第五十一話 哀愁漂う後頭部の人
私たちは哀愁漂う後頭部に気付かれることなく、やり過ごすことが出来た。
「ここまで気付かれないのも納得できません」
まだ言ってる。
「徹さん、クラゲ可愛いですよ。ライトでピンクになってる」
「きれいですね」
ちょろい。なんてちょろいんですか、徹さん。
先程とは打って変わって、彼は本当に嬉しそうに笑った。
「あ。ライトの色も変わるんですね。素敵ですね」
「いいですね、こういうの」
私たちはクラゲに癒されて、今度はゆっくりを足を進めた。
いつの間にか徹さんの体調も良くなったようで、真っ青だった顔色も健康的な色に戻って安心した。
「元気出ました?」
「はい、ありがとうございます」
私たちは満足するまで水槽の数々を覗き込んだ。金魚鉢だけだと正直意味が分からないけど、水族館のようにたくさんの生き物がゆっくり泳いでいる姿を見るのは好きだ。
つないだ手を離したのは、ペンギンコーナーの前で飲み物を買うためだった。
暖かなぬくもりがなくなって初めて寂しいと思った。こんな風に思う自分に驚いて、そして当たり前のように手をつないでしまう関係に、ほんの少しだけ疑問をもった。
「透子さん、何がいいですか? 飲み物買ってきますよ」
「あ。じゃあ暖かいお茶がいいです」
「わかりました」
彼は上機嫌で売店に向かった。
ぼんやり関係性を考えていた私に、一人の男性が近づいてくる。あの哀愁漂う後頭部は!
「八橋君がこんなところでデートとは・・・若いっていいねえ」
ば、ばれてる!?
「彼の金魚鉢、勝手に使って悪かったね。まさか熱帯魚をバケツに入れられるとは思わなかったけど、あの後ちゃんと水槽を用意して、空気のやつもね、買ったんだよ」
後頭部・・・じゃなかった、警察署長はほがらかに笑った。
「は、はあ・・・」
「彼、髪下していると本当に子どもっぽいよね」
「・・えっと、はい」
「これでも長年彼を見てきたからね。伊達メガネとかオールバックじゃない彼は初めて見たけど、すぐに気付いたよ。今日はデート中みたいだからスルーしてあげたの」
スルーって!
「邪魔してごめんね。君たちがあまりにも楽しそうにデートしてたから、見ていてこちらも楽しかったよ」
デートじゃないって言うべきなんだけど、その時の私はどうしてか訂正できなかった。
というか、見られてたんだ! なんか恥ずかしいんですけど!?
「わかってるんなら声かけないでくださいよ」
不機嫌な声に顔を上げると、怒ったような拗ねたような顔で徹さんが立っていた。
「おや、早かったね」
「・・・これあげますから邪魔しないでください」
徹さんはペットボトルのお茶を署長に差し出した。
「君って、もしかして相●に憧れてるの? 右京さんみたいになりたいの?」
「はあ? なんですかいきなり」
徹さんの態度が思っていた以上に悪い! なんだか新鮮だ。
「だっていつも似たような恰好してるじゃない」
「あなたが、髪を下していると子どもにしか見えないとか初対面で言うから、仕方なく毎日上げてるんですよ。額から禿げたらどうしてくれるんですか」
「禿ても君は格好良いんじゃないかな」
「そりゃあ、署長よりは恰好良いに決まってるじゃないですか」
あ、そうか。この二人、まるで遠慮なく言い合える間なんだ。仲が悪いんじゃなくて、むしろ凄く良いんだ。
「それより可愛い恋人だね」
は?
「わかってるなら声かけないでください。あと、●棒の右京さんは確かに好きですけど、憧れまではいきませんから」
好きなんだ・・・
「はいはい。じゃあ、また明日」
朗らかに笑って、しっかりお茶を持って帰って行った。
「徹さん。私のお茶は?」
「・・・あ」
今署長に渡したのは私のか・・・
「透さん、右京さんに憧れてるんですか?」
「いえ、僕は幽霊もお茶漬けもチェス特に好きではないですから」
そこかよ。
「でも毎回凄い展開だなって思います」
毎回見ているのか・・・
「そうだ、ゴールデンウィークぐらいになると新しい映画が公開されるんです。よかったら一緒に見に行きませんか?」
そうなんだ。頷いて気付く。
「私、あのドラマほとんど見たことがないんです」
「なら今度借りてきましょうか」
家でまったりDVD鑑賞。悪くないかも。まだ外は寒いし。
「楽しみですね。なんならこの後借りて帰りますか?」
「いいですね、行きましょう」
そう、ほとんどあのドラマを見ていなかった私でも知っている知名度の高さと、ドラマの長さが比例しているなんて、この時の私は気付かなかった。
それから二カ月ほどかかり数年分のドラマを見終えた私は、職場のお局様と相●談義を交わせるほど詳しくなっていしまった。
彼らとの物語はまだ、続いていく・・・




