表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金魚鉢とわたし  作者: aー
金魚鉢と大阪
71/73

第六十八話 キス

「徹さん。どうして金魚鉢が好きになったんですか?」

「・・・表情が乏しいと言われて、時々チェックするようにしていたんですが、なんかもう面倒だからいい方法はないかと考えていたら、たまたま金魚鉢を手に取った時に自分の顔が見えたんです」

 は?

「どうも、仕事中は特に表情筋が死んでいると言われて・・・男のくせに鏡を持ち歩くのは恥ずかしいですし、別に自分の顔が好きなわけじゃないし」

 つまり鏡の代わりにガラスを覗いていたの? なにこの人、やっぱり変人だ。

「表情なんて癖みたいなものもありますし、徹さんはいつも笑っているじゃないですか」

 とても優しい笑みを見せてくれる人だと思う。むしろ渡瀬の方が表情怖いし!

「あなたの前だから、嫌われたくないからです」

 ・・・恥ずかしいので真顔で言わないで!

「じゃあ、無理してたの?」

「いえなんか、自然と・・・最初は、初めて会った日は、あなたに泣いて欲しくなくて、笑って欲しくて。次にあった時はあなたの反応が面白くて。時間が経つごとに楽しくて、嬉しくて・・・」

 ふむ、と考え込む彼に、頬が熱くてたまりません。

 暗い場所でもガラスと水が反射してきっと気付かれている。だって彼の顔も赤い。

「徹さんって照れるんですね」

「人を何だと思っているんですか!?」

 いや、変人でしょ。

「もうそろそろハッキリ言ってください。目の前のサメに集中できません」

「透子さん、情緒とかないんですか」

「普通の恋人同士なら必要かもですけど、私達に必要ですか?」

「・・・いや、なんか想像できません」

 お互い残念感半端ない。二人して微妙な顔をして、それからふと噴出した。

「そうですね、そろそろこの空間を純粋に楽しみたいです」

「そうですよ、せっかく来たんだから」

「でも、今日はぬいぐるみはなしですよ」

「今日は小さいのを買って帰りますよ」

 いらない、いるを繰り返すと、もう一度手をぎゅっと握った。彼は僅かに首を持ち上げて暗い天井を見上げると、そっと身を屈めてきた。

「あんまり可愛いことされると集中できませんが」

「たまにはちゃんと私を意識してください」

「人の事言えますか。時々渡瀬君といい感じじゃないですか」

 むすっとした顔は幼くてどこか可愛い。多分その辺の厚化粧の若い子より可愛い。

「オカン相手に男を意識する人間なんてありませんよ、なに言ってるんですか」

「透子さんは時々あかりさんよりも辛辣です」

 褒め言葉として受け取ってあげよう。

 にやりと笑った瞬間、彼の顔が今までで一番近づいた。ちゅっとリップ音がして、ああキスしてるって思った。キスなんて一年ぶりなのに、自分の中で違和感が全くなかった。むしろどうして今までしなかったのか、そればかりが気になった。

一瞬が、とても長かった。

「・・・もう少し素直に驚いてください」

「でも、嫌じゃなかったから」

 見つめ合うけど、あんまり甘い雰囲気じゃなくて。こんなに淡々としているなんて自分に驚きだ。

「好きです」

「はい」

「透子さんは?」

「・・・サメよりは好きです。でも、あかりと比べると難しいです」

「あかりさんに勝てる人間は地球上に日向さんくらないなので、それで十分です」

 え、十分なの?

 じっと見つめ、今度は私からそっとキスをした。

「でも、あかりと徹さんの好きは違うので、そういう意味なら徹さんが一番です」

 徹さんが口元を押さえて目を彷徨わせる。耳まで真っ赤で、近くを通り過ぎた人たちがチラチラ見ては、誰もが口元に薄らと笑みを浮かべて去って行く。

 ガラス越しの魚さえも私達を静かに通り過ぎていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ