第四十六話 セーラー服を着た美少女の右手には金属バット
それは遅咲きの桜が見事だった私立の高校に入学して二日目の朝。
慣れない校舎の中で迷い知らない間に中庭に出てしまった私は、目の前の出来事に言葉を失った。
スカートがひらりと舞い上がり、まるで桜の花のようにゆれた。
白い足のその先に、ブルーの下着が見えて思わず目をそらした。
同姓とはいえ恥ずかしい。
桜の木の下。セーラー服を着た美少女の右手には金属バット。彼女を取り囲む先輩とおぼしき男子生徒数名。驚きで声が出ない私。
・・・どういう状況?
「てめえ、いい度胸じゃねえか」
「おほほほほ。何のことかしら?」
「いい気になるなよ!」
これだけ聞くとまるで悪者は男子なのだけど、彼女の足元には腹を抱えて蹲る生徒の姿。
しかし、何故入学式の日に金属バット・・・ソフトボール部の人なのかな?
「先に喧嘩を売ったのはそっちでしょ。あたしは仕方なく相手をしてあげただけよ」
「なんだと‼」
彼女を取り囲む男子生徒は六人。いくら武器を持っていたって、体の大きな彼らに適うとは思えない。
どうしよう、先生を呼ばなくちゃ。
まわりをキョロキョロと見渡しても、他の生徒すら見えない。
「よっと! ホームラン!」
「どああ!」
その時、目の前を一人の男子生徒が横切った。
ああ、人はこんな風に飛ぶのかと初めて知った。
ソメイヨシノに激突してうめく生徒。
私は知らず腰を抜かした。生まれてこのかた、こんなに暴力が目の前にあったことはないのだ。
「凄い」
人は空を飛ぶのか・・・
呟けば、女の子と目があった。
「あんた、なにしてんのよ」
「道に迷ったの。あなたは、ここの生徒?」
不思議と、彼女が怖いとは思えなくて言えば、バットを持ったままパチパチと目を瞬かせて笑った。
「あんた、面白いわね」
なにが?
「でも、そこは邪魔よ、さっさとどきなさい」
私は正直に腰を抜かしたことを告げた。
「はあ? 腰が抜けたですって? ・・・わかったわよ。すぐ終わらせるから、ちょっと待ってなさいよ。まったく、しょうがないわね。あたし、まだホームラン出すから、ちゃんと避けなさいよ」
どういう意味かと思えば、彼女に殴りかかる生徒を楽しそうに薙ぎ払っていく。
彼女に襲い掛かる生徒達はまわりが見えていないらしく、私の存在すら気付いていない様子で拳を握る。
いくら彼女が強くても体力差には勝てないだろう。
四方から取り囲む男たちを見て、腰が抜けたことも忘れて思わず大きな声を出した。
「先生! 誰かここで喧嘩してます!」
ギョッとした顔でこっちを見る生徒達にたじろぎながら、言葉を続けた。
「先生、こっちです! こっち!」
「ちっ、覚えてろよ!」
「いくぞ!」
生徒達は大慌てでその場を去った。
もちろん、いつまで待っても先生は来ない。
「あんた、やるじゃない。ほら、終わったわよ。手、出しなさいよ。立てる?」
「大丈夫?」
「大丈夫ってまさか・・・あたしに言ってるの?」
そっと聞けば、ケラケラ笑う彼女。
「誰に言ってんのよ、あたしのこと、本当に知らないのね?」
「私、昨日からここの生徒なの。でもどこに行けばいいかわからなくて・・・あの、どうしてこんなことになったの?」
彼女は不適に笑った。
「あたしが美人だからよ」
なるほど、と頷けば更に笑われた。謎だ。
「一年生の教室はあっちよ。つれてってあげる」
「本当? よかった、ありがとう」
笑えば、彼女がまた目を瞬かせた。なにがそんなに不思議なのかな?
「あんた、やっぱり面白いわ」
呟いて、バットを放り投げて歩き出した彼女について行く。
「あの、あなたは一年生?」
「そうよ、幼等部から通っているの。あたしを知らないのは外部入学者ぐらいね」
どれだけ有名ですか。
一年生の教室は二つあって、彼女は一組に入った。掲示板に張り出されていた私の名前も一組。どうやらクラスメイトらしい。
「あの、名前を聞いてもいい?」
教室に足を踏み入れた瞬間、何故かクラスメイト達の視線が集中した。
「あたしは瀬戸あかり。あんたは?」
名前を告げれば、彼女はまたにやりと笑った。
「じゃあ、とーこって呼ぶわ。文句無いわね?」
ないです。が、クラスの視線が痛くてたまりません。
「どうして見られているの?」
「あんたが外部入学者だからよ」
そうか、珍しいのか。
「そっかぁ」
「あんた、やっぱり面白いわ」
彼女はまたけらけらと笑い、それを見た他の生徒達は驚いて口を開けた。
どうして彼等が驚いているのかはわからないけれど、きっと良い人なのだろうと思って、私も笑った。
その日から私たちの関係は今も続いている。




