金で買うこともできるけど、子爵位を買おうとしたら、平民が人生を二度経験できるくらいの金額が必要ね。あと、時期が悪かったのもあると思うわ。エリシュカは甘いけど、しっかりしてるもの。法律の隙をつく真似なんて、させないと思うわ。たとえ、計画があのまま遂行されていたとしてもね」


 エリシュカが行った説明とほぼ同じことを言った後に、ウルシュラはそう付け加えた。確かに。フィアラ大公もいるしな。

 その後は沈黙が続く。王都の街並みがゆっくりと流れていく。ウルシュラが反対側の岸を見るように柵に寄りかかった。二人は並んでいるが、逆の岸の方を見ていた。

「そう言えば、まだ聞きたいことがあった」

「……何よ」

 ウルシュラが端的に促す。エルヴィーンは言った。


「あなたの眼鏡は、度が入っているのか?」


 唐突過ぎる、しかもちょっとふざけた質問に、ウルシュラはさすがに目を見開いた。しかし、すぐに答えた。

「伊達眼鏡よ。度は入ってないわ……変装するときに印象が変わって便利だから、使ってるだけ」

「眼鏡くらいで印象が変わるのか?」

「輪郭はゆがむわよ。眼鏡をかけると、どうしても眼鏡の印象が強くなるのよ。だから、パッと見はわからない場合が多いわ……あなたが特殊なのよ」

 ウルシュラにズバッと言いきられ、エルヴィーンは肩をすくめた。確かに、宮殿に出仕するとき、ウルシュラは眼鏡をかけ、髪を結い上げ、色の濃いかっちりしたドレスを着こむことが多い。プライベートである今は明るい色合いのドレスを着ていて、髪もおろし髪で眼鏡もなし。パッと見は、印象が違うかもしれない。宮廷ではかなり大人びて見える彼女も、今は年相応の娘に見える。見た目だけなら。


 調子に乗って、さらに尋ねてみる。


「それと、大公の魔術ってなんだ?」

「あら。つっこんでくるわね」


 ウルシュラは面白そうにふふふ、と笑ったが、何かをたくらんでいるようにしか見えないのは何故だろうか。

「何だと思う? 私の魔術」

「……わからないから聞いているんだが。まあ、瞬間記憶能力とかはありそうだな、と思う」

「そうね。あるわよ。治癒魔法も使えるけど、エリシュカよりは弱いわね。まあ、攻撃魔法は得意よ、とは言っておくわ」

 はぐらかされた。まあ、確かに自分から手の内を明かす愚は犯さないよな。何しろフィアラ大公だし……。

「私も聞いていいかしら」

「ああ」

 ウルシュラがこちらを見上げてきたので、エルヴィーンはうなずいて見せた。彼女はそれを見て「じゃあ」と口を開く。


「どうしてあなたは、私に付き合ってくれているのかしら」


 ……それはウルシュラに『どうして街をぶらついているんだ』と尋ねるのと同じレベルの質問だと思われるが。とはいえ、エルヴィーンはそう答えず、律儀に言った。

「……放っておけないから、だろうな。大公が一人で王都とはいえ街をぶらつくなんてありえん」

「その『ありえん』現象があなたの目の前で起きているということね。一応、何人か影ながら護衛はついているのよ?」

「……そのようだな」

 エルヴィーンは、ウルシュラの後を見つからないようについてくる人間がいることに気が付いていた。むしろ、初めはそのついてくる人間が気になったから、ウルシュラと行動しよう、と思ったのだ。まあ、街で二回目に出会った時のことだが。


 しかし、すぐに彼らはウルシュラの護衛だと気が付いた。さすがに、大公を一人で歩かせる、などということはしなかったらしい。当然だ。本人に尾行がばれているのはご愛嬌である。

 それでも、エルヴィーンがウルシュラに付き合う理由。彼女の安全は確保されているのに、何故彼はウルシュラに付き合うのか。それは単純に、『何となく、放っておけないから』だ。


 エルヴィーンは、主君である女王エリシュカにも、ウルシュラが一人で街をぶらついていることを言っていない。ウルシュラが言うな、と言ったからだ。自分を「信用はしている」と言われた以上、エルヴィーンにはウルシュラの信用にそむいて、女王にいう気にはなれなかった。



 何故だろう。



 そう思わないではないが、エルヴィーンはあえて考えないようにしていた。

「……ねえ。もう一つ聞いていいかしら」

 しばらく沈黙しつつ、相変わらずエルヴィーンとは反対の岸の方を見ていたウルシュラが言った。エルヴィーンは考え込みながら「ああ」とうなずく。すると、すぐに質問は飛んできた。



「あそこにいるの、あなたのお兄様じゃないかしら?」



 エルヴィーンははじかれたように振り返った。対岸を見ると、確かに見覚えのある姿が! 長兄・ルドヴィークが面白そうにこちらを見ているのと目があった。


 遊覧船が着岸した。



 ああ。なんだか面倒なことになりそうだ。











ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


うーん。なんというかやっぱりちょっと無理やりな感じ……。とりあえず、ウルシュラは精神攻撃が得意そう。

それと、しばらく書いてなかったので、エルヴィーンの一人称が『私』だったか、『俺』だったか忘れてしまいました……。違ってたら直します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ