第四十二話 こいつ、本当に情けない・・・
「徹さんはすごい人だわ、いろんな意味で」
それこそ、本当にいろんな意味で。
「でも、あかりは、強いけど女の子なのよ」
「・・・頼むからこれ以上俺の中の女の子像を壊さないでくれ」
え。ちょっと。私今結構大切な話をしているんですけど?
なんで頭を抱えているの、あんた。
「だいたい女の子にどういう願望持って生きてきたのよ」
「いや、俺はどちらかというと希望も期待もほとんどないぞ」
胸を張らないで。
「とりあえず、いきなり人を殴らなければそれでいい」
それって、普通そうなのでは・・・?
「お前みたいに」
「私か!」
どうして私なのよ!
あ、いや、確かに結構殴ったり蹴ったりしたけれど。
「警察官のくせに、避けないあんたはどうなのよ」
「馬鹿か? 俺は事務方だぞ。自慢じゃないが、柔道も剣道も大の苦手だ!」
本当に自慢じゃない!
休憩室に居た他の警察官が爆笑する。
私たちの間に微妙な空気が流れ、飲み終わった缶コーヒーを捨てて休憩室を出た。
「次、行くわよ」
「こっちが署長室だ」
歩き出した静に並んでついていく。
「ねえ、急に行って、入れるものかしら?」
「今日は確か、署長は不在だ。中にそれらしいものがないかどうかを確認する方法はほかにもある」
そうなんだ!
「・・・あれ、ちょっとまってよ。だったら、もっと早く調べられたんじゃないの?」
そんな情報を得られるくらいなら。
けれど渡瀬は歩きながらフッと笑った。
「俺があの金魚男の世話を焼く必要はないからな」
・・・ひねくれてるわ、こいつ。
「感じ悪い」
「なんとでも」
そしてたどり着いた先には、署長室の文字。
渡瀬は適当に制服を着た女性警察官に声をかけ、どうやったのか鍵を入手した。
「それって合法?」
「黙っていればな」
こいつ、本当に警察官か。
私の警察官のイメージがどんどん悪いものに・・・!
「それに、ちゃんと許可を取っている」
絶対嘘だわ。
そして鍵を開けて入った部屋は無駄に豪華だった。
「税金の無駄遣い反対!」
どうして所長室に綺麗な絵画やゴルフクラブが置いてあるのかしら。
床はふかふかのカーペット。窓には緑のカーテン。いやちょっと趣味が悪い・・・
「安心しろ。あれは全て所長のポケットマネーから出ている」
そうなの?
「お、あったぞ」
その声に顔を上げれば、視線の先に金魚鉢。
「!」
何故か熱帯魚が一尾、その中で泳いでいるけれど。
「やっぱりここだったか」
やけに淡々とした言い方に、気付いてしまった。
こいつ最初からここにあることを知っていたのでは・・・?
「ちょっと渡瀬さん?」
「静さまと呼べこのヤロウ」
まだこだわっていたのか。
「細かい男はもてないわよ」
「俺は女にもてたいなんて思ったことはない」
こいつ、実は男の友達も少ないのではないだろうか・・・・
私はそっと熱帯魚が泳ぐ金魚鉢に近寄った。間違いないと思う、彼のだ。
警察署で金魚鉢を用意するのは徹さんだけだろうし、そもそも普通の人は熱帯魚を金魚鉢には入れない。
「呼吸、苦しくないのかしら?」
「あの金魚男が見たら怒り狂いそうだな」
「あ、だから仲が悪いとか・・・」
いや、さすがにそれはないか。
「ともかく、これで間違いないだろうからな。運ぶぞ」
「うん、頑張って」
そうだよね、このままにはしておけないし。
「・・・おい、俺が運ぶのか? あれには水も魚も入ってるんだぞ?」
まさか! という顔で私を見る渡瀬。こいつ、本当に情けない・・・
「同じ台詞を返してあげるわ」
「・・・もう面倒だからここで良くねぇ?」
駄目だろ。
「しーとん。徹さんを本気で怒らせるのは危険だと思うの」
「ちっ」
舌打ちして重たそうに金魚鉢を持ち上げた。
猫背になって、格好悪いことこの上ない。
廊下の突き当たりにある給湯室まで運んでもらい、そこでようやく気付く。
「この魚、どうすりゃいいんだ?」
熱帯魚ってどう扱えばいいのかしら。
「バケツならあるわよ」
床においてあるバケツを指差せば、少し考えて首を横に振った。
「それはやめとけ。署長のハゲが広がっちまうだろ」
どこの心配をしているのかしら、この男・・・
「じゃあどうするの?」
「仕方ない、このまま流すか」
え? それはもっと駄目でしょ!?
「バレなければそれでいい」
無理だよ。なに、その爽やかな笑顔は。
「やっぱりバケツにしましょ」
ちっ、と隣から舌打ちが聞こえたが無視した。