第六十一話 まずは交換日記から
「そういえば透子さん。さっきの二人組みですが、もし街で声をかけられても無視してくださいね。できなければ大声をあげて逃げて下さい」
「・・・徹さんの後輩じゃないんですか?」
わずかに考えるそぶりを見せてから、徹さんはそっと頷く。
「あれは暗黒の時代でした」
意味がわかりませんが。
「明日はどうするんだ?」
「さあ」
渡瀬の言葉に首を傾げれば、この男は自分のカバンから雑誌を取り出した。どこにでも売っている旅雑誌みたい。
「俺さぁ、ここに行きたいんだけど」
「心斎橋? 何があるの?」
「これこれ、カステラグラタン! うまそうだよな」
今も甘いものを食べているくせにまだ望むか!
「甘いもの、本当に好きなんだ」
「まあな」
にやにや笑う渡瀬の気色悪いこと。
「心斎橋ならショッピングも楽しめますよ。ここから近いですし」
「行きます!」
かくして、二日目の予定が決まったのだった。
目が覚めたら、徹さんの憎らしいぐらい整った顔。
しまった。ついつい飲みすぎて彼等の部屋で眠ってしまった。
しかし色気のない関係だなと思いつつ起き上がれば、いきなり頭を叩かれた。
「痛い!」
「痛くしたんだ、この馬鹿!」
何故突然怒り出すのか。もしかして鉄分不足?
「おはよ、しーとん」
「静様と呼べ、この馬鹿娘」
なんなの朝から・・・
「お父さんは不順異性交遊禁止だって言っただろう」
「いや、あんた私のお父さんじゃないし」
うちの父親は田舎で釣りでもしてますが。というかまだそのネタ引きずっているの。
「まったく、なげかわしい」
「いいじゃない。家族みたいな付き合いなんだし」
「こいつはそういうつもりじゃないだろ」
そうなの?
「わかった。悪友ね」
「・・・うん。お父さんはちょっと安心したぞ」
意味がわかりません。
「それにしても綺麗な顔。女装とかさせちゃだめかな?」
「・・・お父さんは娘の趣味を疑うぞ」
いつまでそのネタを引きずるつもり?
「朝飯、どうする?」
「昨日食べ過ぎちゃったから、軽いものがいいな」
雑誌を見ながら頷く渡瀬。
もう一度ベッドに横になれば、今度は雑誌を丸めて頭を叩かれた。
「痛い」
「自覚を持てと言うに」
だって、徹さんは男らしくなくて安心するし。何よりまだ眠い。
「ぐぅ」
「だから寝るな、自分の部屋帰れよお前!」
「ちえ。しーとんが苛める」
仕方ない。着替えたいし、戻りますか。
再び起き上がって部屋に戻る私に、渡瀬が深い溜息をついたのがわかった。
「あんたも、いつまで寝たフリするつもりだ。さっさと着替えろ。俺は腹がへってんだよ」
「渡瀬君。交際にはまず交換日記からですか」
「・・・当たり前だ」
そんな会話がされているなんて知りもせず部屋に戻れば、ベッドには脱ぎ散らかされたあかりの服。今日も、もうどこかへ出かけたらしい。
「どこ行ったのよ、あかりの馬鹿」
呟いた言葉を拾う者は居ない。




