第八話 気になることができました。
かなり遅れてメインのパスタがテーブルに置かれた。ホウレン草とベーコンのクリームパスタは雑誌に載っていた一番人気のやつ。
「あ、これ美味しい」
「そりゃよかった。あたしの奢りなんだから残すんじゃないわよ」
はーい、と返事をしてつい名刺を見る。
あの金魚鉢、八橋徹というのか。
「なによ、やっぱり気になるの」
あかりさん、食べ物を口に入れたままニヤニヤ笑わないでください。いろんな意味で怖いわよ。
「あの金魚鉢、いったいどういう人なんだろう・・と、思いまして」
地下室でお茶を飲む人。優しいのだろうけど、かなり変人。
「天才バカボン」
私、どうしてこいつと友達してるんだろう?
「頭はいいけど、何本かネジがないみたいね」
不思議だ。不思議すぎる。自分のことだけど。
「名刺もだけど、どこでそんな情報を・・」
「あかり様の情報収集能力なめんじゃないわよ。顔の良い男のチェックは基本でしょ」
あんた、そこまでいくと怖いよ。
まあ、顔は確かに良かった。顔はね。
「あかりさーん、金魚鉢ですよ?」
確かに優しくて紳士的だったけど、女の子より金魚鉢の心配をするような男よ。
「顔は良かったじゃない。変人だけど」
変人のイメージが強すぎる。オールバックの金魚鉢。
「あかりさーん、あなたの好みがまったくもって理解できませーん」
「ふっ、おこちゃまね。あの人は変人だけどエリートよ。金はあるわ」
エリートなのか。ほほう。てゆーか鼻で笑われた・・
「でもさあ、金魚鉢よ? 顔より印象強い金魚鉢よ? 二ヶ月かけて手に入れるようなマニアよ」
ふいにあかりが真顔で私の顔を覗き込んでくる。
「あんた、あの変人といったいどういう会話してきたの」
「金魚鉢の話」
ああ、なぜだろう。どうして女友達にここまで哀れみの視線を送られなくちゃならないんだ。
「あんたさあ、男つくりなさい」
うわあ。心の底から言ってるわ、この女。
「なによ、女のゆーじょーはどうしたのよ」
「いや、あんたこのままじゃ腐るだけだわ」
女の友情って容赦無い。
最近、気になることがある。
「あかり、こんな時間にごめんね」
「いいわよ。で? なに、男の話? 相談になら乗ってあげるから紹介しなさい」
どうしてすぐに男の話にいきたがるのよ。せっかく珍しく素直なのに。
「違うわ。・・・多分」
「多分?」
あかりが首を傾げる。
「それがね、最近変なのよ」
「あんたが変なのは生まれつきでしょ」
こいつ、本当に友達だろうか。一発殴ってもいいだろうか?
「で、何よ」
アパート近くの、二十四時間営業しているファミリーレストランにあかりを呼び出した。
適当にドリンクを頼んで話を始めたらこうだ。
「・・・最近、部屋の中が変なの」
あかりが運ばれてきたコーヒーに口をつける。一瞬顔を顰めたのは見間違いじゃなさそうだ。
「これ、まずい」
「聞いてよ」
私が不満気に言うと、あかりは居住まいを正した。
「聞くわ。あんたが平日に呼び出すのは珍しいもの。で?」
何よ、と遠慮なく。
いつもの彼女らしいスタイルが今日は救いだ。
「うん、最近なんだけど、部屋に帰ると違和感があるの」
ジッとあかりが見つめてくる。睨みつけるような目が今は心強く感じた。
「どんな?」
あかりはまたカップに口をつける。
「ハッキリとしたものじゃなくて・・なんていうか、物の位置が変わっていたり、においが違うの」
運ばれた自分用のカップの中の紅茶が冷めていく。
「におい?」
不思議そうに首を傾げながら、彼女は角砂糖を一つ齧った。考え事をするときのこの子の癖。