第五十八話 がぶのみ赤にハマったもよう
「渡瀬君。これ、あと二本頼んでください。ついでにビールと麦焼酎をおかわり」
「ちっ」
舌打ちして、けれどちゃんと注文する渡瀬。
「そんなに甘いものばかり、よく飲めますね」
「あんたの顔と飲み物のギャップも凄ぇな」
先程から三杯続けて、がぶのみ赤。というお酒を飲んでいる渡瀬を、徹さんが嫌そうな顔をして見ている。
赤ワインをジンジャーエールでわった、女性向けのお酒だけれど、どうやら彼はとても気に入ったらしい。
「ああ。似合いすぎて驚きますよね。ふふふん」
私と渡瀬は顔を寄せ合って言う。
「徹さんが怖いんだけど」
というか、今日は強いな。
「こいつ、もう酔ってんのか。うぜぇな」
「ふふふん」
たしかにうざい。
でも、正月に見たときみたいな怖い酔い方じゃないから良かった。
その時、近くの席に座っていた二人組みの視線に気付いた。
まるで雑誌に載っていそうな若くてお洒落な男と、浪花節と書かれた赤いティーシャツを着た黒ぶちメガネの男。
どうやら徹さんを見ているみたい。
「じぶん、もしかして八橋かいな」
二人のうち、お洒落な方が近付いてきた。
なんだ、徹さんの知り合いかと思えば、どうやらあまり良い感じではない。
「・・・透子さん、トマトもおいしいですよ」
徹さんは聞こえているくせに、完全に相手を無視している。
「はん、相変わらずいけ好かんやっちゃな」
ムッとして徹さんの肩に肘を置いた男に、彼は冷めた視線をやる。
「まだ生きていたんですか、君は」
「ほんま、ムカツクわ!」
私と渡瀬は顔を見合わせる。
「君にだけは言われたくありません」
「徹君」
今度は浪花節男が小さな声で徹さんを呼んだ。こちらには笑顔を返す彼に驚く。
「こんばんは、お久しぶりです」
「徹さん、お友達ですか?」
私が問えば、彼は爽やかな笑顔を返す。
「まさか。有り得ません」
そんなハッキリと。
「じゃあ誰だよ」
渡瀬がだるそうに問えば、真顔で返す。
「知りませんね」
「八橋! じぶん、ほんまえぇ度胸やないか!」
「田沼、落ち着け。いつものことやろ」
まぁまぁ、と穏やかな浪花節男。
「徹君、田沼は君に会えて嬉しいだけや。可愛がってあげ」
「気色悪いだけです」
容赦ないなぁ。
気色悪いと言われた男は、肩を落として何故か私の隣に座った。
「けっ」
わかりやすくいじけているらしい。こうなると色男も駄目男にしか見えない。
「なんやじぶん、八橋の女かい」
「違います」
私と徹さんの声が重なった。
「ほんなら、そっちのにぃさんかいな」
「違う。あえて言うなら父親だ」
は? と目を丸くする男と、酒を噴出す私。
「ちょっと! どうすればあんたが父親になるのよ!」
「お前を見ていると、出来の悪い娘を持った父親の気分を味わうんだ」
出来が悪いって!
「可愛くていいじゃないですか。多少出来が悪いほうが」
いうにことかいてこの二人は!
「ほんなら八橋、この子なんや。まさか同僚ゆぅわけやないやろ」
「君には関係ありません」
徹さんに冷たくあしらわれ、男は更に肩を落とした。なんなんだろう、この人・・・
「お友達ですよ。それよりお兄さんは徹さんとお知り合いなんですか?」
私が声をかければ、楽しげに目を細めた。
「おう。お兄さんはなぁ、八橋の」
「田沼。余計なことを言ったら二度と口をききませんよ」
・・・あれ?
「徹さん、この人のことは呼び捨てなんですね」
「二人は大学時代の先輩後輩なんよ」
浪花節男がのほほんと答える。
「後輩?」
「せやな。ところでじぶん、なんていうん? ぼくは田沼弥生ゆうんよ」
にこにこと楽しそうに私を見る田沼さんに、徹さんがちらりと目をやる。
「えっと・・・」
「おい、こいつに手を出すな。金魚がうぜぇからな」
・・・うずらのたまごを食べながら渡瀬が言う。
「金魚? 八橋のことかいな?」
「渡瀬君。僕の名前は八橋ですよ」
知っているよ。なんて軽く返すと、渡瀬は立ち上がって財布を取り出した。
「行くぞ。お父さんは不順異性交遊を認めないからな」
あんたは私の何になりたいの・・・
「そうですね。僕も彼は反対です」
「ちょ、なんでぼくはあかんのです!」
徹さんが立ち上がって私の手を取る。
「君に関わるとろくなことにならない」
「じぶんにだきゃ、言われたないわ!」
うん、その気持ちわかるかも。
「いきましょう、透子さん」
「はい。それじゃあお兄さん、さようなら」
「さいなら~」
「ほなな」
二人ともにこやかに送り出してくれたけど、私達が去った後にやりと笑ったのは気付かなかった。
エセ関西弁失礼いたしました!




