第四十四話 哀愁漂うオッサンのハゲが広がりました
次の昼に届いたメールを見た途端、職場で思い切り吹き出してしまって同僚達に怪訝な顔をされた。それは渡瀬からだった。
件名は、“哀愁漂うオッサンのハゲが広がりました”・・・
バケツに入った熱帯魚を見つめるオジサンの背中が写された、明らかな盗撮写真が添付されていた。
あの男暇なのか。わざわざ写真を撮りに行ったのか・・・
考えると笑える。
あかりはその夜、日向さんと二人で帰宅した。今夜はあかりの部屋に日向さんが泊まるらしい。それを聞いた徹さんと渡瀬がやって来た。
「日向さん、ちょっと良いですか」
どうやら捕まった犯人について話があるらしい。
「はい」
徹さんと日向さんが二人で部屋を出てい。渡瀬が何故か全員分の食事を作るために残っていた。
「いいの? あかり」
「いいのよ、後は彼に任せるって決めたから」
あかりは今後、この事件には関わらないと日向さんと約束したらしい。
「でも知らなかった。あかり結婚するの?」
「しないわよ」
「え、でも日向さんは婚約者でしょ?」
あれ、と首を傾げると何故か渡瀬が説明を始めた。
「日向さんはエリート商社マンだ。一年のほとんどを海外で過ごしているし、日本に帰ってからも忙しい。結婚するにしても中々難しいだろうな。でも海外で独身だと言えば無駄に迫られて困ることになるから指輪だけは用意したんだって。いずれは結婚するが今はまだ仕事から離れられないってさ」
なんでお前が説明を・・・
「あたしもさ。実は今が一番楽しいのよねー。あんたが一緒に居てくれるから毎日充実してるし、要は好きだけど、まだあんたと居たい」
ジッと私を見つめて言うあかりに、なんだかドキドキした。
「わ、私も楽しい! あかりが結婚しちゃったら寂しいよ!」
「ま、結婚してもしばらくは一緒に暮らさないと思うけどね。衝動的に籍入れるくらいはあるかも?」
「日向さんは結婚したいんだよね?」
「むしろ日向さんのほうがそれを望んでるな。あの人こいつがモテるから心配だって言ってたぞ。自分はつまらない男だからいつ捨てられるかわからないって」
それはないと思う。
だって、このあかりが人目も憚らず抱擁する姿、きっとあの人以外ではありえない。
「でもあかりは日向さんが好きなんでしょ? どうして心配するのかな?」
「いや、するだろ。俺らみたいな男が部屋に出入りしてるのもどうかと思うしな」
自覚あったの!?
「あー。それはむしろ在り難いって言ってた。警察がいつも護衛してくれるなら心強いって。しかも今回もすぐに助けてくれたって凄く騙され・・・じゃなくて、感謝してる」
騙されてるのか・・・
「日向さん良い人過ぎるだろ」
私と渡瀬は同時に頷いた。
「だって無害そうだし?」
「俺は無害か?」
「いや、無害でしょ」
渡瀬がどこかショックを受けているような気がしたが、とりあえず後ろからこそこそする気配に顔を向けた。
「おかえりなさい、徹さん、日向さん」
「ただ今戻りました、透子さん」
「あかり・・・俺の事好きって・・・!」
・・・日向さん、感動して震えていますが。この二人はいつから聞いていたのかな?
「もうお話はいいの?」
「ええ、終わりました。ところで渡瀬君、ご飯は?」
「俺は飯炊き係かよ! おい、手伝えトーコ」
「えー。私はコタツから離れられない運命なのに!」
「良いからこい。二人がコタツに入れないだろ」
あ、そうか。外で話していた二人は体が冷えてるもんね!
「わかった。今日は何?」
「鍋。一杯材料あるからしっかり食えよ」
「わーい」
さっすがオカン!
私はいそいそとコタツを出て渡瀬の後をついていく。
「ちょっと、〆は何よ」
「ラーメン」
「やった!」
「太るじゃない!」
あかりが慌てた様に言う。言いながらきっとしっかり全部食べきるのだ。あかりは無駄に残すことを嫌うから。
「こいつを心配させた罰だ。せいぜい太れ」
「そーだそーだ」
たまには良いこと言うじゃない!
「ぐっ・・・仕方ないわね」
珍しく悔しそうなあかりが可愛い。
日向さんは、そんな私達を嬉しそうにニコニコ笑って見ていた。
「渡瀬君、いつから透子さんを呼び捨てに?」
「こいつが時々俺の事をしーとんとかわけのわからん呼び方するんでね」
え。可愛くない? しーとん。何気に気に入ってるんだけど。
「・・・・・今日のデザートは?」
「コタツと言えばみかんだろ。それで十分だ」
これには私とあかりと徹さんからブーイングが上がった。
結局デザートにはもともと用意されていたらしい、苺のプリンが出てきた。御丁寧に生クリームまで用意して、生の苺ものっけて。
どうも苺は日向さんの好物らしい。
もうほんと、オカンでよくないか、渡瀬の呼び名・・・