第三十四話 目は口ほどに物を言うって本当だよ。
「お疲れ様です、透子さん」
その夜、徹さんがデパートまで迎えに来てくれた。
「あ、はい、ありがとうございます」
ちらりと見れば、小さな金魚鉢を持っている。
「徹さん、わざわざ来てくれたんですか?」
「その絆創膏は?」
無視ですか、そうですか。
「ちょっと・・・でもこの程度で済んだので大丈夫です」
左手の甲に張った大きな絆創膏。バックコーナー担当で本当によかった。
朝気合を入れあった同僚は、まるでボロ雑巾のように無残な姿だったから。
「明日も出勤ですか?」
「うん、でも四日に休みが入ってるの」
当たり前のように手を繋いで、彼は歩調を合わせるように歩き出した。
「今日はゆっくり休めました?」
聞けば、満足そうに頷いた。
「あかりさんに頼まれたリビングと風呂場と玄関の掃除、食品の買出しも順調にいきました」
正月早々人の家で何をしていたの、あなたは・・・
「それに、新しい金魚鉢も買ってしまいました。これです」
「・・・うん」
昨日持っていたのと、何が違うのか全くわからないけれどとりあえず頷いた。
「透子さん、今夜は何が食べたいかと、渡瀬君が聞いていましたよ」
「今夜も泊まる気ですか、二人とも」
「昨日は不可抗力です」
どんな言い訳?
「徹さん。男の人が言い訳って、格好悪いです」
「・・・透子さん。あれ、可愛らしいですね」
徹さんは閉店準備をしている花屋を指差した。
「ブーケですか?」
「金魚の人形がついていますよ」
やっぱり金魚も好きなのかと頷いて、花屋に足を向けた彼についていく。
「玄関に飾りますか?」
うちの?
「きっと、可愛らしいですよ」
昨日とは違い、いつもの笑顔を見せてくれた。
「今日掃除したばかりですからね」
そういう問題?
自分よりうちのことに通じている男を横目に、金魚の飾りがついたブーケを眺めた。隣に並べられた他のブーケも可愛いし、それ以外の花も捨てがたい。
普段ゆっくりと花屋を見ることなど無いのでちょっと新鮮だわ。
「透子さん、買ってきますから少し待っていてください」
「はぁい」
素敵な笑顔を浮かべる店員に、小さなブーケを渡して会計をすませると、彼は何故か私に金魚鉢を手渡した。
「汚しちゃ駄目ですよ?」
「正月早々喧嘩売ってますか」
お互い笑顔を浮かべると、また手をつないで歩き出した。
「渡瀬君が、透子さんは暴力的だと言っていましたよ」
「あの男の勘違いです」
「ええ、僕もそう思います」
なら何故目を合わせないんですか、徹さん!
「・・・徹さん。金魚鉢がどうなってもいいんですか?」
「酷いです、透子さん! 抵抗できない金魚鉢を人質にとるなんて!」
情けない顔で言う男に、白けた視線を送る。
金魚鉢って人質になるのかな? いや、そもそも抵抗は出来ないだろう。
「いいから、早く帰りますよ」
「透子さん。後生ですから金魚鉢を粗末には・・・」
「はいはい」
昨日の落ち込みようは何だったのかと思うほど、彼はいつもどおりだった。