第六十六話 え、捨てちゃダメなの?
「怪我はないわ」
「みたいだな。何か取られたものは?」
「鞄。というか荷物全部。あ、変なストラップ貰った」
「変なものは捨てなさい」
渡瀬にそう言われたので貰ったストラップをゴミ箱にぽいっと投げた。
「あああああっ! ビリケンさんっ」
え、なに? 周りの人たちが悲しそうな顔で私を見る理由が知りたいんですけど!?
「ちっ・・・透子さん。ビリケンストラップが好きな大阪人は多いので捨てないであげてください。それより本人に返した方が良いですよ」
にこりと、いつも通りの笑顔の下に隠れた怒りを感じ取って私は慌てて言われたとおりにした。今舌打ちしたよね?
「返さんでええのに・・・トーコちゃんのいけず」
「田沼。二度とその口で透子さんを呼ぶな」
ゾッとするような冷たい目に驚く。
「そう怒らんとき、徹君」
「黙ってください。昨日忠告したはずですよ」
あ、昨日の浪花節の人。彼が一番ぼろぼろで、黒縁メガネが少し割れている。大丈夫なの、ここの人達・・・
「おい金魚、こんな危険なオトモダチがいんのかあんた。ちょっと人付き合い考え直さなきゃ二度と飯作らんからな。あとあかりのやつに全部話すから」
「・・・渡瀬君。それ、死刑宣告ですよね」
「はっ、この俺を疲れさせるようなことをするあんたが悪い。昨日あんたらが水族館デートなんてことしてる間、俺がどんな思いで仕事したと思ってんだ。実は結構切れてんだぞ」
デートじゃないもん、たぶん。とは言えない雰囲気だ。
「なんや、やっぱそっちかい」
「黙れ田沼」
徹さんが知らない人みたいだ。
思わず震えた私を見て、渡瀬が小さくため息をついた。
「おい金魚、トーコの面倒が先だ。俺が処理してやるからあんたは外に出てろ」
「・・・行きましょう、透子さん。後は頼みます」
彼はとても低い声で言うと、私の手をそっと握って荷物を持ち上げると歩き出した。私もつられて歩き出す。わずかに振り返った先には、まるで親に置いて行かれる子供のような顔で徹さんを見つめる田沼の姿があった。
私達が居た部屋を出ると、たくさんの制服警官が居たけれど、誰も私達に声をかけなかった。表情を消した徹さんがそばを通ると、誰もが緊張した顔で一歩下がり道を開いた。
警察署を出ても徹さんは口を開かなかった。
しばらくして、ふと彼は足を止めた。
「透子さん。怪我はないんですね」
「徹さん。怪我はないけど・・・なんだか心がもやもやしています」
というかここはどこ・・・
「では・・・もう一度、海遊館に行きませんか」
「いいですよ」
それであなたが、いつものあなたに戻るなら。
私達はもう一度、昨日初めて入った水族館に来ていた。
薄暗い施設の中にはたくさんの人が居たけれど、まるで誰も気にならなかった。私達は手を繋いだまましばらく歩いて、そしてふいに立ち止まる。徹さんがジッと私を見た。目の前のキラキラした水槽ではなく、私を。
「徹さん。なんですぐに来てくれないんです」
水槽を見ない彼はまるで別人のようで怖かった。だからなのか、責めるようなことを言ってしまった。思った以上に弱弱しい自分の声に驚く。
「すみませんでした。あなたが持っていた発信機の後を追い続けたんですけど、何故か警察署で動かなくなってから様子をうかがっていました」
・・・発信機?
「それって、もしかして去年もらった・・・?」
そういえばなんか可愛いのを貰った気がするけれど、今の今まで忘れてた・・・
「はい。持っていてくれてよかった。でも署で聞いてもあなたは居ないと断言されて、押し問答しているうちに由良さんがニヤニヤ笑っているのを見て我慢の限界が来ました」
由良さんとは浪花節の人らしい。




