おまけ ヴァレンタイン
「しーとん。チョコレートのケーキは?」
「マジで俺に作らせるつもりだったのか!?」
ヴァレンタイン当日。まるで帰宅するようにうちにやってきた渡瀬に、開口一番言ってやる。
「ほれ、これをやるから我慢しろ」
「すっごーい! これ有名店のチョコだよ、どうしたのこんなに!」
「もらった」
あ。そうか、そういえばこいつモテるんだっけ。普段オカンスキルが半端ないから忘れていたよ。
「だめだよシートン。貰ったんならちゃんと食べてあげないと」
「いや無理。大体、玄関にもまだ紙袋二つあるんだぜ? 俺が太るだろうが」
こいつ・・・・
「つーか俺、手づくりとか無理だから」
意外だ。自分は料理とか得意なくせして、他人のものはダメなのだろうか?
「むかしチョコレートの中に大量の髪が入ってた時以来、マジ無理になった」
それは呪いのチョコか?
「モテる男はつらいね」
「まったくだ」
むしろ自慢にもならない話しってどうなの。
「こんばんは、透子さん」
「こんばんは、徹さん」
徹さんもやってきた。チョコレートは持っていないようだ。
「透さんは貰わなかったの?」
「同じ部署の方に頂きました。職場で食べたのでもうありませんが・・・その大量の荷物はなんですか?」
徹さんは最近チョコレートが苦手になってしまった。主にヴァレンタインフェアのせいだ。それでも他人から貰ったものを無下には出来ない人なのだろう。苦労して食べる姿が目に浮かぶ。
「あんたにもわけてやるよ」
「結構です」
凄い笑顔で断ったな。
「そうだ、しーとん。渡してくれた?」
「あー。おう、渡しておいたぜ。おかげで女子共の視線がうざかった」
「ごめんね、ありがとう」
よかったと、ホッと胸をなでおろした。
「どうしたんですか?」
「うちの署長と水族館で会ったんだろ? ついでって言ってこいつがチョコを用意したから俺が代理で渡したんだよ。帝国ホテルの板チョコ。あれ結構値段高いな」
え、と徹さんが固まった。
「そうでもないよ。私は一割引きで買えるし、小さいやつだったもん」
「なんかめっちゃ喜んでてきもかった」
今夜は本当に辛辣だ。
「透子さん、どうしてそんな・・・」
「どうしてって、この前お話したらイイ人そうだったから。いつも二人にお世話になってるし、他の人の分を買うついでだったし」
なんだ急に。首をかしげた私を見て、徹さんがふてくされたように言う。
「僕の金魚鉢を盗んだ人ですよ?」
「そんなつもりなかったみたいだよ?」
それでも、と不満そうな彼に一つの包みを取り出した。
「抹茶の生チョコです。どうぞ、徹さん抹茶が好きでしょう? あ。渡瀬はこっちね」
不意に固まった徹さんに無理やり生チョコを持たせ、渡瀬にはほうじ茶の生チョコを持たせた。
「普通のは飽きてるんじゃないかと思って」
「おー。珍しいな、ほうじ茶って俺好きなんだよ! お前たまにはいいことするな!」
たまには!?
「あ、ありがとうございます」
「どういたしましてー。二人なら今日も絶対来ると思って冷蔵庫で冷やしておいたんだ。長持ちしないから早めに食べてね」
「後で旨いお茶淹れるわ」
ほら、発想がオカン。
二人はそれぞれ対照的な顔をしていた。興味深そうに生チョコを眺める渡瀬と、緊張したように生チョコを見ない徹さん。
深くは考えないでおこう、特に徹さんについては。
その後あかりと日向さんも帰ってきた。日向さんにも生チョコを渡すと、優しい笑みでありがとうございますと言われた。
最近二人はいつも一緒にいる。日向さんはまたしばらく海外出張に行ってしまうらしく、それまでは時間が許す限り一緒にいるんだそうだ。
二人の幸せな顔を見ていると私も幸せになれる。本当にあかりが無事でよかった。
一月後、ホワイトデーのお返しとして、署長さんからは花の形のクッキーを貰い、日向さんからはキャンディーの詰め合わせとお洒落なショールが海外経由で送られた。渡瀬からはチョコレートタルトを作ってもらいあかり達と四人で食べた。徹さんからは一枚の封筒を貰った。
「これは?」
「今度の休み、一緒に行きませんか?」
地区最大級とうたわれる水族館のチケットだった。
「行く! 行きたいです!」
「よかった」
時々不思議な行動をする彼だけど、こういう時はとてもスマートだ。
「あれ? そのショールは?」
「日向さんに頂いたんです。今はオーストリアにいるらしいですよ」
「・・・よくお似合いです」
「ありがとうございます」
自慢するようにくるっと一回転すると、徹さんが優しく目を細めた。
それから私たちは水族館のことを調べて、待ち合わせの時間を決めた。
それがデートのお誘いだったと気付いたのは、徹さんが帰ってあかりに指摘されてからだった。
次回から新章に突入します。




