表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金魚鉢とわたし  作者: aー
金魚鉢とわたし
5/73

第四話 ”B”

「なんですか」

「・・・いえ確かに。犯人ははた迷惑な趣向の持ち主のようです」

 はた迷惑? それだけ?

「冗談じゃないわ。私の二万五千円をなんだと思ってんのよ」

 呟いた声は、八橋さんに届いた。

「え、なんの話です。お金も盗られているのですか。それは大変です」

 いや、そうじゃないけど。

「すぐに報告してきましょう」

「結構よ、別の意味だから」

 きょとんとした顔がやけに幼かった。この人、髪を下ろすとかなり童顔かもしれない。

「別の意味とは」

 思案しているような顔で近付いてくる。

 顔は良いのよこの男。顔は。でもやっぱり腕に抱えた金魚鉢は意味不明。

「あたしの下着っ、あれ二万五千円もしたのよ!」

 男は首を傾げて言った。

「それは、つまり、総合で?」

「一枚よ!」

 それは大変な被害ですねえ。なんて呟いてんじゃないわよ。

「あたしの二万五千円! そのせいで彼とも別れたのよ、許せないわ!」

「被害にあったからですか?」

 うーんと唸りながら金魚鉢を撫で回す。そんなにそれが好きですかあんた。

「違うけどそうよ!」

 そう、直接的には違う。でも私の中であの下着は特別だったの。初任給で買った、一番大切な下着だったの。男にはわからないかもしれないけど。

「どちらですか」

「どっちもよ!」

 八橋さんはやっぱり首をかしげた。

「しかも“B”だなんて! 女を馬鹿にしてるとしか思えないわ」

 言葉と涙がどんどん溢れてくる。

「・・・かける言葉が見つかりません」

 そりゃ結構。安っぽい言葉なんて必要ないし欲しくもない。

 けれどその淡々とした言い方が、逆に安心できた。異性として見なくてすむような、不思議な安心感。

「なんなのよ、なんで盗るのよ。Bに入れるくらいなら盗るなよ!」

「おっしゃるとおりですねえ」

 うんうんと頷いて、ところで、と彼は話を続けた。

「あなたはなにを飲みますか? コーヒーでいいですか。それはよかった」

 あんたがコーヒーって言ったくせに。しかも今も勝手に決めたよこの人。

「それならミルクかお砂糖は? ああ、お塩もありますよ」

 何で塩? コーヒーに塩?

 私が首を傾げて、

「コーヒーに塩なんて合わないわ」

と言うと、とても意外そうな声が返ってきた。

「やったことはあるのですか? だって、世界にはコーヒーに塩をいれるところだってあるのですよ。もしかしたらあなたもそうかも、と思ったのですが」

 絶対行きたくない、そんなところ。コーヒーに塩をいれるなんて、どんな味になるのかしら?

「ブラックで結構です」

「え、ブラックでいいって? それは、残念ですねえ」

ふふふん。と笑った。この人の癖なのかしら? 

ちっとも残念そうに聞こえないのだけど。

「きっと落ち着きますよ」

 それはとても優しい声だった。

「ありがとう」

 手渡されたコーヒーは濃くて苦かったけど、なんだか心に沁みた。

「次は美味しい茶葉を手に入れますね」

 次があるのか・・・

「あなたは塩をいれる人なの」

「あはははは」

 その笑いはどういう答えなの。

「私は紅茶派です」

「じゃあ何で今日はコーヒー?」

 深い、それは深い溜息を、・・・私につかれても困るわ、八橋さん。

「実は、神隠しに出遭ったのです」

 この人、頭おかしい気がする。

「紅茶が?」

「はい、茶葉が。よくあることです」

 気がするのではなくて、頭おかしいんだ。絶対。

 茶葉がどうやったら神隠しに遭うのよ。それより神隠しって本当にあるの?

「非常に残念でした。朝見たらもう・・・」

 他の人に処分されたんじゃ?

「ここはあなたの部屋なの?」

「いいえ?」

 まさか、とでも言うような表情が返ってきた。

「ここは見てのとおり、資料室ですよ」

 さっき言ったじゃないですか、と言われた。

 そんなの見りゃわかるわよ、私が聞きたいのは場所の名前じゃなくて、どうしてここを使っているかという理由なんだけど。

「じゃあなんでこんなところでお茶するの」

「だから、ここが一番落ち着くからです」

 この人、もしかして苛められているのかしら。だからこんな狭くて埃っぽいところにいるのかしら、もしかして実はとっても可哀想な人?

「・・・なんですか、その人を哀れに思う生易しい瞳は」

 ムッとした表情がすごく幼い。

「その髪型は童顔を隠すためですか」

「やっぱりお塩いれてみますか」

 うわ、この人笑顔なのに何故か怖い。もしかしなくても、コンプレックス?

「ぷっ」

「あ、笑いましたね。酷いじゃないですか」

「学生服がきっと似合うと思いますよ」

「ふふふん」

 聞こえないフリをしているつもりなのか、茶色く色あせたダンボールに顔を向けた八橋さん。

「八橋さん、いじめられっこですか」

「・・・少しは遠慮というものを学んでも損はないと思いますよ」

 しばらく気まずい沈黙が続いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ