第七十話 なんだか無性に抱きしめてあげたくなった
「あんたたち、元気ねぇ。警察署で暴れまわったって?」
久々に見たあかりは、これ以上楽しいことはないという顔で私達を見た。
ホテルの部屋の中は私と徹さん、渡瀬とあかり、そして日向さんがいる。私とあかりのために用意された部屋は一応広さに余裕はあるが、それでも流石に狭い。
「あかり、今までどこに居たの?」
「すみません、俺といました」
あかりの恋人である日向さんが申し訳なさそうに頭を下げた。
日向さんは海外出張から戻って来たのだけど、またすぐに出張先に向かうらしくて、今回は大阪支社に用があったのでこちらでホテルを取っていたらしい。
東京本社には戻らないので、あかりの方が会いに来たようだ。私達を巻き込んで。
「どうして僕たちを大阪に呼んだんですか?」
「あんたたちがいい加減うざかったからよ」
・・・・・は?
「だっていつまでたっても進展しないじゃない。とーるちゃんは明らかにあんた狙いのくせに妙にいじいじしてるし、そっちはそんな二人を見てやきもきしてるし。もうなんなのあんた達」
うざいわー。なんて暴言を吐いてくれる親友にため息が止まらない。
「あかり、こういうのはタイミングもあるから」
「だからチャンスを作ってあげたんじゃない。ま、あの田沼とかいうガキは予定外だったけど」
あ、なんか怒ってる。口元に笑みが広がっていて、これはもう本当に怒ってる!
「もとはと言えばあなたのせいです・・・・よ」
徹さんが負けじと言うが、言葉尻はちょっと弱い。
「お黙り、女一人守れない警察二人。あんた達、情けなくないの?」
「・・・今日一番の功労者になんつー・・・いいか、俺らはこれでも頑張ってだな」
「はっ」
あかりが思い切り鼻で笑うと、渡瀬は口をつぐんだ。
「でもそうね、あんたたちみたいなヘタレにあたしの大事な親友を任せたのは、確かに私の人選ミスだわ」
いつも以上に言葉が痛い。でも私だって言いたいことはあるんだ。
「あかり、これは私達の問題だから。心配してくれるのは嬉しいけど、これ以上は怒るよ。もうやめて。あかりだって何も言わずにいなくなったでしょ。私、そのことに対しては怒ってるんだよ」
真剣に言えば、彼女は僅かに居心地が悪そうに身じろぎした。
「・・・ごめん」
「うん。私も、心配してくれてありがとう」
あかりが私をぎゅっと抱きしめる。
「うん」
私達の抱擁を男達は黙ってみていた。
「あかり、本当に言ってこなかったんだね・・・」
「そのほうが面白くなるかなって」
「日向さん、頼むからこの唯我独尊女の手綱をしっかり握っていてくれ!」
渡瀬、なんか必死だな・・・
「後生です。本当に今回は寿命が縮む思いでした」
こっちも必死だ・・・
「えっと・・・努力します・・・」
日向さんが本気で困っている。
「日向さん。あかりの傍に居てくれてありがとうございました。日向さんが居てくれてよかったです」
お礼を言うと、彼はそっと目を細めた。
「こちらこそ、いつもあかりの傍に居てくれてありがとうございます」
良い人だ。
私達がニコニコ笑い合っていると、渡瀬と、何故かあかりがため息をついた。
「とーるちゃん。あんたいい加減覚悟決めなさいよ」
「何を言っているんですか。もう覚悟は決まっていますよ」
何の話?
首を傾げると、渡瀬がああと頷いた。
「なんだお前ら、結局くっついたのか?」
え、と私と徹さんが同時に渡瀬を見た。
「まあ・・・はい」
私達は同時に返事をした。
「遅ぇ」
えー・・・
「おめでとうございます」
朗らかな笑みを浮かべる日向さん。
「ありがとうございます」
「あれ? でも、二人はもともと恋人同士ですよね?」
え、いつから?
「違うわよ。こいつら本当にヘタレなんだから。でもよやくまとまったみたいね」
ひどい。
「えっ、そうだったんだ・・・てっきり」
てっきりなんだ。どうせヘタレよ!
「ところであかり、あの警察官はどうするの?」
「徹底的に痛めつけてやりたいから今情報を集めてるとこよ」
日向さんの質問に、とても良い笑顔を浮かべた彼女は、さらっと怖いことをのたまった。
「あの田沼さんって、本当に徹さんが好きなんだと思う。私を連れて行ったのは気を引きたかったんじゃないかなぁ」
「透子さん、本気で気持ち悪いです」
あ、はい、すいません。
でも、本音を言うと二人に仲直りして欲しいなって思ったの。
「・・・今日はこのくらいでいいだろ。もう休むわ」
渡瀬がいきなりそういう言うと立ち上がって徹さんの腕をつかんだ。
「ほら、行くぞ」
「あ、はい・・・ええと、おやすみなさい。透子さん。ついでにあかりさんと日向さん」
ついで!
「はいはい、お休み。ついでで良いわよ今日だけは」
だけって!
「おやすみなさい」
日向さんもニコニコ笑ってみているだけだし。まあいいか。
残された私達は、その後遅くまで色々話していて、気付くと私は夢の中だった。
朝起きたら寂しげなあかりの横顔があって、なんだか無性に抱きしめてあげたくなった。




