第六十七話 自分が情けない
「思わず由良さんを殴ったら大乱闘となってしまい、今はちょっとだけ反省しています」
ちょっとだけなんだ。
「徹さんって、人を殴るんですね」
「あ、いえ、あのっ、由良さんは昔から殴られるのが好きな人だったので、つい昔の癖で殴ってしまって・・・」
昔の癖で?
「徹さんって、あかりみたいなことしていたの?」
「一緒にしないでください!」
え。何が違うの? ジッと見つめたら目を逸らされた。なんなんだ・・・
「徹さん」
「はい」
「暴力はあんまり好きじゃないの。でも、必要な時はあるって知ってる」
あかりだって、無駄に酷い人じゃない。優しくて、強くてもろい人。
「助けに来てくれて、ありがとう」
「・・・遅くなりました」
「仕方ないんでしょ?」
律儀なこの人はきっとすごく気にしていたに違いない。
あんまり怖くなかったとは言い難い状況だ。
「でも、あなたをあんなのと一緒に居させた」
「・・・あのチャラ男は、どういう人なの?」
徹さんはぎゅっと眉をひそめた。それからしばらく口をぱくぱくさせて、そして諦めた様にうなだれた。
「後輩なんです。昔、何故かなつかれてしまい、邪険に扱ってもしつこく追ってきて苦手でした」
驚いた。彼にも苦手に思う相手がいるなんて。あかり以外で。
「何度も怒ったんですが余計にしつこくて・・・もう本当に苦手で・・・あの人も」
多分、由良さんの事だろう。彼はとても深いため息をついた。
「毎日逃げ回ってもしつこかったので、時には殴って黙らせた間に逃げていました」
それはもう、本当によっぽどだったんだろう。逸らされた目が死んでいる・・・
そっと、握られた手を強く握りかえした。
「徹さん。二人がそれほどしつこくした理由はききました?」
「理由なんていりません。ただ今日は、あなたを奪った二人が許せなかった」
意外と心が狭いと思いつつ、わずかに首を傾げた。
「どうしてですか? あなたの後輩たちは、そんなにも信用できない人ですか?」
「・・・透子さんじゃなければ、あかりさんに呼ばれても大阪に来なかったし、二人の事もスルーできました。信用とか、そういうことは関係ありません」
いつになく真剣な顔に落ち着かない。なんだこれ、滅茶苦茶恥ずかしい!
一年近く男とそういう雰囲気になっていない私には辛い刺激だ。きょろきょろと無駄にまわりを見てしまう。
「透子さん。今は、目を逸らしてほしくありません」
はい、すいません。でもだって、恥ずかしいんだもん!!
私は心を決めて彼を見つめた。ちょっと目つきが悪かったのか、それとも面白いと思われたのか、徹さんが綺麗な顔で笑った。
いやいや、勘弁してください。あんたの方が美人だって無言で自慢しないで!
思わず少しだけムッとした。
「さっき、ぎゅってされた時ちょっと痛かったです」
「すみません、つい我慢できなくて。こう見えて握力とか結構自信があるんです」
どんな自信だ・・・
「昔、空手の大会で優勝しました。警察に入って柔道もやりましたけどあまり好きじゃなくて、ああでも、剣道と合気道は楽しいかも」
知らないよ、そんな情報。きっと渡瀬はどれも苦手だろう。
「意外と強いんですね」
「・・・でも、あんなのにあなたを奪われました。渡瀬君も居るから大丈夫だろうと勝手に思っていました。自分が情けない」
あんなのって・・・悲しげな表情に戸惑う。いつも不遜に笑う彼ではない。
「・・・徹さんって、いろんな意味で凄い人ですよね」
「は?」
「あかりのような豪快さはないのに、どこか強引というか、自意識過剰なくせに変に自信がない」
泣いてイイですかと呟かれたけど無視した。
「優しいくせに敵だと思えば容赦なくて、紳士かと思えば失礼で。渡瀬をからかって遊んでいるかと思えば時々やりかえされたり。目の前でいちゃいちゃしないでください」
してませんよ! と怒られた。知るか。




