第五十六話 趣味が悪いなんて苦情は聞きません。
徹さんに手を引かれて坂道を進み、太平洋が終わりに近づくと、砂の見える底にはたくさんの小さなサメ。彼らはまるで休んでいるようだった。
「サメも疲れるのかな?」
「透子さんは面白いですね」
どういう意味よ。
「褒め言葉ですよ」
いや絶対嘘だ。
最後にクラゲの水槽を見終わり、海遊ショップに入った。
「徹さん。ぬいぐるみ可愛いですよ」
「金魚鉢はないんですねぇ」
ないだろ。海遊館に金魚いなかったもん。
ジンベイザメのぬいぐるみを見つけて近寄れば、けっこう大きなものもあるみたい。
隣には別の種類のサメのぬいぐるみ。灰色のサメは黒い目がくりくりしていて可愛い。
「・・・透子さん、まさかそれが欲しいんですか?」
昔、ジョーズっていう映画で出てきたサメの、巨大なぬいぐるみ。一メートルくらいあるそれは、とても存在感を放っていた。
「こっちの、まるまるジンベイのほうが可愛いですよ」
名前のとおり丸いぬいぐるみを私に見せながら、徹さんは言った。
「いいの、この子が欲しい」
「いや、それはちょっと大きいかと・・・」
自分で持つからいいもん。
大きなサメをしっかり抱きしめて歩き出した私に溜息をついて、彼はついてきた。
買い物カゴを持って、中にクッキーやジンベイザメのガーゼタオルを入れる。
「あ、この鍋つかみ可愛いですよ。渡瀬君が喜びますね」
水色のジンベイザメの鍋つかみを、勝手にカゴの中に入れる。カゴの中には、さっきのまるまるジンベイまで入っている。
「徹さん、これが欲しかったの?」
「可愛いじゃないですか」
金魚鉢以外にも可愛ければそれでいいのか?
そういえば、知り合ったばかりの頃、私の出したティーカップが可愛くて好きだといっていた。可愛いものが本当に好きなのかもしれない。
結局、会計も徹さんが済ませた。私が買ったのはサメのぬいぐるみだけ。
「次はどこにいくの?」
「なにわ食いしんぼう横丁で軽く食べませんか? ショップもあるので」
ずいぶんとゆっくりまわっていたので、時間はもう二時を回っていた。
「うん」
海遊館を出てすぐの、なにわ食いしんぼう横丁で名物カレーを食べ、マーケットプレースでショッピングした。
とりあえず移動するために地下鉄を使おうと地下街に入れば、可愛いお店があってゆっくりとウィンドウショッピングを楽しんだ。
気付けば夜になってしまった。
その頃になり、ようやくあかりと連絡が取れた。
「ナンバオリエンタルホテルに泊まれるようになっているから。大丈夫、安心して、ちゃんと部屋は別にしてあるわ。渡瀬くんともそこで合流して」
それだけ言って電話を切ったあかりの声は、どういうわけか嬉しげだった。
徹さんと顔を見合わせ、お互い首を傾げた。
地下鉄難波駅から徒歩でオリエンタルホテルまで行き、エレベータで四階まであがるとエントランスがあった。
外からは狭そうに見えたけれど、中は意外と広そうだ。
「遅い」
開口一番で渡瀬が睨んでくる。
仕事が終わってから来たわりには私服姿で、徹さんよりも大人びて見えた。
「おい、なんだその荷物」
私のぬいぐるみを見てギョッとする渡瀬に、見せびらかすようにサメを袋から取り出す。
「可愛いでしょ?」
「そうか?」
どこが? と続けた渡瀬の脛を蹴る。
「つっ!」
べーっと下を出してから気付く。徹さんの姿がどこにもないことに。
「それにしても、本当に来たんだ・・・仕事は?」
「午後は半休を取った。あかりのやつから妙なメールを貰ったしな」
メール?
首を傾げれば、上着の右ポケットから携帯電話を取り出して見せてくれた。
『トーコを預かった。今のところまだ無事。数時間後には保障しない。大阪、なんばオリエンタルホテルにて待て』
・・・なにこれ。どっかの誘拐犯?
「それで、来たの? わざわざ?」
「無事か」
一応心配してくれたのかな?
そういえば、徹さんもボサボサの頭で来てくれたし、二人の中であかりってどういうふうに見られているのかな?
親友の瀬戸あかりは、美人でナイスボディ。ついでに仕事も出来るし、時々オヤジくさいところを覗けば、私には無害な人。
そう、あくまでも私には無害。
「うん」
はああ、と深い溜息をつく渡瀬に首を傾げた。




